第三話 『激突、鬼を率いる者』
迷宮都市にやってきてから、二週間が経過した。
最初の一週間、俺は一日に運搬の依頼を二つから三つ引き受け、毎日依頼を達成していった。
それでも一日に儲かる金は良くても銀貨一枚と銅貨が数十枚程度。こんなペースで稼いでいては、いつまで立っても入学金には届かない。
荷物運びの依頼がない時に店番の依頼を受注しようとしたら、「黒髪が店番なんかじゃ、客が寄り付かねえよ。帰んな!」とむべもなく仕事を断られるし、今のままじゃ効率が悪すぎる。
だから俺は魔物退治系の依頼を受注する事にした。
一週間が経つ頃には、『街中を荷物を運びながら走り回る黒髪の子供』が噂になっており、俺が力持ちな事は証明されている。だから受付嬢も「気を付けてね」と言うくらいで、俺を止めることはしなかった。
その代わりに噂を聞いた冒険者が絡んでくる事は合ったが、軽くスルーしておいた。面倒事はゴメンだ。
魔物退治系の依頼は運搬系の依頼よりも報酬額は高いものの、移動の時間が含まれるので一日に受けられるのは多くて二つだ。生息地が近い魔物同士の依頼を選択して受ける様にしている。たまに同じ魔物に関する依頼があるので、それを組み合わせる事もある。
今日の依頼は《小鬼》の討伐依頼だ。運良く《小鬼》の依頼が重なっていたので、それを二つ受注してきた。《小鬼》の耳は薬の材料になるらしく、都市内の薬屋が同時に耳の採取を依頼してきたのだ。
《小鬼》が出没するのは『迷宮都市』から歩いて二時間程の距離にある小さな森だ。都市の東門から外に出て、«魔力武装»で走れば四十分くらいで到着できる。体が温める事が出来るちょうどいい距離だ。
リュックには耳を入れるための袋と、金の一部と、飲み物と食料が入れてある。勿論、魔術服は着ており、背中には『鳴哭』がある。
「到着、と」
薄暗い森は、村にあったあの森と雰囲気が似ており、何だか懐かしい気分になった。
しばらくの間はあの村に帰る予定はないし、行ったとしても用事はセシルの墓参りだけだから、もうあの森に行くことはないだろうな。
周囲を警戒しながら、森の中を進む。«魔力武装»を軽く展開することで、感覚を研ぎ澄ませて周囲に魔物がいないかを探る事が可能だ。
小さな森だからそこまで強い魔物は発生しないが、時にDランクの魔物が発生することもある。油断はできない。
しばらく歩くと、《灰色猫》と遭遇した。灰色の毛皮を持つ、中型犬くらいの大きさの猫だ。
全身を毛を逆立て、両手から爪を露出させて睨んでくる。
《灰色猫》は他の魔物と同様、人を見ると積極的に襲い掛かってくる。時たま、冒険者の荷物を盗んで逃走する姿も目撃されているらしい。
「シャア!」
低い声で鳴き、《灰色猫》が飛び掛ってきた。爪が俺に当たるより前に剣を抜き、上段から振り下ろす。刃が《灰色猫》の頭部を斬り裂いた。赤黒い血液や脳漿をぶちまけて、死骸が地面に落ちた。
「うーん、やっぱイマイチ分からないな」
『鳴哭』の«魔術刻印»の一つである、«絶離»。魔力を消滅させる力があるらしいが、今の所どんな魔物でも一度で真っ二つに斬れてしまうため、その効果を実感する事が出来ない。
前に使っていたあの片手剣よりは圧倒的に切れ味が良く、使いやすいので余計に分からないのかもしれないな。
地面に落ちた《灰色猫》の毛皮と爪を、事前に購入しておいた剥ぎ取り用ナイフで剥ぎ取る。
魔物には『討伐証明部位』と呼ばれる部位があり、それを持ち帰って冒険者ギルドに見せることで、依頼とは関係なくある程度の報酬金を貰うことが出来る。
《灰色猫》の場合はその特徴的な灰色の毛皮が討伐証明部位だ。ただ、その爪も武器などの材料になるのでギルドに売ることが出来る。
手に血が付いて気持ち悪いが、少し経てば蒸発してなくなるので我慢しよう。
剥ぎとった部位はリュックの中の袋に入れておいた。
この森には《小鬼》《灰色猫》《角兎》《黒犬》、そしてたまに《中鬼》が出没する。《中鬼》はDランクで、それ以外はEランクの魔物だ。
今回に標的である《子鬼》は、基本的に何匹かで固まって行動する。時たま《中鬼》が生まれると、その個体がリーダーとなって行動するようになるらしい。
俺は途中で襲ってくる《灰色猫》や《角兎》などの魔物を蹴散らしながら、《小鬼》を探しながら森を進んでいく。
「……今日は魔物が多いな」
