第二話 『年頃の』
「――私が君達に教えられることは、剣を振る事くらいだ」
流心流、第二十五代目シスイ。
それが私とキョウの師匠の名前です。
私達姉妹には、昔両親がいました。昔といったのは、今はもう居ないからです。
家族で馬車に乗り、平原を移動している時に、魔物の襲撃に合い、両親は亡くなってしまいました。幼かった私達は何が起きているのか理解できず、ただ泣いて縮こまっていました。
魔物は両親を襲った後、私達にも襲い掛かろうとしました。
そこに現れ、私達を助けてくれたのが、シスイ様だったのです。
どうやら、シスイ様と私の母親は親友と呼べる関係だったそうです。
だから……なのかは分かりませんが、身寄りが無くなった私達をシスイ様が保護してくれたのです。
シスイ様はまるで母親のように、私達の身の回りの事をやってくれました。不器用ながらも、私達を育ててくれようとするシスイ様が、私もキョウもすぐに大好きになりました。
そんな人に剣を教えてもらえて、詰まらない訳がありません。私達は必死に流心流の剣技を学びました。
でも、シスイ様はどうしてか、私達に剣を教えていいのか、悩んでいるそうでした。
私達が揃って流心流初段と認められたあの日。
シスイ様は言いました。
「メイは二代目様と私に、キョウは初代様に近い剣技が使える。少し教えただけで、これだけ技を使いこなせる者はそうはいないだろう。だからここで、敢えてもう一度聞こう。
――剣の道に進む気は、あるか?」
―
「キョウちゃん、起きて。そろそろ起きないと、稽古に遅刻しちゃうよ」
「……まだその時ではありません」
「もうその時だよー。早く起きないと、朝食食べれなくなっちゃうよ」
「それはちょっと」
キョウは朝に弱く、しっかりと起こさないと二度寝してしまいます。
ゴシゴシと目を擦り、キョウが目を覚ましました。
「ほら、行こ、キョウちゃん。今日はウルグさん達との合同稽古だよ」
「……あの人と稽古とか」
キョウは拗ねたようにこう言いますが、実際はウルグさんに会えるのが嬉しいみたいですね。前にウルグさんがキョウに何かを言ったみたいで、その日からキョウはウルグさんを意識しています。
キョウもやっぱり女の子だなぁ。
でも、キョウがウルグさんを意識しちゃう気持ちも分からない訳じゃないです。ウルグさんはキリッとした凛々しい顔付きをしているし、私達と殆ど年齢が変わらないのに色々な事が出来てしまいます。
「全然意識なんてしてませんし。というか、凛々しい……? あれが?」
キョウにそう言うと、案の定否定してきました。素直じゃないなぁ。
ウルグさんから貰ったネックレス、凄く大切にしてるの知ってるんだからね。かくいう私も、修行以外の時は付けてるんですけどね。
道場は広く、門下生が寝泊まりする場所もあります。私達はそこで生活しているのです。
朝食後、私達は動き易い格好をして『流心の間』に向かいました。
途中、すれ違う人達は私にはにこやかに挨拶しますが、キョウにはどこか冷たい態度を取っています。最近は無いけど、少し前までは合同稽古をサボっていたから、仕方がないことだとは思いますが、こういう表裏ある感じは好きじゃないです。
『流心の間』に着いてから、私達はしばらく素振りをしていました。
途中でシスイ様が中に入ってきて、私達の素振りをジッと観察します。
「メイ、少し速度が遅い。素振りは一息で行いなさい。
キョウ、前も言ったけど手首が堅い。もう少し柔らかく振るんだ」
「「はい!」」
シスイ様に言われた通りに素振りし、その後は型の練習を行います。
私は二代目様の«曲水» と«行雲流水»を、キョウは初代様の«水流傷»をメインに練習しました。
しばらくして、ウルグさんとヤシロちゃんがやって来ました。
シスイ様のように艶のある黒髪に、凛々しい黒い瞳、ほどよく引き締まった体をしたウルグさん。
ウルグさんがやって来ると、キョウは途端に不機嫌そうな顔をします。そしてわざとウルグさんを挑発するような事を言いに行きますが、本気で嫌っている訳じゃなく、ウルグさんとのやり取りを楽しんでいるみたいです。
「おはようございます」
「おはよーヤシロちゃん」
私に挨拶してきたのは、少し長めのおかっぱ頭のヤシロちゃんです。
ヤシロちゃんは人狼種らしいけど、とても良い子。人狼種は悪い種族だと聞いていたけど、嘘っぱちですね。
