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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第二章 紫影の盟約
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第十九話  『明鏡止水には遠く 後編』

 シスイに初段への昇級を認められた翌日、俺達は繁華街区にある料理店にやってきていた。

 昇級祝いと危険に晒した事の謝罪を兼ねて、料理を奢ってくれるらしい。

 メイとキョウも一緒に来ている。


「昇級おめでとう。まずは流心流の初歩を身に付ける事に成功したわけだ。確か、ウルグ君が学園に入学するまでは、こちらに居ると言っていたね。君達二人ならば、その間に二段にまで辿り着けると思うよ」


 部屋は座敷になっており、中央に大きな机がある。机を全員で囲い、座布団の上に座っている。

 シスイは注文する料理を店員に告げた後、俺達にそう言い、 「まぁ、二段から上に進むには、大分掛かりそうだけどね?」と意地悪な表情で付け足す。


 まあ、そうだろうな。

 確か、三段以上から正式に他人への剣技の指導が出来るようになると聞いている。三段まで到達できれば、基礎と応用がしっかりと身に付いていると言えるレベルらしい。四段五段はそれを極めていく段階だ。

 ほんの数年でそこまで行けるとは思えない。


「でも、やっぱり凄いです。お二人共、たった数ヶ月で初段になるなんて! 私とキョウでも一年掛かったんですよ」

「一年で初段っていうのも、十分に凄いと思うのだけどね」


 「ほえー」と可愛らしい声を漏らしながらパチパチと手を叩いているメイに、シスイが苦笑しながらそう言う。

 二人は一年で初段に、二年で二段になったんだったな。俺やヤシロとは違い、『剣の基本』を知らずに初めて一年っていうのは確かに末恐ろしいな。


「メイちゃんも凄いですよ。昨日の援護はとても的確でしたし」


 ヤシロがメイに向かって、親しげにそう言う。

 二人はは昨日の一件を通して仲良くなった様だ。メイはヤシロが人狼種ライカンスロープだと知った上で、仲良くしてくれている。良い子だ。

 

「確かに、メイの水魔術は凄かったな。《翼竜》の攻撃を受け流した時のあれとか特に」


 キョウに喰らいつこうとした《翼竜》が、メイが作り出したドーム状の水魔術に受け流されていたからな。

 俺がそう言うと、メイは「えへへ……」と嬉しそうに顔を綻ばすと、昨日の魔術について説明してくれた。


「あれは二代目のシスイ様が、初代のシスイ様の剣技を水属性魔術で再現した物なんです。この技はシスイ様が教えてくれたんですよ。まだ、私のは未完成ですけどね」


 返し技の初代と、防御の二代目か。キョウとメイの様だな。

 チラリと、キョウの方へ視線を向ける。彼女もこの場にはいるものの、隅に座って一言も喋っていない。《翼竜》と戦ってから、ずっとあんな調子らしい。

 逸って《翼竜》にぶっ飛ばされた事を気にしているのだろう。


 こうしている内に注文した料理がやってきた。


「それでは、初段を取得したウルグ君とヤシロちゃんに、乾杯」


 シスイの音頭で、俺達はグラスを打ち付け合い、料理を食べ始めた。

 野菜、肉、魚と色々な種類が並べられている。

 ヤシロは真っ先に肉に手を伸ばそうとして、チラッと俺の方を見た。そして伸ばしていた手を野菜の方向へ変える。

 ……まだ気にしているようだ。


「ほら、キョウちゃん。料理だよ」


 メイはキョウの皿を取り、何種類かの料理をよそってあげていた。

 包容力のある穏やかな笑みといい、キョウに料理をよそう姿といい、姉というよりは母親みたいだな。

 キョウは小さな声で礼を言って、静かに料理を食べ始める。


「……少し、シスイさんの意見を聞きたいんですけど」

「何だい?」

「俺達は学園に行って、強くなれるでしょうか?」


 迷宮に潜り、魔物と戦い、流心流を習い、ふと思った。このまま、ここで実戦を重ねた方が強くなれるのではないだろうか。

 シスイという優秀な指導者もいる。

 俺としてはある程度の答えを出しているが、シスイの意見を聞きたくなった。


「それは君達次第だね。だけど、私は学園へ行くことは大きな成長へ繋がると思う」

「どうしてですか?」

「ウルグ君も知っていると思うが、学園では色々な事を学べる。知識を付けることは重要だ。

 そして、あそこには剣技を教える授業も多くあるね。流心流、絶心流、理真流、弾震流。これらの有名な流派を始めとして、他にも色々な戦闘技術を教えて貰える。実戦訓練も非常に多い。

