第三話 『キョウの決意』
一日を終え、修行に疲労した体で布団の中に潜り込む。抱きまくらを腕に抱え、小さく息を吐いた。
シスイ様に「私達は好きで剣を習っている」と言った次の日から、修行が今までの数倍は厳しくなった。シスイ様が張り切っているのだ。私達がああ言ったのが、そんなに嬉しかったのだろうか。
だけど、足腰が立たなくなるまで修行を続けるのは勘弁して欲しい。体力重視の絶心流じゃあるまいし、ここまでやる必要は無いだろう。いつもニコニコ笑っている姉さんですら、修行の終わりがけには無表情になっているし。
シスイ様が落ち着くのを待つしかないか……。
出来れば、今日ぐらいは軽めにして欲しかった。
なんせ、明日から数日掛けて、街の冒険者達と一緒に、Bランクの依頼を受けに行くのだから。体力を残しておかなければ、途中でバテてしまうかもしれない。そんな所を見せたら、あの黒髪先輩に笑われてしまう。
「……先輩」
姉さんやシスイ様には散々からかわれたけど、別に私はあの人が好きなんかじゃない。ただちょっと、気になるだけだ。好きなんかじゃ全然無いんだ。そりゃ、先輩のお陰で一つの壁を乗り越えられたけど、別にそれだけで好きになったりとかないし。私はそんなにチョロくないし。前に修行でパーティ組んで迷宮に行った時、危ない所を助けてもらったりとかしたけど、別に格好いいとか思ってないし。あの人の目付き怖いし。姉さんは凛々しいとか言ってたけど、あれはただ凶悪なだけだし。
どうして私は一人でこんな言い訳がましい事を言っているんだろう。馬鹿らしい。
姉さんはもう、隣で寝息を立てている。明日に備えて早めに寝てしまったのだ。私も寝よう。
抱きまくらに頬をくっつけ、目を瞑る。そこでふと、私は考えてしまった。
これが抱きまくらじゃなくて、先輩だったら、と。
先輩の体は筋肉質に引き締まっていて固い。今まで修行を続けてきた事が分かる体付きだ。あの人の胸板はきっと固いだろう。そこに顔を埋めたら、どんな感じなんだろう。
先輩はいい匂いがする。香水とは違う、温かみのある匂いだ。ふんわりと香る訳じゃなくて、近付くと少しだけ空気に混ざって匂いがする。
先輩の胸板に顔を埋めて、あの匂いを嗅ぎながら眠れたら、一体どれほど気持ちが良いだろうか。その時に頭を撫でられたりなんかして。
「ッ~~!」
私は一体、何を考えているんだ。こんな事を考えたら、余計に眠れなくなってしまうじゃないか。
目を開き、何となく枕元に置いてあるネックレスに手を伸ばす。先輩がご褒美に買ってくれた物だ。どうしてだか、これを見ると頬が緩む。
ネックレスを胸に持ってきて、少しの間抱きしめて。
「おやすみなさい、」
私は眠った。
―
翌日。
部屋のカーテンが開かれ、日光が私の顔を照らす。眩しさにまぶたを固く閉じ、布団の中に潜り込んだ。
「キョウちゃん、朝だよ、起きないと」
「もう少し……」
「……朝食、食べられなくなるよ」
「それは遠慮したいです」
そんなやり取りをして、私は目を覚ました。
部屋から出て、朝食の用意されている食堂へ向かう。その間、私達は全く足音を立てない。木張りの床を音を立てずに歩くのも修行の一環なのだ。
朝食を済ませた後は顔を洗い、一度自室に戻って外行き用の服に着替える。鎧の代わりにもなる魔術服だ。あのネックレスを付けていこうか迷ったが、戦いの中で壊してしまうかも知れないので、泣く泣く置いて行くことにした。
冒険に出るまでにしばらく時間がある。その前に一度、シスイ様の所へ行かなければならない。
着替え終わった私達は、シスイ様がいると思われる『流心の間』へ向かった。
その途中、オトガイ達に出会う。
