第二話 『仮面の使徒』
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それから、バドルフはゆっくりと話を始めた。
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当時、バドルフ・クライスタルは名の知れた冒険者だった。
高い実力に加えて、彼は多くの人に好かれていた。
他の冒険者が忌避するような細かな依頼を、進んでこなしていたからだ。
その生来の面倒見の良さも加わって、彼を慕う冒険者も多かった。
バドルフがAランク冒険者になった頃、彼は街に巣食っていたある犯罪集団の討伐に参加した。
武器や麻薬の密輸を行う、大規模な犯罪集団だ。
犯罪集団の根城を突き止めたバドルフは、冒険者達とパーティを組み、突入した。
戦闘自体はすぐに終わった。
日々魔物を相手にする冒険者と、犯罪者達では地力が違い過ぎたからだ。
その場にいた者は全員捕獲され、騎士によって監獄に連行されていった。
それで終わるはずだった。
しかし、終わらなかった。
バドルフには、妻と子供がいた。
二人が、犯罪集団の残党に攫われたのだ。
襲撃時に外に出ていた数人が、冒険者チームの旗印となっていたバドルフへの復讐目的でバドルフの家族を人質に取ったのだ。
バドルフは、街の外れにある廃屋に呼び出された。
一人で向かったバドルフを待っていたのは、縛った妻と子供に剣を突き付けた男達だった。
「恋人を殺されたくなかったら、武器を捨てて這いつくばれ」
従うしかないバドルフを、下卑た笑みを浮かべて甚振る男達。
動けなくなったバドルフの前で、男達は妻と子供の服を脱がし始めた。
バドルフの目の前で二人を犯すつもりだったのだ。
どうすることもできず、バドルフが絶叫した時だった。
それが、現れたのは。
「――醜いわね」
女の声だった。
気付けば、建物の中央に人が立っていた。
目深に被ったフードと、その下の白い仮面が辛うじて見えた。
「誰だ、お前――」
その言葉と共に、その場にいた男達の首が地面に落ちた。
遅れて、血が吹き出す。
バタバタと男達が倒れる中、女は返り血一つ浴びていなかった。
「掃除しないと。汚くて醜い物は全部、全部、全部、片付けないと」
熱に浮かされたようにそう言うと、女はバドルフを一瞥し、
「その人達が大切なら、汚い物には近付けさせないで」
それだけ言って、女は建物から出ていった。
何が起きたかは分からない。
ただ、女のお陰で、バドルフは家族を失わずに済んだ。
後で知ったことだが。
当時、『使徒』と呼ばれる存在が夜な夜な人を殺して回っていた。
貴族、商人、冒険者、傭兵。
あらゆる存在の首を狩っていく、仮面の女。
人々はその使徒を『掃除屋』と呼んで恐れていたらしい。
それが、バドルフとセシルの出会いだった。
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「次にセシルと出会ったのは、半年後の夜だった。あれから俺は、仮面の女に礼を言いたくてその動向を探っていた」
遠い目をして、バドルフは言った。
情報を集めた結果、バドルフは仮面の女が『悪人』を狙って襲撃していることに気付いたらしい。
そうして跡を追っている内に、ある犯罪者集団が狙われるのではないかと当たりをつけた。
「実際、俺の予測は当たっていた。その犯罪者集団の根城に、あいつは現れたからな」
「もしかしてその時、理真流の剣匠が居合わせたりしていませんか?」
「……よく分かったな」
学園で使徒について調べていた時、そんな記述を見たのを覚えている。
確か、理真流の剣匠とその門弟達が犯罪者集団を襲撃したタイミングで、仮面とフードを被った使徒が現れたのだ。
両者はそのまま戦闘になったと、書いてあったはずだ。
「凄まじい戦いだった。Aランク冒険者だった俺でも、割って入る隙がなかった」
激しい戦闘の末、剣匠と使徒の戦いはほぼ相打ちだったらしい。
ただし、剣匠側には他に何人も剣士がいた。
このままでは仮面の女が殺される……そう思ったバドルフは、そこでこっそりと助けに入った。
「世間では恐れられていたし、騎士も血眼になって『掃除屋』を探していた。だが、俺にとっては大切な物を守ってくれた恩人だ。隙を見て俺はセシルを助け出して、家に連れて帰った」
セシルは目を覚ましてすぐに「巻き込まれるから」と、出ていこうとしたらしい。
バドルフはそれを説得して止め、傷が癒えるまで面倒を見ていたようだ。
その日から、バドルフとセシルの交流が始まったらしい。
「と言っても、出会って会話したのは両手の指で数えられるくらいだがな」
その後、バドルフは冒険者をやめて武器屋になった。
冒険者の時に築いた人脈のお陰で、上手く行ったらしい。
「前に言ったように、俺はあまりセシルを知らん。知っているのは、あいつが『使徒』だということ、何かしらの衝動に襲われて悪人を殺して回っていたこと、孤児院出身でどこかの夫婦に引き取られていったことくらいだ」
「何かしらの衝動、ですか?」
「ああ。これも詳しくは知らんが、『醜い物を掃除したくなる』んだと」
「…………」
衝動が何なのかは分からない。
セシルを引き取っていったのは、ヴィーザルの二人だろう。
そしてその後、セシルは俺と出会った。
それから、バドルフはセシルとのやり取りを教えてくれた。
そこからは、あまりセシルの情報は分からなかった。
バドルフとセシルは良い友人として付き合っていたみたいだ。
「バドルフさんにとって、姉様はどんな人でしたか?」
「……そうだな。上手く言えんが、俺にとっては妻と子供を助けてくれた恩人で、良い友人だった。どうして使徒をやってるのかは知らんが……優しい奴だったと思うよ」
「そうですか……」
バドルフも、それ以上のことは知らないようだ。
教えてくれたことに対し、頭を下げて礼を言う。
正直、情報を呑み込みきれていない。
考えがまとまらないし、言葉が上手く出てこなかった。
「セシルは冷たい目をしていた奴だったからな。あいつから『自慢の弟ができたのよ』と手紙が届いた時には度肝を抜かれたもんだ」
俺の肩を叩いて、バドルフは言った。
「まだ、あいつへの恩を返しきれたとは思っていない。何かあったら、俺を頼ってくれ。できることはしよう」
「ありがとうございます」
それから、バドルフはハッとした顔をして部屋の奥へ走っていった。
何かの紙を持って、戻ってくる。
「俺が知っているのはこれぐらいだが、もしかすればこいつならもっと詳しく知っているかもしれない」
バドルフに見せられたそれは、手紙だった。
今、私はこの街にいる、という居場所を伝える旨が書かれている。
文章を最後まで読んで、思わず目を見開いた。
「俺にこいつを紹介してくれたのは、セシルだからな」
――手紙の送り主の名は、コントラ・ゼンファーと記されていた。
嫌われ剣士の一章の時系列で、「こういう話が読みたい」とかいうのありますか?
例)
セシルVSテレス 炎の女子力対決
みたいな。
何かしら案がある方は意見くださると助かります。