 それに年下、同い年、年上、色々な人が集まる。中には君達と並ぶほどの実力者もいるかもしれない。そういった人物としのぎを削るのは、非常に良い経験になる。

 ウルグ君が本気で強くなりたいと思うのであれば、あの学園は良い場所になると思うよ。良い指導者も多いと聞いているしね。私には及ばないだろうが」


 シスイの意見は、概ね俺が出した答えと同じ物だった。

 一日全てを修行に費やす事は出来なくなるかも知れないが、それでも良い経験は出来るの思う。

 前にヤシロに聞いた時、彼女も同じ事を言っていた。


「それに、このままここに居てもすぐに壁に当たると思うよ。流心流だけを習うよりも、他の流派を経験した方が良いんじゃないかな」

「そうですね……。ありがとうございます」

「いや、ウルグ君の中では答えが出ているみたいだし、その背中を押せたらな嬉しいよ」


 見透かされていたか。

 まあ、そうだろうな。


 その後、料理を食べ進め、雑談する内にシスイのテンションが高くなってきた。昔、今代の絶心流《剣匠》と決闘した時の話を、嬉しそうに話してくれている。

 メイとヤシロは二人で向い合って、お喋り中だ。本当に仲良くなったんだな、二人とも。

 キョウは静かながらも、シスイの話に興味がある様で、聞き耳を立てているのが分かる。


「――そこで、ジークの奴が私に突っかかってきたんだ。決闘で決着を付けることにしたのだが、忌々しい事に彼も強かった。当時のジークは絶心流四段の実力者でな。私も四段だったから、実力は伯仲していたのだが――」


 《双絶》のジーク・フェルゼンと言えば、俺でも多少は名前を聞いたことがある。

 過去に《剣聖》と激しい戦いを繰り広げた末、破れた事があるという話は聞いていたが、まさかシスイとも戦った事があるとは。


「絶心流には奥義に«絶剣»という技があるんだ。両手で剣を握り、全ての魔力、全ての力で相手を斬り付けるという技なのだが、龍種にすら致命傷を与える程の威力がある。

 本来は両手で剣を握って使う技だが、ジークは«絶剣»を左右の手、どちらからでも片手で使う事が出来るんだ。

 高速で移動しながら、どちらの手から来るか分からない«絶剣»に警戒しての戦いは苦しい物だった」

「結局、どちらが勝ったんですか?」

「引き分けだったよ。周囲の被害が激しくて、中断せざるをえなくなった。人の居ない森の奥での戦いだったのだがね、後々見れば嵐が来たかのような惨状になってしまっていたよ。森に住んでいた魔物達が森から逃げ出してしまっていて、後始末をするのが大変だった」


 シスイは苦い顔をしながらも、どこか昔を懐かしむような口調で語った。シスイがまだ『シスイ』になる前の話だ。それを本人から聞くことが出来るのは、中々にレアな経験なのでは無いだろうか。

 