オトガイ達はこの道場にいる流心流四段の剣士、ホウズキさんの弟子だ。ホウズキさんは剣士と同時に冒険者もやっており、現在は新しく見つかったという迷宮の攻略に行っている。ここ一年近く、迷宮都市にAランクなどの上位冒険者が居ないのは新しく見つかったという迷宮の攻略に付きっきりになっているからだろう。噂ではAランク相当の迷宮らしい。
だから、ホウズキさんの代わりにオトガイが他の門下生達の稽古をしているのだ。
「おはようございます」
「……おはようございます」
私達が挨拶すると、オトガイ達も挨拶を返してくる。だが、彼らの目に浮かぶのは私への敵愾心だ。
メイの事は好きらしいが、私の事は嫌いなのだろう。私が稽古をサボっていたのだから、嫌われても仕方がないが。
あの日から、私は合同稽古に参加するようになった。
今でも手を抜いている者を見るといい気分はしない。だけど沢山の者と共に稽古するのは、確かに良い経験になった。木刀を交えた者の長所や短所を分析して、それを自分に当てはめてみる。そうやって、他の者と自分を比較する事で、新しい発見もあった。
私の事を嫌いだろうと、稽古で手を抜いていようと関係ない。私はただ、剣を振るだけだ。
そう思えるように、私はなっていた。
『流心の間』に行くと、既にシスイ様がいた。私達はその前に正座する。
「お早う、二人とも」
「「おはようございます」」
「今日から何日か、他の冒険者達と魔物を狩りに行くんだったね」
「はい」
「何が起こるか分からない世界だ。けして気を抜かないようにね。冒険者達の動きをよく見て、魔物との戦い方や連携の取り方などを学んできなさい」
魔物と戦うのに、絶対はない。
対象を確実かつ安全に倒せるだけの戦力は揃えて行くらしいが、それでも何が起こるかは分からない。一歩間違えば死んでしまうかもしれない世界だ。気を抜かないようにしよう。
「最近のキョウはいい顔をしている。流心流の心構えも出来るようになってきたね。その調子で鍛錬を続けなさい」
「はいっ」
「メイは心構えもやる気も十分だ。キョウに負けないように頑張るんだよ」
「はい!」
しばらくの間、シスイ様と言葉を交わし、私達は道場を後にした。
今回の依頼は複数のパーティと合同で行われる。私達は先輩とヤシロさんの四人でパーティを組み、その中に入ることになっていた。。
冒険者達の所へ行く前に、先輩達と冒険者ギルドの前で待ち合わせをしている。
「おはようございます」
「おはよう」
私達がギルドに着くと、既に二人はやってきていた。
二人とも、とても上等な魔術服を身に付けている。どちらも雰囲気が似ていて、お揃いみたいだ。少し羨ましい。
「じゃあ、さっそく行くか」
今回の依頼の待ち合わせ場所は迷宮都市の東門だ。そこで依頼を受けた冒険者達が集合し、今回の討伐対象がいる場所へと向かう。
東門へと向かう途中、冒険者のパーティとすれ違った。
「おはようございます、アッドブルさん」
「おーう」
見たところ、シスイ様程ではないが実力のある者が揃っているパーティだ。Bランクくらいだろうか。
「今日はレオルさん居ないんですか?」
「ああ。何か昨日から熱出してへばってるんだよ。あいつらしくもない」
「あの人、風邪なんてひかなさそうな感じなんですけどね」
「だろ? 何か『黒髪』がどうとかってうなされてたから、多分坊主の夢でも見てたんじゃねえかな。模擬戦してボコボコに負けちまう、とかな」
「はは。でも今の俺じゃあ、レオルさんをボコボコにするなんて出来ませんよ」
「今は、なぁ」
二人はしばらく雑談をして別れた。
「先輩、今の人達は?」
「まあ、見た通り冒険者の人達だよ。たまに模擬戦なんかをしてもらってる」
「へぇえ」
先輩はその髪と目のせいで、多くの人から忌避されていると聞く。それでもこうして話し合える人がいるというのは、凄い事だと思う。本人は特に何とも思っていないみたいだが。
しばらく歩き、私達は東門に到着した。
既に冒険者達が集まっており、やってきた私達に対して胡乱げな視線を向けてくる。
