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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第二章 紫影の盟約
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第十四話 『奇妙な縁』

 

 翌日、俺とヤシロは冒険者ギルドに来ていた。

 

 依頼を受注しようと掲示板を眺めていると、背後から女性に声を掛けられた。

 どこかで見たことがある顔だ。

 よく見れば、 迷宮で助けた盾と槍を装備していた女性だった。

 この人を助けるために、大量の魔物を叫んで引き付けたんだったな。


「あの時、助けてくれてありがとう」


 礼を言いながら頭を下げるこの女性は、クリス・クライスタルという名前らしい。

 赤色の髪をショートに切り揃えた、どことなく男らしさを感じる人だった。年齢は二十代前半くらいだろうか。 

 今日は盾と槍は装備しておらず、シャツとハーフパンツという動きやすそうな服装だ。


「いえ、困っている人を助けるのも冒険者の仕事の一つなので気にしないでください」

「いやいや、気にするよ。ありがとうね、二人とも。それで、さ。ちょっとだけ私に付き合ってくれないかな?」

 

 クリスが言うには、祖父が武具店をやっているらしく、俺達に礼がしたいから来てくれと言っているらしい。

 特に断る理由も無かったので、クリスに着いていく事にした。


 冒険者ギルドから離れ、クリスの案内で武具店がある方向へ歩いて行く。

 迷宮都市には結構な数の武具店があるが、クリスの祖父が経営しているという武具店はどんな所だろう。


 歩きながら、クリスがヤシロに対して親しげに話し掛けていた。


「ウルグ君とヤシロちゃんだったよね。実はさ、私あの時決闘を見てたんだよ。お礼を言いに行こうと思ったら、その相手が決闘をしようとしててびっくりした」

「あの時、私を庇って叫んでくれましたよね。ありがとうございます」

「いやいや、礼を言われるような事は何もしてないよ」


 そういえば、あの時命の恩人がどうのと叫んでいた女性が居たが、あれはクリスだったのか。

 クリスはそう言って苦笑した後、眩しい物を見るように俺の方を向いた。


「あの時のウルグ君の啖呵、めっちゃ格好良かったよ。もうキュンキュン来ちゃったね」

「ど、どうも」


 ニカッと笑いながらそう言われて、俺は照れるしか無い。

 そんな俺のリアクションに、クリスは「あはは」と声を出して笑う。ヤシロもつられたのか、フードの中で笑う気配がした。


「おっ、こいつが話題の黒髪ルーキーか?」

 

 反対側から歩いて行きた三人組の冒険者の一人が、通り過ぎる時にこちらを指差してきた。


「うわっ、俺初めて黒髪みた……。確かあれでCランクの冒険者なんだっけか?」

「いや、あり得ないだろ」

「見た所、まだ本当に十歳くらいのガキだな。あんなんが《百目百足》を倒せるとは思えねえな」


 俺に聞こえる音量で、結構失礼な事を言ってくれる。

 迷宮や決闘の件で俺の噂が余計に広まり、また注目される様になってきたな。


「……ウルグ様を馬鹿に……」

「ヤシロ……?」


 カチャリと刃を抜く音が聞こえた。

 見ればヤシロが憤怒の表情で小刀を抜き、冒険者を追いかけて行こうとしている。

 

「ちょ、ヤシロ何してるの!?」

「ウルグ様を侮辱する物は、殺ります」

「いや殺らなくていいから! お前そんなキャラだっけ? ちょっと前まで冷静なキャラだったろ」

「主人を馬鹿にされて憤らない影などおりません!」


 冷静さを失って冒険者に襲い掛かろうとするヤシロを背後から羽交い締めにして何とか説得し落ち着かせた。

 フードを被った少女が小刀を振り回すのは冗談抜きで怖いので、やめて欲しい。


「……あはは、凄い子だね」

「……ふんっ」

 