「……よし、昔の苦い経験を思い出した所で、そろそろ私も次のステップへ進むとしよう」


 何やら張り切った様子で、シスイは店員を呼んで酒を注文し始めた。そういえば、さっきからシスイは酒を飲んでいないな。


「シスイ様、お酒はやめておいた方がいいんじゃないですか?」

「いや、この歳にもなって酒が飲めないのはいい加減恥ずかしいからな」


 メイが止めるのも聞かず、シスイは店員に運ばれてきた酒を手にとった。

 それを口に運ぼうとしているが、小刻みに震えている。


「昔、シスイ様はお酒を飲んで倒れた事があるんですよ。その時、結構酷い状態だったらしくて、それで死にかけたそうです」

「《剣匠》が急性アルコール中毒で死にかけるって、凄い話だな……」

「ふ、昔の話しさ! 私は酒を――克服した!」


 威勢良く叫ぶと、シスイは一気に酒を口に含んだ。何もそんな勢いで飲まなくても。

 口からコップを離し、シスイはしばらく無言になった。


「し、シスイ様?」


 その様子にメイが声を掛けた瞬間、手に持っていたグラスを机に落とし、そしてシスイ自身も顔から机に落下した。ガゴン、と痛ましい音が部屋に響く。


「ちょ、シスイさん!?」


 心配して皆が声を掛けると、シスイが弱々しく顔を上げた。その肌は真っ赤に染まっており、ぶつけた額にコブが出来ている。シスイは「き、きもちわるい。あたまいたい」と涙目になっている。

 取り敢えず水を飲ませてやり、ぶつけた額も氷で冷やした。


「うっ……まさか……まだ駄目だったとは」


 しばらくの間、シスイは気持ち悪そうにしていたが、


「ふ。ふふふ」


 徐々におかしな風にテンションが上がってきた。

 メイとヤシロに抱きついて、二人に頬擦りし始めたり、呂律の回らない口調で「じーく、こんどはたおしてやる」と言い出したり、完全に酔っ払いだ。

 メイとヤシロに飽きたのか、今度は俺の元にやってきて、前にやってきたように後ろから抱きついてきた。酒くせえ……。


「ウルグくん、きみはもうすこしこどもっぽくしたほうがかわいいぞ」

「別に可愛くなりたい訳じゃないですから……」

「ばかもの、かわいいはせいぎだ」

「知らないですよそんなの……」

「まったく、学園になどいかず、ずっとわたしのもとでけいこしていればいいものを! 王都なんて、ろくなところじゃないぞ!」

「さっきと言ってる事が違いますよ」


 しばらくはこんな感じで流心流の如く、シスイを受け流しておいた。

 しばらくして、シスイはある程度酔いが覚めたようで、今までの自分の言動を思い出してさっきとは別の意味で顔を真っ赤にしていた。

 ようやく落ち着いて、一段落した。


 

 翌日、シスイに稽古を付けてもらう予定だったのだが、道場に来てみれば案の定二日酔いでグロッキーだった。

 青い顔をして横たわっているシスイを見ながら、ヤシロに「お酒は飲み過ぎるとこうなるから気を付けろよ」と教えておく。

 シスイの苦しそうな顔を見て怖くなったのか、ヤシロは仕切りに頷いていた。


「……せっかく来てもらったのに済まない。うぅ、もう二度と酒は飲まない」

「……じゃあ、稽古の様子を見学していても良いですか?」

「ああ……。何なら混ざってもらっても構わない。好きにしてくれ……」


 死にそうなシスイに許可を取った為、俺とヤシロは『冷水の間』で稽古している門下生の所に行くことにした。

 『冷水の間』が近付いてくるが、今日はあまり音が聞こえない。やけに静かだな。

 

「どうやら、今は一対一の模擬戦をしているようですね。他の人は観戦しているみたいです」


 ヤシロの言う通り、『冷水の間』を覗いて見ると、部屋の中央で模擬戦が行われていた。他の門下生達は正座でその様子を観戦している。

 部屋の中央で戦っているのはキョウと、前に稽古をまとめていたあの男だった。

 中に入り、ソワソワとした様子で二人の戦いを見ていたメイに話を聞いてみる。


「その……キョウちゃんがまた稽古から抜けだそうとして……そうしたらオトガイさんがもう我慢出来ないって怒って……。そしたら、こんな事に」


 今まで見逃していたが、あのオトガイという男も堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 周りの連中は声に出しはしないものの、皆オトガイを応援している様だった。まあ、そうだろうな。


