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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第二章 紫影の盟約
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第四話 『少年と少女と幼女』

 迷宮。

『魔神戦争』後に大陸の各地に出現した、魔物の一種。魔神が創りだしたと言われているが、詳しい事は明らかになっていない。

 分かっているのは迷宮は体内で魔物を創り出すということだ。

内部で一定数の魔物が生まれると、迷宮は魔物を外へ放出する。放出された魔物は近隣の街や村へ侵攻し、人々に襲いかかってしまうのだ。

迷宮が生まれたばかりの頃は大陸各地で魔物の侵攻が発生し、多くの犠牲者を出したと言われている。

 現在では魔物は冒険者ギルドによって厳重に監視され、外部に魔物が放出される事は滅多になくなっているが。


 迷宮都市の近くには、多くの迷宮が存在する。

 その中で大抵の冒険者が最初に入るのは《骨人迷宮》だ。

 Eランクの迷宮で、主に《骨人スケルトン》が出没する。これといった罠は存在せず、ただ《骨人》系の魔物が出るだけの迷宮だ。


 Dランク冒険者になった俺は、まず腕試しにこの迷宮に潜ることにした。

 迷宮区はいざという時の為に頑丈な門で他の区と隔離されている。俺は門の中へ入り、案内表示に従って《骨人迷宮》へ向かう。

 迷宮区というだけあって、多くの冒険者が迷宮へ向かって歩いていた。初心者にやさしいEランク迷宮だから、人は多いんだろうな。


 《骨人迷宮》へと繋がる階段を降り、俺は初迷宮へと足を踏み入れた。



 迷宮内には過去の冒険者達が設置した光源がある。それを頼りにして、冒険者は迷宮を探索していくことになる。

 俺はギルドが発売していた迷宮関連の書籍を購入し、この街の迷宮に関しては多少の情報がある。鵜呑みにするつもりはないが、これを参考にして進もうと思う。


 迷宮内にはそれなりの数の冒険者がいるが、皆獲物が被らないようにバラけて行動していた。他人の獲物を奪うのはマナー違反とされるため、出来る限り皆近寄らないようにしているのだ。


 しばらく迷宮を歩いていると、唐突に壁から白い手が突き出してきた。バリバリと音を立てながら壁を突き破り、地面に剣を手にした骸骨がボトリと落ちた。

 迷宮から魔物が生まれる瞬間だ。

 壁から這い出てきたのは《骨人》だ。

 赤い光が灯った眼孔で俺を確認すると、すぐに襲い掛かってきた。

 肉が無いからか、《骨人》の動きは人間とは違って独特だ。動くたびにカタカタと音を鳴らしている。

 しばらくその動きを観察し、《骨人》の弱点である頭を砕いた。

 弱すぎる。

 砕け散った《骨人》から、砕くと魔力を放出するという『魔石』を回収する。鍛冶の材料になるらしい。安いけどな。


 《骨人迷宮》は地下四階まで存在している。

 下に降りるにつれて出てくる魔物の数は増え、三階ではDランクの《骨人騎士スケルトンナイト》が出没するようになる。迷宮の最下層には《迷宮主》と呼ばれる、他の魔物とは一線を画する力を持った魔物が発生するようだ。倒されると一定期間を置いた後、再び現れるらしい。この迷宮の《迷宮主》は《魔術骨人スケルトン・マジックキャスター》という魔術を使用する魔物だ。三日前に倒されたばかりなので、しばらくは現れないだろう。


 《骨人》を相手にしながら迷宮内を進み、三階まで降りる。

とりあえず、ギルドの情報に誤りはなさそうだ。

 しばらく探索していると、《骨人騎士》が二匹壁から這い出してきた。周りに冒険者はいないので、二匹とも俺の獲物というわけだ。

 サビの浮いた赤い甲冑を身に付け、両手剣を握っている二匹の骸骨。眼孔の赤い光を揺らし、カタカタと骨を鳴らしながら二匹同時に立ち上がる。俺の姿を認め、鎧を揺らしながら向かってきた 

 《骨人》とは違い、それなりに動きは速い。多少は修行になりそうだ。


「さてと。剣技の練習と行くか」


 二匹の《骨人騎士》を前に、俺は最近練習しているある技を試す事にした。

 «魔力武装»を展開し、俺は《骨人騎士》に突っ込んだ。

  

