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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第二章 紫影の盟約
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第十六話 『流心流剣技』


「……行きます」


 木張りの床を蹴り、ヤシロが一気にシスイに接近する。

 かなりの速度だ。速さは、俺よりもヤシロの方が上だろう。

 向かってくるヤシロに対し、シスイは何もしない。ただ微笑みを浮かべ、その動きを目で追っているだけだ。構えも何もない、ただの自然体。

 ヤシロがシスイの間合いに入ろうとした、その直前。


「――っ」


 息を飲み、寸前で後方へ飛び退いた。

 シスイは何もしていない。だが、ヤシロは驚きで目を見開いている。

 恐らく、シスイに打ち込む余地を見出せなかったのだろう。ここから見ていても分かる。一見隙だらけに見えるシスイの、隙のなさが。

 ヤシロの次の行動は、高速でシスイの周りを移動することだった。彼女を撹乱し、死角から攻撃しようとする腹積もりだろう。


 ……速い。

《魔力武装》で視力を強化して、ようやくついていける速度だ。

 だが、シスイの目は、高速で動くヤシロを難なく追っていた。

 あれだけの速度を出しているのに、シスイに一切の隙はない。


「ふむ」

「――ッ」


 だというのに、何故かヤシロは飛び込んでしまった。

 シスイの背後に回ると同時に、弾丸のようにシスイへと突っ込んでいく。


「――――」


 シスイが剣を持ち上げたのが見えた。だが、何をしたかは見えなかった。

 次の瞬間、ヤシロが宙を舞っていた。 

 木刀を取り落とし、ヤシロが床に落下する。どう見ても、勝負ありだった。


「……お見事です!」


 見学していた門下生達がざわめき声を上げる。


「大丈夫か?」

 倒れたヤシロに、慌てて駆け寄る。


「……はい。激しく倒れ込んだのに、全然痛くないです」


 ヤシロが怪我をしないように、シスイが加減したのか。

 あれだけの速度を前に、怪我をしないように加減できるほどの余裕。どれだけの実力差があれば、できる芸当だろうか。


「さて、次はウルグ君かな」


 ヤシロを相手に、シスイは汗の一滴すら流していなかった。それどころか、最初の位置から一歩も動いていない。


「……はい」

「ウルグ様、頑張ってください」


 ヤシロの言葉を背に、シスイと向かい合う。


「いつでも掛かって来ると良い」

「…………」


 対面して改めてシスイの隙のなさが分かる。

 壁を前にしていると言うよりは、滔々と流れる川の流れに剣を向けているような感覚だ。

 どのように斬り掛かっても、水に傷を付けることはできない。

 傷を付けられる、気がしない。


「――どうした、掛かってこないのかい?」


 挑発するように、シスイが笑い掛けてくる。

 ここで斬りかかれば、先ほどのヤシロと同じように一瞬でやられるだろう。乗せられてたまるか。

 挑発に乗ってこないと悟ったのか、シスイが小さく笑った。


「ふ」


 次の瞬間、俺はなぜあの時ヤシロが斬り込んでしまったのかを悟った。


「な――」


 それは、風が吹いたかと錯覚するほどの剣気だった。

 今すぐ動かなければ、斬り殺される。

 目の前に現れた死に、恐怖に身が支配される。思わず、斬り掛かりそうになった。


「お――おぉッ!」


 叫びながら、地面を踏み鳴らす。そうして、動こうとする自分を強引に止めた。

 踏み込みに床が軋み、門下生達が小さく声を漏らす。


「ほぅ。動かないか」


 感心するように呟くと、そこでようやくシスイが木刀を構えた。

 それまで以上に、隙がなくなったのを感じる。


「今のは《引水》と言って、相手を自分に向かってくるように仕向ける技なんだ。単純な技だけど、引っ掛かってしまう人が結構いてね」


 シスイが得意げに、今の技を説明する。


 ……なるほど。ヤシロの戦いを見ていなかったら、間違いなく引っ掛かっていただろう。

 次は引っ掛からないように、警戒しないといけない。

 そう心に刻み、警戒をより強める。そして、


「――だから、引っ掛からなかったのは見事だね」


 気付けば、シスイが俺の間合いに入ろうとしていた。

 ほんの数瞬前まで、間合いの外で会話していたというのに。


「は、な!?」


 何が起きたのか分からない。

 思わず声をあげながら、飛び退こうとする。


「――――」


 直後、無理だと悟った。

 このまま逃げようとした瞬間に、シスイに斬られる。

 だったら――、


「お、おおおおッ!!」


 即座に攻めに反転した。

 チャンスは一振り。

 魔力を全開にして、渾身の一撃を放つ。


 シスイはまだ何もしていない。だが、先ほどのヤシロのように対処されるのは分かっている。

 だから剣を放って、一秒にも満たない時間の中で、《幻剣》を使用した。

 渾身の一撃を、さらに最高速の一撃へと昇華する。

 剣の速度が変われば、流石のシスイにも隙ができる――。


「――――」


 シスイが僅かに目を見開いた。その後、小さく笑うのが見えた。

 シスイが剣を持ち上げるのが見えた。

 しかし、そこから、何をされたのか分からなかった。


「は」


 木刀が、滑る感覚があった。比喩表現ではなく、まるで水に流されるかのように。

 そう自覚した瞬間、視界が回転する。

 手の中から、木刀が弾き飛んでいくのが分かった。

 気付けば、俺は天井を見上げていた。


「どうかな?」


 シスイの声。

 首元に、木刀が突き付けられていた。


「……参りました」


 そう口にするのが、やっとだった。

 