「どうした、動きが鈍いぞ!」


 流心流にも自分から攻める技が存在している。

 オトガイはそれを使ってキョウに攻撃を仕掛けた。そして、それに対してのキョウの返し技を、オトガイが再び返している。

 カウンターのぶつかり合いだ。

 

 返し技の速度や威力ではキョウが勝っている。だが、オトガイの方が剣技が安定していた。何かがずば抜けている訳ではないが、バランスが良い剣技だ。

 返し技を喰らう度に、徐々にキョウが押されていく。それを覆そうとキョウは焦るが、その焦りによって動きに精彩を欠き、余計に追い詰められていった。

 俺達が観戦を始めてから、ほんの二分程度で決着が付いた。


「――がっ」


 キョウは胴に木刀を打ち込まれ、木刀を放り出して地面に転がった。

 起き上がろうとする彼女の首元に木刀を突きつけ、オトガイは勝ち誇った表情を浮かべている。悔しさに涙を浮かべ、唇を噛むキョウに向かって「稽古をサボるからだ」と言ってのけた。

 周りの門下生達も、それに同調する。

 

「……何か、嫌な雰囲気ですね」

「仕方ない。これがキョウの選択なんだから」


 顔を顰めるヤシロに、俺はそう言った。

 練習をサボるということは、他の者から疎まれても仕方が無いということだ。まあ、人によっては稽古をサボらなくても、同じような状況にはなるけどな。

 全員で一人を疎む状況は、前世での俺を思い出させる。俺は一度足りとも稽古をサボった事は無かった。俺の強さに嫉妬していたんだろうな。


「っ」


 勝ち誇るオトガイ、それに同調する周りの視線。

 それらに耐え切れなくなったキョウが、立ち上がって入口へ走り出す。その背中に「またサボるのか」という声が浴びせられるが、キョウは止まらなかった。

 こうされる原因がキョウにある事を、メイは知っているのだろう。どう感じているのか、彼女は押し黙ったまま、小さく震えていた。


「ヤシロ、ちょっとの間、メイと一緒に居てくれ」

「どこへ行かれるのですか?」


 俺は正座をやめて立ち上がった。

 聞き返してくるヤシロに対して、


「ちょっと便所に言ってくる」




 キョウは裏の庭にいた。

 縁側に座り、押し殺したように泣いている。少し落ち着くのを待ってから、俺は話し掛けに言った。


「さっきの模擬戦見てたよ」


 キョウは俺を見て目をゴシゴシと擦り、赤い目でキッと睨み付けてきた。

 それを無視して、彼女の隣にまで移動する。


「……笑いに来たんですか?」

「いや? 勿体無いなと思ってさ」

「どういう意味ですか」

「あのオトガイって奴は三段なんだろ? じゃあ二段のお前が負けても仕方ないと思うけどな。その事を気にして泣いている時間が、勿体無いと思って」

「っ」


 キョウは縁側を強く叩き、勢い良く立ち上がった。キツい表情を浮かべながら、俺に詰め寄ってくる。


「私は、シスイ様の直弟子なんです! シスイ様に直接教えてもらえる人は多くありません! なのに、だから……!」

「ふぅん。シスイ様が教えてくれているのに、あんな奴に負けて悔しいって言いたいんだな。それはちょっと違うと思うぜ。指導者も大切だけど、結局一番大事なのは修行する自分だ」

「……っ! 知ったような、口を」

「お前がチンタラやってる稽古から抜けだしてるのは知っている。お前がその裏で必死に素振りしてるのも知ってる。お前が真剣に強くなろうとしてるのも知ってる。だけど思うように伸びなくて苛立ってるのも、まぁ知ってる」


 俺の言葉にキョウは少し驚いた表情をしたが、すぐに睨みつける様な表情に戻った。


「だからこそ、勿体無いと思ったんだよ。こうしている時間が」

「……貴方に、何が分かるんですか。パッと現れてシスイ様から稽古を受けて、私にも簡単に勝って、《翼竜》だって倒して、あっと言う間に初段になって! 貴方みたいに何でも出来るような人が、私の気持ちなんて分かるわけ無いでしょう!!」