 呆れた笑みを浮かべるクリスに、去っていく冒険者達を見て鼻を鳴らすヤシロ。

 周りの冒険者が奇異の視線を向けてくるので、


「……先、進みましょうか」


 とどっしりとした疲労感を覚えながら、俺はそう言ったのだった。



「着いたよ」


 しばらく歩いて、俺達は店へ到着した。

 クリスが指を指された店を見て、俺とヤシロはぽかんと口を開けてしまった。

 何故なら、案内された先にあったのはこの迷宮都市でも最大級の武具店である、『バドルフ武具店』だったからだ。

 この世界の文字で書かれた大きな看板に、多くの冒険者が出入りしている入口。そこからは触れないようにケースによって仕舞われた幾つもの武器が見えていた。


「びっくりした? お祖父ちゃん、ここの店主をやってるんだ」

「お、お祖父さんの名前は……?」


 店を指さしながら得意気に片目を瞑るクリスに、ヤシロが俺達に礼を言いたいという、クリスの祖父の名前を尋ねた。クリスは「んふ」と笑うと、


「バドルフ・クライスタルだよん」


 とドヤ顔をしながら答えたのだった。



 

「俺の孫を助けてくれた事に、心から礼を言わせてもらう。クリス、お前もヘラヘラしとらんで頭を下げろ」

「わかってるから、痛いって!」


 バドルフ武具店の中に入り、俺達は店の奥にある客間に連れて行かれた。

 何かの毛皮で作られているのであろう高級そうな椅子に座らせられていると、六十歳近くの白髪の老人が部屋の中に入ってきて、大きく腰を折って礼を言ってきた。

 老人に頭を抑えつけられて涙目になりながら、クリスがもう一度改まって礼を言ってくる。何度も礼を言われた後、老人とクリスは俺達の向かい側の椅子に腰掛けた。


「俺はバドルフ・クライスタルと言う。この店の店主だ。よろしく頼む」


 老人はやはりクリスの祖父である、バドルフだった。

 短く切り揃えられた髪は全て白髪に染まり、その顔には歳を感じさせる皺が幾つも刻み込まれている。しかし、青い双眸には老いを感じさせない強い気迫が込められており、その肉体も引き締まっていてとても老人の体とは思えない。

 バドルフの声は低いが、芯が通っておりハッキリと耳に聞こえてくる。


 このバドルフ武具店はほんの十数年前にこの迷宮都市に作られたという。十数年の間でこの店を迷宮都市でも最上級の武具店にまでのし上がらせたのだ。バドルフ本人を見て、俺はこの男ならやってのけるだろうと思った。


「ウルグさんにヤシロさんだな。二人の話はクリスから聞いておる。その歳でCランクの冒険者にまで上り詰めたそうじゃないか。実際に見てみて分かった。二人ならそれが可能だろうな。全く、クリスもこの二人ぐらい強ければいいんだがなぁ。そうでないなら店を手伝えばいいものを」

「私は自由に生きたいのー!」

「ふん」


 クリスの言葉に鼻を鳴らした後、バドルフは俺達の方に視線を戻した。

 ジッと俺達の事を見つめ、


「孫を助けてもらった礼をしたい。良ければ二人に武器と防具を譲らせてくれないか?」

「武器と防具って……。この店の、ですか?」


 思わずおかしな質問をしてしまった俺に、バドルフは「当たり前だ」と笑った。

 しかし、俺が慌てたのも理解して欲しい。

 この店の武具は剣一本、小手一つにしても目が飛び出る程の値段なのだ。それを二人分、譲ると言われて慌てない方がおかしい。


「そんな高い物を」

「良い。子供が値段なんかを気にするもんじゃない。譲ると言われたら素直に譲って貰う物だ。それに君達は孫という、どんなに値段を掛けても代わりのない大切な物を守ってくれたのだ。孫の命となら、この店全ての武具でも捨てられる」


 俺の言葉を遮って、バドルフは低くよく通る声でそう言った。隣でクリスは照れくさそうにそっぽを向いている。二人にどこか眩しい物を感じながら、俺はそれ以上何も言えず、「分かりました」と答えておいた。



