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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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第十七話 『残る傷跡』

本日、10/28に嫌われ剣士の異世界転生記②が発売します!

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「……酷い有様だね」


 隣で歩いているシスイが足を止め、街の光景を見て険しい顔で呟いた。


 聖剣祭の見せ場であるトーナメントが開催された闘技場の、あちこちが崩壊していた。

 龍種のブレスが中から放たれたのか、大きな穴がいくつも開いているのが見える。

 瓦礫が積み重なり、山のようになっていた。


 それが、王都のあちこちで起こっている。

 建物は崩れ、地面は裏返り、数日前とは見違えるような惨状だ。


「犠牲者も、少なくないようだ。特に、人々を避難させていた騎士達が、多く亡くなっていると聞いているよ」

「……そうみたいですね。王城で聖剣を守っていた人達も……やられてしまったそうですし」


 龍種の襲撃後、聖剣はすぐさま王城へと運び込まれた。

 一番隊の騎士が聖剣を監視していたそうだが、いつの間にか忍び込んだ使徒によって、皆殺しにされてしまったらしい。

 異常を察して駆けつけた騎士が、血溜まりに倒れている仲間と、粉々に砕け散った聖剣を発見したという話だ。


「……それでも、君達が無事でいてくれて、良かったよ」


 俺の肩にポンと手を乗せ、安堵するようにシスイは言った。


「遅れて来て、君達に何か起きていたら……悔やんでも悔やみきれなかっただろうからね」


 聞いたところによると、シスイは王都に向かう途中、龍種が複数発生している村に通りかかったらしい。

 放っておけずに討伐に向かうと、龍種以外にも大量の魔物が発生していたようだ。

 それらをすべて対処している内に、到着が大幅に遅れてしまったということだった。


 シスイが通りかかったタイミングでの、魔物の大量発生。

 どこか、作為的なものを感じるな。

 もしかしたら、邪魔になるシスイを足止めするために、使徒が仕組んだのかもしれない。


「もし誰か死んでいたら、怒りのあまり大暴れしてしまっていたかもしれないね」

「……はは」


 笑い事じゃない。

 あの場で、シスイは俺達を庇いながら戦ってくれていた。

 それがなくなったら、一体どうなっていたのだろう。

 少なくとも、王都は今以上に酷いことになっていただろうな……。


 結局、シスイが倒したスペクルムとドロテアは、いつの間にか姿を消していた。

 死体も確認されていないのを見ると、恐らく逃げたのだろう。

 胸の奥に、嫌なもやもやだけが残っている。


「――まあ、メイを甚振ったドロテアという使徒は、絶対に許さないがね」


 凍えるように冷たい、そんなシスイの呟きが聞こえた気がした。



 あれから二日が経過した。

 使徒の襲撃による傷跡は未だ王都に色濃く残っており、少しずつ修復作業が行われている。

 

 あの後、俺達はすぐに王城へ向かった。

 城の中には大勢の治癒魔術師が揃っており、全員が治療を受けた。

 テレスの処置のお陰で、エレナとエステラの命に別状はなく、二人とも無事だ。

 しばらくの間、入院していれば元通りになるらしい。

 気絶させられていた騎士も城へ運び込まれ、全員が問題なく目を覚ましたと聞いている。


 俺も治療を受けたが、特に後遺症が残ったりということはなかった。

 完全に魔力が枯渇していたため、丸一日眠っていたらしいがな。

 ヤシロとテレス、キョウもすぐに傷が塞がり、元通りになったようだ。

 ドロテアの攻撃で重症を負ったメイは、少しの間、入院が必要となるらしいが。

 それも数日だけで、体には何の影響もないと、治癒魔術師が説明していた。

 