ウルグさん達と合流した後は、ペアを組んで模擬戦を行いました。
ウルグさんとキョウ、ヤシロちゃんと私というペアです。
「おらキョウ、前に言った通りにフェイントに引っ掛かるなよ」
「言われるまでもありませんね!」
やっぱり二人は仲がいいです。
「じゃあ、私達もしましょうか」
「そうだねー」
私達も模擬戦を始めます。
ヤシロちゃんは非常に動きが早く、かつ鋭い攻撃を放ってきます。隙を作らないよう、彼女の動きに付いていかなければなりません。
「行きます!」
そう叫び、ヤシロちゃんが動き出しました。
深紫の残像を残しながら、間合いを一瞬で詰めてきます。防御態勢をとらせないつもりでしょう。
その前に私は«水球»を唱え、牽制します。私の魔術ではヤシロちゃんにダメージを与える事は出来ませんが、一瞬の隙くらいなら作れます。その間に、さっきまで練習していた«行雲流水»の構えを取ります。
「――ハァッ!」
ヤシロちゃんが間合いに入り、木刀で斬り掛かってくると同時に目の前に水の壁を生み出します。木刀は水の壁の上を滑り、私に届きません。そこへ一歩踏み出し、私はヤシロちゃんに斬り掛かります。
「あっ!? 」
スルリ、と刃が滑る感覚。
見れば、ヤシロちゃんは懐からもう一本の木刀を取り出し、それで私の剣を受け流していました。しまったと思う間もなく、«曲水»で受け流した木刀を手元に戻したヤシロちゃんが、私の喉元にピタリと木刀を突きつけてきます。
「……参りました」
完敗です。
ヤシロちゃんが使ったのは、«滑水斬»という剣技でしょう。相手の剣を«滑水»で受け流し、その間に相手を攻撃する技です。
「相変わらず、«行雲流水»という技は凄いですね。強めに斬り掛かったのに、受け流されてしまいました」
「えへー。一瞬しか使えないんだけどね。それより、ヤシロちゃんの«滑水斬»凄かったよ」
「そうですか? ありがとうございます」
ウルグさん達の模擬戦も終わったようでした。
ウルグさんの勝ちです。ウルグさんもヤシロちゃんも強いなあ。
「ペアを入れ替えて、もう一度模擬戦だ」
シスイ様の指示を受けて、ウルグさんと私、ヤシロちゃんとキョウでペアを組みます。
「よろしくな、メイ」
「はいー! よろしくお願いします」
ウルグさんが動き出す前に、私は«水球»を放ちます。次の瞬間、放った«水球»が真っ二つに割れ、ウルグさんが飛び出してきました。速度自体はヤシロちゃんの方が速いですが、ウルグさんは凄い剣気を放っています。
思わず腰が引けそうになるのを堪え、私は«曲水»の構えを取ります。
«曲水»は相手の攻撃をねじ曲げ、その威力をそのまま相手に返す水属性魔術を利用したカウンター技です。
ウルグさんが間合いに入ってくる瞬間に――、
「ひゃっ!?」
次の瞬間、ウルグさんが目の前に居ました。
つい一瞬前まで、間合いの外に居たというのに、今はもう、私に剣を突きつけています。
「成功だな」
「な、何をしたんですか?」
「ん、いや、ちょっとした新技だよ。まだ未完成だけどさ」
ウルグさんは常に新しい技を取り入れようとしています。
こんなに強いのに、凄いと思います。
その後、またペアを入れ替えて模擬戦を行い、四人でお互いの悪い所を指摘し合いました。
と言っても、私には悪い所なんて全然分からないのですが。
「んー、メイは若干反応が遅いかな。ちょっと相手にビビってる感があるからさ」
「先輩が迫ってきたら、誰だって怖いと思うんですが」
「私は嬉しいですよ」
「……だから、もうちょっとどっしり構えて、相手を迎え撃った方がいいと思う。メイの戦い方は魔術で牽制、防御、カウンターって流れだから、カウンターでしっかり決めれるようにしないとな」
「メイちゃんの«行雲流水»は十分凄いから、やっぱりカウンターですね。頑張って」
「はいっ」
「それでキョウは、大分フェイントに引っ掛からなくなってきたから、後はもうちょっと防御を――」
こんな感じで、稽古は終了しました。
―
稽古が終わった後、シスイ様がお金をくださって、四人で昼食を食べに行くことになりました。
ウルグ様のおすすめだという、お肉を焼いて食べるというお店に行きました。
「女性三人を連れてくる店じゃないと思いますよ、先輩。もっとお洒落な所は無かったんですか」