 カタカタと体を動かしながら、《骨人騎士》達は俺を迎え撃つ。二匹同時に剣を振り下ろしてきた。それを剣で弾き、こちらからは攻撃せずにしばらく《骨人騎士》からの攻撃を観察する。

 数分程動きを見て大体のパターンを掴めたので、俺は一匹の頭を砕いた。

 《骨人騎士》の戦闘力は《骨人》よりは多少マシなレベルだ。

 それから残った一匹で剣の修業と技の修行を開始した。

 

 《骨人騎士》の振る剣に対応し、受け流し(パリィ)を練習する。それを十分ほど続けた。途中で乱入してきた魔物は即効で片付け、再び《骨人騎士》の相手に戻る。

 その後、俺は技の練習に入った。


「«魔力武装»のコントロールには自信があったんだけどな……」


 訓練場で見た、ある冒険者の«魔力武装»を利用した剣技。

 それを見た日から何度か練習をしているのだが、中々に難しい。この剣技は途中で何度も«魔力武装»の出力を変える必要がある為、そこそこ無理な動きをしなければならない。失敗すれば筋を痛める恐れもある。

 この技は難しい。


「まぁ、だからこそ楽しいんだが」


 最近、俺は飢えている。

 大した強さもない魔物としか戦えていないし、あの村に居た頃の様に一日中修行もしていられない。

 自分が強くなっているとも感じられないし、自分がどのくらいの強さなのかを測る物差しも無い。

 だからこそ、中々出来ないという事実が楽しい。これが出来るようになれば、俺は確実に強くなる事が出来る。

 

 剣を振る。

 振って振って振って振って振って振って振って。

 いつか最強に届くと信じながら。



 端的に言って、Eランクの迷宮には強い魔物は居なかった。技の練習にはなったものの、強い敵と戦うという意味では、今以上の力を付けるには足りない。あの村より多少マシというレベルだ。Dランクの魔物も正直に言ってそこまで強いとは感じない。多少、Eランクの魔物より速度や力が増しているというだけだ。

 まあ初心者用の迷宮だし、そう思うのもしかたがないかもしれない。

 明日はDランク迷宮の《目無しの巣窟》に行くとしよう。ここにはDランクだけでなく、Cランクの魔物も出没する。Dランクになりたての冒険者が調子に乗って一人でここへ行き、命を落とすことが多々あるようだ。それなりの危険度はあるらしい。

 勿論、この迷宮の情報も仕入れてある。


「……銀貨五枚になります」


 《骨人》の魔核十四個、《骨人騎士》の魔核六個を提出し、ギルドからの討伐報酬金を受け取る。

 受付嬢はもはや呆れた表情で何も言ってこない。色々と言われていた頃が懐かしいな。

 《中鬼》を単独で討伐してきた事はあっと言う間に冒険者内で噂になり、冒険者に声を掛けられる回数は多くなった。「誰に協力してもらったんだ?」とか「お前、本当は何歳なんだ? 子供じゃないんだろ?」などといった事を言われたり、稀にだがパーティに誘われたりしている。パーティの方は毎回断っているからあんまり言われなくなってきたけどな。


「なぁ、お前の親も黒髪なのかぁ? 家族全員、魔神色かぁ?」

「ははは、そんな家族がいるんなら是非とも見たいもんだな」

「全く、そんな気色悪い色の髪、俺だったらとっとと全部刈るか、違う色に染めるね」

「貴方は刈る程の髪がないですね」

「あぁ!?」


 酔っ払った冒険者が絡んできたので、ボソッと言い返して冒険者ギルドから出た。後ろからその男の怒鳴り声と、その仲間が「ちげえねえ」と爆笑する声が聞こえてくる。

 しまった。言い返してしまった。

 だけど、こう何回も何回も色んな連中に絡まれると、頭に来るぞ、本当に。さっきの奴みたいにストレスでハゲそう。


 それから修行場に行き、素振りをしつつ、気になっている冒険者の動きを盗み見る。俺が目を付けているのは、Cランクの十人パーティだ。パーティのほぼ全員がCランクで、リーダーが最近Bランクになったというベテラン冒険者達だ。