魔物の多くは森の奥の方で発生するため、森に入ったばかりではそんなに魔物と出会う事はない。だというのに、今日はヤケに森の浅い場所にも多くの魔物がいるな。Eランクの魔物なら十匹単位でも相手にする事が出来るから特に問題はないが、少し気になるな。もしかしたら、森の奥で何かあったのかもしれない。
しばらく進んでいると、三人組の冒険者に出会った。
俺を見ると、リーダーの人が話し掛けてきた。
「坊主、一人でいるのは危険だぞ。今日は魔物が多い」
どうやら、魔物の数が多いと感じたのは俺の思い込みでは無かったようだ。
三人共Eランクの冒険者らしい。
彼らの話によると、最近は一ヶ月に一度はこの様に魔物が多く発生する日があるようだ。
その原因は《中鬼》にあるらしい。
生まれた《中鬼》が《小鬼》を率いて森の中で暴れているせいで、他の魔物が森の浅い方へ逃げて来ているのだとか。
なるほどな。
「…………」
パーティメンバーの一人が「おい、黒髪だぞ」とリーダーの男に耳打ちしていたが、リーダーの男は「外見で差別すんじゃねえ」とその人を叱っていた。
黒目黒髪は気味が悪いと多くの人は思っているようだが、こうして差別を嫌う人もいるようだ。
少し嬉しかった。
「《中鬼》単体ならとにかく、《小鬼》を率いた《中鬼》じゃ、俺達Eランク冒険者じゃ戦うのは危険だ。取り敢えず、俺達はギルドに《中鬼》が発生したと報告しに行くことにするぜ。本当は森の奥にもっと偵察しに行ったほうがいいんだろうけど、万が一もあるし、後はランクが上の冒険者に任せることにした。坊主も俺達と一緒に帰ろう」
「色々教えてくれたり、心配してくれてありがとうございます。でもすいません。俺はまだやらないといけないことがあるので、もう少しだけこの森を探索する事にします」
「……そうか。どうしてもって言うなら止めないが、魔物に囲まれると厄介だ。《中鬼》や《小鬼》を見つけたら、すぐに逃げるんだぞ。あと出来るだけ早く帰って来い」
「はい、分かりました。では、失礼します」
三人に礼を言って、俺は森の奥に進んだ。
あのリーダーの人、本当に良い人だったな。こんな俺を心配してくれるなんて。
それにしても、Dランクの魔物か。運がいい。俺はまだEランクの魔物しか討伐した事がないんだ。ちょうど《小鬼》の依頼も受注しているし、《中鬼》の元に集まっているというなら丁度いいじゃないか。
《中鬼》も《小鬼》も単体では強い訳ではない。それなりの冒険者なら簡単に倒せる程の力しか無い。しかし、Eランクの魔物とはいえ、数が多くなれば厄介だ。《中鬼》が生まれると、そこへ《小鬼》が集まり始める。一定期間、それを放っておくと、迷宮から溢れ出てくる魔物と同じように《中鬼》達は森の外へと侵攻を開始する。そうなると近隣の村などに被害が出る恐れがあるので、《中鬼》が発生すると冒険者は早いうちにそれを狩らなければならない。更に時間が経過すると《中鬼》や《小鬼》は成長し、強力な魔物に変化する事もある。
だから、さっきの冒険者達がギルドに報告を入れれば、すぐに《中鬼》討伐の依頼が出されるだろう。
《小鬼》を狩って今受注している依頼を達成し、そして《中鬼》も狩ってからギルドで討伐の依頼を受ければ今日だけで三つの依頼を達成出来る。
そして俺はDランクの魔物と戦えると。
まさに一石三鳥だ。
―
森の奥へ進むこと十分。
俺は《小鬼》の群れとそれを率いる《中鬼》を発見した。
緑色の肌を持った、耳の長い小人。それが《小鬼》だ。
それに対して《中鬼》は黄緑色の肌で、体が《小鬼》よりも一回りほど大きい。手に棍棒を持ち、《小鬼》達になにやら指示を出している。
《中鬼》の周りにいる《小鬼》は十匹前後といった所か。
周囲に他の魔物がいないか確認し、俺は『鳴哭』を抜いた。
そして、木の陰から飛び出して《中鬼》の周りをうろついていた《小鬼》に斬り掛かる。
不意を打たれた《小鬼》は反応する事も出来ず、首を斬り落とされて沈んだ。それからその隣にいた《小鬼》にも斬り掛かる。まだ何が起きているのか理解できていないようで、呆気に取られた表情のままその首が飛んだ。
青色の血を噴出する二匹の仲間を見て、ようやく状況を理解できたらしい。《中鬼》が何かを叫ぶと、残りの《小鬼》達が一斉に突撃を仕掛けてきた。
