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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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第十六話 『祭りの終わり』

「シスイ……さん?」

「ああ、シスイさんだ」


 いつかを思い出すような言葉を聞いた瞬間、、膝から力が抜けた。

 カクンと崩れ落ちそうになるのを、シスイに優しく支えられる。

 そのまま、ゆっくりと地面に座らされた。


「メイとキョウを庇ってくれて、ありがとう。ヤシロちゃんや……あの金髪の子を助けようとしていたのも、お師匠様的には誇らしい限りだ。後は私に任せて、少し休んでいて欲しい」


 そのシスイの声音は、安堵して寝入ってしまいそうになるほどに、心に染み入ってくる。

 それだけ、この場における彼女の存在は圧倒的だった。

 この人がいれば、もう大丈夫なのだと、無条件に信じてしまいそうになるほどだ。


 だが――


「《剣匠》――あのジーク・フェルゼンに並ぶという、世界最高峰の剣士ッ!! そんな人物が、無残に殺されてしまう――。あぁ、そんな喪失こそ、終焉を間近に控える人々への、何よりの施しになるに違いない!!」


 相手は使徒。シスイという存在を前にしても、変わらずに狂い嗤う。

 自身の傷を気にもせず、スペクルムがシスイの背に向けて斬撃を放った。

 その斬撃は、建物一つを丸ごと両断してしまえるほどの規模を有している。

 スペクルムが保有する、異常なまでの魔力量がなせる技だ。


「眠過ぎて頭が痛いから、早いところ死んでくれないかな?」

「いるだけで吐き気がするんだよォ、害虫ゥ」


 それと同時に、建物の上でこちらを見下ろす二名も行動を起こした。

 青年は先ほどと同じように剣を生み出して発射し、男は虫型の魔物をシスイに向けて突撃させる。


「アンタにはなぁ-んか見覚えがあるが、取り敢えず世界のために喪失しんでくれ!!」


 それらが、無防備なシスイの背に吸い込まれ――、


「――耳障りだ。黙ると良い」


 瞬間、すべての攻撃がスペクルムに反転した。


「あぁ!?」


 驚愕の声をあげながら身構えたスペクルムだったが、青年の剣が体に突き刺さり、弾かれた虫に激突され、最後には自身の斬撃に飲み込まれて吹き飛ばされていった。

 スペクルムに一瞥すらせず、シスイは静かに言葉を紡ぐ。


「君達『使徒』が私をどう見ているかは知らないが……こう見えても、私は怒っている」


 シスイが初めて見せた殺気に、背筋が凍った。

 世界の温度が一瞬にして氷点下にまで下がったのではないかと錯覚する。

 ジークの殺気が灼き焦がすような壮絶なものならば、シスイのそれは真逆。

 すべての凍て付かせるような、劇的な殺気だ。


「怒る……? どうして?」


 その殺気をものともせず、ドロテアは心底不思議そうに首を傾げた。

 理解できないものを見るようなその目付きから、発言が挑発ではないことが見て取れる。


「大切な娘達を、可愛い弟子を甚振られて、怒りを覚えないとでも?」

「私は、痛みという愛を、祝福を渡しているんです。怒られるなんて、心外ですね。あぁ、心が痛いッ!!」


 甲高い声で絶叫すると、唐突にドロテアが二本の鎌を投擲した。

 勢い良く回転しながら、二方向から鎌がシスイに襲いかかる。


「シ――」


 不味い。

 俺が声を上げるよりも早く、シスイは動いてしまっていた。


 くるくると回転して飛来する鎌に向けて、シスイが剣を振り下ろす。

 直後、鎌が反転し、ドロテアの体に突き刺さった。


「あっはぁ!!」


 自身の肩に突き刺さった鎌を見て、ドロテアが嬉しげな声を上げる。


「肉が抉れて、まるで燃えるよう! なのに中に埋まった刃の冷たさは、凍えるよう!!」


 シスイがどのような反応を見せるのかと、ドロテアは期待に目を輝かせるが、


「……あれ?」


 その意に反して、シスイは一切の反応を示さなかった。