 Bランクの男は属性魔術が使えないようで、«魔力武装»と剣を使って戦いを行う。他のパーティメンバーの殆どは色々な魔術を使用できるようだが、男はその中で一番強い。

 年齢は四十代前半くらいだが、経験から来る熟練の動きを見せている。特に«魔力武装»の使い方が上手い。俺が《骨人迷宮》で練習したのは、この男の«魔力武装»の技だ。


 しばらく男の動きを眺め、頭に刻み込んでから、俺は訓練施設から出た。

 帰りに最近マイブームになっている『アフジィの実』を幾つか買いに行こう。『アフジィの実』の味は前世にはなかったものだ。バナナの様な甘さと、パイナップルの様な甘酸っぱさが混じった味だ。

 風邪を引いたら子供にすりつぶして食べさせるという習慣があるそうなので、栄養価は高そうだ。

 

 『アフジィの実』を多く仕入れていて、かつ宿に近い店があるので、そこで二個くらい買って行く事にしよう。

 一つ銅貨十枚だからそれ程負担にはならないしな。

 幸い、その店は黒髪の俺にも普通に商品を売ってくれる。嫌な店主は「黒髪と亜人に渡す商品はねぇ」なんて言ってくるからなぁ。


「ん」


 露店が並ぶ路地から少し外れた裏路地の入口で、幼女が泣いていた。その幼女の前に立ち、柄の悪い男が何やら怒鳴りつけている。

 男が何かを言う度に、幼女が肩を震わせていた。

 彼女の周囲には親らしき大人はいない。

 通り過ぎる人達はチラリと彼女に視線を向けるが、皆気まずそうな表情を浮かべて通り過ぎて行く。でもまあ、人通りは少なくないし、誰かが声を掛けるだろう。ただでさえ冒険者達に目を付けられているのに、これ以上首を突っ込むと厄介だな。


 ――強くて、優しい子になってね。


「はぁ」


 ある言葉が頭に思い浮かんで、俺は足を止めた。

 泣いている彼女の方へ歩いて行く。


「「何してるんですか?」」


 俺が男達に声を掛けると同時に、反対側から同じ言葉が聞こえた。そちらを見ると、フードを被った小柄な少女が立っていた。

 確か、前に絡まれたC級冒険者と一緒に行動していた子だな。あれからも何度か都市内で見掛けている。

 頭をすっぽりと黒いフードで被った、俺よりもやや小柄な少女。

 彼女も俺の方を見て、驚いているようだった。

 

 同時に声を掛けられて男は面食らっていたが、やがて「このガキが俺の服を汚しやがったんだ」と自分の服に付いたシミを見せてきた。地面には露店で売られていいるような串肉が落ちていた。


「だから俺はこいつの親に弁償させようと思ったんだがな、こいつは迷子になってるとか言いやがるんだよ。マジでふざけんじゃねえぞ、おい。てめぇの親はどこにいるんだよ」

「ひっ」

 男が怒鳴りつけると、幼女は再び泣き出してしまった。

 

「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか。怖がってます」


 フードの少女が、幼女を庇うように前に出て怒鳴りつけた男を睨む。それに対し男は一層不機嫌そうな顔をして「俺は迷惑してんだよ」と言い返す。

 それに対してフードの少女は「でも!」と言い返そうとした。


「あの」


 俺はフードの少女を遮って、男の前に立つ。「あん?」と男が睨み付けてくるが、俺は男に対してあくまで友好的そうな雰囲気を出す。俺の様子に男は若干怒りを抑え、「何だよ」と聞いてきた。


「その服のクリーニング代、これじゃ足りませんか?」


 そう言って俺はポケットから銀貨を一枚取り出した。

 それを見た時、険のあった男の表情が緩み「分かってるじゃねえか」と俺が差し出した銀貨を受け取る。


「まぁ、子供のしたことですし、これで勘弁してあげてください」

「あぁ。お前も十分子供に見えるが……まあいい。おいガキ、次からは気を付けろよ」


 そう言って男は去っていった。

 残された俺は大きく溜息を吐く。


「どうしてあんな人に銀貨なんてあげたりしたんですか?」


 男が消えた後、フードの少女は若干険のある声でそう聞いてきた。俺の対応が不満だったらしい。この子の気持ちが分からない訳じゃないが、今回は俺の対応が正しいと思う。


「確かにあの人は乱暴な事を言っていたが、服を汚されたのは事実だからな。この子が汚しちゃったのは仕方ないと思うけど、まあ相手はそれじゃ納得しないだろ。ああいう感じの人は適当にお金を渡しとけば相手も引き下がる」

