第三話 『次の目的地』
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バドルフの店から宿へ向かう道中、俺は上の空だったと思う。
ヤシロがあれこれと話しかけてくれたが、上手く言葉を返せなかった。
結局、使徒って何なんだ?
魔神を蘇らせるために集まった連中らしいが、それは本当なのか?
セシルが、悪い魔神を蘇らせようとするとは考えられない。
王都で会った使徒達の反応を見ると、セシルは途中で奴らを裏切ったのだろう。
だが、それならどうしてセシルは使徒になったんだ。
衝動に襲われて悪人を殺していたというが、衝動って一体何なんだ?
俺の体に宿っている力と何か関係があるのだろうか。
恐らく、この力はセシルが原因だと思う。
どういう意図があって、セシルは俺に力を与えたのだろう。
そして、セシルの生い立ちもよく分からない。
どうして、セシルはヴィザールの家に養子として引き取られたのだろう。
どこの孤児院出身だったのか、バドルフは知らないと言っていた。
ヴィザールのあの二人なら知っているかもしれないが、答えてもらえるとは思えない。
聞いたところでどうなるんだ、とも思う。
分からないことばかりだ。
あぁ。
もう一度、セシルと会いたい。
―
ぼーっとしたまま宿へ行き、夕食を取り、部屋に戻った。
答えの出ない思考を中断して我に帰る。
部屋にはベッドが二つあった。
片方にヤシロが座って、毛繕いをしている。
二人部屋にしたんだったか……。
「ずっと寮で過ごしていたから、こうして宿に泊まるのは随分懐かしく感じますね」
視線に気付いたヤシロが、しみじみとした口調で言った。
「ああ。こっちで冒険者をやっていた時のことを思い出すよ」
「そうですね。あと、こうして毛繕いをしていると、あの時のことを思い出します」
「あの時のこと?」
立ち上がって俺に背中を向け、ヤシロはいたずらっぽい笑みを浮かべながら振り返る。
「ウルグ様にお願いされて、尻尾をお見せした時のことです」
「うっ」
あの時、ヤシロはズボンを下げて尻尾を見せてきたんだった。
色々見えてしまったのを思い出して、思わずヤシロから目を逸らす。
「それから……獣臭いって言われたりしましたね。とっても懐かしいです」
「悪かった! あの時はデリカシーが足りなさ過ぎたんだ!」
「いえいえ。お風呂に入らずにお肉ばっかり食べていた私が悪いんです」
「今は、その、あれだ。良い匂いだから、気にしなくて良い……」
「ふへへ。ありがとうございます」
ニンマリと笑みを浮かべるヤシロ。
やられっぱなしだ。
今の俺だったら、もう少しデリカシーのある言い方ができるはずだ。
例えば、運動して汗かいたから、風邪を引かないようにお風呂に入って来なさい、みたいな。
……駄目か。
「……あの時のヤシロはこんなに攻めてこなかった気がする」
「ふふ。テレスさんのお陰で鍛えられましたから」
「それ、テレスに聞かれたら怒られるぞ……」
怒っているテレスを想像して、二人で小さく笑う。
それから、ヤシロは俺の隣までやってきた。
「気分は、よくなりましたか?」
「……ああ、少し良くなった」
上の空の俺のために、ヤシロはわざとからかうように話を振ってきてくれたのだろう。
「……少し、弱音を聞いてくれないか?」
「はい」
「……姉様が悪い人じゃないってことは俺が一番知ってる。使徒だったって聞いても、姉様は姉様だ。何も変わらない。だから、困惑はしたけど、姉様が使徒だったことはそれほどショックじゃない」
ヤシロは何も言わず、黙って聞いてくれている。
「ただ、不安なんだ。使徒が何なのか、魔神を復活させて何がしたいのか。分からないと不安になる。取り返しのつかないことになる気がして……怖いんだ」
分からなければ、どうすることもできない。
知っていれば、もしかしたらセシルを助けられたかもしれない。