 平然としたまま、冷めた視線をドロテアに向けている。


「痛くないんですか? そんなのおかしい。 あれ、おかしいな。おかしい」


 ガリガリと頭を掻き毟り、ドロテアがぶつぶつと早口でおかしいを連呼する。

 壊れたラジオのように同じ言葉を連呼し、それから勢い良く懐から大量の武器を取り出した。


「これなら、どう!?」


 ナイフ、斧、鎌、鎖、そのすべてが投擲用の道具だ。

 それらに魔力を流し、シスイに向けて一斉に投げ付けた。

 炎を纏う斧、瘴気のような紫の煙を噴き出す鎌、雷を帯びるナイフ、様々な道具がシスイに飛来する。


「同じことだよ」


 そして、シスイの挙動一つで、そのすべてがドロテアに反転する。

 ザクザクと音を立て、すべてがドロテアの体に命中する。

 肉が抉れ、骨が砕け、血が噴き出す。

 同時に、その惨状の三倍の痛みがシスイを襲っている――はずだ。


「ふむ……。噂には聞いていたが、使徒というのは予想以上の異常者らしいね」


 だと言うのに、シスイはドロテアの様子を見て、何事もないかのようにそう呟くのみ。

 三倍の痛みに、襲われている様子もない。


「やっぱり、おかしい。貴方には私の痛みが届いているはず。私達は痛みで繋がりあえていなければ、おかしい。なのに、どうしてそんなに平然としているの? 貴方も私を理解してくれないいんですか?」

「申し訳ないが、とてもじゃないが理解できないね。痛みを通して理解し合うなんて、あの戦闘狂でもしないだろうさ。悪いが、それは仲間内でやって貰いたい」

「痛みはぁ! 何よりにも勝る愛、祝福、幸福!! 分け与えるのが、当然なんですッ!! 今月の標語は『人の痛みが分かる人になろう』!! 貴方も、私の痛みを知るべきなんですッ!!」


 ジャラジャラと、金属音が連続する。

 ドロテアの全身から、大量の武器が流れ落ちてきた。

 荒い息を吐くドロテアは、それらの武器を握りながら、視線を俺に向けてくる。


「ウルグ君、でしたよね? その人に、私達でお手本を見せてあげましょう? 大丈夫、私達はもう繋がり合って、一つになった関係です。一心同体の私達に、不可能なんてない!!」


 頬を赤く染めながら、ドロテアが俺に向けてとんでもない発言をしてくる。

 チラリとシスイがこちらに視線を向けてくるが、ブンブンと首を振っておいた。


「さぁ、さぁ、さぁ! 痛みを――――!!」


 叫びとともに、ドロテアが走り出す。

 その手には、何本もの武器が握られている。

 その内の何本かを、俺に向けて投擲しようとした瞬間、


「!!」


 シスイの姿が掻き消えたかと思うと、一瞬にしてドロテアの目の前に現れた。

 直後、水の渦が奔り、ドロテアが無造作に掴んでいたすべての武器が、一瞬にして弾け飛んだ。

 武器を失い、ドロテアが完全な無防備と化す。


「お望み通りにしてあげるよ」

「がッ!?」

 

 直後、ドロテアが夥しい量の血を噴き出しながら吹き飛んだ。

 何メートルも地面を転がり、自身の血溜まりの中でビクビクと痙攣し始める。


「服の下に何か仕込んでいたようだね。殺し切れなかった」


 朱の混じった泡を吹くドロテアを見て、シスイは無感情に呟く。


「まあ、良いさ。痛いのが好きなんだろう? そこで、存分に味わっていると良い」


 冷笑を浮かべるシスイの姿に、思わず息を呑んでしまう。

 厄介な能力に加え、素の実力も四段剣士クラスのドロテアが、まるで相手になっていない。

 シスイには、ドロテアの能力が通じていないのか……?


「それで、君達はいつまでそこで見ているつもりだい? そうして傍観している間に、二人消えてしまったが」


 見上げながら、建物からこちらを見下ろす二人にシスイが声を掛ける。

 男は直立してこちらを見て、青年はゴロリと横になり、気怠げにあくびを浮かべている。

 スペクルムとドロテアがやられたことで、残りは建物の上の二人のみとなった。


「一人は被虐趣味の変態、もう一人は無能な出来損ない。そんなのが死のうが消えようが、僕様やつがれさまの知ったことじゃないよ。どうせ、いてもいなくても変わらないしね」


