第四話 『馬車での一幕』
微妙に更新
次の目的地へは、馬車で向かうことに決めた。
王都ほど距離があるわけではないが、迷宮都市から目的地まではそれなりに遠い。
流石に走っていくわけにはいかない。
そのため、気分転換も兼ねて馬車に乗っていくことにしたのだ。
数日に一度、迷宮都市から目的地の都市へ馬車が出ている。
幸いなことに、その日が馬車の出発日だった。
各所への挨拶を終わらせた後、俺達は乗り場へと向かった。
「ふう」
馬車に乗り込み、隅を陣取って一息吐く。
向かうのがそれなりに大きな都市だけあって、馬車の利用者は多かった。
俺の黒髪を見てギョッとされた回数も多い。
「これから向かうところで、問題が起きないと良いんだが」
現在、コントラがいるらしいのは『リーンデル』という名の都市だ。
商業や観光が盛んらしいが、王都や迷宮都市より何段階か小さい。
治安は悪くないらしいので、冒険者に喧嘩を吹っ掛けられるようなことはないと信じたいな。
「これから会いに行くコントラ・ゼンファーというのは、どういう人なんでしょうか?」
「俺の剣を造った人だから色々調べたことがあるんだが、良く分からなかった。ほとんど表に出ない人らしい」
最初にコントラの剣が表に出たのが、二十年くらい前だ。
その素晴らしさに多くの剣士がコントラの剣を求めたが、彼の所在は掴めなかった。
何十年も前にコントラの剣に似た物が世に出回っているらしく、コントラはその鍛冶師の弟子ではないかという説がある。
まあ、それもハッキリとした確証はないようだが。
「そんな人と、どうしてセシルさんは知り合ったんでしょう……。もしかしたら、コントラさんも」
「可能性はなくはないな……。そういえば、バドルフさんは変わった奴、と言ってた。王都でやりあったあいつらみたいな方向で変わってないと良いんだが」
理解に苦しむ論理で自傷を繰り返していたドロテアのことを思い出し、ヤシロと二人で体を震わせていた時だった。
見知った顔が、馬車の中に乗り込んできた。
俺達に気付き、ピクリと灰色の狼耳を揺らす。
「よう、ヴォルフガング」
入ってきたのは、ヤシロと同じ人狼種の、ヴォルフガングだった。
「……あァ。お前らこそ、こっちに用か? 王都で修行でもしてると思ってたが」
「ちょっと用事があってな」
俺達から少し離れたところに、ヴォルフガングは腰を下ろした。
やや気まずけな表情だ。
剣聖祭で戦って以来だから、気持ちは分かる。
ただ、俺はもっとヴォルフガングと仲良くなりたかった。
そう思った時、
「ヴォルフガングさん。せっかく同じ馬車ですし、そんなに離れてないでこっちに来ませんか? 街に着くまで、私達とお話しましょう」
ヤシロがヴォルフガングに向けて、そう言っていた。
ヴォルフガングは驚いたように目を見開いた。
「……はッ。まァ、馬車も混んで来たしな。俺様がここで陣取ってても邪魔にならァな。だから、まァ……あれだ。邪魔する」
照れくさそうに鼻を掻いて、俺達の隣にヴォルフガングがやってきた。
「それと、あれだ。俺様は自分の名前を誇りに思ってるが、まァちょっと長ェなって思う時もある。だから、ヴォルフって呼べ」
「ああ。よろしく頼む、ヴォルフ」
「はい、ヴォルフさん」
ヴォルフガング――ヴォルフは俺達から目を逸し、再度鼻を掻いた後、
「お……おォ」
気恥ずに頷いたのだった。
―
「そういやァ、ウルグ。お前が流心流四段の教師に勝ったってのは本当か?」
「試合で、一回だけだけどな」
馬車に揺られながら、俺達は会話していた。
「一回だろうが勝ちは勝ちだ。まァァ、勝って当然だな。お前は天才の俺様に勝ったんだから、教師だろうが何だろうが負けるわけがねェ」