失わずに、済んだのかもしれない。
「バドルフの話を聞いて、セシルが死んだ時のことを思い出した。……失うのが怖いんだ。もう誰にも死んで欲しくない。大切なものを守りたい。ずっとそればっかだ。……それで、どれだけ強くなっても、不安がなくなることはないんだろうなって、思った。はは……キリがないな」
「では、強くなる意味はないと思いますか?」
首を横に振る。
「不安はなくならなくても、俺は剣を振り続けるよ。どんな敵が相手でも勝つことのできる最強になるって、自分で決めたんだ。だから、止まらない」
「だったら、それで良いと思います。どんなに強い人でも、取り零してしまう物はあります。悲しいけど、それは仕方がないことなんです。でも、強くなれば取り零す量は絶対に減ります。だから……ウルグ様のやってることは無駄でも、間違いでもありません」
「……うん」
すべてを守ることはできない。
どんなに強くても、その場にいなければ守ることはできない。
距離が遠ければ、手が届かないこともある。
だから、
「その時に『自分がもっと強ければ』って後悔をしなくて良いように頑張るよ」
「――はい」
「それに、俺は一人じゃない。ヤシロやテレス、メイやキョウ、ジークさんやシスイさんもいる。だから、うん。きっと大丈夫だ」
「その通りです。私にお任せください」
嬉しそうに微笑み、ヤシロは頷いた。
「ごめんな、情けなくて。俺はいつも、同じことで悩んでばっかだ」
「ウルグ様はそれで良いんです。そんなウルグ様を、私達は好きなんですから」
それから、ポツポツとヤシロと話した。
お互いに眠くなってきた頃。
「セシルさんは、普段ウルグ様にどんなことをされていたんですか?」
「どんなことって?」
「例えば……膝枕とか」
「ああ……。たくさんしてもらったよ」
「でしたら」
ポンポン、とヤシロは自分の膝を叩いた。
「ど……どうぞ」
「それは、どういう……」
「私はセシルさんの代わりにはなれません。ですが……セシルさんと同じことをしたら、少しでもウルグ様の心を安らげるのではないか……と」
色々な考えが頭をよぎった。
でも、それを全部置いておいて、
「うん。頼む」
ヤシロの膝に、頭を乗せた。
セシルのよりも、ヤシロの膝は小さかった。
ただ、温かい。
「どうですか……?」
緊張した風に聞いてくるヤシロ。
「すごく落ち着く」
「ふふ、良かったです」
ゆっくりと、ヤシロが頭を撫でてくれた。
本当に、子供みたいだ。
でも、すごく落ち着いた。
「ヤシロ」
「はい」
「ありがとう」
間もなく、俺は眠りについた。
―
翌日、俺達は墓地に来ていた。
迷宮都市の隅にある、共同墓地だ。
死んだ冒険者の遺体の多くが、ここに埋葬されている。
当然、全員ではない。
死体が残らなかったものや、墓を作ってもらえなかった者も多くいる。
そんな中で、レオル達のパーティの墓はしっかりと作られていた。
レオル達の遺体は、ほとんど残っていなかったらしい。
剣や鎧などの一部が転がっていたのみと聞いた。
特にレオルの遺物は、何一つとして残っていなかった。
それでも、レオル達全員分の墓がここにある。
それだけ、彼らが多くの人に慕われていたということだ。
花を供え、頭を下げる。
俺が«幻剣»を使えるようになったのは、レオルのお陰だ。
それに、彼らは俺とヤシロを差別することなく、親切に接してくれた。
来るのが遅くなって申し訳ありません。
ありがとうございました。
数分後。
顔を上げ、墓地を後にする。
次の目的地は、迷宮都市からしばらく離れた場所にある都市だ。
活気が溢れており、商業も盛んらしい。
そこへ、話を聞きに行くのだ。
「行こうか、ヤシロ」
「はい」
セシルのことを、知っているという人物。
俺の持つ『鳴哭』を造ったという、高名な鍛冶師。
コントラ・ゼンファーの下へ。