 シスイに対して、青年は心底どうでも良さそうにそう答えた。


「仲間に対して、随分と薄情なことを言うね」


 やれやれと首を振りながら、横たわったまま青年は言葉を続ける。


「薄情? いや、薄情なのは君にやられたあいつらだよ。だって、自分の仕事をしっかりとこなした僕様に、さらに仕事を押し付けようとしているんだよ? こっちはその分疲れるし、自由時間が削れるし、最悪だよ。身の程に合わないことをしようとするからそうなるのさ。仕事をするんなら、自分に何が出来なくて、自分に何が出来るのかを、しっかりと見極めることくらいしないとね」


 頭痛を堪えるように頭を抑え、青年は言う。


「あー眠い眠い眠い眠い。こっちは早く休みたいから仕事をこなして、残らなくて良いように工夫してるのに、どうしてこうなるの? なんで休ませてもらえないの? おかしくない? おかしいだろ? おかしくないわけがあるだろうか? いやないね。絶対におかしいね。頑張った者が損をするなんて、絶対におかしい。僕様は今頃、家に帰ってフカフカのベッドでくつろいでいるべきなんだ」


 寝そべったまま、足をジタバタと動かして青年は喋り続ける。


「しかも、こうやって文句を言うと、『偉そうに』とか『生意気』とか言う奴いるしさ。いやいやいや、自分の仕事をこなした奴は偉いに決まってるじゃん。何様のつもりだ? 僕様やつがれさまのつもりに決まってるじゃん。仕事を出来ない奴を見下すのは当然ですよ、当然。だから、仕事をしないやつは全員、ただの無能なクズで、僕様に見下されて当然だよ。そして、仕事をする僕様が一番えらいんだ」


 そうか、とシスイは頷き、


「――くどい」


 剣を一振り。

 一瞬の間を置いて、青年達がいる建物が真横に切断された。

 ズルリと断面からずれ、建物が勢い良く落下していく。


「!」

「――――」

 

 建物の上の二人も、地面に向かって落ちていく。

 その途中、男は建物から飛び降りると、姿勢を崩すこと無く地面に着地した。

 青年は建物から放り出され、地面に落下するが、


「……疲れるなあ」


 その着地点に、いつの間にか大きなベッドが設置されており、その上に落ちた。

 ベッドの上で、青年が弾む。

 上から瓦礫が落下してくるが、青年の上に大きな盾が生まれ、すべてを弾いた。


「眠さを堪えて頑張って喋ってるのに、中断するなんて、労働者への労りが足りないと思うんですけど?」

「言いたいことはそれだけかい?」


 シスイが二人に剣を向けた。

 場の温度が、さらに低下する。


「怠すぎる。ねえ、あの不死身女はどこに行ったの? あいつなら、シスイともやりあえるでしょ?」

「さァ。気配がないから、害虫ジークに負けたんじゃないかなァ?」

「……はぁ? あの女が負けた? 無能過ぎじゃない? あの力があれば、《剣聖》にだって勝てるじゃん。勝てるでしょ。勝てないなんてことがある? ないだろ、普通」

 

 その瞬間、シスイの姿が一瞬ブレた。

 青年は咄嗟に盾を生み出して、斬撃を防ぐ。

 だが、男は為す術無く上半身を切断された。

 ズルリ、とずれていく上半身を、


「……おっとォ」


 男は手で掴むと、元の位置に戻した。

 次の瞬間には、その傷が塞がっている。

 あり得ない再生速度だ。


「……ふむ」


 その様子を見て、シスイが目を細める。

 先ほどから、シスイは斬撃しか飛ばしていない。

 恐らく、あの二人を警戒しているのだろう。

 あの二人は、特に得体が知れない。


「――はァ。ブンブンブンブン、ボクゥが黙ってれば耳元で騒ぎやがってさァ。煩いんだよ、ゴミ虫。いい加減にしてくれないかなァ」


 男が、一歩前に出た。

 ギョロギョロと目を動かし、シスイを睨み付ける。

 男が大仰な仕草で二本の腕を振り下ろすと、


『シィイイ』

『リィイイイイイイ』


 男の目の前に、二匹の巨大な虫が現れた。

 青い炎を纏った尾を振り回す、三メートル近くの巨大な蠍。

 甲高く羽を鳴らす、五メートル近くの鈴虫。

 