 現在、重症の者を除き、怪我人の多くは王都内の治療施設に移動している。

 エステラやメイも、今は学園の近くの病院だ。

 俺とシスイは、メイの様子を見に病院に向かっていた。


「ヤシロちゃんはどうしたんだい?」

「少し遅れて、病院に来るそうです。友達と話したいことがあるみたいで」


 闘技場で人狼種である……ということが知れ渡ってから、まだ数日しか経っていないからな。

 色々と、積もる話もあるのだろう。

 良いことだ。


「そういえば、言うのが遅れていたよ。ウルグ君、トーナメント優勝おめでとう。君の師匠として鼻が高いよ」

「はい……! ありがとうございます」

「アルデバランの息子……レグルス君にも勝ったそうだね。君達の戦いを見ておきたかったなあ……」


 レグルスの名前を思い出し、少し微妙な気分になる。

 あれから、レグルスは塞ぎ込んでしまったと聞いている。 

 使徒の襲撃中も、王城で縮こまっていたそうだ。

 ……あれで、折れてしまわないと良いのだが。


「背も伸びて、体も随分と男らしくなった。男前になったね。うんうん」


 俺の肩を揉みながら、しみじみとシスイが呟く。

 少し照れくさい。

 揉むのはやめて欲しいんだが……。


「それに、良い目をするようになったね」

「……そうですか?」

「ああ。迷宮都市にいた頃は、ずっと苦しそうな目をしていた。今は、違う」


 ……苦しそうな目、か。


「師匠として、君が苦しみから開放されたことを嬉しく思うよ」


 シスイは、嬉しそうにそう言った。


 しばらくして、病院に到着した。



「あ、シスイ様とお兄さん。来てくれたんですね」


 病室に入るなり、ベッドの上のメイが嬉しそうに顔を綻ばせた。

 パッと見たところ、もう傷は残っていない。

 体への負担が大きかったため、今は大事を取って入院しているだけらしいからな。

 すぐに良くなるだろう。


「!」


 メイのベッドの傍らで、椅子に座ったキョウが眠っていた。

 寮に帰ってすぐに病院に行ったきり、ずっとここでメイを見ていたのか。


「しー」


 指を口元に当てるメイに、シスイと二人で頷いた。


「もう傷は大丈夫かい? 痛いところはないかい? 変なところがあったら、すぐに言うんだよ?」


 メイの手を取って、シスイが何度も念を押すように慮っている。


「何かあってからでは遅いからね。大丈夫だと思っても、しばらくは無茶をしないように」

「もう、大丈夫ですよぉ。シスイ様心配しすぎです」

「む……」

「でも、心配してくれてありがとうございます」


 二人の様子を見ると、本当の親子のようだ。

 見ていて微笑ましい。


「…………」


 眠ったままの、キョウに視線を向ける。

 寮に帰ってくる途中の様子を思い出す。


 ――私のせいで、姉さんがあんな傷を負って……治らなかったら、どうしよう……っ。


 ドロテアとの戦いで、メイはキョウを庇って負傷した。

 そのことを、キョウは気にしているようだった。

 迷宮都市で『強くなりたい』と悩んでいたこととい、キョウは本当に俺に似ている。

 そのことをシスイに話すと『私が話してみる』と言っていたから、ここはシスイに任せておこう。


 それから、メイと少し話し、病室を出た。

 まだ、何人か知り合いが入院しているからな。

 皆、命に別状はなく、後遺症もないという話だから、大丈夫だとは思うが。



 それから、メイの隣の病室へ入った。

 