「おいおい、どういう事だよ。Cランク冒険者のパーティって聞いたが、全員ガキじゃねえか」
「知らねえのか、こいつらが前に«翼竜»を倒したっていうパーティだぜ」
「うっそ、んな馬鹿な」
いるのは大抵大人の冒険者だ。中に私達ほど幼い者は混ざっていない。
話によれば、ここにいるのはDからBまでの冒険者のようだ。
「足を引っ張られて俺達まで巻き沿いを喰らうのはごめんだぞ」
「まあ、皆静かにしてくれよ。聞いた所によると、彼らはかの《流水剣》シスイ殿からお墨付きを貰った冒険者だという。僕は最近ここへ来たばかりだが、噂はよく聞くよ」
そう言って騒ぐ冒険者達を沈めたのは、金髪のロン毛の男の人だ。
魔物の鱗から作られたのであろう、金色の鎧を身に纏っている。防御力は高そうで、しかも彼は鎧の重さを感じさせない軽い動きをしている。恐らくは重量軽減の効果がある鎧なのだろう。
その体の細さは一瞬魔術師かと思ってしまうが、彼の腰に差してある細剣から、剣士だろうと私は推測した。
先輩と話してから、こういう分析をするようになった。
男の人は他の冒険者と比べると若干若いが、他の冒険者になめられている様子はない。彼がそう言うと、他の冒険者達は「だったら……」といった風に落ち着いた。どうやら、この中では実力のある方らしい。
「やあ、どうも。僕は今回の討伐の指揮を取らせてもらう、アストロ・レインバーという。Bランク冒険者だ。よろしくね」
「……よろしくお願いします」
私達のパーティである先輩が、アストロという男から握手を受けた。
その後、他の冒険者達とも自己紹介を交わし、私達は迷宮都市から外へ出た。
―
今回の討伐対象はBランクの魔物、«麒麟»だ。
雷と風の魔術を使用してくる厄介な魔物らしい。迷宮都市から二日ほど離れた位置にある山で見つかったという情報がギルドに寄せられ、急遽討伐隊が組まれたのだ。
目的地に進行する間も、魔物に襲撃される危険性は高い。
パーティごとに陣形を組み、周囲に警戒しながら進むことになる。あのアストロという男のパーティが先頭だ。
私達は真ん中よりもやや後ろの位置にいる。
「あのアストロって男、最近王都からこっちにやって来たらしい」
「俺達よりも若いのにBランクかぁ……。体付きが随分細いが、魔術師かなんかか?」
「聞いた所によると魔術剣士らしいな。『弾震流・二段』と『理真流・初段』も取得しているって聞いたぜ」
すぐ前の冒険者達が、アストロという男の話をしている。
二段と初段。段はそこまで高くない。だが複数の流派を学び、その中で自分に合った技を取り入れる剣士は多いと聞く。流心流一つしか使えない私よりも、技の幅は広いだろう。
「あの人、レオルさん程じゃないだろうけど、強いな」
前の冒険者の話を聞いていたのだろう、先輩がポツリと言葉を漏らした。
レオルとは誰の事だろう。
「Bランクの冒険者の方ですよ」
疑問が顔に出ていたのか、ヤシロさんが教えてくれた。
同じBランク冒険者でも、やはり実力の差は出てくるのだろう。見たところ、先輩とヤシロさんもBランク冒険者の域にあると思うのだが。
私とメイは高く見積もっても、Cランク程度だろう。
「俺達も早い所Bランクの冒険者に上がりたいんだけど、やっぱそう簡単にはなれないな。結構依頼こなしてるけど、まだまだ足りない」
「冒険者の中でも、Bランク以上になるのは難しいみたいですねー。でも、ウルグさん達はもうBランクくらいの実力があるんじゃないですか?」
姉さんの言葉に先輩は苦い顔をして、
「いや、俺達じゃまだまだだな。技量とかもそうだけど、やっぱりBランク冒険者達とは経験の差が大きい」
「と、ウルグ様は仰っていますが、ウルグ様はBランク冒険者のレオルさんという人との模擬戦で何回も勝っています」
「ええ、凄いじゃないですか!」
