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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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第十五話 『死傷Ⅱ』

 王都城壁前――騎士達の目の前では、激闘が繰り広げられていた。


『オォオ――――』


 城壁に匹敵するほどの巨体を持つ《蟲龍》の腹部を、岩で構成された柱が突き上げる。

 比較的柔らかな部位に攻撃を受け、《蟲龍》の足が止まる。


「――ヌンッ!!」


 硬直した《蟲龍》の横っ面を、雷で構成された鎚が激しく殴打した。

 激突の瞬間、空を染め上げるほどの極光が瞬き、戦場を白く染め上げる。

 光が収まった時、大きく仰け反った《蟲龍》が地面へ倒れ込むのを、城壁付近で待機していた騎士達は目撃した。

 

「なんて威力……!」


 魔術師の頂点に立つ、バベッジ。

 剣士の頂点に立つ、アルデバラン。

 その規格外の実力が、災害指定個体という規格外を追い詰めつつあった。


『――――』


 百足に類似した足で、苛立ちを表現するかのように地面を踏み鳴らしながら、《蟲龍》が咆哮する。

 暴風の如き風圧と、雨のような唾液を飛沫となって吹き荒れた。

 象牙のような爪が生えた五指を広げ、自身を脅かす小さな襲撃者に向かって振り下ろすも、その一切が当たらない。

 最強の剣士に、大きなだけの雑な攻撃が当たるはずもない。


 ――二人と一匹の規格外な戦いは、そう遠くない内に決着するだろう。


 だが、魔物は《蟲龍》だけではない。

 彼らの戦いに巻き込まれ、かなりの数の魔物が潰れたが、それでもまだ残りはいる。

 むしろ、戦いから逃れようと、今まで以上の勢いで魔物が城壁に向かってきていた。


 三番隊騎士と魔術師団が、その対処に当たっている。


「クッソ、ワラワラ湧いて来やがって……!」


 虫型の魔物の猛撃を、傷を癒やして戦線に復帰したシュルトが蹴散らす。

 だが、潰しても潰してもキリがない。

 一匹一匹は弱くても、百匹以上が同時に襲って来るのではどうしようもない。


「……ッ!」


 悪寒を感じ、姿勢を低くした瞬間、シュルトの頭上を風が通り抜けていった。

 否、風ではない。

 全身に風を纏った、三メートルほどの蜻蛉だ。

 

「チッ、Bランクじゃねえか」


 弱い魔物の中に、時折高ランクの個体が混ざり込んでいる。

 疲弊したところを狙って現れる虫に、シュルトは作為的なものを感じ始めていた。


「ぎゃああッ」


 騎士達から悲鳴が上がる。

 虫の群れから、突如としてAランクの個体が三匹飛び出してきたのだ。

 対処しきれず、体勢を崩した騎士を虫達が貪り食っている。


「クソがァ……!」


 対処しようとするも、シュルトを狙って先ほどの蜻蛉が三匹に数を増やし、襲い掛かってくる。

 蜻蛉達の突進を躱し、受け流し、弾きながら、思わず舌打ちする。


「いかせねぇ……ってか」


 そうしている間にも、高ランクの虫達は騎士を襲っている。

 疲弊しきっている彼らでは、対処し切れない。

 このままでは、奥の魔術師達にも被害が及んでしまう。


(どうする……どうすれば)


 状況を打開する策が思い付かず、シュルトが歯噛みした時だった。


「――――!」


 どこからか飛んできた斬撃が、騎士を襲う虫達を吹き飛ばした。

 それは連続し、瞬く間に戦場を埋め尽くしていた虫を駆逐していく。

 そして、開けた道から、一人の人間が姿を現した。


 その人物を見て、シュルトが目を見開く。


「アンタは――」


― 


 視界の先で、地に伏したエステラが見えた。

 包帯の上からでも分かるほどの凶相を浮かべ、スペクルムがエステラを見下ろしている。

 トドメを差すつもりなのだろうと、直感的に分かった。


「……させねぇ」


 助けてみせる。

 何があろうと、絶対に。

 