「な……お師匠様ッ!! 今なんて言った!?」

「馬鹿デブって言ったんだよ。あんなヒョロい騎士に不意を突かれやがって」

「あ、アタシだって、正面から戦ったらあんな野郎には負けねえよ!」

「倒せるのは当たり前だろうが。お前、あの騎士を殺ったの誰か知ってるか? ウルグがやったんだぞ、ウルグが」

「ぐぬぬ……」


部屋へ入るなり、ジークとエレナがそんなやり取りをしていた。

 エレナが寝ているベッドに腰掛け、彼女の脇腹を指で突きながらの会話だ。

 すごい入り辛い。


「よぉ、ウルグ」


 最初から気付いていたのか、何食わぬ顔でジークが声を掛けてきた。

 エレナが、気まずそうな顔をしている。


「……どうも。お二人とも、もう傷は大丈夫なんですか?」

「当たり前だ。このデブはまだサボってるけどな」

「サボってない! アタシよりもズタボロになってたのに、もう動けるお師匠様がおかしいんだよ!!」

「つまんねぇこと言ってんじゃねえ。鍛え方が足りねえからそうなるんだよ」


 『癒やしの使徒』……ミリアと戦ったジークは、彼女に勝利したものの、かなりの重症だったらしい。

 そんな体のまま、自力で病院にやってきたそうだ。

 途中で、何体かの龍種を狩ってきたとも聞いている。

 治療を受けて一日寝て、退院したというのだから、エレナの主張は最もだ。

 化物か。


「……ウルグの傷はもう大丈夫なのか?」

「はい。もういつも通りに動けます」

「……そうか。すまないな。アタシが不甲斐ないばかりに、世話を掛けた」

「いや、そんなことは……」

「そうだ。反省しろ馬鹿」

「お師匠様には言ってないだろうがッ!!」


 前から思ってたけど、この二人、めちゃくちゃ仲良いな……。


「あのヒョロ騎士を倒したんだってな」

「はい」

「おもしれえ。負けてたらぶっ殺してたとこだぜ」


 そんな風に笑って、


「――良くやった」


 ジークが、ワシャワシャと乱暴に頭を撫でてきた。


「――――」


 珍しく、ジークに褒められた。

 ……嬉しかった。

 何と言って良いか分からなくなり、取り敢えず感謝の言葉を口にしようとした時だった。


「――すまないが、少し静かにしてくれないか。こちらの病室にまで声が響いて――」


 ガラリと扉を開けて、シスイが中に入ってきた。


「――――」

「――――」


 その瞬間、ジークとシスイの視線が交差した。

 両者が、ピタリと動きを止める。

ピキリと空気が凍ったような気がした。


「……うわ、マジかぁ」


 エレナが頭に手をやり、諦めたようにそう呟いた瞬間。

 凄まじい殺気が、部屋の中でぶつかりあった。


「よぉお。久しぶりじゃねえか、シスイ。随分と遅れて王都に来たらしいなぁ? てっきりどこかでおっ死んでるもんかと思ったぜ」

「……ジーク、君こそ久しいな。使徒にズタボロに負けたと聞いて、てっきり死んだものかと思っていたよ。生きていてガッカリだけどねぇ」

「あぁ? 負けてねえよ。オレが勝ったんだよ」

「それは失礼。負けたとしか思えないほど、惨めな格好をしていたと聞いたものだから、つい勘違いしてしまったよ」

「はっ、お前みたいな雑魚じゃ、あの女には勝てねえよ。そういうお前こそ、遅れてやってきた癖に使徒を全員逃したらしいじゃねえか。情けねえなぁ、オレがいたら、今頃使徒は全滅していたろうに」


 互いににらみ合い、ペラペラと早口でまくし立て合う。

 異常な光景に、俺とエレナはただ固まってそれを見ていることしか出来なかった。


「ははは、君如きでは反撃されて今頃死んでいたと思うけどね」

「ふは、お前風情がやりあえる相手に、このオレが負けるわけないだろうが」

「ははははは。殺されたいのかい」

「ふはははは。やってみろよ馬鹿女」


 お互いに目が笑ってねえ……。

 ……何だ、これ。

 シスイもジークも、こんなキャラだったか……?


「……お師匠様もシスイ様も、昔から馬が合わなくて、会う度にこうなんだよ」

「そうなんですか……」


 そういえば、迷宮都市でシスイが何度か斬りあったとか言ってたな……。

 ここまで仲が悪いとは思わなかった。


「そういえばジーク、ウルグ君に剣を教えているそうだね。私の弟子・・・・には、あまり野蛮なことは言わないようにしてもらいたいね」

「ああ、お前も何年か前にウルグに剣を教えていたそうじゃねえか。オレの弟子・・・・が世話になったなあ」

「何を言ってるんだい? 私の・・ウルグ君だ」

「はぁ? オレの・・・ウルグに決まってんだろうが。師匠面してんじゃねえよ」


 グルン、と二人が俺の方を向く。

 

「なぁ、ウルグ君。私はウルグ君の師匠だよね?」

「おい、ウルグ。お前の師匠は誰か、この馬鹿にしっかり言ってやれ」


「え……ええと……」


「もちろん、私だよね?」

「ウルグ、分かってるだろうな?」


 あかん、これどっちを選んでもヤバイ奴だ。

 