「分かるよ」



 俺の胸ぐらでも掴んできそうな形相のキョウに、落ち着いたまま俺はそう言った。

 動きを止めるキョウに構わず言葉を続ける。


 やる気の無い連中と一緒に稽古したくない気持ちも、努力しても努力しても努力しても努力しても結果が出ない苦しみも、認めて欲しい人に認めて貰えない辛さも、頑張っている自分を追い越していく連中への嫉妬心も、これ以上努力を続けても自分は強くなれないんじゃないかっていう不安も――、


「――お前の気持ちは全部知ってる。

 だからお前と話がしたいって、ずっと思ってた。だから話にここに来たんだよ」


 中学生の頃に、今のキョウと自分を重ねてしまうような出来事があった。

 苦しくて、辛くて、嫉妬して、不安で。

 こういった感情を、俺も経験してる。だから自分と同じ経験をしているキョウに声を掛けてみたくなったんだ。

 

 キョウは俺の言葉に呆気に取られたようで、興奮に怒らせていた肩を落ち着かせ、俺の言葉に耳を傾ける素振りを見せた。


「キョウ、お前は今、どう思ってる。最近、思うように伸びないんだろ。

 このままで良いのか? このまま伸びずに剣を振り続けるか、いっそ剣を止めるか。

 キョウはどうしたいんだ」


 俺の問にキョウは何かを言おうとして口をつぐみ、それから小さく息を吸って答えた。


「――強く、なりたいです」


 それはあの時の俺の叫びと、一緒だった。

 そこからのキョウは、まるで堰を切った様に言葉を吐き出した。悔しさに拳を握りしめ、唇を噛み、涙を浮かべながら。心の底から、真剣に剣について考えていなければ、見せる事の出来ない姿だ。少なくとも、やる気のない門下生達には絶対に出来ない表情だ。

 ずっと誰にも言えずに溜め込んでいたのだろう。


「このままでいたいわけが、剣を止める訳が無いじゃないですか。

 シスイ様に拾われて、シスイ様に恩返しがしたいって、姉さんを守れる位に強くなりたいって、そう思って! だからずっとずっと頑張ってきたんです! 誰にも負けない位強くなろうって、誰にも負けないくらい努力して! 

 なのに段々伸びなくなって、私よりも努力してない人達に負けて! 

 おかしいじゃないですか! 

 シスイ様も稽古してくれなくなって、貴方達が道場に来て、シスイ様から稽古してもらって! ずるいです! 

 どうして! 

 頑張ってきた私よりも強くて、すぐに初段になって! 《翼竜》の時だって、私は全然役に立てなかったのに! 

 どうしてなんですか! 私はこれ以上頑張っても、意味ないんですか!? 

 分かんないです。

 もう分かんないよ!!」


 支離滅裂な言葉だった。

 だけどそれはキョウの心からの叫びで、支離滅裂でも、意味は伝わってきた。

 一生懸命な人間は好きだ。

 だから俺は、一生懸命なキョウを嫌いになれなかったんだと思う。


「ほれ」


 歯を食いしばるキョウに、俺は二本ある内の一本の木刀を渡した。

 そして彼女から距離を取り、「掛かってこいよ」と挑発する。


「……馬鹿に、して!」


 それに乗り、怒りのままに木刀を構えた彼女に向かって俺は突っ込んだ。

 あの返し技をしようと構えるキョウに、俺は剣を振る直前に動きを止めた。フェイントに乗せられて動いたキョウの木刀に打ち込み、手からたたき落とした。

 その拍子に尻もちをついて倒れこむキョウを、俺は見下ろした。


「っ」

「今、何で自分が負けたか分かるか?」

「……フェイントに乗ったから」

「そうだ。流心流の返し技は打ち込むタイミングをずらすフェイントに弱い。キョウはそのフェイントに乗せられる傾向がある。だから、相手が本当に打ち込んでくるのかを判断出来るようになる必要があるだろ。……こうやって、自分の駄目な所を見つけて、改善していくのも努力の一つだ」