 それから俺達はまずどんな防具が欲しいかを尋ねられた。

 俺とヤシロは防御力が高く、尚且つ軽い物を頼んだ。


 バドルフは何着かの魔術服を持ってきて、俺達とその服を何度か見合わせた後、「これとこれだな」と言って服を渡してきた。


 俺が渡されたのは黒いコートとズボン、そしてシャツだ。シャツも含めて全てが魔術服だという。

 コートに関しては所々に金色の刺繍が施されており、どことなく前世での軍服を想起させられる。

 中二っぽさを感じながらも、俺はそれらを全て着てみた。

 サイズを自動的に調整する«魔術刻印»があるようで、服は俺の体にフィットした。全く重量は感じない。前に着ていた魔術服以上の軽さだ。防御力は試さなければ分からないが、恐らくは相当な物だと思う。

 外に出ると、クリスに格好いいと褒められた。その横でバドルフは当然だ、という顔をしている。

 しばらく外で待っていると、ヤシロも着替え終えて外に出てきた。


「格好良い……」


 新しい魔術服を身に付けたヤシロを見て、思わず俺はそう言ってしまった。

 バドルフの趣味なのか、ヤシロの魔術服もどこか軍服風だ。暗い青色のコートの下に、黒いスーツの様な物を着ている。コートやスーツにも、俺と同じような刺繍が施されていた。下はスーツと同じ色のミニスカートだ。頭には狼耳を隠すための帽子が乗せられている。


「下がちょっとスースーします……」

「ロングスカートとかもあったんだがな。機動性を考えるとそれぐらいが丁度いいだろう」


 「俺みたいにズボンにすればいいのでは?」などと思いついたが、無粋だと思い口に出さなかった。今のヤシロの恰好は髪の色と相まってかなり似合っている。格好良い。


「ウルグ様も凄く似合ってますよ。凛々しいです」

「お、おう。ありがとう」

「コートが似合っている事は良いコートですね。……ぷ……あははは」


 俺を褒めたかと思ったら、突然良くわからないギャグを言い、そして自分で笑い始めた。それに釣られるように、バドルフも「上手いこと言ったな! がはははは」と笑い出す。二人のテンションに取り残された俺とクリスは顔を見合わせる事しか出来なかった。

 ヤシロ……。こいつ、そういえば幼女を助けた時もギャグを言って自分で笑ってたな。もしかして、こういうダジャレみたいなのが好きなのだろうか。それにしても……寒いが。


 しばらくヤシロの事が分からなくなったが、しばらくして二人が落ち着いた。取り敢えず、服はこれを譲って貰う事にした。「じゃあ次は武器だな」と当然のように言い出したので、「これだけで十分です」とか口に出す暇もなかった。


「武器ですが、俺はこれがあるんですよ」


 そう言って、俺は『鳴哭』をバドルフに見せた。セシルから貰った形見の剣だ。俺はこの剣を使って《剣聖》になりたい。

 

「おい、お前」


 『鳴哭』を見せた瞬間、バドルフが反応した。

 目付きをキツくして、ズンズンとこちらに近付いてくる。思わず後ずさりしてしまった。


「もしかしてそれは『鳴哭』じゃないか?」

「え……? なんで、それを」

「……なんでも何も、その剣をコントラから仕入れたのが俺だからだ。この剣はある女に譲った筈だ。それを持っているということは、まさかお前、……セシルの弟か?」


 バドルフの言葉に俺は目を見開いた。


「じゃ、じゃあ、セシルに恩があって安値で『鳴哭』を譲った武具屋の店主ってバドルフさんの事だったですか?」


 バドルフはその言葉に苦い顔をして、「まあ恩があるって言えばあるが……」と言葉を濁す。その表情からして、セシルはやっぱりアレな方法で『鳴哭』を譲ってもらったんじゃないかと不安になってきた。

