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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第八章 白緑の霧鐘
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第一話 『欠けた記憶』


 ――欠けた記憶を、夢で見ていた。


 確か、小学四年生くらいの時だっただろうか。

 その日は土曜日で、授業参観だった。

 科目は国語で、先生が出したお題に沿った文章を書いて、発表するという内容だった。

 お題は『両親への手紙』。


 周りの皆が、緊張した面持ちで発表していく。

 大体が『いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう』『家族のためにお仕事をしてくれてありがとう』とか、そんな内容だった。

 発表するクラスメイトの親が、少し恥ずかしそうに、それでも嬉しそうな表情で、自分の子供の発表を聞いていたっけ。


 そんな中で、俺の親は当然のように来なかった。

 母親はそもそも家庭にいなかったし、父親は俺に興味がなかったからな。

 土曜日に授業参観があると伝えた時に、「仕事で疲れてるんだ。休日くらい休ませろ」と父親は言った。

 グシャリと授業参観案内の紙を丸めて、ゴミ箱に捨てたのが妙に記憶に残っている。


 俺は、来ていない親に向けて、周りと似たようなことを書いた。

 お仕事頑張ってくれてありがとう。僕も家事を手伝うから、これからも頑張ってください、と。

 授業参観に親が来ないのには慣れていた。

 けど、どうしても、自分にない物を周りに見せつけられているようで、幼心に悔しかった。


 授業参観が終わって、生徒も解散になった。

 生徒のほとんどは、親の車に乗って帰っていった。

 帰り道で、ファミレスでお昼ごはん食べよう、なんて声も聞こえてきた。


 俺に迎えはなかったから、一人で帰った。

 パラパラと雪が降っていて、肌寒い日だったような気がする。


 歩いていると、街中に行方不明者を探す放送が流れた。

 何でも、近所の高校の生徒が一人、行方不明になったらしい。

 名前はなんて言っていたか。

 あまつ……という言葉が、名前の頭に付いていたような気がする。


 自分が行方不明になったら、父親は探してくれるだろうか。

 そんなことを考えて、すぐに苦笑する。

 世間体を気にして、警察に通報くらいはするかもしれない。

 けど、心配はしてくれないだろう。

 きっと、手間を掛けさせやがって、と怒るに違いない。


「…………」


 どうしてか、家に帰りたくなかった。

 特に何も考えず、家とは違う方向へブラブラと歩く。

 気付けば家とは真逆の場所に来ていた。

 来たことのない、小さな公園が見えた。


 何かに導かれるかのように、フラフラと公園の中に入る。

 キィキィと、ブランコが揺れる音がした。

 風も吹いていないのに、どうして。

 そう思って、ブランコの方を向いて――。


「――――」


 粉雪が降る、冬の寒い日だった。

 俺は、そこで。


 ――■■■に出会ったんだ。



 王都とは真逆の、ガヤガヤとした雑多な雰囲気の町並み。

 道行く人のほとんどが武器や鎧を身に着けており、そうでない人物もガッシリとした体付きの者が多い。 怒鳴るように道行く人に声を掛けをする露店の店主や、居並ぶ物々しい店の数々。

 遠くに見える『冒険者ギルド』と銘打たれた、大きな建物。


 ――俺達は、数年ぶりに『迷宮都市レーデンス』に訪れていた。


「前に来た時から大分経ったけど、こっちは変わってないな」


 露店の位置や種類には少しばかり変化があるが、主要な店構えは変わっていないように見える。

 この空気感が、妙に懐かしい。


「あの村を出て、最初に来たのがここだったっけ。冒険者デビューしたのもここだし、本格的な流派を習ったのもここが最初だな」


 この世界に来て、踏み出した最初の一歩がここだ。

 そう思うと、妙に感慨深い。


「ヤシロと会えたのも、迷宮都市に来てからだな」

「はいっ。ウルグ様が迷宮で助けてくれた時のことや、私のために啖呵を切ってくれた時のことは、今でも昨日のことのように思い出せます」


 フードの下で耳をピコピコと動かしながら、頬に手を当てながら目を瞑るヤシロ。

 迷宮都市に来ていなければ、ヤシロと出会うこともなかったと考えると、ここに来て良かったと心から思う。

 もちろん、キョウとメイ、シスイさん達に会えたのも幸運だった。 

 自己嫌悪に塗れていた俺が、少しだけ自分を許せたのは、彼女達と出会えたからだからな。


「馬車で数日過ごすのは結構キツかったけど、懐かしい気持ちに浸れただけでも来て良かったな」

「はい、そうですね! 私はウルグ様の側に居られたので、馬車生活も楽しかったですが!」


 ヤシロの言葉に苦笑しつつ、


「ただ、まだやらないといけないことがあるからな」

 

 ここに来た用事を片付けるために、雑踏の中に踏み出した。

 


 王都を出発したのは、ほんの数日前のことだ。

 使徒の襲撃によって休校になったタイミングを利用し、俺はヤシロと二人で迷宮都市にやってきた。


 テレスは他の用事があるため、着いてきていない。

 メイとキョウも、王都に残って使徒襲撃の傷を癒やしている。

 よって、ここに来たのは俺とヤシロだけだ。


「ウルグ様、ウルグ様。この先から凄く良い匂いがします」


 隣を見れば、ヤシロが屋台に目を輝かせ先を見つめていた。


「ちょっと早いけど、昼食も兼ねて食べてくか」

「はいっ!」


 よだれを垂らさんばかりの表情に苦笑して、二人で食べ歩きしていく。 

 