「お二人とも……俺の大事な……師匠です」


 苦し紛れに、そう答えた。


「…………」

「…………」


 しばらくの沈黙の後、


「あぁ!? 無難なこと言ってんじゃねえよ! つまんねえだろうが!!」

「君の判断基準でウルグ君を攻めるな! 何もつまらなくないだろう!!」

「耳元で叫ぶんじぇねえ! うるせえんだよシズク!!」

「私はシスイだ! 二度とその名前で呼ぶんじゃない」

「シズクシズクシズクシズクシズク」


 何だろう。

 巻き込まれない安全なところからなら、ずっと見ていたいという気がしないでもない。


「は、そういえば、お前のところの双子。殺されそうになっていたことをオレが庇ってやったんだ、感謝しろ」

「はっ、君に庇われるなんて、あの二人も随分と不幸だねありがとう!!」

「聞こえねえなあ!!」


 この二人、実はめちゃくちゃ仲が良いんじゃないだろうか。


「ウルグ。しばらくはずっとこんな調子だろうから、他所へ行った方が良い。また巻き込まれるかもしれないからな」

「……はい。エレナ先生、お大事に」

「ああ。ありがとう」


 酷く疲れた表情のエレナに後ろ髪を引かれながら、病室を後にする。

 外に出ても、二人の言い合う声が聞こえてくる。

 これ、絶対メイの部屋にも届いてるだろうなあ……。


「……まあ、元気そうで良かった」


 ミリアとの戦いで、ジークはもう少しで命に関わる、というレベルの重症を負っていたと聞いている。

 あの様子ならば、大丈夫だろう。


「…………ミリアさん」

 

 ジークをボロボロにしたということは、相当に強かったのだろう。

 使徒達の会話からも、ミリアが《剣聖》に届きうるほどの実力を持っていたことが窺える。

 結局、どうして俺を庇ってくれたのか、聞くことが出来なかった。

 死体が見つかっていないという話だが、ジークが本気を出せば、恐らく跡形も残らないだろう。

 最後に、少しでいいから話をしたかった。


 ともあれ。

 メイもエレナもジークも元気そうだ。

 この調子ならば、エステラも大丈夫だろう。


 エステラが斬られた時、一瞬だが頭が真っ白になった。

 呼吸が出来なくなり、心臓の鼓動が速くなった。

 助けられて、本当に良かった。


 エステラの病室へ向かう。


「…………」


 何故だろうか。


「……………」


 心臓の鼓動が速い。

 エステラは大丈夫なはずだ。

 命に別状はなくて、念のために入院した。

 それだけの、はずだ。


「…………」


 そう自分に言い聞かせ、扉をノックする。

 声があり、俺は中に入った。



 

 中に入って。

 エステラの話を聞いて。


「――――え?」


 言葉を失った。

 言葉が、出てこなかった。

 エステラの言葉が、頭に入ってこない。


「……魔術が、使えなくなってしまったんです」

 

 目を腫らしたエステラが、もう一度繰り返した。


 体内の魔力を、操れなくなった。

 結果、エステラは、以前のように魔術を使えなくなってしまった。

 治癒魔術師にも原因は分からず、様子を見ることしか出来ない。

 治る見込みは、ない。


「……はは。困っちゃい、ますよね。急に……使えなくなる、なんて」


 上擦った声で笑うエステラが、痛々しかった。


「祭りが終わったら、一から鍛えなおそう! なんて……お、思っていたんですけど」

「……エステラ」

「あ、すいません。わ、わざわざ来ていただいたのに、ウルグ殿に変な話をして」

「エステラ……!」


 思わず、大きな声を出してしまっていた。

 これ以上、見ていられなかった。

 