煉獄蠍ヘル・スコーピオン》と、《斬音鈴虫シャープ・ベルクリケット》。

 どちらも、Aランクにしていされている強大な魔物だ。


「行け。あの害虫を潰せ」


 男の言葉に従って、二匹の魔物が動き出した。

《煉獄蠍》は非常に硬い殻と、人を跡形もなく灼き融かす炎の尾を持っている。

《斬音鈴虫》は目にも止まらない速度で動き、羽から人を切断する音を飛ばしてくる。

 龍種には遠く及ばないが、それでもかなり強力な魔物だ。


「……ふむ」


 俺達を庇うようにして、シスイが大きく前に出た。


 最初に飛び掛かってきたのは、《煉獄蠍》だった。

 土煙を上げるほどの速度でシスイとの距離を詰めると、上段から尾を振り下ろした。


『――――?』


 だが、尾はシスイに当たらなかった。


「……なんて、速度だ」


《煉獄蠍》が尾を持ち上げた瞬間には、既にシスイが尾を切り落としていたからだ。

 それに気付いた時には、もう遅い。

 既にシスイは二太刀目を繰り出しており、蠍は真っ二つに両断されていた。


 仲間がやられたことに慌てたのか、《斬音鈴虫》が羽を鳴らそうとするが、


『リィイイ――』


 その羽を、水の刃が撃ち抜いた。

 シスイの放った«涙の刃エンド・オブ・ティアーズ»だ。

 羽を失った鈴虫が逃れようとするが、間髪入れず刃が脳天を撃ち抜いた。

 音もなく、鈴虫が力尽きる。

 

「悪いが、虫はあまり好きじゃないんだ」


 Aランクの魔物を瞬殺して、シスイは呼吸すら荒げていない。

 化物だ……と改めて実感させられる。


「虫風情が……ッ! あァ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いなァ!!」


 魔物がやられたことで、男が激高する。

 ギョロギョロと目を動かし、腕を振り回し、叫ぶ。


「手を抜いてやればァ、ブンブンブンブン人の目の前で跳ね回りってさァ! キモいんだよ、キミィ!!」


 男の体から、凄まじい数の虫が雪崩のように溢れ出てくる。

 Eランク程度の小さなものから、先ほどと同等のAランクまで種類は様々だ。

 それが散り散りになって、様々な方向から襲い掛かる。


「人様の苦労も知らないで、その労働を当然だと思ってる奴は、死ぬべきだと思うんだよね」


 それに加えて、青年の生み出した剣がシスイの上空から雨のように降り注ぐ。

 俺達のすぐ目の前で、シスイを全方位から壮絶な攻撃が襲った。


「シスイ……さん!」


 攻撃に呑まれたシスイを見て、二人の使徒が口元を歪める。

 が、


「……!」


 直後、シスイを覆っていた虫が粉々になり、降り注いでいた剣が砕け散った。

 姿を現したシスイは、無傷だ。


「ただ虫と剣を放つだけならば、速度が足りないな」」


 無言のまま、青年が手を振る。

 それに合わせて、シスイの四方八方に剣が現れ、彼女を串刺しにせんと襲い掛かるが、

 

「……はぁ? なにそれ」


 すべての剣が、シスイを素通りして彼女の周りの地面に突き刺さった。

 まるで、透明な壁に拒まれたかのように。


「四方八方――どの方位からくる攻撃にも、同時に対処出来る。私の数少ない特技でね」


 シスイの埃を払うような動作で、その周囲にあったすべての剣が横に切断される。

 バラバラと剣が地面に落ちる中で、冷笑のままシスイは言った。


「――だから。大凡、君達の攻撃は私に通用しないと理解してもらえれば良いよ?」


 その瞬間、青年と男が同時に動いた。

 シスイの周囲から、剣、槍、斧、鎌、あらゆる武器が高速でシスイに襲い掛かる。

 そして、男が生み出した魔物が、それに続いて、炎や水、毒液などを彼女に吹き掛けた。

 先ほどまでより、遥かに激化した攻撃――。


 しかし。


「言っただろう? 速度が足りないと。最低でも、音速を越えねば私には触れられないよ」


 シスイは無傷だった。

 長い藍色の髪を乱すことなく、服を汚すことすらなく、平然と立っている。

 その様子に、二人の使徒が目を細めた。


「さて……そろそろ行くよ」

「!」


 シスイの姿が掻き消える。


「調子に乗るなよ、虫ィ!!」


 長い腕を振りかぶり、男がシスイに飛びかかる。

 シスイは首を傾けるだけで、男の攻撃を回避した。

 外れた男の拳が空振った瞬間、凄まじい風圧が起こり、崩れた地面の破片を巻き上げた。

 

 あの男、一体どういう筋力をしてるんだ?


