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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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閑話 『明鏡止水へ至る決意』


 使徒の襲撃によって、ウルキアス魔術学園は一旦休校となった。

 通っていた学生の多くは実家に帰り、それ以外は学園の寮で過ごしている。

 学園に普段の活気はなく、静まり返っていた。


 そんな中、キョウは学園の自由修練場にいた。

 休校のため授業はないが、寮や自由訓練場などの施設は、学生に開放されている。

 実家に帰れない生徒のことを配慮しての措置だろう。


「…………」


 キョウは隅に立ち、修練場の中央を固唾を呑んで見守っていた。

 修練場の中央には、二人の影がある。


 一人は流心流四段の位を持つ、スイゲツという教師だ。

 少し癖のある水色の髪が特徴的や、優男といった風貌をしている。


 そしてもう一人は、黒髪の少年、ウルグだ。

 斬り付けるような目付きで、スイゲツを見ている。


 両者が手に持っているのは木刀だ。

 向かい合っていた二人は、やがて合図もなく動き出した。

 流れるような動作で、二人は斬り結ぶ。


 ウルグがスイゲツに頼み、模擬戦を行ってもらっているのだ。


「はぁぁぁぁッ!」

「ふ――ッ!」


 果敢に攻め立てるウルグに、それを受け流すスイゲツ。

 一進一退の攻防。

 だが、次第に戦況は変わっていく。


「!」


 ウルグが押し始めたのだ。

 スイゲツの守りは非常に強固で、ウルグの攻撃は入らない。

 受け流され、スイゲツは時折カウンターを返していた。


 だが、次第にスイゲツがカウンターを返さなくなった。

 否、返せなくなった。 

 果敢に攻め立てるウルグが、それを許さないのだ。


「……先輩」


 ウルグは、明らかに以前よりも強くなっていた。

 何が変わったのかと聞かれれば、キョウは上手く答えられない。

 強いて言うならば、届くようになった……だろうか。


 以前よりも、剣が相手に届くようになっている。

 技術が向上したのもあるだろう。

 だがそれ以上に、ウルグの心境に大きな変化があったように見えた。


「彼はまた、強くなったのだな」


 いつの間にか、キョウの隣に少年が立っていた。

 色艶の良い深緑色の髪に、スラリとした細身が特徴的な少年だ。

 服装や佇まいの上品さから、貴族であることが分かる。


「貴方は……」

「失礼。ベルス・ベルセポナという。彼の同級生だ」


 ベルス……どこかで聞いたことがあるような気がする。


「……一年生のキョウです」


 ハッキリとは思い出せず、キョウはやや警戒した表情でベルスを見た。

 貴族といえば、ああだこうだと理由を付けて、ウルグを馬鹿にする連中だからだ。


「そう固くならなくても良い。別に彼を貶めようと思って、ここにいるわけではないからね。彼が模擬戦をやると聞いて、気になってきたんだ」

「……そうなんですか」

「意外かな?」


 ベルスの問いに、キョウは躊躇いがちに頷いた。

 この学園に来てから、キョウは何度もウルグが不当に貶められるのを見てきた。

 そのほとんどが、貴族によるものだった。


「……皆、先輩の容姿だけで悪口を言いますから」

「確かに、私もそうだった」


 ウルグとスイゲツの戦いを見ながら、ベルスは遠くを見るような表情で言った。


「私は最初、彼を見下していた。黒髪黒目で、素性も知れない。その癖、《剣聖》になるなどと大口を叩く。私達が休んでいる間も、汗と泥に塗れながら、ずっと棒を振り続けている。なんて無様で身の程を知らない奴なんだ……と私は思った。何度も彼を嘲笑ったよ」


 その言葉にキョウが反発しなかったのは、ベルスの口調に自嘲と憧憬が含まれていることに気付いたからだ。


「それでも、彼は折れなかった。髪の色も、目の色も、自分を馬鹿にする連中も、知ったことかと言わんばかりに、剣を振り続けた。そして、彼はそれに見合った結果を出した。災害指定の魔物を二匹も討伐し、学園最強とまで言われていたレグルス先輩も倒してみせた」

「ベルス先輩も……先輩に憧れているんですね」


 ベルスの気持ちが、キョウには分かった。

 だって、迷宮都市でウルグが励ましてくれた時からずっと、キョウもウルグに憧れ続けてきたからだ。


「憧れ……か。ああ、そうかもしれないな」


 ベルスはふっと笑い、頷いた。


「格好良い、と思ったんだ。私が身分や立場を誇っている間に、彼は自分の力で結果を勝ち取って見せた。その姿に、私は憧れた」


 そう言ってからすぐに、ベルスは「すまない」とキョウに頭を下げてきた。


「いきなりこんな話をしてすまなかったね。君と彼がよく一緒にいるのを見ていたから、思わず話しかけてしまった」

「いいえ。私も一緒ですから。先輩はいつも必死に頑張っていて、とても格好良いと思います。私も先輩に近付きたいってずっと思っていますから」


 謝罪するベルスに、キョウが微笑んだ。


 