緑色の拳を振り上げ、潰れた声で叫びながら走ってくる小人達。Eランクの魔物なだけあって、その動きはかなり緩慢だ。速度だけなら《黒犬》の方が速い。
「――らァ!」
«魔力武装»で加速し、一気に《小鬼》達の目の前にまで移動する。驚愕の表情を浮かべる《小鬼》三匹に、黒い光が瞬いた。同時に首を落とされた三匹が地面に沈むのを確認するよりも早く、背後に忍び寄ってきた《小鬼》を振り返りざまに斬る。
あっと言う間にやられた仲間を見て、恐怖を覚えたらしい《小鬼》達が逃げようと俺に背を向ける。依頼を達成する為にはもう少し耳が必要だったので、容赦なく背後から斬り捨てた。
大きな生き物を殺すというのは、あまり気持ちの良い物ではないな。
「はぁ」
それにしても、やはり《小鬼》では物足りない。俺の力がどれくらい通用するのかを確かめて見たいのだ。
「グルォォォ!」
《小鬼》を全滅させた事で、戦いを傍観していた《中鬼》が叫びながら動き出した。地面を蹴りつけ、大きく跳躍して俺の目の間にまで跳んでくる。
黄緑の眼球に憎悪の色を浮かばせながら、大きく咆哮して手に握った棍棒を振り上げた。
「ようやくだな」
初のDランク魔物との戦闘だ。油断を消して、本気で挑もう。
«魔力武装»の強度を引き上げ、《中鬼》の動きに全神経を集中させる。
俺に向かって振り下ろされた棍棒を躱し、俺は《中鬼》の胴体に剣を振った。そしてすぐに次の攻撃に移れるように、次の動きを考えて、俺はそれをやめた。
「……あれ」
刃は《中鬼》の皮を破って体内に難なく入り込み、そして反対側に抜けた。胴体に一筋の線が入ったかと思うと、ズルリと上半身が下半身から滑り落ちる。ワンテンポ遅れて、胴体から青色の鮮血が吹き出す。
地面に落ちた《中鬼》は小さくうめき声をあげ、しばらくして動かなくなった。
「…………マジか」
弱っわ。
《中鬼》弱っわ。
《小鬼》を率いていたし、ボス戦に挑むくらいの気持ちだったんだが。まさか最初の一振りで終わるとは想像できなかった。てっきり躱される物かと思って、すぐに次の攻撃に移れるようにしてたのに。
血だまりに沈む《中鬼》と、周囲に散らばる《小鬼》達。
俺は大きく溜息を吐くと、剥ぎ取り用ナイフと袋を取り出したのだった。
―
冒険者ギルドに帰ると、中にはいつもより多くの人がいた。耳を傾けると、《中鬼》の討伐の為にDランク冒険者とEランク冒険者がパーティを組むという話をしていた。若手の冒険者に経験を詰ませるためという目的もあるらしく、Cランクの冒険者は今回の依頼には参加しない様だ。
掲示板にはDランクの依頼として、《中鬼》とそれに従う《小鬼》の討伐が貼りだされている。報酬金は銀貨五枚。中々多い。《中鬼》や《小鬼》の証明部位を見せることで報酬金とは別に金が貰えるので、手に入る金はもっと多くなるだろう。
「おい! 坊主、無事だったか!」
依頼書を眺めていると、さっき森で出会った冒険者に声を掛けられた。二十代前半の男三人のパーティだ。どうやら言っていた通りに戻ってきてギルドに報告したらしい。
「いやー良かった。お前の探索も《中鬼》討伐に行く連中に頼もうと思ってたんだよ。いや、無事に帰ってこれて良かったな」
「あんま無茶すんじゃねえぞ坊主」
「おーい、さっき言ってた坊主、無事に帰ってきたみたいだ!」
俺の事を心配してくれていたのか。
三人に心配を掛けた事の謝罪と、礼を言うと「気にすんじゃねえよ、同業だしな」と笑ってくれた。
『荒くれ者の街』にも、やはり良い人はいるんだな。
それから俺は《中鬼》の手配書を手に取って、受付に行った。
「すいません、《中鬼》討伐してきました」
そう言ってから俺が《中鬼》の討伐証明部位である黄緑色の耳と、あと後森を探索して狩ったゴブリンの耳十七本をカウンターに乗せた。
「はぁ?」といった表情の冒険者達と、実物を乗せられて顔を引き攣らせる受付嬢の反応は正直面白かった。
その後、結構面倒な騒ぎになったが、最終的に依頼は達成され、報酬金と討伐報酬金を合わせて銀貨十一枚を手に入れ、そして俺はDランク冒険者へとランクアップを果たしたのだった。
ステータス
名前:ウルグ
年齢:九歳
職業:Dランク冒険者
実力:Dランク魔物以上
剣技:我流
装備
上:黒の魔術コート(防御力UP)
下:黒の魔術ズボン(防御力UP)
武器:鳴哭(攻撃力超UP、魔力防御貫通)
加護
姉様の加護(セシルからの愛情度MAX)