「何をやって――ッ」

 

 空振った男に文句を言いながら、青年がベッドから起き上がろうとした瞬間、


「そのまま寝ていてもらって結構だよ」

「ッ!!」


 青年が胸から血を噴出して、そのまま倒れ込んだ。

 背を向けたまま、青年に魔術を撃ち込んだのだろう。

 何となく、前にセシルが《人食茸》に同じことをやっていたのを思い出した。


「手足をむしり取ってあげるよォ!!」


 小指ほどの羽虫を大量に生み出し、男がシスイに突撃させる。

 自身はその中に紛れて、シスイに殴り掛かった。


「……ッ」


 だが、羽虫の突撃も、男の拳もシスイに当たらない。

 まるで舞うようにシスイはすべての攻撃を躱し、一気に男の間合いに踏み込んだ。


「かッ――」


 男が反応するよりも早く、シスイの刃がその首を切断した。 

 目を剥いた男の首が、くるくると宙を舞う。

 

 殺した……!


 そう、俺が確信するのと同時だった。

 首を失った男の体が、宙を舞う首を掴み、元の位置に戻した。

 同時に、針金のような足で、シスイに蹴りを繰り出す。


 ヒラリと、シスイはそれを回避した。

 

「首を落としても死なないのか」


 少し驚いた様子で呟くシスイに、男が激高する。


「このォ!!」


 男の拳が、シスイの構える剣にぶつかる。


「!?」


 直後、スルリと拳が刃を滑り、検討違いの方向へ振り下ろされる。

 すなわちそれは、シスイの前で大きな隙が生まれるということだ。


「――«滑水斬»」

 

 拳を振り下ろした姿勢のまま、男の首が、腕が、足が、胴が、輪切りになって地面へ落ちていく。

 肉塊になった男だが、未だもぞもぞと動いている。

 そこへ、シスイがトドメを刺そうとして、


「――針を振り回すしか脳のない蜂風情が、調子に乗るなよ」


 グルン、と男の首がシスイの方を向いた。

 遠目からでも分かるほどに、男からドロリとした殺気が放たれる。

 それに構わず、シスイは剣を振り下ろした。


「……!」


 甲高い音が響いた。

 先ほど、シスイに胸を斬られた男が、素手でシスイの刃を受け止めていた。

 胸にあった傷は、いつの間にか塞がっている。


「……いい加減に、しろ」


 息を荒くした青年に、シスイは無言のまま追撃する。 

 首元を狙った、的確な一撃。

 しかし、青年は再度、素手のままでシスイの刃を弾いてみせた。


「――――」


 青年がシスイへ手を伸ばす。

 その瞬間、シスイが弾かれたように後ろへ飛んだ。

 シスイが僅かに、表情を険しくするのが分かった。


 青年はシスイを追わず、大きく溜息を吐いた。

 

「君、何か勘違いしてるんじゃないの? 調子に乗ってるみたいだけど、有利なのは僕様達の方なんだよ」


 青年の周囲に、大量の武器が現れる。


「君は、僕様を差し置いて後ろで寝てる怠惰な連中を庇いながら、戦わなくちゃならないんだ。どっちが有利で、どっちか不利か理解できたかい?」


 剣先を俺達に向けたまま、青年は言葉を続ける。


「だけど、僕様は労働に関して理解がある。仕事っていうのは、得てして妥協が必要となるものだよね。だから、今回は妥協してあげよう」


 テレスを指差して、青年は言った。


「その女を差し出せば、君達は見逃そう。家に帰って、好きに睡眠を取るが良いさ。いい提案だ。良い提案だろ? 僕様のこれが、君達にとって最高の提案じゃないなんてことがあるかい? いや、ないね。だから、とっととその女を置いて――」


 シスイの放った«涙の刃»が、青年の顔面を撃ち抜いた。

 男に触れた瞬間、鈍い音を立てて«涙の刃»が砕け散った。

 まるで、相当に硬い何かにぶつかったかのように。

 

「戯言に耳を貸すつもりはないよ」

「……あぁ、そうかい」


 青年が、額のアイマスクに手を伸ばした。

 それをゆっくりと下げ始める。


 青年から、どろりと嫌な空気が流れ始めた。

 ズキズキと、額に痛みが走る。

 ドロテアや、スペクルムからも感じた、得体の知れない何か。

 それが今、シスイに向けられていることが分かった。


 その時だ。


「思い出したァ」


 唐突に、バラバラになっていたはずの男が立ち上がった。


「はぁ? 何をさ?」


男は青年を無視し、ギョロリと視線を俺へと向けてくる。

 

「ねェ、ねェ」


 その異様な挙動に気持ち悪さを感じていると、やがて男はニィと顔を歪ませた。


「キミィから感じる臭い――どこかで嗅いだ覚えがあったんだけどォ、今思い出したよ」


 そこで男は、



「――キミィ、あのセシルの知り合い・・・・・・・・・・?」



 と――言った。


「……は?」


 思考が止まる。

 どうして、あの男からセシルの名前が、出てくるんだ?