「…………」


 そう言った後、俺は少女の頭に手を置き、撫でながら、


「次からは何か食べ物を持ちながら歩く時は、気を付けて歩かないと駄目だぞ。ああやって服に付いたら怒る人がいるからな」

「……分かった」


 少女は潤んだ目をゴシゴシと擦りながら、そう言って小さく頷いた。

 少しの間頭を撫でた後、「おう」と返事を返して手を離す。

 小さい子に対しての対応が頭を撫でるしか思いつかない。テレスを撫でていたからだな。


「どうしてこんな所にいたんだ?」

「パパとハグレちゃって……」

「迷子か……」


 迷子になって、串を持ちながらブラブラ歩いていたら、さっきの男にぶつかって怒鳴られてたのか。泣きっ面に蜂とはまさにこのことだ。


「じゃあ、パパを探さないとな。えと、名前は何て言うんだ?」

「……ミノリ」

「おけ。ミノリちゃんは立てる?」

「……、疲れた」

「んー、じゃあ背中乗れ」


 ミノリをおんぶしてみる。鍛えているお陰か、大した重量は感じない。

 だけどよく考えると、俺とこの子ってそんなに年齢離れてないだろうなあ。大体五歳くらいかな。今九歳だから、四歳くらいしか違わないのか。

 ちらりと、フードの少女にも視線を向ける。表情の読めない彼女だが、見えている口元や身長からしても、俺と同じか少し上ぐらいじゃないだろうか。あの男達と一緒に行動しているけど、一体どんな事情があるか気になるな。


「……じゃあ、お父さんを探しましょうか」


 フードの少女がためらいがちに話掛けてきた。さっきあんな風な言い方をしてきたから、若干気まずいのだろうか。

 声の幼さからして、やはり俺と歳は近い。それにしてはかなりしっかりしているようだな。なんだろう、テレスといいこの子といい、異世界の子供は皆賢いんだろうか。


「えと、お父さんとはどの辺ではぐれたんだ?」

「分かんない」

「お父さんってどんな人?」

「おひげの人」

「どの辺にいそうとか分かる?」

「分かんない」

「……そっかぁ」


 困ったな。

 手がかりが殆ど無いぞ。

 おひげの人って言われても、この街の男でヒゲを生やしてる奴なんて珍しくないからなあ。

 

「パパ、見つからないのかなぁ」


 ミノリが再びふえぇえ状態になりかけたので、大丈夫大丈夫と強気に振る舞って安心させる。フードの少女も「すぐに見つかるからね」とサポートを入れてくれるため、ミノリは泣き出さずに落ち込んだ。

 

「んー、でもどうしようか。適当に歩き回っててもなぁ」

「……あの」

「ん?」

「勘、なんですけど、多分あっちの方にミノリちゃんのお父さんがいるような……気がします」


 そう言ったフードの少女はギルド区の方を指差した。


「か、勘って」

「……取り敢えず、あっちに行ってみませんか」


 追求しようとすると少し不機嫌そうに返してくるため、俺は従うしか無かった。

 まあ、勘にしては何か自信があるみたいだし、取り敢えずあっちに行ってみるか。

 この路地に放置しておけば誘拐される可能性もあったし、最悪ギルドでこのミノリを知っている人がいないか聞いてみよう。


 フードの少女が指さした方向へ向かうことにした。

 道中、フードの少女は気まずそうにして何も喋らない。俺も特に話し掛ける事が思いつかず、無言状態に。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「髪の毛真っ黒だね」

「そうだね」

「めずらしいね」

「そうみたいだね」

「何かかっこいいね」

「そうか?」

「レアだよー! ワシャワシャー!」


 どうやら俺の黒髪が珍しかったようで、背中のミノリは俺の髪に手を伸ばしてワシャワシャと触ってくる。定期的に散髪しているためそれ程長くないし、ちゃんと手入れしているから汚くないだろう。ちょっと汗かいたから汗臭いかもだけど。