 バドルフは白髪の頭をポリポリと指で掻くと「セシルは元気か?」と聞いてきた。


「……姉様は数カ月前に、病気で亡くなりました」

「そいつぁ……悪いことを聞いたな」


 バドルフはあまり驚いた様子を見せなかった。セシルの病気のろいについて、何か知っていたのだろうか。

 バドルフは顔を手のひらで覆い、小さく震えた息を吐いた。

 それから、


「あの女の弟に孫を助けられるなんてな。つくづく変な縁だ」


 と少し嬉しそうな表情で零した。

 ただセシルを知っているというだけではなさそうだ。


「えと、姉様とはどういう関係だったんですか?」

「どういう……か。簡単に言えば、あいつは俺の命の恩人だな。死にかかっていた所をあいつに助けられた。当時の俺は冒険者をやっていてな。それなりに強いと自負が合ったんだが、あの女は化け物の様な強さだった」


 化け物……。

 観察した所、確かにこの人は相当強そうだ。体を覆っている筋肉なんかは老人のそれではない。そんなバドルフから化け物と呼ばれるなんて、セシルは一体どれ程強かったんだろう。


「じゃあ、姉様の病気についても何か知ってるんですか?」

「そこまで詳しい訳じゃないが、まあ知っとるよ」

「姉様は呪いと言っていました。あの病気は一体何なんですか」


 質問にバドルフの表情が険しくなった。

 眉根を寄せ、大きくため息を吐く。


「それは答えられない」

「……どうしてですか?」

「まず、さっき言った通りに俺はそこまで詳しくない。そして何より、セシル本人から口止めされているからだ。万が一、弟に会ったとしても、教えないで欲しいとな」

「ど、どうして」


 教えられないってどういう事だよ。

 思い返せば、セシルはあの病気に関して『呪いみたいな物』としか教えてくれなかった。体内の魔力が暴走している事だって、ドッセル達に医者が説明しているのを聞いたから、知っているだけだ。

 呪いって一体、なんなんだよ。


「――この事に関して、君は生涯知らないでいた方が幸せに暮らせるだろう。セシルには恩がある。俺の口からは説明出来ない」

「…………そう、ですか」

「だが、いつかいやがおうでもセシルの事を知ってしまう時が来るかもしれない。そんな時は来ない方が良いと、俺は思うがね」


 釈然としない、曖昧な物言いだった。

 いつか、いやがおうにも?

 訳が分からない。


「とにかく、だ。俺はセシルに恩がある。

 ウルグさん、それとヤシロさん。困ったことがあったらいつでも俺に頼ってくれ。俺が力になれることなら、協力させてもらう。取り敢えず、二人の武器を見繕うとしよう。ウルグ君に関しては『鳴哭』が主の武器になるだろう。だから予備の剣と懐に忍ばせておける短剣でも用意しよう」


 そう言ってバドルフは話を打ち切り、俺達に武器の要望を聞いてきた。

 まだ聞きたいことはたくさんあったが、聞いても答えてくれそうに無い。仕方なく、俺は武器について答える事にした。


 要望通りの武器を譲ってもらい、その使い方などの説明を受け、その後俺達は武具店を後にした。

 セシルの事は気になって仕方ないが、答えてくれないのならば仕方ないだろう。



 俺が譲ってもらった予備の剣は軽さ重視の『浮雲』という剣だ。決して壊れる事がなくなる«無壊»と、剣が軽くなるという効果のある風属性の«魔術刻印»が刻まれている。名剣と呼ばれる程の物ではないらしいが、それでもかなり値の張る物には違いない。それから«魔術刻印»は無いものの、それでも高名な鍛冶屋が打ったという短剣を貰った。『浮雲』と合わせて、『鳴哭』が使えなくなったりした場合に使えと言われている。


 ヤシロは『暗天』という銘の小刀を貰っている。俺と同じ«無壊»と、魔力を上昇させる効果のある«魔術刻印»が刻まれた業物だ。こちらも名剣では無いが、目が飛び出るほどの値が付く物だ。その他には投擲用のナイフを多く貰っていた。«影»を纏わせて使うのだろう。


 俺達二人が貰った魔術服と武器を合わせると、二人分の魔術学園の入学金を出してもお釣りが来るほどの値段なのではないだろうか。値札を見た訳ではないからハッキリとは言えないが……あまり想像したくない。 