「姉様を……知ってるの……か?」

「姉様? え、姉様ァ!? じゃあ、キミィ弟? プ、アハハハハハハ!!」


 男が体を震わせ、大笑いする。

 パチパチと何度も手を叩き、双眸に悪意を輝かせて言った。


「――うん、知ってるよォ? 殺されて・・・・当然のゴミ屑女だったからねェ!!」


 は?

 今、なんて言った?

 殺され……て?

 セシルは、殺された、と言ったのか?


 ――これはね、病気なんかじゃないの。

 ――病気よりもっと悪い、『呪い』のような物でね、多分『妖精種の秘薬』でも治すことはできないのよ。


「……ウルグ君。前に出過ぎるな」

「どう……いう……ことだ……ッ!! お前らは、セシルに何を……!!」


 シスイに止められるのを無視して、男に這って近づこうとした時だった。


「グダグダ煩いよ」


 青年が、俺の言葉を遮った。


「あの売女のことなんて、どうでも良い。僕様はとっとと仕事を終わらせたいんだよ。何度言えば分かってくれるんでしょうねえ、ここの皆さんは!!」


 青年の体から、ドロリと魔力が溢れ出す。


「仕事は手を抜いて良い時と、駄目な時があるんだ。手を抜くと楽が出来るけど、駄目な時にすると、余計に仕事が増えてしまう。今は、手を抜いちゃいけない時だったんだね」


 そう言って、青年がシスイを睨んだ。


「だから、君は今から全力で殺すよ」


 小さく息を吐き、シスイが微笑みを浮かべた。


「そうかい」


 何がおかしい、と青年に問いただされ、シスイは言った。


「――もう少し早く、全力を出すべきだったね」

「――――」


 シスイから凄まじい殺気が噴出した。

 青年とシスイ、お互いの持つ何かが、激突する――――。

 


「――そこまでに、しましょうか」



 透き通るような、美しい声が響いた。

 場の空気が一変する。 

 漂っていた殺気が、一瞬にして消滅したのだ。


 哄笑していた男が笑みを消し、青年が手をおろした。

 倒れていたテレスが息を飲み、ヤシロ達も視線を声の主に向ける。

 そして、シスイが顔から表情を消した。


「――――」


 気付けば、二人の使徒の間に一人の女性が立っていた。

 それは、白い女性だった。


 硝子細工を思わせるような、肩先までかかった透き通る白い髪。

まるで天から降り注いた淡い雪のような白い肌に、映すもの全てを受け入れるような寛容さを感じさせる、赤み掛かった黒い瞳。

 まるで人形のように繊細で整った肢体を覆っているのは、白と黒の入り混じったドレスだった。


「会話、対話、対談。意志を伝え合うことは大切ですが、時と場合によって正しい行動は異なります。それを見極めなければ、人は間違った行いをしてしまう。それは善くありません」


 美しい。

 だが、分かった。

 その純白の美しさの奥でドロドロに煮詰められた、どす黒い悪意が詰まっていることが。


「間違った行いは、悪ですからね」


 ニッコリと微笑む、その女性の顔を見た瞬間。


「――ッ」


 額に凄まじい熱が走り、視界が弾けた。



 ――結局、私には何も残りませんでした。唯一の、取り柄……すらも……ッ。


 声が聞こえた。

 目の前に、見知った女性が見える。


 なんだ、これは。

 

 視界に、見たこともない街の風景が広がる。

 直後、再び声が聞こえた。

 声と映像が、雪崩のように脳に流れ込んでくる。


 ――ウルグよ。――お主、妾の物になれ。


 ――だって、弟を守るのは、お姉ちゃんの役目だから!


 ――なぁ、ウルグ。ふざけるなよ。それはおれの……俺の技だッ!!