 黒髪の話をしていると、フードの少女も興味を持ったのかチラチラと視線を向けてきた。最近は見慣れられたのか、前ほど視線を向けられる事は無くなってきたけど、やっぱり黒髪は目立つよなあ。この街で俺以外の黒髪の人なんて見たことないからな。

 黒髪の化け物、なんてたまに言われる。俺は悪口とは感じないけど、黒髪は未だに畏怖の対象なのだろう。


「まっくろーくろー」


 ミノリは気にしていないみたいだが。さっきまであんなに泣いていたのに呑気なもんだ。

 あ痛、おい、あんまり引っ張るな。こらハゲるって。


 髪を引っ張られながら歩くこと五分、フードの少女の勘があたったのか、ミノリの父親が見つかった。 

 ミノリの言っていた通り、茶色の髭を蓄えたおっさんだった。

 おっさんは俺の背中にいたミノリを見ると、オイオイと泣きながら走ってきた。


「ありがとう! 本当にありがとう! 二人は娘の恩人だ!」

「…………」


 大袈裟に頭を下げるおっさんに苦笑しながら、ミノリが親に会えた事に素直に喜んだ。

 まあ……このおっさん、前にパーティメンバーと一緒に俺の陰口言ってた人だけどな。おっさんが陰口を叩いてる時に、俺が背後で「そうですね」とボソッと呟いたらかなりビビってた。

 俺の背中からおっさんの背中に移ったミノリが「このお兄ちゃんとお姉ちゃんが悪い人から私を守ってくれて、ここまで運んできてくれたんだよ!」と嬉しそうに言ったため、おっさんは首がもげるのではないかというほど、何回も頭を下げてきた。

 おい、ミノリ飛んでっちゃうからやめとけって!


「ミノリを見つけてくれて、本当にありがとうございました。……あと、前は悪かった」

「ありがとねー! まっくろのお兄ちゃんと、フードのお姉ちゃん!」



 おっさんの背中から手を振ってくミノリ女を、フードの少女と一緒に手を振って送る。

 最初は見捨てようとしていた俺が言うのも何だが、無事にミノリが父親に会えて良かった。何だか気分がいい。おっさんも謝ってきたし、前の事は無かったことにしよう。


「それにしても、何であの子の親がこっちにいるって変わったんだ?」


 ミノリ達がいなくなった後、気になったのでフードの少女に聞いてみた。


「だから、……その勘ですよ。私、勘は良いんですよ。勘だけに、簡単に見つかりましたしね。……ぷ、あはは」

「う、うん」


 何かを誤魔化そうとしてよく分からないギャグを言い、一人で笑う少女を見て俺は曖昧に頷くしかなかった。


「じゃあ、俺そろそろ行くから」

「……私もそっちです」


 さっさと帰ろうと思ったが、方向が同じだったようでフードの少女がついてきた。


「……」


 さっきから思っていたが、この少女は足音が全くしない。まるで数ミリ宙に浮いているかのように、静かに歩いている。Cランクの冒険者達と一緒に行動しているし、もしかしたらそれなりの手練なのかもしれないな。


「……さっきはよく考えずに食って掛かってすいませんでした」

「ん? ああ、別に良いよ。まあ銀貨を払っとけばいいやって考え方はちょっと安直過ぎたしな」

「私は、あんな人にお金を上げるのは、お金が勿体無いと思いますが」


 少女がそう付け足したせいで、また微妙に気まずい空気が漂い始める。それを払拭しようとしたのか、少女が唐突に違う話を振ってきた。


「それにしても、少し驚きました。皆あの子の事を無視していたから、同時にあの子に話掛ける人がいるなんて」

「ああ。そうだな。俺も驚いたよ」

「皆、誰かが声を掛けるから自分は良い、みたいな考え方なんでしょうね。放っておいたら、あのまま誘拐されていたかもしれないのに」

「そうだな」


 それ以外に返す言葉が無く、しばらく沈黙が続く。

 大して親しくもない人とはどう話していいのか分からない。

 

「そういえば……いつも私のパーティメンバーが迷惑を掛けてすいません。迷惑でしょう?」

「まあ迷惑っちゃ迷惑だけど、別に良いよ。気にしてないしね。それにほら、俺黒髪だからさ。多少はからかわれても仕方ないよ。後、知らない奴に何か言われたってなんとも思わないしね」

