第十一話 『人を助けることは自分を助けることだ』
決闘。
自分の要求、欲求、意志を相手に通すために行われる戦いの事を言う。
その起源は、貴族同士が自分の擁する兵士を戦わせあったのが始まりという説や、騎士が己の意志を貫かんと戦いあったのが始まりとも言われている。
現在でも決闘の文化は残っており、頻繁にではないが時折行われている様だ。争いの起こりやすい冒険者同士が決闘をする時はギルドに決闘申請書を提出し、ギルドから貸し出された装備を用いて戦う事になる。
決闘申請書には相手に対する要求を書いて予めギルドに見せることで、相手が要求を破った場合にギルドからその者へ処罰が下るようになっている。相手を殺すのは禁止されており、殺した場合は罰に問われる事になっている。
セシルから決闘の話を聞いた時から、いつか試してみたいと思っていたんだよな。こんな状況で受けることになるとはならなかったが。
あの後、俺はセルドールの誘いに乗った。
ヤシロの正体をばらすぞと暗に言われていた状況では、断ることは出来ない。まあ断るつもりは最初から無かったが。
ギルドへ戻り、決闘申請書を書いて提出し、決闘が行われるのが明日と決定したら、二人は捨て台詞を吐いて去っていった。
ヤシロは「私のせいで」と首がもげるんじゃないかというほど頭を下げて、自分も決闘に参加すると言い出したが、俺は断った。
この決闘は俺が自分の意志でやりたいと思った事だ。ヤシロに同情したのも確かにあるが、純粋に俺が頭に来て喧嘩を吹っかけて、その結果決闘という事態になったのだから、ヤシロに参加してもらっては困る。
まあ勝利した時に相手に出せる条件は、『ヤシロの秘密を守り、俺とヤシロに一生関わらない』という物にしたが。
因みにあの二人の要求は土下座して謝罪した後、自分達に一生金を貢げ、という物だった。
あいつらがこの約束を守るかは分からないが、ヤシロがあいつらから離れると決心した時点で広められるのは確定的だ。一体、どうしたら言わせないで済むのか……。
「う、ウルグさぁん……」
ヤシロが段々泣きそうになってきたので、何とか宥めすかして逃げた。
逃げる前に「俺と一緒に来る云々はあの場を誤魔化す為の冗談だよな?」と聞いた所、「それに関してはウルグさんに頼みたいことがあるんです」と返してきたので、取り敢えず決闘が終わってから聞くことにした。
逃げた後、適当に昼食を取り、適当に古本屋で立ち読みして、面白そうな本を一冊買ってから宿に帰った。
本のタイトルは『剣匠と剣技、そして伝説』。
剣の流派に関しての本だ。
この世界には印刷という技術が無いため、本は全て手書きで書かれている。その為、本の値段はまあまあ高い。古本屋でもいい店でディナーが食べられるくらいの値段が付いていた。
あの時は何とも思わなかったが、ドッセルの持ってた本の量は結構凄かったなぁ。何冊か盗んで売れば良かった。
本を読むのは決闘が終わってからにすると決め、金の計算や迷宮での戦闘に関する反省を紙に書き、適当に夕食を取ってその日は早めに寝た。
―
翌日。
ギルドの隣にある訓練施設の訓練所で、決闘が行われる事になった。
ギルドは決闘の立会人として職員を二人と、怪我を防ぐために治療魔術師を寄越した。
立会人の一人は俺の担当と化しているあの受付嬢で、「今日は非番だったのに……」と怒っていた。ごめん。
因みに、決闘をするのはただではない。いくらか金を払わなければならない。その金は決闘に負けた方が全額持たないといけないようになっている。
「たまたまCランクの冒険者になれて、有頂天になってんじゃねえのか? もう後には引けないぜ」
「しかも二対一だろ? ヤシロと一緒に戦ってればまだ勝てる可能性はあっただろうにな」
ギルドから貸し出された簡易防具を身に付けたセルドールとジーナスが、先に防具を付けて素振りをしていた俺の元へやってきて、嫌味ったらしくそう言った。
俺が無視して素振りを続けると、二人は舌打ちして自分もウォーミングアップしに離れた場所に歩いて行った。
セルドール達の戦い方は、セルドールが盾で相手の攻撃を防ぎながら短剣で攻撃し、その間にジーナスが魔術の詠唱を行う。
だからセルドールを速攻で倒して、詠唱をしている隙だらけのジーナスを攻撃すれば勝てる。