 エステラに近付いて、何となく分かった。

 彼女の中に、黒い穴が開いている。

 まるでそこだけ欠けたかのように、ポッカリと空洞があるような、そんな感覚。

 見えないけど、分かった。

 これは、スペクルムのせいで起きたことなのだと。


「……すまない」

「謝らないでください。私は、後悔していませんから! ウルグ殿を、た、助けられて……うれ……し、い」


 エステラの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちる。

 まるで、堰を切ったように。


「エステラ……」

「結局、私には何も残りませんでした。唯一の、取り柄……すらも……ッ」

「…………!」

「ぁ…ぁああ……ぁああ」


涙を流しながら、エステラが嗚咽を漏らす。

気付けば、エステラの手を掴んでいた。

 冷たくて、震えるエステラの手を。


「絶対に……」

「ウルグ……殿」

「絶対に、俺がエステラの魔術を取り戻してみせる」


 エステラの中にある、黒い穴。

 スペクルムを倒して、エステラが奪われたものを取り戻してみせる。


「絶対に、絶対にだ……!」


 エステラは、俺達を助けるために王城から出てきてくれた。

 実際に、俺はエステラに助けられた。

 なら、今度は俺が助ける番だ。


「だから、待っていてくれ」


 エステラが、俺の手を引き寄せ、自分の頬に当てた。

 ひんやりとした頬の感触が伝わってくる。


「……はい」


 潤んだ目で俺を見上げ、エステラが頷いた。


「ずっと、待っています」


 だから、とエステラは笑った。


「それまで、体を鍛えてますね。魔術師の弱点を克服しちゃいますから……!」

「……ああ」


 別れ際、エステラは言った。


「……その時が来たら、ウルグ殿に伝えたいことがあるんです。聞いてくれますか……?」

「絶対に、聞きに行くよ」


 そう言って、俺は扉を出た。

 すすり泣く声に、聞こえないふりをして。



「探したぞ」

「……テレス」


 外の空気を吸いたくなり、病院の屋上で王都の風景を見下ろしていると、テレスがやってきた。

 隣に並んだテレスと、二人で王都の風景を見下ろす。


「……あの使徒達が言っていたことを、覚えているか?」


 テレスの問いに、頷く。


「……あいつらは、姉様を知っていた。何か、関わりがあったんだと思う」

「ウルグの力も、そこに何か関係があるかもしれないな」


 【終焉に抗う刃フィーニス・グラディウス】。


 俺の中にある、得体の知らない力の名だ。

 体から黒い魔力を放出し、触れた魔術を消滅させる力。

 その効果は、使徒の使う謎の魔術も例外ではない。


「……怖かったんだ。姉様について、知るのが」

「ウルグ……」

 

 薄々、分かっていた。

 自分の中にある力に、セシルが関係しているのだと。

 危険が近づいた時に、決まって額がズキンと痛んだ。

 ……額は、セシルが最期に口付けをした場所だ。


 怖かった。

 この得体の知れない力の正体が。


先ほどの病室でのエステラの言葉を、俺は既に聞いている。

ユースティティアを見た瞬間に起こった、あの不可思議な現象で。

この予知は、以前にも同じ経験がある。


「だけど、これ以上逃げてはいられない。姉様の昔を知っている人がいるんだ。だから、その人に聞いてくるよ」

「そうか」

「……テレスも、一緒に来てくれないか?」


 すまない、とテレスが首を振った。


「使徒の襲撃で浮ついたせいか、父が体調を崩してしまったんだ。父が出向くはずだった用事に、私が行くことになりそうなんだ」

「……そうか」

「すまない。ウルグの力になってやりたいんだが……」

「十分、テレスは俺の力になってくれてるよ。

「ウルグ……」


 しばらく、テレスと見つめ合っていると、


「ストップです!!」


 いつの間にか屋上にやってきていたヤシロが、俺達の間に割り込んできた。


「テレスさん、ウルグ様に何をするつもりだったんですか」

「べ、別に何もしようとはしていないぞ」

「…………油断も隙もないですね」


 テレスにジト目を向けていたヤシロが、俺の方を向いた。


「私がお供します。私は、ウルグ様の影ですから」

「……ああ。頼むよ、ヤシロ」

「はい!」


 使徒の襲撃によって、学園は暫くの間、休みとなる。

 その間に、迷宮都市へ行こう。

 セシルの話を聞くために。


 バドルフの元へ、向かうのだ。




 あの時だ。


 体を斬られたユースティティアが炎になる瞬間、彼女は俺を見た。

 そして、小さな口でこう呟いたのだ。


『――彼女が選んだのは、貴方かもしれませんね』


 その意味は分からない。

 だが、あの女を見て、俺は分かった。

 何故か、理解出来てしまった。


「――俺が、お前を■す」


 ――セシルを殺したのは、あの女なのだろう、と。




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