「……く、黒髪」

「何か、王都の方で噂になってるガキじゃねえか?」


 道行く者達が、チラチラと俺に視線を向けてくる。

 フードを被っている俺はともかく、俺は黒髪黒目を出したままで来ているからな。

 前に来たところだから良いと思ったが、やっぱ何年も離れていればこうなるか。


「ぐるるる」

「ヤシロ、構わなくていい」

「……うう」

「ほら、こっち向け。口にタレが付いているぞ」


 イラつくヤシロを宥め、口元に付いた汚れを拭ってやる。

 嬉しそうに顔をほころばせるヤシロに癒やされつつ、悪意を持ってぶつかってこようとする連中を軽く躱す。

 躱されてたたらを踏む男を一瞥して、すぐに先へ進んだ。


「しかし、こちらは呑気ですね。王都が使徒に襲撃された報せは、届いているはずなのに」

「直接襲撃されたわけじゃないのと、やっぱり迷宮が近くにあるのが大きいんだろうな。ちょっとやそっとの騒ぎじゃ、ここの人達は騒がないんだろ」


 そんな話をしながら、目的地へ向かう。

 目的地は、『バドルフ武具店』だ。

 セシルの過去を知っている、バドルフに会うため、俺達は迷宮都市にやってきた。


『キミィ、あのセシルの知り合い?』

『うん、知ってるよォ? 殺されて当然のゴミ屑女だったからねェ!!』


『浄化の使徒』と名乗った、メトゥス・エルフェードラとかいう男の言葉だ。

 セシルを知っていなければ、こんな言葉は出てこない。

 こいつの他にいた、二人の使徒も、セシルのことを知っているような口ぶりだった。

 

 セシルとあいつらの関係。

 セシルの過去。

 俺は、それを知りたい。


「着きましたよ、ウルグ様!」


 そうして、俺達は目的地であるバドルフ武具店に到着した。



「ええええ!? ウルグ君とヤシロちゃん!? わあああ、すっごい大きくなったね!」


 店に入ってすぐ、俺達を見て一人の女性が大騒ぎし始めた。

 短い赤髪が特徴の、二十代後半くらいの女性だ。

 

「久しぶりですね、クリスさん」


 クリス・クライスタル。

 数年前に俺達が迷宮で助けた、冒険者の女性だ。

 この店の店主である、バドルフの孫娘でもある。

 

「なになに、すごい背伸びたね! ウルグ君かなり体出来上がってるし!」

「その通りです! ここ数年でウルグ様はますます逞しくなって、腹筋とか凄いんです!」

「なにそれ見たい! というか、ヤシロちゃんもめちゃくちゃ可愛くなってるじゃん! お姉さんびっくりだよ!」


 ハイテンションで跳ねるクリスに、王都の魔術学園に通っていることを話す。

 その間、クリスは冒険者業は控え、バドルフの手伝いとしてこの店を切り盛りしていたようだ。


「おい、クリス! やかましいぞ、騒ぐな!」


 店の奥から、白髪の老人が姿を現した。

 バドルフ・クライスタル。

 今日、俺達が会いに来た人物だ。

 数年ぶりに会ったが、冒険者をやっていたというだけあって、未だにその体は引き締まっている。


「お前達は……」


 俺達に気付き、バドルフは何かを察したかのように息を吐いた。


「お久しぶりです、バドルフさん」

「ああ。お前らも元気そうで何よりだ」


 そう頷いた後、


「おい、クリス。俺はこの二人と話がある。代わりに店番を任せる」

「ええー! 私、もっとこの子達と話したい!」

「良いから引っ込め。後からでも話せるだろう」


 バドルフに案内されて、俺達は個室にやってきた。 


「まだ、『鳴哭』は持っているか?」

「はい」


 椅子に腰掛けてから、背中に刺してある『鳴哭』をバドルフに見せる。

 小さく鼻を鳴らした後、バドルフは静かに問いかけてきた。


「……ここに来たのは、セシルのことか?」

「はい。どうしても、姉様の過去を知りたいんです」


 前にバドルフと会った時、セシルに口止めされているからと、教えてもらえなかった。

 

「少し前に、王都が使徒に襲撃されたと聞いた。このタイミングで来たということは……セシルについて、何か知ったのか?」

「使徒と、少しだけ話しました」

「…………」

「詳しい話は聞けませんでしたが、何か姉様のことを知っている様子だったんです」


 考え込むように、バドルフは目を瞑る。


「お願いします。姉様について、バドルフさんが知ってることを教えてください。姉様のことを、知りたいんです」

「……分かった。使徒と接触したということは、遅かれ早かれ知ることになるだろうからな。ここで隠すより、伝えた方が良いだろう」

「教えてくださるんですか?」

「ああ。だが言っておくが、俺は詳しいことはあまり知らん。俺が見て聞いた情報と、セシルやコントラの奴から聞いた断片的な情報しか持っていない。それでも良いなら話そう」


 それから、


「ウルグ君も、もう気付いているかもしれないが」


 バドルフは低い声で言った。






「――セシルは使徒だ」



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