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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第二章 紫影の盟約
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第十七話 『明鏡止水には遠く 前編』

 流心流。

 攻撃する事よりも、相手の技を防御し、返す事を専門に教えている流派。護身術としての側面も大きく、他の流派とは違ってそこまで筋力を必要としない為、女性が門を叩く事も多いらしい。


 この世界の流派の多くには『段』という物が存在している。

 初段からニ段、三段、四段と上がり、流派を極めた者が五段を取得する事が出来る。使用出来る剣技の数などによって段は上がっていき、《剣匠》になるには五段までの剣技を使いこなせるようにならなければならない。


 流心流に入門した者は、まず最初に素振りの仕方や体捌きなど『剣の基本』を徹底的に叩き込まれ、その後この流派の基本となる幾つかの剣技を教えられる。『剣の基本』を理解し、尚且つそれらの剣技を使えるようになって初めて、初段に達する事が出来るのだ。

 この『剣の基本』が出来ずに道場から去る人間も多いらしい。



 俺とヤシロの場合、『剣の基本』は出来ている。その為、最初から流心流の基礎剣技をシスイから直接指導して貰える事となった。


 道場に入ると、これらの修行に加えて道場の掃除や、挨拶の仕方などもやらされる事になるが、俺達は入門するのではなく、あくまでシスイに直接稽古をして貰う、という形なのでこれらの事はしなくても良い。俺が道場に入りたくない理由をスルーできて万歳だ。学園に入れば嫌でも上下関係を押し付けられる事になるだろうから、それまでの期間は自由に修行させて欲しい。


 俺らが掃除や挨拶をすっ飛ばして、しかも直接シスイに稽古を付けて貰えるという事を妬んでいる門下生も居るらしい。特にキョウという女の人がそうだ。

 どこに行っても人間関係には面倒が付き纏う、という事を実感しつつも、俺とヤシロの流心流剣技の修行は始まったのだった。




「違う、弾くんじゃなくて、相手の攻撃に刃を添えて滑らせるんだ」


 シスイから稽古を付けて貰える事になって、数日が経過していた。

 今日、俺達は流心流の初歩の技である«滑水»の使い方と、体捌きの仕方などを教わっていた。

 今はヤシロと俺は木刀を使い、お互いに剣を振り合い、それを上手く受け流せる様に練習をしている。ヤシロは早々に俺の木刀を受け流せる様になったが、俺は苦戦していた。

 成功する時もあるのだが、多くの場合、失敗して弾いてしまうのだ。最初と比べれば、三日目の今日は失敗する回数は減ってきた物の、元から受け流すよりも弾く事の方が得意だったからか、中々上手くいかない。


 失敗する俺に対して、シスイが手本を見せながら解説してくれる。剣に関して、こうして誰かに何かを教えられるのはかなり久しぶりだ。こちらに来てからは基本的に独学でやってきたからな。

 俺より先にヤシロが«滑水»を習得した事に悔しさを覚えない訳でも無かったが、誰かに自分の出来ない事を教えて貰うのが新鮮で、正直に言って楽しかった。


「行きますッ!」


 ヤシロが俺に目掛け、上段から勢い良く木刀を振り下ろしてきた。シスイが手本を見せてくれた時の構えを真似し、落ちてくる木刀と自分の木刀に全神経を向ける。

 木刀同士がぶつかり合う瞬間、いつもはここで弾いてしまう。

 実力が拮抗している者が相手の場合、確かに弾くだけでも良いのだが、相手の攻撃が受け切れない威力を持っている時などに、受け流す事が出来なければ押し負けてしまうだろう。だからこそ、受け流すという防御法を覚えなければならない。


「っ」


 弾くのではなく、攻撃に対して刃を添えて滑らせ、その威力を受け流す。

 シスイに教わった事やシスイの動きを思い出しながら、それを最大限真似した。

 ヤシロの木刀は弾かれる事無く、俺の刃を滑ってその衝撃を散らす。

 成功だ。

 

「ヤシロ、もう一度頼む」


 成功した感覚がある内に、繰り返し練習して再現できるようにしておきたい。

 ヤシロはコクリと頷くと、俺から少し距離を取って、再度木刀を振り下ろしてきた。

 