「――参りました」


 それからすぐに、勝負が付いた。

 勝ったのは、ウルグだった。

 絶心流の鋭い一撃で、スイゲツの持つ木刀を弾き飛ばしてみせたのだ。

 喉元に刃を突き付けられ、スイゲツは己の敗北を認めた。


「――――」


 その結果を見ていたキョウとベルスは、互いに顔を見合わせて息を呑んだ。

 スイゲツは流心流の四段を修めた、凄腕の剣士だ。

 反応速度と防御術は卓越した練度を誇る。

 スイゲツが奥義を使っていないとはいえ、勝利するのは並大抵のことではない。


「ああ……やっぱり、格好いいな」


 嬉しそうに、そして悔しそうにそう呟くと、ベルスは訓練場の入り口に向かって歩き出した。


「先輩に会っていかないんですか?」

「ああ。この後、修練の予定が入っているんだ。……私は意志も体も弱いからね。少しでも彼に近付くために頑張らないと」


 そう言い残し、ベルスは訓練場から出ていった。

 徐々に小さくなっていく後ろ姿を、キョウはジッと見つめていた。


 ベルスの体は、ただ細いだけでなく、引き締まっていた。

 体捌きも、そこらの貴族とは比べ物にならない。

 それに何より、彼の両手にはたくさんの豆があった。


「弱くなんて、ないじゃないですか」


 自分の好きな人が。

 ああいう人に好かれていると知って、キョウは少し誇らしい気持ちになった。




 その後、キョウは少しウルグと話した。


「お疲れ様です、先輩。スイゲツ先生に勝っちゃうなんて、驚きました」

「……ああ」


 頷くウルグの表情は、暗い。


「どうかしましたか?」


「キョウ。しばらくの間、色々気を付けておいて欲しい」

「……色々、ですか?」


 ウルグは暗い表情のまま、聖剣祭の時に見た奇妙な映像についての話をした。

 どうやらそこで、ウルグはキョウの身に不吉なことが起こるのを見たようだ。


「何か起きた時……俺は、キョウを助けられないかもしれない」

「心配されなくても、ちゃんと色々気を付けてます。先輩が変な目で私を見たりしないように、ちゃんと警戒してますし」

「別に……そんなに変な目で見たりしないぞ」

「そんなに……?」


 誤魔化すようにウルグは頭を掻き、


「じゃあ……俺はそろそろ行くよ。ちょっと遠出の準備をしないといけないからな。キョウはどうする?」

「私も用事があるので、一旦シスイ様のところへ行こうと思います」

「ん、分かった。じゃあ……夜道とかに気を付けろよ」

「それ、先輩が私を襲うみたいですよ」


 それから、ウルグは訓練場を出ていった。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、キョウは沈んだ顔で視線を送り続けていた。


「……私も止まっていられない」



 聖剣祭での出来事を、キョウは夢に見る。

 フリューズという騎士が、自分達を殺そうとする場面を。

 ドロテアと名乗った使徒の斧で、メイが大怪我をする場面を。


 同年代の生徒と比べれば、きっとキョウは強い方だ。

 だが、そんなことに意味はない。

 悪意を持って襲い掛かってくるのは、強大な魔物や狂った使徒だ。

《剣匠》ですら、負傷させるレベルの相手だ。


 端的に言ってしまえば、彼らを相手にするにはキョウは弱過ぎた。

 実力不足も甚だしく、同じステージに立つことすら烏滸がましい。

 

 今回の一件で、キョウはようやく理解した。

 キョウが学園に来た時、どうしてウルグがあれほどまでに必死になっていたのかを。

 大切なモノが奪われる恐怖と、大切なモノを守れない自分の無力さを。

 大好きな人の背中が、遠くなっていく悔しさを。


 ――剣を振り始めたのは、シスイ様への憧れからだった。

 ――それ以降も続けたのは、剣を振るのが好きだったから。

 ――挫けそうになった時に立ち上がれたのは、先輩が励ましてくれたから。


 そして、今は。


「もう、先輩において行かれたくない」


 自分は、彼のことが大好きだから。


「もう、先輩の足手まといになりたくない」


 もう弱い自分は嫌だ。


「先輩の力になってあげたい」


 いっぱいいっぱいで、懸命に努力し続ける彼を支えたい。


「先輩や姉さん――私の大切な人達を、守れるくらいの力が欲しい」


 皆を守ってあげられるくらい、強くなりたい。


 だから。


「――私を一から鍛え直してください、シスイ様」


 キョウは、シスイに頭を下げながらそう言った。


「キョウ、顔を上げなさい」

「……はい」


 神妙な表情で、シスイは言った。

 

「鍛え直す……か。キョウ。具体的に、どの程度強くなりたいんのかな? キョウの目標を聞かせて欲しい」


 シスイの問いに、キョウは即答した。


「――シスイ様よりも、強くなります」


 斬り付けるような鋭い目付きだった。

 誰かに似た表情を浮かべたまま、キョウは言葉を続けた。


「そして、私が流心流の二十六代目《剣匠》になってみせます」


 誰に似たのかな……と一瞬だけ笑みを浮かべ、シスイはすぐに真剣な表情を浮かべた。

 

「志が高いに越したことはないが、口で言うのは簡単だよ」


 ゾワリ、と。

 鳥肌が立つような笑みを浮かべて、シスイは言う。


「キョウは確かに才能がある。だけど、それはあくまで『年齢の割には』という話だ。どれだけ努力をしようとも、越えられない壁というものがある。それを理解せずに進もうとする者を、分不相応と言うんだ。キョウは――自分に私を越えられるほどの、分があると思うかい?」


 意地悪な表情で、意地悪なことをシスイは問う。


「本当に《剣匠》になれるとでも、思っているのかい?」


 その問いに対する、キョウの答えは一つだった。


「思っているんじゃありません。――絶対になるんです」


 その言葉に、


「――――」


 シスイは何かを思い出すように目を瞑る。

 そして、心底嬉しそうな表情を浮かべた。


「大きくなったね、キョウ」


 それから、


「いいだろう」


 静かに頷き、シスイはもう一度キョウに稽古を付け直すことを承諾した。

 



 ずっと、母の、姉の、好きな人の背を追い掛け続けてきた。

 彼らに並びたいと、そう思ってきた。

 

 ――そんなキョウが初めて、本当の意味で彼らを越えると決意した瞬間だった。

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