 それにしても、あの反応。セシルとバドルフは一体どんな関係だったのだろうか。会話の流れからして、それなりに仲が良かったみたいだが。


「ウルグ様……のお姉様、亡くなって居たんですか」


 冒険者ギルドへ帰る途中、ヤシロが躊躇いがちにそう聞いてきた。

 そういえば、ヤシロには俺の家族について話した事が無かったか。


「あぁ。病気でな」

「前にウルグ様が言っていた、家族に言われた事を守っているっていうのは……お姉様の事ですか?」

「……そうだよ。まあ姉様以外の奴の言葉も含まれてるけどさ」

「……」

「俺の本当の家族は姉様だけだった。だから姉様が死んだ今、俺にはもう家族はいないよ。前は苗字があったけど、今はただのウルグだ」

「そうだったんですか。……ですがウルグ様はもう一人じゃありませんよ。わ、私がいます」


 セシルの事を思い出して感傷に浸っていると、ヤシロは慌てたようにそう言ってきた。俺が思い出して落ち込んでいると思ったのだろうか。


「ははっ」

「な、なんで笑うんですか」

「いや……ありがとうな」


 セシルが今の俺を見たら、どう思うだろうか。

 友達が、仲間が出来たのね、と喜んでくれるだろうか。案外嫉妬しそうな気もするが。

 礼を言うとヤシロは少しズレた帽子を深く被り、「い、いえ」と返してきたのだった。



 冒険者ギルドに到着し、依頼版を見て二人でこなせそうな依頼を探す。Cランク以上の依頼ともなると、パーティ単位でしか受けられないような依頼も多々あるのだ。

 報酬と内容が釣り合ってるかどうかを確かめている時だった。


「ウルグ様とヤシロ様」


 背後から声を掛けられ、振り返るといつもの受付嬢が立っていた。

 

「ウルグ様とヤシロ様に礼が言いたいという人が来ています。奥の部屋でお待ちになっていますので、来て頂けますか?」


 どうやら、前に迷宮の中で助けた人が来ているらしい。

 俺達は受付嬢の案内でその部屋に向かった。


 部屋に入ると、妙に縮こまった座り方をする男性と女性が椅子に座っていた。男性の方は見覚えがある。迷宮で助けた冒険者の一人だ。

 名前は確かレナルド、とか言ったと思う。

 女性の方は知らない顔だ。

 二人は俺達が部屋に入ってくると椅子から立ち上がった。そしてまず男性の方が俺に頭を下げてくる。


「迷宮で死にそうだった俺達を助けてくれて本当にありがとうございました」


 俺に頭を下げてくるレナルドに対して「気にしないでください。無事に逃げられた様で良かったです」と無難に返事をしておく。その言葉に感激したかのように、レナルドはもう一度深く頭を下げてきた。

 俺に礼を言い終わった男から、視線を女性の方へ向ける。


 最初に目に付いたのはサラサラと水の様に流れる藍色の髪だ。光の角度によっては『黒髪』に見えなくもないそれに、一瞬気を取られる。受付嬢が『知り合いに黒髪に近い色の髪の子がいる』と言っていたが、もしかしたらこの女性の事かも知れない。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。

 静謐な色を映す青色の瞳で俺の目を覗き込んでから、艶やかな唇を徐ろに開いた。


「私からも、礼を言わせて貰わねばなるまいね。弟子を助けてくれてありがとう」


 川のせせらぎの様な、聞いていて心地の良い声だった。

 彼女の声に聞き入りそうになる自分を律し、言葉を返す。


「そちらの人は知っているのですが……えっと、失礼ですが貴方はどちら様でしょうか?」


 この女性とは俺の記憶違いでなければ初対面の筈だ。

 美しい女性ではあるが、どこか印象に残りにくい。隣の男と違い、気配が薄いからだろうか。

 弟子という言葉から、何となくレナルドの師匠か何かだと思うのだが。

 

「ああ……。失礼した。申し遅れたね」


 女性は申し訳無さそうに目を伏せた後、


「私は流心流の《剣匠》をしている――シスイと言う」


 驚きに目を見開く俺達に、「以後お見知り置きを」と女性は微笑んだ。


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