 手合わせの後、上座に腰を据えたシスイの前に、俺とヤシロは座っていた。


「ふむ」


 シスイは顎に手を当て、小さく息を漏らす。


「手合わせして、おおよそ二人の腕については理解した」


 俺達へ交互に視線を向けながら、シスイが話し始めた。


「なるほど。その年齢でCランク冒険者になるだけのことはあるね」


 シンとした部屋の中に、シスイの声だけが響く。

 俺達はシスイの言葉にただ耳を傾けた。


「ヤシロちゃんの身のこなしには、目を見張るものがあった。太刀筋も鋭い」


 ヤシロは真面目な顔をしたまま、彼女の言葉に小さく頭を下げる。

 シスイがヤシロから俺に視線を移した。


「ウルグ君も《引水》に乗ってこなかったのは見事だった。その後の技も、面白かったね。あれは、振った後に剣速を変化させたのかな?」

「……はい」

「なるほどね。良い技だ」


 なかなかの高評価だった。

 ……俺は自分がどうやって負けたのかも分かっていないんだけどな。

 完膚なきまでに、負けた。俺はシスイの足元にも届いていなかった。

 分かってはいたんだ。だけど、ここまで為す術なく負けるなんて。


「端的に言って、君達には才能がある。剣の道に進んでも、人生を棒に振ることはないだろう」


 じゃあ、稽古を付けてくれるのか。

 そう俺が尋ねるよりも早く、シスイは指を一本立てて見せた。


「その前に、君達が剣を学びたいと思う理由を聞かせてくれないかい?」

「理由……ですか?」

「そう固くならなくても良い。これは、ただの興味本位だからね」


 薄い笑みを浮かべて、シスイがヤシロへ視線を向ける。


「ヤシロちゃんはどうして、剣を学びたいのかな?」

「私が今ここに存在していられるのは、ウルグ様のお陰です。だから、私はウルグ様の力になりたい。だから、強くなりたいんです」


 間髪入れず、ヤシロが堂々と答えた。


「ヤシロ……」


 顔が熱くなるのを感じる。

 ハッキリ言われると、その、困る。


「なるほどね。ウルグ君は愛されているね」


 そう、シスイが笑い掛けるが、ヤシロは真剣な表情を崩さない。

 紫紺の瞳から放たれる、刃のような鋭い視線。その様子にシスイは満足したかのように頷くと、今度は俺に視線を向けてきた。


「じゃあ、次はウルグ君だ」


 来た。俺か。


「君が強くなろうとする理由が、私としては特に気になるね」


 そう言って、シスイが笑い掛けてきた。


「――《剣匠》の私に負けて、そこまで悔しがる人を見たのは初めてなんだ」


 シスイの視線の先には、膝の上で握りしめた拳があった。

 悔しくて、それを堪えるために握りしめていた拳だ。


「君はどうして、強くなろうとするんだい?」


 決まってる。


「――俺は《剣聖》になりたいんです」


 シスイの目を見て、俺は言った。


「俺は最強になりたい。だから、シスイさんにも勝てるようにならないといけないんです」


 端で聞いていた門下生から、「なっ」と驚きの声が漏れる。

 失礼だと、気を悪くしている者もいるようだった。

「ふふん」とヤシロはどこか誇らしげな鼻息が聞こえてくる。

 そして、


「――ほぅ」


 シスイはゾクッと肌が粟立つような笑みを浮かべた。


「この私を、越えると?」


 今までとは違う、肌で感じることができる圧倒的な存在感。直接、頭を押さえつけられているような感覚だった。


「――はい」


 だが、俺は目を逸らさない。

 この夢だけは、絶対に諦めない。だから誰にどう思われようと、関係ない。


「ウルグ君。君は確かに強い。だけど、それはあくまで『年齢の割には』という話だ。《剣聖》になりたいと願う剣士の中には、掛け値なしの実力者が揃い踏みしているよ? ウルグ君、君は自分に《剣聖》になれるほどの、分があると思うかい?」


 意地悪な表情で、意地悪なことを聞いて来やがる。


「本当に《剣聖》になれるとでも、思っているのかい?」


 その問いに対する、俺の答えは一つだ。


「――俺は《剣聖》になります」


 それ以上でも、それ以下でもない。

 分とか、そんなのは知ったことじゃない。


 あの日、あの夜、最強になると決めた。

 あの日、あの人に、最強になると誓った。

 誰がどう思おうと、誰が何を言おうと、俺は《剣聖》になる。

 ただ、それだけだ。


「――――」


 俺の言葉に、シスイは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。


「――面白い」


 それから、心底おかしそうに笑った。


「……と、あいつなら言うんだろうね」

 ボソリ、とシスイがそう付け足した。


「うん。君達が気に入ったよ。二人がどこまで行けるのか、見たくなった」


 シスイがゆっくりと立ち上がる。

 門下生達が、「そんな」とざわめくのが聞こえてきた。

 だが、シスイは気にした風もなく言った。


「相、分かった。ウルグ君、ヤシロちゃん。君達に剣を教えることを約束しよう」 


 こうしてこの日、俺達はシスイに剣を教えてもらえることになった。


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