「それは俺があの人の技を知っているからだよ。何も知らずに戦えば、俺はあの人には勝てない」
私から見ても、先輩は十分に強い。
なのに、先輩は神経質なほどに自分を低く見ているように思える。慢心してないと言えるけど、それにしては先輩の謙遜はどこか仄暗く、必死さがあった。
「ヤシロも、あんま俺を持ち上げる事を言うなよ」
「えー」
そんな風に雑談をしていると、「気楽なもんだよな」と前の冒険者がこれ見よがしに言った。私達がこの依頼に参加しているのが気に喰わないのだろう。
ムッとして言い返そうとした私とヤシロさんを、先輩が止める。そしてギロリと彼らを睨み付けて「何か?」と低い声で脅すように言った。
「べ、別に」
先輩の気迫に気圧された冒険者は、途端に弱気になって目をそらす。先輩の睨みは元々の目付きの悪さと、その剣気が相まって人が殺せそうな程に凶悪だ。
「ふん」と鼻を鳴らし、先輩は「気にすんなよ」と不器用に笑う。
それから小刀を抜こうとしていたヤシロさんに苦笑し、「殺ろうとするの禁止」と頭を撫でようとして、ピタリと手を止めた。
残念そうな顔をするヤシロさんと、気まずそうな表情の先輩。
「……もしかして、前に言ったことを気にしていますか?」
以前、先輩がいつもヤシロさんの頭を撫でているのが気に入らなくて、私は「気持ち悪い」といったのだ。
別に、本当に気持ち悪かった訳ではない。
「……いや、はは。悪いなヤシロ」
「私は好きなのに」
「…………」
この人は自分に関係ない人から、心ない事を言われても全く気にしていない。黒髪を馬鹿にされて、先輩が冷たくあしらっているのを見たことがある。
だけど、身内、というか知り合いや仲間に言われた言葉は、強く気にしているようだ。固そうに見えて、この人は脆いのかもしれない。
私の『気持ち悪い』という言葉を、ここまで気にしてしまうなんて、思ってなかった。
「…………」
先輩が引っ込めた手を、私は無理やり掴み、私の頭の上に乗せた。
「ちょ」と戸惑う先輩に、
「前に……気持ち悪いって言ったのは冗談、です。別に気持ち悪くないですよ。その……ごめんなさい」
私の言葉に、先輩はきょとんとした表情を浮かべる。それから「そ、そうか」と少し安心したような表情を浮かべて、私の頭でためらいがちに指を動かす。
「…………む。ウルグ様、私も全然OKですよ。かもんですよ」
「ほぇー。ウルグさん、私も撫でていいですよー」
そんな私を横目で睨みながらアピールするヤシロさんと、気の抜ける声を出しながらそれに乗っかる姉さん。
それを見る先輩は嬉しそうに苦笑する。
先輩の笑みは、とても幸せそうで、だけど壊れてしまいそうなくらいに、不安そうでもあった。
―
ある程度進んだ所でテントを張り、その場で野営を行う。
火を燃やし、交代制で見張りを立てた。
何度か魔物の襲撃はあったが、誰も負傷する事はなかった。
翌日、すぐに起きて出発する。
はじめての野営で緊張していたのか、あまり疲れが取れていない。姉さんと先輩も少し怠そうにしていたが、ヤシロさんは平気みたいだった。
それから、何度か魔物と交戦しながらも、私達は目的地に到着した。
拠点を作り、いくつかの探索班を作って討伐対象である《麒麟》を探す。ヤシロさんも探索班に混じって、《麒麟》を探しに行った。
先輩は少し不安そうにしていたが、ヤシロさんはすぐに帰ってきた。しかも、《麒麟》を発見して来たらしい。
「撫でてー」と言った表情をするヤシロさんに、先輩は目を細めて照れくさそうに頭を撫でる。
……面白くない。
アストロの指示に従って、私達は《麒麟》に逃げられないようにその周りを囲む。
《麒麟》はとても首が長い魔物だ。黄色と表皮に黒い斑点がいくつも浮かぶ、巨大な体を持っている。
鼻からは風の砲弾を放ち、額に生えている二本の角からは雷が発射される。どちらも強力で、注意しなければならない。