そうこうしている内に、野次馬が増えてきた。
この決闘は他の人間にも見れる様になっている。その為、娯楽に飢えた冒険者達は戦う姿を見に集まってくるのだ。決闘を見に来た中にはレオル達も混ざっており、俺と目が合うと手を振ってくれた。
「ウルグさん……」
野次馬の中に不安そうな表情を浮かべるヤシロの姿があった。近付くとまた謝ろうとしてきたのでそれを制し、「まぁ見てろよ」とだけ言って、俺は訓練場の中央へ向かった。
決められた時刻が近くなり、立会人が訓練場の中央にやってきていた。
「まぁ、怪我しないようにね」
いつもの受付嬢は俺にそう言うと黙った。
ウォーミングアップを終えたセルドール達も、中央へやって来た。
所定の時間になり、立会人が決闘についてのルールを述べる。
相手を殺したらいけないとか、負けた方がお金を払わないといけないとかそういう感じのルールだ。
説明が終わると、立会人は少し離れた所へ行き、俺達も決められた位置まで下がる。
セルドール達は野次馬の数を見て、「逃げようにもこれだけの数に見られたら出来ねえよなあ」と挑発してきたので、鼻で笑っておいた。
「それでは、これより決闘を開始する!」
それぞれが決められた位置に立つのを確認し、立会人が決闘の開始を叫んだ。
最初に動いたのはセルドール達だった。
ジーナスが魔術の詠唱を始め、それを守る為にセルドールが前に出る。
取り敢えず、セルドールがどれくらいの強さなのか見てみようか。
ギルド支給の剣を構え、セルドールに向かって走る。
「おらァ、掛かってこいやぁ!」
セルドールが叫ぶ。
取り敢えず、構えている盾に向かって斬りかかった。剣が盾に触れる瞬間、セルドールが盾を僅かに後ろに下げて剣撃を受け流し、左手で構えていた短剣を突き出してくる。
それを体を捻って躱し、再度剣で盾を狙う。今度も同じように盾で受け流された。短剣で突いてくるよりも前に、後ろに下がった。
この技は知っている。確か『流心流』にある技の一つで、«滑水斬»とかいう奴だったと思う。
『流心流』は相手の技を防御し、隙を突く流派だ。剣技だけでなく、護身術としての側面も大きい。
その基本の技に«滑水»という相手の技を受け流す物があり、«滑水斬»は盾使いや二刀流の剣士が使う応用術だと、セシルから聞いていた事がある。
「ハッ、回避だけは一丁前だなぁ!」
「セルドール!」
俺の攻撃を受け流したことに勝ち誇ったセルドールが笑う。
その後ろでジーナスが詠唱を終え、セルドールの名前を呼んだ。
魔術の軌道からセルドールが逃げるのを確認し、ジーナスが魔術を発動させた。
「«紫雷閃光»!!」
ジーナスの手のひらから、紫色の雷が迸る。それは蛇のように地を這いながら、俺の方へ向かってくる。
それを見た野次馬の冒険者達から、どよめきがあがる。
俺も内心で驚いていた。
「なんだ――この程度か」
«魔力武装»を発動し、剣を横薙ぎに一振りする。
それだけで俺に迫ってきていた紫雷は四散した。
「は?」
呆然とした表情で、セルドールとジーナスが声を漏らす。俺からすれば何を驚いているのかが分からない。
ジーナスが俺に放ったのは、中級の雷属性魔術だ。
中級の中では上位の威力を誇る魔術とはいえ、使い手があの程度では大した威力は出ないだろう。使用した魔力量が多い訳でも無いし。威力としては前に迷宮で使っていた«雷光»よりも少し強いくらいだ。
あの程度、詠唱なしじゃないと俺には意味が無い。
勿体ぶった割には大した威力じゃなかった事に失望し、俺は様子見をやめた。
盾を使ってどういう戦い方をするか興味があったし、使ってくる魔術にも興味があった。『流心流』に関しては興味深かったが、魔術に関しては何も言うことがない。
「ジーナス! もう一度詠唱しろ! 俺が抑える!」
「分かった!」
ジーナスが再び詠唱を始め、セルドールがそれを守る。
魔術が通用しないと分かっても、同じ対応か。Cランクの冒険者って皆この程度なのだろうか。
地面を蹴り、セルドールとの間合いを詰める。
再び«滑水斬»をしようと盾を構えてくるが、«幻剣»でタイミングをずらしたら、いともたやすく剣は盾に命中した。
「うぉぁ!?」