 それに対して、俺は――。


 

 その後、何度も繰り返し練習した事で感覚を掴む事に成功し、俺はシスイから«滑水»の習得を認められたのだった。




 道場での修行を終えた俺達は、そのままギルドの訓練施設へ向かい、教わった事の復習を兼ねて模擬戦を行っていた。二人共、魔術服を装備したまま、ギルドで貸し出されている木刀を使っている。ヤシロの木刀は小刀と同じくらいのサイズだ。

 周囲の冒険者達が俺達に視線を向けているのを感じるが、それらは全て無視した。


 人狼種ライカンスロープの身体能力を利用したヤシロの剣技。直接対面して、改めてその速度に戦慄する。一撃一撃は軽い物の、それを連続して喰らえば大きなダメージとなり得るし、何より急所を捉えられれば軽くても致命傷を負ってしまうだろう。

 

 シスイとの戦いでやった様に、俺を囲むようにしてヤシロは高速で走り回る。相手を撹乱し、隙をついて急所を攻撃してくるつもりなのだろう。

 隙を見せた瞬間、ヤシロは両足をバネの様に沈め、弾丸の様に直線上に跳んでくる。その速度は今の俺でも対応しきれるか分からない。狭い迷宮よりも、広い場所でこそ真価を発揮する戦い方だ。

 «魔力武装»で感覚を強化し、俺はヤシロの姿を追いかける。このままでは埒が明かない。

 俺はヤシロに対して、ほんの一瞬だけ、敢えて隙を見せてみた。

 その瞬間、ヤシロは弾丸の様に突っ込んできた。軌道は分かっている。俺はただ、タイミングを見計らってそこへ剣を振り下ろすだけだ。


「――ッ!」


 間合いに入った瞬間、俺はヤシロがやってくる場所へ剣を振った。しかし手応えは無く、代わりにスルリと木刀が滑る感覚が伝わってくる。

 «滑水»を使われたのだ。

 見れば、ヤシロは俺の木刀を受け流してすぐに、懐からもう一本の木刀を取り出した。最初から使っているのと同じ、小刀サイズの物だ。

 片方の剣で相手の攻撃を受け流し、もう片方の剣で相手を攻撃する。

 俺はこの技を知っている。かつて、セルドールが盾と剣でこの技、«滑水斬»を使っていた。

 «滑水»の応用であるこの技は、二刀流か盾使いにしか出来ない為、俺に使うことは出来ない。ヤシロがシスイから教わっている姿を見た覚えは無いが、いつの間に習得していたのだろうか、


「――」


 首元の直前で、ヤシロの木刀が止められる。

 俺はヤシロの«滑水斬»に対応する事が出来なかった。


「……俺の、負けだな」

「はい」


 お互いに木刀を収め、その後今の模擬戦に関しての感想を言い合う。

 シスイとの稽古が始まると同時に、この模擬戦もやるようになった。


「いつの間に«滑水斬»が使える様になったんだ?」

「セルドールが使っているのを何度か見ていたので、«滑水»が使える様になった今なら、出来るかなと思ったんです」

「ああ、なるほどな。じゃあ実際に使ったのは今のが初めてなのか?」

「そういう事になりますね。成功したので少し驚きましたが」

「いや、俺も驚いたよ。全く反応出来なかった」

「やっとウルグ様に勝てました。ふへへ」


 何度か模擬戦は行っているが、今の所は全て俺が勝っていた。今の模擬戦で初めてヤシロに負けた形になる。完全に«滑水斬»に不意を突かれてしまった。

 初めて使ったというが、受け流しと攻撃のタイミングは完璧だった。

 

「真っ直ぐに突っ込んでくるのは、凄い速度だとは思うけど、相手にある程度の実力があれば見切られてしまうから、確実に倒せると思った時以外は使わない方が良いかも知れないな。今みたいに相手の不意をついて«滑水斬»を決められる事もあると思うけどな」

「そうですね。気をつけます。んー、私からは特にウルグ様に失敗は無かったと思います。«滑水斬»で不意を突けなければ、恐らく対処されていたと思いますし」


 こういう感じにお互いの感想を言い合った後、«滑水»の練習を行った。

 こちらに関しても、お互いにフォームを見合って感想を言い合って改善していく。今日は二人共ほぼ«滑水»をマスターしていたため、特に言うことは無かった。

 