「キリンだ……」
《麒麟》をみた先輩は何故か当たり前の事を言って驚いていたが、どうしたのだろう。
それを気にする暇もなく、私達はアストロに言われた通りに《麒麟》を包囲した。このまま魔術師が一斉に攻撃し、弱った所を攻撃する算段だ。
魔術師は一班、攻撃が二班、周囲の警戒が三班になっている。
私達は信用されていないようで、三班を任せられている。アストロは少し申し訳無さそうに「周囲の警戒は大事な役割だ」と言っていた。
先輩もヤシロさんも不服そうな顔をしていたな。私もここまで来たのに戦えないなんて嫌だ。
この《麒麟》は通常の個体よりも体が小さいらしく、簡単に討伐出来るであろうという話だった。
「一班、放て――!」
アストロの号令で、魔術師達が一斉に攻撃を仕掛ける。メイも«水槍»を撃っている最中だ。
不意を突かれた《麒麟》は動揺したように首を動かし、直後、その体に魔術を直撃させた。
「ォォオオ……!」
低く助けを求めるように鳴き、その巨体が体勢を崩した。
「二班、突撃!」
そこへアストロを先頭とした二班が雄叫びを上げながら突っ込んでいく。
立ち上がろうとする《麒麟》の足を、アストロの風を纏った細剣が貫く。バランスを崩した《麒麟》を囲み、冒険者達が滅多打ちにする。
戦いはすぐに終わった。大した抵抗も出来ずに、《麒麟》は倒された。
前に戦った《翼竜》と同ランクとは思えないほどに、呆気無い幕引き。
他の冒険者達が勝利に浸り、気を緩めていく。私も戦えなかったことにため息を吐き、気を緩めようとした時だった。
「敵襲です――!」
ヤシロさんが大声で叫んだ。
冒険者達がヤシロさんに視線を向け、そして視線の反対側から、一筋の雷光が冒険者達を襲った。
―
「お、親だ! あの個体はこいつの子供だったんだ!」
やって来たのは、もう一匹の《麒麟》だった。
私達から察知出来ない所から、雷で攻撃を仕掛けてきたのだ。ヤシロさんが叫ばなければ、全く気付けなかった。
その《麒麟》は今さっき倒した個体よりも一回りほど大きい。大声で叫び、怒気を撒き散らしながら《麒麟》は鼻から風弾を放つ。
雷光を喰らって動けない冒険者達は風弾の勢いに吹き飛ばされ、動ける冒険者達もパニックになって散り散りに動き始める。
「動揺するんじゃない! 体勢を立て直せ!」
アストロとそのパーティがそう叫ぶが、我を失った冒険者達はただ逃げ惑うだけだ。
そこへ《麒麟》は容赦なく攻撃を仕掛ける。死人が出てしまうのも時間の問題だろう。
「行くぞ」
「はい」
それを見た先輩はすぐに動き始めた。私達もそれに続く。
「――チィ!」
飛んでくる風弾から、アストロが他の冒険者を守っている。風を纏った細剣を高速で突き出し、風弾を相殺しているのだ。
「――«水槍»」
走りながら詠唱していた姉さんが水の槍を放つ。《麒麟》は首を傾けてそれを回避してしまうが、それによって一瞬の隙が生まれる。
その間に私達はアストロの所まで辿り着いた。
「……すまない。助かったよ」
「他の連中が役に立たないんだ。俺達だけで片付けよう」
「分かった。陣形はどうする?」
「ヤシロ、メイ、キョウ、あいつの魔術を防いでくれ。その間に、俺達が叩く」
「はいっ!」
先輩の指示に従い、私達はすぐに動いた。
私とヤシロさんが«流水»で風弾を弾き、姉さんが«行雲流水»で雷光を受け流す。
「くっ」
雷光は連射出来ない代わりに威力が高い。姉さんの«行雲流水»をも突き破ってきた。
私は威力の弱くなった雷光の前に跳び、«流水»で何とかそれを受け流した。
「ナイスだ!」
私の脇を先輩とアストロが走り抜け、《麒麟》にアタックを仕掛けた。
先輩が一太刀で《麒麟》の足を切り落とし、落ちてきた所にアストロが攻撃する。
「序曲«栄光の風»」