剣の威力に耐え切れず、セルドールは後方へ吹き飛ぶ。盾を放り投げ、地面を倒れこむ。
野次馬達から歓声が上がる。
俺はセルドールの頭に踏み込んで再起不能にし、ジーナスの方へ走る。
「糞が! «雷球»!!」
焦ったジーナスが詠唱を止め、初級の魔術を放ってくる。躱すまでもない。剣で«雷球»を両断した。
これじゃあ、前に戦ったテレスの方がまだマシだな。
俺に背を向けて逃げようとするジーナスに、飛び蹴りを食らわせて地面に沈めてやった。
「……そこまで! 勝負あり!」
地面に伏した二人を見て、立会人がそう告げた。
野次馬達から、大きな歓声が上がった。
―
「ウルグさん!」
野次馬達の中からヤシロが飛び出してきた。
「ほら、一人でも別に問題なかっただろ」
「それはそうなんですけど……。お疲れ様でした。私のせいですいません」
「あーもう謝らないでいいから。俺が好きでやった事だから」
ヤシロと話していると、野次馬の中に混ざっていたレオル達が声を掛けてくれた。
「やっぱお前強いなぁ……。盾の奴倒す時に«幻剣»使ってただろ? ……もう俺より使い方上手いんじゃないか?」
「お疲れ様。君と決闘してから、ずっとこんな調子なのよね」
落ち込むレオルの隣で、前に治療魔術を掛けてくれたピララギという女性が「まあ気にしないで」と俺の肩をポンポンと叩いてくる。
どう返したらいいだろうと悩んでいると、後ろからセルドールの怒声が聞こえてきた。
「ふざけんじゃねえ! 俺達はまだ負けてねえ! こんなガキに負ける訳がねえじゃねえか!」
「いえ、もう勝負は付いています。これ以上の戦いは認められません」
立会人だった受付嬢がそれを宥めるが、二人は怒鳴り散らして話を聞こうとしない。
レオル達は「みっともねぇな」と呆れた表情を浮かべている。
「……あぁ、そうだ」
唐突にセルドールは怒鳴るのをやめ、ヤシロの方を向いて下卑た笑みを浮かべた。
ヤシロが表情を凍らせる。
やはり、約束を守るつもりは無かったか。
「おいお前ら、知ってるか? そこにいるフードの女の正体をよぉ!」
冒険者達の視線がヤシロの方を向く。
「その女はなぁ、人狼族なんだぜ!」
「フードの下に、気持ちワリィ耳が生えてんだよ!」
セルドールがそう叫び、ジーナスもヤシロを指さしながら同調する。
冒険者達はざわめき声を上げ、訝しげな視線をセルドールとヤシロへ交互に送る。
その視線に小さく声を上げ、ヤシロはフードを両手で抑える。ヤシロの反応を見て、冒険者達はざわめき声をより大きくさせる。
「おい、ウルグ。マジなのか?」
後ろのレオルが躊躇いがちに聞いてくるが、俺は答える事が出来ない。
この状況になると、俺は予想出来ていた。あの二人の性格を考えれば、簡単に分かった事だ。
その上で俺はどう動けば正解なのか。俺にはそれが分からなかった。
「おい、ヤシロ! 違うってんならそのフードを脱いでみろよ!」
「あ、う」
憔悴し、フードを抑えたままヤシロは何も言えない。俺もどう声を掛けていいか、答えが出てこなかった。
「おら、脱げよ!」
いつの間にか、ジーナスがヤシロの目の前にまでやってきていた。そしてヤシロのフードに手を掛け、強引に脱がそうとする。
「やっ!」
ヤシロは抵抗するが、フードは呆気無く脱がされてしまった。
「――うぉ」
誰かが小さく声を漏らす。
その場の全ての人間の視線がヤシロに向けられた。
ヤシロは悲鳴をあげてフードを被り直し、そのまま地面に蹲ってしまった。
セルドールとジーナスは勝ち誇った様に笑い声を上げる。
蹲り、震えるヤシロ。
嘲笑う二人。
小声でボソボソと何かを呟く冒険者達。
「あの穢らわしい耳! 見るだけで鳥肌が立つよなぁ! このガキは、俺達人間を裏切った人狼種なんだぜ!? そんなんが、当然の顔して俺達の中で生活していた! 信じられねえよなぁ!」
追い打ちをかけるように、二人が叫ぶ。ヤシロを悪者にして、この場の人間を自分達の味方に付けるために。
こうなってしまったら、もうどうしようもない。ヤシロが人狼種だということは広まってしまうだろう。
黒髪と同じくらいに、もしくはそれ以上に、人狼種を嫌っている者はいる。
それでも、黒髪の俺がこの街で暮らせているように、案外ヤシロも普通に生きていけるのではないか?