「そう……ですか。そんな風に思えるなんて、少し変わってますね」

「そうか?」


 ぎこちない会話をしながら、俺達はゆっくりと道を進んでいく。宿に到着するにはあと五分程あるか無ければならないのだが、この人は一体いつまで着いてくるのだろう。取り敢えず俺は途中で夕食に追加する食べ物を買っていかなければならないのだが、

 話すネタが無くなり、早くも気まずい沈黙が漂い始めた時だった。

 きゅるるるる、と奇妙な音がした。

 音が聞こえてきた方向を見れば、フードの少女が立ち止まり、体を震わせながら俯いていた。その音の正体に遅れて気が付き、俺は呆気に取られてしまった。


「お……お腹、空いてるのか?」

「……きょ、今日はちょっとしか食べて居ないので、ちょっとだけ。この先で、お肉を焼いてるみたいで、お腹すいてるのを思い出しただけです」

「肉?」


 肉を焼いているのなんて見えないが。

 彼女の言葉に首を傾げながらしばらく歩いていると、ふんわりと肉の焼ける匂いが漂ってきた。見れば少し離れた所の露店で串肉を焼いていた。


「肉焼いてるってよくわかったな。鼻が良いのか?」

「え……ああ、そうです。ちょっと鼻が良くて」


 歩く度に強くなる肉の匂いに、俺もお腹が空いてきた。

 露店の前に立ち止まり、店主に銅貨を払って一本受け取る。甘めのタレと絡めて焼いた牛の肉の様だ。焼きたてでまだ湯気が出ている。

 少女の方を見ると、露店と俺の手にある串を交互に見て、肩をガックリ落としていた。


「買わないのか?」

「お金に余裕が無いので……。こんな所でお肉を焼いているなんて、憎いです。……はぁ」


 落ち込んだようにしながらもダジャレを言う少女だが、今度は笑う気にはならなかった様だ。


「……店主、お肉もう一本頂戴」


 俺は追加で串肉を受け取り、キョトンとした表情の少女に渡す。

 流石にこの少女の前で一人だけ串肉を食べるのは幾ら俺でも気が咎める。

 串肉を受け取った少女は、手の中の串肉と俺に交互に視線を向けると、


「く、くれるんですか?」

「そんな餌をお預けされた犬みたいにされてたら、こっちが美味しく食べれないだろ」

「す……すいません」


 少女はペコリと頭を下げると、「たべていいですか?」と視線を向けてくるので、頷いておいた。少女は頷くや否や、飢えた狼の様に肉に齧り付く。その食いっぷりに思わず見とれてしまった。口元をタレで茶色くした少女が、串肉を全て食べ終えて満足そうに息を吐く。

 その様子がちょっと可愛くて、思わず笑ってしまった。笑う俺に対して、少女は恥ずかしそうに「……ありがとうございます」と礼を言ってきた。さっきの幼女もそうだけど、礼を言われると悪い気はしないな。

 俺も串肉を頬張り、何となく前世で聞いた事のあるダジャレを言ってみた。


「この鶏肉は取りにくい」

「ブフォッ!!」

「そんなに!?」


 ポツリと言ったその一言に、勢い良く吹き出す少女。あまりの反応に思わず突っ込んでしまった。体を震わせて笑いを堪える少女に、俺も吹き出す。

 しばらく二人で笑い合い、通り過ぎる人達に変な視線を向けられた。


「では、私はこっちなので」


 少し進んだ所で、少女が立ち止まってそう言った。

 「ああ、じゃあな」と返そうとした時、曲がり角から男が飛び出してきた。フードの少女とぶつかりそうになる。俺が何か言うよりも早く、フードの少女は軽い身のこなしでそれを躱した。良い反応速度だ。

 その時、ふわりとフードがめくれ、ほんの一瞬だけ黒い物が見えたような気がした。


「危ねえな!」


 そう叫んで、男は走り去っていった。

 お前が危ねえよ。


「大丈夫か?」


 フードの少女の方を振り返ると、彼女は俺から数歩後退っていた。

 小刻みに震えている。


「お、おい。どうしたんだ」

「み、見ましたか?」

「え?」


 フードの少女は俺の言葉に反応せず、身を翻して走り去ってしまった。

 取り残された俺はただ呆然とその後姿を見つめるしかなかった。


「何だったんだ……?」


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