 自分でも、結構酷い事をキョウに言っている自覚はある。

 元々喋るのが上手という訳じゃないんだ。こんな事を言われても、キョウは頭に来るだけかもしれない。

 俺は尻もちを付いているキョウに手を伸ばすが、彼女は動かない。


「どうして、貴方はこんな事をするんですか?」


 キョウは涙を浮かべ、震える声でそう言った。

 やはり、逆効果だっただろうか。

 俺の時は、誰も俺に何かを教えてくれはしなかった。アドバイスをくれる人は居なかった。全部自分でやってきた。だからかも知れない。俺は誰かに手を差し伸べて欲しかったんだ。だから、自分と似たような状況にあるキョウに自分を重ねて、身勝手で強引に手を差し伸べている。

 結局、これは俺の自己満足だ。

 だけど、俺は。


「さっき、強くなりたいって、私は頑張ってるって、言ったな」

「…………はい」

「だったら、もっと頑張れよ。もっと努力しろよ。こんな所で泣いてんじゃねえ。強くなれないんなら、勝てないんなら、強くなれるまで、勝てるまで頑張れよ。努力しろよ」

「なっ……。し、してますよ! 」

「やれる事は何でも試したのか? どうして自分が強くなれないのか分析したか? 自分に出来ない事を出来る奴の動きをよく見たか? いつもと違う稽古はしてみたのか? 

 努力の仕方なんていくらでもある。お前はまだ全部試してなんかない」

「何を、言ってるんですか!」



 怒りを顔に浮かべるキョウの手を俺から掴み、強引に立ち上がらせた。

 そして俺は。


「俺は―キョウみたいに何かに真剣に打ち込める奴が好きなんだ」


「え、は」


「尊敬する。格好良いと思う。

 何か一つの事を極めようとする事は、誰にだって出来る事じゃない。キョウ、お前は凄い奴なんだよ」


「……あ、貴方は」


「だから、キョウに折れて欲しくない。諦めて欲しくない。強くなって欲しい。こんな所で負けないで欲しい。

 俺はお前と同じ経験をしてきたし、今でも同じことを思ってる。もっと強くなりたい、もっと認められたいって。

 だからお前にも、頑張って欲しいんだよ」


 何を言ってるんだ俺は、めちゃくちゃだ。

 恥ずかしいな。


「悪い。これは俺の押し付けだよ。お前を格好良いと思った。だから、もっと頑張って欲しい。俺がここに来たのは、ただそれが言いたかった、だけなんだ」

「…………頑張れって言われても、どうしたらいいか、分からない、です」


 キョウの顔から怒りは消え、代わりに困惑した表情を浮かべていた。

 

「私は姉さんみたいに水属性の魔術が使える訳でも、シスイ様みたいに何でも出来る訳じゃないんです」


「キョウの使ってる返し技は十分に凄いと思うよ。初めて使われた時、食らいそうになったからさ」


「でも……あれだけじゃ、勝てなくて。せっかく、初代様の技が、使えるのに」

「さっきも言ったけど、キョウはフェイントに弱い。だからまず、フェイントに騙されない為の修行が必要だ。それから、あの技以外の剣技ももっと磨いた方がいい。初代の技が使えるのは凄いことだと思う。だけど初代もこの技だけで戦ったんじゃ無いと思うんだ」


「…………」


「キョウがまだ強くなりたいっていうんなら、俺が協力するよ。キョウが嫌じゃないんなら、だけど」


「…………」

「それに俺だけじゃないよ。シスイさんやメイは絶対に協力してくれる。二人とも、お前が真剣に頑張ってるって事は知ってるからさ。今、シスイさんがお前に稽古を付けてくれないのは、キョウが自分の教え方で悪い方に行ってしまったからだと思う」


「悪い、方」


「流心流の心構えだよ。キョウは常に冷静でいなきゃいけないっていう教えを、忘れちゃってるだろ? それはシスイさんが『強くなるためには激しい感情も必要だ』って言ってるのを、勘違いしているからだよ」