間違いなく、嫌がらせはあるだろう。それでも、生きていけないほどではないんじゃないか?
一瞬、そう考えた。
「きっと五百年前の時みたいに、何か企んでるに違いねえよ。放っておいたら何されるか分かんねえぜ!? 俺達でこいつをこの街から追放してやろうぜ!」
だが、その考えを塗りつぶすように、ジーナスが叫んだ。
「ああ、そうだ! 追い出してやろう! どうせ人狼種なんか、裏切り者のクズしかいねえんだろうからよォ!」
過去に裏切った人狼種だから、クズしかいない。
だから、この街から追い出そう。
そう、二人は声高に叫んでいる。
「……それは」
それは、違うだろ。どうして、そうなるんだよ。
――髪の色なんかでウルグを不気味なんて思わない。
あの時、テレスは俺にこう言ってくれた。
黒髪なんて、どうも思わないと。ウルグは良い奴だと、そう言ってくれた。
――外見だけでウルグを決めつけて、悪者にしてくる人がいるかもしれない。
最後の夜、セシルは言ってくれた。
そんなの、気にしないで、と。
「――――」
二人は、俺に言ってくれたんだ。
――もしウルグが同じ状況の人を見つけたら、その人を助けてあげて欲しい。
――自分が正しいと思うことをやりなさい。
ああ。どうしたらいいかなんて、最初から決まっていたんだ。
考えるまでも、なかった。
俺は、俺が正しいと思うことをする。
「……確かに、ヤシロは人狼種だ」
ざわめく冒険者達の視線から、ヤシロを庇うように前に出た。
「あァ、口出してくんじゃねえよ、ガキ」
「ウルグ……さん?」
セルドール達が苛立ったように声を荒らげ、ヤシロが怯えながら俺の名前を口にする。
「大丈夫だ」
怯えるヤシロの頭に手を乗せ、そう言った。
セルドール達を睨み、冒険者達に呼びかけるように、俺は口を開く。
俺が言っても無駄かもしれない。もしかしたら、「人狼種の味方をする黒髪も追放しろ」という流れができてしまうかもしれない。
それでも。
「――だけどそれだけで、こいつを悪い奴だって決めつけるのはおかしいだろ」
それでも、俺は言葉を続けた。
「俺も……そんなにヤシロのことを知ってるわけじゃない。だけど……知ってることもある」
迷宮都市に来て、俺は知ったんだ。
「俺は、多くの人が見て見ぬ振りする中で、ヤシロは大人に絡まれて泣いていた女の子に手を差し伸べることができる、優しい奴だってことを知ってる。魔物が溢れる迷宮の中で、自分も危ないのに、俺や、他の人を助けようとする強い奴だって知ってる」
冒険者達は何も言わず、黙って聞いている。
「人狼種だとか……亜人だとか、人間だとか。そんなのは関係ない! ヤシロは他の人を助けてあげられる、良い奴なんだよ。だから――ヤシロのことを知りもしないで、知ろうともしないで……人狼種ってだけで悪い奴だって決めつけるなんて、俺は許せない」
セルドール達が何かを騒いでいるが、耳に入らない。
「種族だけで……外見だけでヤシロを判断して、追い出そうとするような奴は絶対に許さない」
俺は、俺の言いたいことを言うだけだ。
「ヤシロのことを知りもしようとしないで、種族だけで判断して差別しようとする奴は、俺のところに来い! 俺がそれを全部否定して、ぶちのめしてやる!!」
俺の心の拠り所になっている、二人の女性の言葉。
それを俺なりに解釈し、理解し、思ったことをすべて口にした。
途中で言葉に詰まりそうになりながら、俺は支離滅裂で、拙い自分の言葉をぶちまけた。
「…………」
その場が、シンと静まり返る。
やってしまったか、という不安が過った。
だけど、後悔はしない。俺はただ、自分が正しいと思ったことを口にしただけなのだから。
「ははははッ! 何言ってんだ、こいつ!」