「二刀流って格好良いな。俺には難しそうだけど」


 «滑水»の練習が終わった後、ヤシロに近付いてそう言おうとすると、


「あ、あまり近寄らないでください」


 と逃げられてしまった。それから慌てて持ってきていたタオルと汗を拭っている。

 どうやら、以前の言葉がトラウマになってしまっている様で、汗をかいている状態だと俺から避ける様になってしまった。

 お風呂には毎日浸かり、肉も控えめにしているから、以前の様な獣臭さは感じなくなっているのだが、それを言ってもヤシロは信用してくれないのだ。

 本当に悪いことをした。あまり臭いを気にしすぎると良くないと聞いたし、これからは臭いには触れないようにしよう。


「汗かいてる時に近寄られると、その焦ります」

「汗だけに?」

「……汗だけにです」


 ヤシロは恒例のギャグを言いつつも、いつもように自分で笑ったりはしない。

 どうにかして気にしないようにフォローを入れないといけないな……と思いつつ、その日の訓練施設での修行は終え、俺達は外へ出た。


「今日はどうしますか? それなりに時間に余裕がありますし、迷宮に潜っても良いと思いますが」

「ん、そうだな。取り敢えず、ギルドに行って丁度いい依頼が無いか見てみようか」

「はい」


 最近の一日の予定としては、まず朝から昼まで流心流の道場でシスイから稽古を付けてもらい、その後昼食を取って訓練場で模擬戦や剣技の復習をしてから、残った時間で冒険者業をしている。

 シスイの予定が合わない日は訓練場で模擬戦をして、その後ずっと冒険者業だ。

 Cランクの依頼は難易度は高いものの、それに見合っただけの金額を稼ぐことが出来る。このペースで行ければ、俺達の入学金を揃える事が出来そうだ。



 俺達は冒険者ギルドで今日中に達成できそうで、かつ儲けの良い依頼を選び、それを受ける事にした。




 シスイとの稽古が始まってから、二週間近くが経過した。


 その間、俺達は«滑水»を実戦でも使えるように徹底的に修行をした。唐突にシスイが不意打ちを仕掛けてきて、それを«滑水»で受け流さなければならない。反射的に弾いてしまったり、躱してしまうという事もあったが、最近では咄嗟に«滑水»が使える様になってきている。


 ヤシロはシスイに«滑水斬»を使える事を話し、アドバイスを貰っていた。

 それと平行して、流心流独特の構えや体捌きも少しずつ次のステップへ進んで行く。

 これに関しては剣道の応じ技の時の動きと少し似ており、ヤシロよりも俺の方が先に上達する事が出来た。


「『川に流れる水の如くあれ』。常に冷静でいる事。流心流で最も重視されている考え方だが、戦いに身をおく者ならば皆が常に頭の片隅に置いておかなければならない事だと、私は考えている。冷静さを失えば、それだけ剣の振りは単調で雑になってしまうからね。君達は流心流をメインにして戦う訳ではないが、この冷静さを忘れないで欲しい」


 流心流は相手の攻撃を見てから対応する為、瞬発力が要求される。その一瞬を逃さない為にも、常に自然体かつ冷静な気持ちでいなければならない。そしてそれは、確かにシスイが言っている通りに流心流で無くとも大切な事だ。平常心を忘れればその分だけ動きが予測されやすくなってしまう。


「これに合わせて、強くなるのであれば、強い向上心を忘れるなとも教えているのだがね。キョウの奴はそこを少し勘違いしている。戦いの最中にそれを持ち込んでしまうのは隙を見せている事と同じだ」


 修行の合間に、シスイはキョウについてそう言葉を漏らしていた。

 メイとキョウは六歳の時にシスイに拾われ、二人とも僅か一年で初段までの技を修得している。更にそこから二年で二段にまで上り詰めた。九歳で二段になった彼女達を他の者達が『天才児』と呼んだ為、キョウはその事に驕ってしまっているらしい。