「……どうしたら、いいんですか」


「まずは、心構えから変えていこう」


 掴んでいたキョウの手を離し、俺はその頭を撫でながら言う。

 キョウは顔を赤くし、パッと身を躱す。


「努力を続ければ、絶対に望んだ結果が出るなんて、死んでも言えない。

 だけど、それでも、努力は実るよ。

 頑張る事は無駄なんかじゃない。

 だからキョウ。頑張り方をちょっとだけ、変えてみようぜ」


 顔を赤くし、睨むような目つきだが、それでもキョウは頷いた。



 

 

 そんな風に、キョウに偉そうな事を言ってから二ヶ月が経過した。 

 あれから、キョウの稽古の仕方は少し変わっていた。


 シスイとの稽古の合間、『冷水の間』に来てみると、いつもの様に門下生達が修行をしていた。

 ちょうどペアでの修行が終わり、複数人で行われる合同稽古が始まる所だ。

 その中に、キョウの姿があった。

 

 彼女はあの日から、合同稽古にさぼらずに参加するようになった。チンタラした門下生達の中で、必死の形相で剣を振るっている。そんな彼女の真剣さに周りは若干引いているけど、俺はそれで良いと思う。


「周りの連中がチンタラやっていようが、自分には関係ない。他が何していようと、その中で自分が真剣にやっていればそれでいい。有象無象なんて気にするな」


 あの日俺は、そんな風の事を彼女に言った。

 中学生時代の頃、俺が行き着いた答えだ。

 周りの人間が何をしていようと関係ない。自分が頑張っていれば、それだけ自分は強くなれる。サボっている奴は可哀想だ。無駄な時間を過ごしているんだから。

 


 合同稽古に参加することは、今のキョウにとっては必要な事だと思う。

 《翼竜》の時のような失敗を犯さない為には、周りの動きを読まなければならない。キョウが参加していなかった合同稽古には、周りの動きを読む力を高めるという意味もあった。


 それに、何だかんだ言っても、自分の実力が近い人間と競い合うのは良いことだと思う。自分には出来ない動きをする人を観察出来るし、ライバルが出来ればそれだけやる気も出る。

 俺がヤシロと模擬戦を頻繁に行うのも、こういう意味があるからだ。


 キョウが稽古に参加する様になってから、シスイも彼女に対しての個人稽古を再開したようだ。その事をキョウは一番喜んでいたな。

 俺やヤシロにも、キョウは稽古を付けてくれと言うようになった。

 俺は協力すると言っているし、キョウのあの返し技を盗みたいから、喜んで稽古を付けている。

 ヤシロも何だかんだでキョウに色々教えているみたいだ。


 二ヶ月経過したが、キョウはあれから劇的に強くなった訳ではない。だけど、少しずつ成長してきているのは剣を交えていれば分かる。


 最初は憎たらしい事を言ってきていたキョウだが、模擬戦を続ける内に態度が柔らかくなってきた。

 


「あの日は『この人何言ってるんだろう』って感じだったんですけどね」


 稽古が終わった後、裏庭の縁側に俺とキョウは座っていた。

 

「俺も自分で何言ってるんだろうとは思ってたから、あんまりツッコまないで欲しいな」

「あはは」


 最初は睨まれて、まともに会話も出来なかったけど、今はこうしてたまに話すようになった。

 キョウは浅葱色の髪を撫でながら、悪戯っぽそうに笑う。こいつ、あの日の事を結構からかって来やがる。


「まあでも、少しは感謝してますよ」

「少しね」

「はい、少しです」


 まあ、良いけどさ。

 結局、一番頑張ってるのはキョウなんだから。


 俺はキョウのやるあの返し技が全く真似できなくて、ちょっとガックシしてるだけだし。

 だけど、キョウはブスっとした表情をしているよりも、こうしてちょっとSっぽい笑顔を浮かべてる方が似合う気がするな。

 少し頬を赤くし、キョウが笑う。


「少しだけ――ありがとうございます、先輩」


 

 



次の話で二章終了です。

閑話をはさんで、それから三章になります。

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