「ぶちのめしてやるぅ! じゃねえよ、バァカ!」
静まり返った訓練場の中で、セルドールとジーナスの嘲笑が響く。
……前世のことを、思い出した。
何を言っても、誰も俺の言葉に耳を傾けてくれなかった。嘲笑するだけで、理解しようとはしてくれなかった。
結局、今の俺はあの時と何も変わらないのか。
そう、思った時だった。
「――馬鹿はお前らだよ。もう黙ってろ」
嘲笑する二人を、切り捨てる声があった。
「良く言った、ウルグ。お前、最高に格好いいぜ」
それは、レオルだった。
何度も俺と模擬戦をしてくれた、冒険者。
「感動したわ」
「ああ、泣けてきたぜ坊主」
それに同調する、ピララギとアッドブル。
レオルのパーティメンバーだ。
「……そうだな」
「俺……別にその子に何もされてないしな。むしろ、前に助けてもらったくらいだ」
レオル達の言葉を皮切りに、その場にいた冒険者達がそれに同調し始めた。
「良く言った、坊主!」
「俺は別に人狼種だろうと気にしねえよ! つか、そんな可愛い子追い出せるか!」
「人狼種初めて見たけど、耳めちゃくちゃ可愛いじゃねえか!」
セルドール達の言葉を否定するように、冒険者達の言葉が訓練場に響いていく。
「は、はあ!? そいつは人狼種だぞ! それにそのガキは黒髪だ! 気持ち悪いとは思わねえのかよ!?」
「魔神戦争で俺達の先祖に攻撃した奴らの仲間なんだぞ!?」
狼狽し、そう叫ぶ二人に、冒険者達が言い返した。
「だから、過去のことなんか知らねえよ! 別に俺は何にもされてねぇ!」
「この子らは、俺の娘が迷子になった時に助けてくれた! 見捨てずに、助けてくれたんだよ!」
「ヤシロちゃんは私の命の恩人なんだから! 悪く言ってると許さないよ!!」
言い返す冒険者達に、セルドール達は言い淀む。
「みな……さん」
自分のために言い返してくれる人達を見て、ヤシロは涙を浮かべていた。
ヤシロを庇って叫ぶ人の中には、過去に俺とヤシロが助けた人も混ざっていた。
「……何なんだよ、糞ガキがよォ!」
「俺達の邪魔ばっかしてんじゃねェよ!!」
セルドールとジーナスが激昂した。
聞くに耐えない叫びとともに、俺に襲い掛かってくる。
迎え撃とうと、俺が武器を抜こうとするよりも早く。
止めようとする冒険者達よりも先に、彼女は動いていた。
「がっ!?」
「ぶがッ」
セルドールが腹を蹴られて吹き飛び、ジーナスは顔面を蹴られて地面に倒れ込む。
「な……何が」
自分の身に何が起きたのか理解できず、疑問の声をあげる二人の前に、ヤシロが立っていた。
「て、てめぇ……ヒッ」
立ち上がり、叫ぼうとしたセルドールの首元に、短刀の刃が突き付けられた。
深紫の髪を逆立て、その紫紺の瞳にかつてないほどの激情を浮かべ、犬歯を剥き出しにして、ヤシロは言った。
「……私を馬鹿にするだけなら、我慢できました。でも――」
「ひ、ひっ」
「――これ以上、ウルグさんを傷つけようとするなら、許さないッ!!」
背筋が凍り付くような殺気を放ちながらのヤシロの咆哮。
セルドールとジーナスは悲鳴をあげて、その場で腰を抜かした。
涙を浮かべ、ガクガクと体を震わせながら、ヤシロに向かって「悪かった」と泣き叫ぶ。
「ふん……」
そんな二人に冷たく鼻を鳴らし、
「……ぁ」
俺達を見て、ハッとした表情でフードの下の顔を赤くする。
そして、それを見た冒険者達が「よくやった!」と口々に褒め始めた。
困惑するヤシロを見て、俺は思わず笑ってしまった。
……人を助けることは自分を助けることだ、か。
「……テレス。お前の、言う通りだったよ」
過去に助けた人達が今、ヤシロを助けようとしてくれている。
それがただ、嬉しかった。
こうして、冒険者達の間を僅かに賑わせた決闘騒動は幕を閉じたのだった。