深く踏み込み、そこから勢い良く細剣が突出される。《麒麟》の腹部を刃が貫いたかと思うと、爆発するようにして傷が大きく広がった。風の魔術を使ったのだろう。
「なっ」
アストロが剣技を放つのと同時に、《麒麟》はその長い首を鞭のようにしならせ、勢い良く振っていた。技を出したばかりのアストロでは回避出来ない。
だから、私が動いていた。
流心流«斬水»。
アストロの前に飛び出し、《麒麟》の首を受け流す。それと同時に刃は《麒麟》の首を大きく斬り裂いていく。
私が力を込めるのではなく、首を振った《麒麟》の勢いで勝手に斬れるのだ。
大きく傷付いた《麒麟》へ、追い打ちを掛けるように姉さんの«水槍»が襲い掛かる。«斬水»によって出来た傷口の中へ飛び込み、首を貫通した。
「――!」
声に鳴らない悲鳴をあげ、血をまき散らして《麒麟》が藻掻く。
「終わりだッ!」
そこへヤシロさんが弾丸のように突っ込み、黒い魔力を纏った小刀で大きく損壊した首を完全に切断した。
それから数秒遅れて、首の無くなった体が地面に沈む。やはり、魔物を確実に仕留めるには首を落とすのが一番だ。
ビクビクと体が大きく痙攣し、やがて《麒麟》は動かなくなった。
歓声をあげる冒険者達。
こうして、《麒麟》の討伐は終了した。
《麒麟》の体の多くは加工すれば武器や防具になる。雷と風の魔術に対する耐性が強いらしい。
《麒麟》の死体をその場で分解し、持っていけるだけの分を回収した。
大きく戦いに貢献した私達とアストロは他の冒険者よりも多くの部位を貰え、報酬もいくらか多い。
回収後、《麒麟》の死骸は魔術で燃やした。
それから私達は二日掛けて、迷宮都市に戻ることになる。
―
「あのタイミングでアストロを守れたのは凄く良かったよ」
帰り道、先輩に褒められた。
頭を差し出すと、笑いながら撫でてくれた。
「前の《翼竜》の時よりも、凄く周りが見えるようになったな」
「合同稽古で全体の流れを見ないといけませんし、あれから先輩に言われたようにしっかりと観察するようにしてますから」
「ん。良いことだよ。この調子でな」
「……はい」
「あはー、キョウちゃん照れてる」
「……照れてないです」
姉さん……。
「メイも魔術でのサポート良かったぞ。頑張ったな」
「えへ、撫でていいですよ」
「……はいはい」
「ウルグ様! 私は!? 私は!?」
「犬かお前は。ヤシロは相手の意識外からの攻撃が上手いな。最後の止めとか良かったぞ」
「ふへへ」
先輩が私達全員を褒め、その頭を撫でた。
まるで年上のお兄ちゃんみたいだな、と思った。私にはいないけど、いたらこんな感じなんだろうか。先輩の年齢的に、凄い年上という訳でも無いのだが。
行きに私達に文句をつけていた冒険者達は、凄く静かになった。
自分たちはただ逃げ惑っていただけだからだろう。それに私とメイはとにかく、先輩とヤシロさんの動きはアストロにも引けを取らなかった。実力を目の当たりにすれば、文句なんて言えなくなる。
「お疲れ様。死者を出さずに勝利出来たのは、君達のお陰だ」
途中、アストロがやってきた。
そして私の方を見て、
「ありがとう、危うく僕が死者になる所だったよ。絶妙のタイミングで守ってくれてありがとう。僕もまだまだ未熟だな」
礼を言い、アストロはまた先頭に戻っていった。
Bランクの冒険者にも褒められた。先輩の時ほどではないが、実力が認められた様で嬉しい。
その後、特に問題なく私達は迷宮都市に到着した。
そしてギルドに素材を持って行き、報酬を貰うと同時に換金して貰う。
Bランクの魔物二匹分という事で、報酬はそれなりに多かった。
先輩達は「これで余裕を持って入学出来るな」と二人で喜んでいた。
「……私も」
その姿を見て、私はある事を決意する。
認めてもらえるかは分からないけど、それでも頑張ろう。
仲睦まじい先輩とヤシロさんの姿を見て、私は拳を握りめるのだった。