 言われた事を精一杯やろうとするメイは二段になってからも順調に成長しているが、キョウはそこから殆ど伸びていない。俺達の姿を見せて良い刺激になればと思ったのだが、中々上手くいかないものだな、とシスイは溜息を吐いていた。


 俺達がシスイから稽古を受けるようになってから、時折キョウやメイとは道場の中ですれ違う。

 メイがほんのりとした穏やかな笑みを浮かべながら「おはようございます」と挨拶してくれるのに対して、キョウは俺達を無視するか、チクッとした嫌味を言ってくる。後からメイが「あの子はシスイ様が大好きで、ウルグさん達に嫉妬しているんです」と教えてくれた。

 

 休憩時間を終え、修行に戻ろうとした時だった。

 扉がガラガラと勢い良く開かれると、キョウがズンズンと中へ入ってきた。メイがそれを止めようとするが、キョウはメイを振りほどいて俺達の元までやってきた。


「シスイ様。この人と模擬戦を行わせてはくれませんか」


 俺を指さして、キョウは低い声でそう言う。その様子にシスイは目を細くしていたが、何も言わず俺にどうかと聞いてきた。模擬戦をやる事自体は別に良いので、俺はそれを引き受けた。

 ヤシロが憤った様子でキョウに何か言おうとしていたが、これ以上ややこしい事にしたくないので「イカが怒っちゃいかん」と適当なダジャレを耳元で呟いて止めておいた。笑いの沸点低すぎ。


「私は貴方が気に入りません。流心流に入門してすら居ないのに、シスイ様から稽古を受けるなど……」

「シスイさんから俺達に力を貸してくれるって言ってきたんだ。別に何か悪いことをしている訳じゃないだろ」

「……っ!」


 俺の言葉に、キョウは開始の合図も無いままに飛び掛ってきた。

 流心流は待ちの剣。そう思っていただけに、キョウから向かってきたのは予想外だった。

 間合いにまで踏み込まれ、俺は右斜から剣を振るう。


「――!?」


 次の瞬間、キョウの木刀が目の前に迫っていた。

 何が起きたか分からぬまま、俺は後ろへ飛び退く。そこへキョウが追撃してくる。

 さっきのは、返し技だろうか。流心流において、防御と同じくらいに重視されているのがカウンターだ。

 最初にキョウが自分から近付いて来たのは、接近する事で相手に剣を振らせ、それに対してのカウンターを放つという、誘い技だろう。シスイが使っていた«引水»と少し似ている。

 

 キョウの技が何なのかを解明する為、俺はもう一度誘いに乗った。追撃してくるキョウに向かって、敢えて緩めに剣を振った。


「!」


 俺が剣を振るのと同時に、キョウは俺の木刀に刃を滑らせ、そのまま俺を狙ってくる。それによって剣の軌道を逸らすと同時に、自分の刃を相手に当てる事出来る。

 じっくりと観察していなければ、自分が振った剣が外れ、唐突に相手の剣が目の前に迫ってくる様に見えるだろう。

 これがさっきの技の正体か。


 恐ろしい技だが、種が割れてしまえば対処出来る。

 体を傾けてキョウの木刀を躱し、一度距離を取った。そして今度は俺から攻める。

 使う技は一つだ。


「っ!」


  キョウに向かって振った木刀が、途中で速度を変える。キョウはそれをさっきの技を使って受け流そうとしたが、俺がタイミングをずらした事によって叶わず、正面から攻撃を受け止める事になった。小さく悲鳴を上げ、キョウは木刀を手から離してしまう。そこへ俺は木刀を突き付けた。

 

「ウルグの勝ちだな」


 そう静かに告げるシスイに、キョウは瞳に涙を滲ませる。

 二段というだけあって、確かに動きは良かった。だけどそれだけだ。キョウの実力ではヤシロにも勝てないだろう。

 

「……っ!」


 キョウは小さく嗚咽を漏らし、入口から飛び出して行ってしまった。メイが俺達に頭を下げ、慌ててその背中を追いかけていく。

 残された俺達に、シスイが礼を言ってくるが、あまり耳に入らなかった。

 悔しそうに涙を浮かべるキョウの姿がヤケに気になった。



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