「……そんな事を言われても正直困る」
「私は好きですよ、お肉」
お店には«火石»が取り付けられたテーブルがあり、そこにお肉を乗せて食べるそうです。お肉は生で運ばれてきて、私達が直接鉄板で焼くんだとか、変わったお店ですね。
席順は私とキョウ、ヤシロちゃんとウルグさんという形になりました。当然のようにウルグさんの正面に行くキョウが可愛い。
「そこでですね、ウルグ様が絡んできた人を一瞬で倒して、私の頭を撫でてくれたんです」
「ほぇー、格好いいですね」
「……先輩の頭を撫でる癖、気持ち悪いのでやめた方がいいですよ」
「……え、マジで?」
ヤシロちゃんが嬉しそうにウルグさんの事を話し、それにキョウが嫉妬しています。ヤシロちゃんが頭を撫でられたと聞いて、自分も撫でてもらいたいけど、恥ずかしくて無理だ、とか考えてるんだと思います。
気持ち悪いと言われたウルグさんはギョッとした表情を浮かべ、自分の手とヤシロちゃんの頭に何度も視線を送り、本気で落ち込んでいるようでした。
「私は好きですよ、撫でられるの」
「…………ふん」
素直じゃないキョウちゃん、可愛いです。
それからお肉が運ばれてきましたが、ウルグさんが私達の分のお肉も焼いてくれます。
「そういえば、先輩はどうして学園に行きたいんですか?」
「ん? あー、あそこは色んな剣技が習えるからな。流心流もそうだし、絶心流とかも」
王都の方の道場では、多くの貴族が剣技を習っていて、平民は道場に入りにくいと聞いたことがあります。
貴族平民関係なく、更に色々な剣技を教えてくれる学園の方が効率がいいのかもしれません。
「……そうですか」
キョウはコクリと頷くと、何かを悩んでいるようでした。
―
「…………」
道場に帰ってきても、キョウは考え込んでいるようでした。
まあ、何を考えているのは簡単に分かるんですけどね。
「キョウちゃんも、ウルグさんに着いていきたいんでしょ?」
「!?」
ビクッと体を震わせ、キョウが顔を赤くして睨んできます。
その首にはウルグさんから貰ったネックレスが。私の腕にもブレスレッドがあるけど。
「違いますー。全然そんな事思ってませんー」
「キョウちゃんは分かりやすいね」
「…………」
キョウちゃんはからかいがいある。
すぐに顔が赤くなって、可愛いなぁ。トマトみたい。
「キョウも、そんな年頃か」
「ッ!?」
不意に私達の背後からシスイ様が現れました。
飛び跳ねるキョウ。私も少し驚きました。
「感慨深いね。しかも、相手はウルグ君か。面白い」
「違いますから。全然違いますから」
「……ふふ」
時折、シスイさんは私達を見て、寂しそうに笑うことがあります。それは私達に剣を教え始めた頃に見た表情によく似ています。
「『私が剣を教えているせいで、今までこういった年頃の女の子らしい事をさせてやれなかった』。とかそんな風に思っているんじゃないですか、シスイ様」
「……はは。バレてしまったか」
「キョウちゃんも私も、シスイ様を近くで見ているんです。それくらいは分かります」
「そうか」
「ですから、私達の考える事もシスイ様に分かって欲しいです」
「姉さんの言う通りです」
「……」
「私達は、好きで剣を振ってるんですよ。嫌々なんかじゃないです」
「そもそも、好きじゃなかったらこんなに続きません」
「ん」
「ですから、そんな顔をしないでください」
シスイ様は少し顔を赤くし、小さく息を漏らす。
「……剣しか能の無い私では、君達の母親の代わりにはなれない。お洒落だとか、一切教えてやれないんだ」
「別にお洒落なんていいです。ただ、シスイ様は今まで通り、剣を教えて下さい」
「それに私は……シスイ様を母親だと思っています」
「…………全く、嬉しい事を言ってくれる。ありがとう、二人とも」
本当に嬉しそうにシスイ様が笑って、私達も思わず笑ってしまいます。
ただ、その次の日から、シスイ様の稽古が普段の数倍程の厳しさになったので、あんまり笑えなくなりました。まる。
«行雲流水»:二代目シスイの技。水の壁を作り出して、相手の技を受け流す。高度な魔力操作の技術が必要。
«曲水»:二代目シスイの技。相手の攻撃の威力をそのまま返す。高度なry
«水流傷»:初代シスイの技。相手の攻撃を受け流し、それと同時に攻撃する。高度な剣の操作と瞬発力が必要。