 ――助けて……。助けて、先輩……ッ。


 ――こう見えて、僕様は効率重視でね。弱ったところをサクッと仕留める。それって、理想的な終わらせ方じゃない? 


 ――きっと……教師ってそういうもんだろ?


 様々な光景が入り混じった、その先で。


 ――は。はは。あはははははははははははッ!!


 笑い声が聞こえた。

 思わず耳を塞ぎたくなるような哄笑。

 嘲りだけで構成されたその声は、よく知っている物だった。


 だってそれは、俺の笑い声だったから。



 視界に、死体が転がっていた。


 ――傑作だ! 何が最強だ! 何が守るだ! 何が剣聖だ! 何も守れなかった! 大切な人は全員死んだ! 結局、俺なんかには、ウルグなんかには何にも出来なかったんだよ! 


 一つではない。

 たくさんの、沢山の、タクサンの、死体が転がっている。

 見知った人の死体が、見知った人の死体が、見したったひとの死体が、みしったひとのしたいが。 

 大事で、大切で、好きで、愛している人達の死体が。

 血溜まりに沈んでいた。


 それを見て、俺は笑っている。

 ひとしきり笑って、それから。


 ――クソ、ちくしょォ……ッ! お前は、お前だけはッ!!


 穏やかに。

 優しげに。

 愛おしげに。


 ――俺が、殺すッ!!


 俺を見ている、誰かに向かって、そう叫んだ。



「――ぁ。はぁ、はぁ……ッ」


 意識が戻ってきた。

 視界は、先ほどまでと変わらない。

 男と、青年と、女性がいる。


「聖剣は既に破壊しました。王都の結界も同様です。これ以上は、無駄に被害を増やすだけでしょう。ですから、帰りましょう」

「あの不死身女はどうするの? やられたらしいけど。あいつなら、《剣聖》も殺せるんでしょ?」

「彼女は結界の一部を剥がしてくれた段階で、役目を終えています。彼女は彼女と正義を終えました。ですから、問題ないでしょう。かの《剣聖》は、彼女・・に任せます」

「……なら良いや。罷り間違って、僕様に押し付けられたら、たまらないからね」


 そう言って、連中は去ろうとする。


「ま……て!」


 まだ、先ほどの言葉の意味を聞いていない。

 意味がわからない。

 どうして、あいつらはセシルを知っているんだ。


「お前らは一体……何なんだよッ!!」


 その問いに、三人が振り返った。


「『浄化の使徒』メトゥス・エルフェードラ」


「『休息の使徒』リベロ・メランコリア」


 男――メトゥスが狂気を滲ませながら。

 青年――リベロが面倒臭げに。


 そして、


「――『正義の使徒』ユースティティア・セルンベルク」


 女性――ユースティティアが、礼儀正しく、丁寧にその名を口にした。


「正義の成就は近いですが……それまでどうか、貴方方が平穏な日々を過ごせることを祈っております」


 そう、ユースティティアが俺達に頭を下げるのと同時。


「待――」

「――逃すとでも?」


 シスイが横薙ぎに斬撃を放った。

 この場にいる、誰も反応出来ない、凄まじい速度。

 三人の使徒は、胴体を真っ二つに両断される――。


「えぇ。この場は、お別れです」

「……!」


 しかし、血は流れず、斬られた三人の体が白い炎と化した。

 体は崩れ落ち、やがて煙となって消えていく。

 そこにはもう、何も残っていない。


 何かの魔術を使って、あの場から逃げたのか。


「……逃したようだね」


 無表情のまま、シスイは静かにそう呟いた。

 静寂が戻ってくる。


 ――死んで当然のゴミ屑女。

 ――あの売女。


 メトゥスとリベロは、セシルに対してこう言っていた。

 まるで、彼女を良く知っているような口ぶりで。

 

「なんなんだ……」


 意味が、分からない。

 どうして、あの狂人どもがセシルのことを知っているんだ。


「何なんだよ……!」


 俺の疑問に、答えられる者はいなかった。




 使徒の消失と同時に、王都を襲っていた魔物は姿を消す。

 そして、シスイが倒したはずの二人の使徒が発見されることはなかった。

 ジークと戦った、ミリアの死体も見つかっていない。


 後から、俺達は知ることになる。

 王都を守護していた結界が破壊され、聖剣は跡形もなく破壊された、と。

 

 こうして、様々な色が混ざりあった聖剣祭は幕を閉じる。 

 色々な場所に、様々な人に、大きな傷を残しながら。

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