「その通りです! ウルグ様は最強になるお方ですから!」
「お、おォ」
かなり得意げなヤシロの圧に圧され気味になりながら、相槌を打つヴォルフ。
最初に出会った頃は険悪だったが、こうして二人が仲良く過ごしているのを見ると微笑ましい気持ちになる。
ヤシロも、自分以外の人狼種と会話できるのが嬉しいそうだ。
「流心流の四段に勝ったってことは、ウルグも四段に上がれんのか?」
「いや、そういうわけじゃない。あくまで上の段に上がるには、流派ごとに設定された課題をクリアしないといけないんだ」
まあ、俺が流心流で四段になるのは厳しい。
俺の適正は絶心流だ。
流心流はこれ以上、無理に上の段を取る必要はないだろう。
ちなみに、絶心流と理真流は今回の一件が終わったら、昇段審査を受ける予定だ。
「そういえば、ヴォルフさんはどこかの流派の段位を持っているんですか?」
「いやァ、俺様はどこの流派の段位も取ってねェな」
意外だな。
ヴォルフなら、二段以上の段位を複数持っていてもおかしくないと思うが。
「俺様はもう自分に合った戦い方を見つけてんでなァ。まァ、参考にはするが、段位だの何だのに手を出すつもりはねェ」
「まあ、確かにそうかもな。ヴォルフの大剣捌きは見事だった」
聖剣祭で戦った時のことを思い出す。
思えば、確かに流派の型にはまらない野生的な戦い方だった。
「『牙流』っていう、親父から教わった戦闘術だ。一度は負けたが、あれから俺様も牙を研いてる。今度戦った時には負けねェぞ、ウルグ」
「ああ、楽しみにしてる」
「む。その前に、私が貴方を倒します。私だってウルグ様の影として、負けたままではいられませんから!」
燃えているヤシロに思わず苦笑する。
テレスと話してる時に近いな。
こうして対等に会話できる相手が、ヤシロはもっと欲しかったのかもしれない。
……と考えて、一旦思考を止める。
何だか、年の離れた妹を見守る兄貴みたいだな……。
コミュニケーション能力は、ヤシロの方が圧倒的に上だから、兄貴だったら情けない限りだが。
「そういえば、ヴォルフさんはどうしてリーンデルへ?」
「俺様の故郷が近いんだ。リーンデルまで行って準備して、ちょっと故郷に行こうと思ってなァ」
「あ……」
故郷と聞いて、思い出す。
確か、ヴォルフの村は『使徒』によって滅ぼされてしまっていたんだったな……。
「ごめんなさい……」
すぐにヤシロが謝罪するが、
「構わねェ、気にすんな」
牙を見せて、ヴォルフは小さく笑った。
聖剣祭の一件以来、ヴォルフは毒が抜けたような様子だ。
それまでのギラギラした感じが、和らいだように見える。
何かしら、心境の変化があったのかもしれない。
前に俺が故郷について聞いた時は、怒らせてしまったからな……。
それからしばらく話し、俺達は昼食を摂ることにした。
「それにしても、相変わらずヴォルフのサンドイッチは美味しいな」
「はい。野菜がいっぱい挟まってて、とっても美味しいです」
「はッ。前にも言ったろ。俺様は天才なんだから当然だ。……おら、もっと食え」
サンドイッチのお礼に、俺達は作ってきた弁当を渡す。
ヤシロが肉を渡すと、ヴォルフは嬉しそうに食べていた。
「前も気になったけど、ヴォルフは肉が好きなんだろ? どうしてサンドイッチに挟まないんだ?」
「……野菜はちゃんと食べろって教わったからな。人からもらったり買う分には良いんだが、どうにも自分で肉料理を作ろうとすると、悪いことをしている気分になるんだよ……」
「何だか、ヴォルフさん、意外と可愛いですね……」
「あァァ!? 可愛かねェェよ!!」
そんなやり取りをしながら馬車に揺られ、半日と少しが経過した。
そうして俺達は無事、都市リーンデルに到着したのだった。