 全身から、どす黒い魔力が噴出する。

 その奔流に体のコントロールを持っていかれそうになるのを堪え、鎧のように身に纏う。

 力の使い方は、何となく分かった。


「さぁ、ともに痛みを享受しよ?」


 ドロテアから放たれた何かが、体に纏わりついて来る。

 繋がった相手へ、自分の経験した痛みの記憶が追体験させる、凶悪な祝福のろい


「【終焉に抗う刃フィーニス・グラディウス】」


 それを、体から溢れ出す魔力を以って、両断した。


「は――?」


 ドロテアと俺を繋いでいたラインが消滅し、【痛みの記憶】が不発に終わる。

 呆気に取られ、ドロテアが目を見開いた。


「なんで、私の祝福が――」

「――退いてろ」


 立ち尽くすドロテアを、正面から斬り付ける。

 取り出した武器で刃を弾くドロテアだが、『鳴哭』に纏わせた漆黒の魔力までは防ぎ切れず、悲鳴とともに吹き飛んだ。

 建物の残骸へ突っ込み、ガラガラと瓦礫が崩れ落ちた。


 一瞥すらせず、走る。

 地に伏したままピクリとも動かないエステラへ向けて、刃を振り下ろそうとするスペクルムと元へ。

 絶対に、殺させてたまるものか。


「スペクルム――ッ!!」

「……!」


 狂人の双眸が、こちらに向けられる。

 ニヤリと両目を三日月のように細めると、


「ちゃんと、アンタからも色々奪ってやるからさ。焦るなよな。取り敢えず、ここに来るまでで溜め込んだ、これでも喰らっとくと良いぜ」


 スペクルムが剣を突き出した。

 瞬間、刃先に膨大な量の魔力が収縮された球体となって現れ、直後開放された。

 こちらに向かって、超級の魔術にも匹敵するであろう威力の閃光が突き進んでくる。

『鳴哭』を使っても、一度に消滅させきるのは難しい量の魔力だ。


 だが、


「――邪魔なんだよッ!!」


 ――一閃。


 漆黒の魔力が、スペクルムの放った閃光を両断した。

 刃に触れた部分の魔力が、瞬く間に消滅していく。

 スペクルムまでの道が開いた。


おれの魔力を、消滅させただと――」


 距離を詰める。

 俺の間合いにまで、一気に踏み込んだ。

 我に返り、エステラに剣を振り下ろそうとするスペクルムだが、


「――!!」


 それよりも速く、俺が斬り込んだ。

 ギリギリで受け止めるスペクルムだが、刃が交わった瞬間に、苦悶の表情を浮かべた。

 刃を止めず、連続して斬り掛かる。

 その度に、スペクルムは全身に膨大な魔力を纏うも、漆黒の魔力がそれを消し飛ばす。

 生身の状態でこちらの攻撃を受け止めたスペクルムの腕から、ゴッと骨が砕ける音が響いた。


 動きのキレも、速度も、技術も、大したことはない。

 せいぜい、Bランクの冒険者程度でしかない。

 

「がァああッ!? 何なんだ、その力はァ!?」


 絶叫とともに、スペクルムがバックステップで後退する。

 そして、俺の足元のエステラに視線を向け、嬉しげに叫んだ。


「まーどうでも良いや。取り敢えず、そのお嬢ちゃんを、お前から奪うぜ……!」


 黒の魔力から逃れ、再度魔力を放とうとするスペクルム。

 相手から『奪う』ことを軸に考えたこの男の行動は、非常に読みやすかった。


「――«天閃剣»」


 漆黒の魔力を剣に乗せ、極大の斬撃をスペクルムへ放つ。

 荒れ狂う獣の如く、黒い斬撃が地面を抉るのと同時に、硬直したスペクルムの体を飲み込んだ。


「もう誰も、奪わせねえ」

「ぐ、ぁああッ」


 背後の建物を砕きながら、スペクルムは遥か後方への吹き飛んでいった。

殺せてはいないだろう。

だが、今はあいつに構っている場合ではない。


「エステラッ!!」


 地面に伏したエステラの体からは、今もダクダクと血が溢れ続けている。

 肩口から脇腹に至るまでを、深く斬り裂かれていた。

 明らかに、死に至る傷。

 だが、


「息が、ある……!」


 酷く弱いものの、エステラには息があった。

 まだ、助けることが出来る……!


 服が血で濡れるのを無視して、エステラの体を抱き上げる。

 全力で走り、ドロテアに弾き飛ばされたテレスの元へ向かう。


「ウルグ!」

「ウルグ様!」


 テレスとヤシロも、俺達の方へ向かってきているところだった。

 少し離れたところに、メイを抱えたキョウがいるのが見える。


「テレスッ!! 今すぐエステラに治癒魔術を掛けてくれ!」

「……! 分かった!」


 すぐさまエステラを地面に起き、テレスに治癒を掛けてもらう。

 みるみるうちに、エステラの傷は治っていく。


「…………」


 だが、嫌な感じが拭えない。

 エステラがスペクルムに斬られた時の、あの感じ。

 あの男が、エステラから大切な何かを奪っていったという感覚が、どうしても忘れられない。

 エステラは、本当に助かるのか――?


「!」


 ガラガラと、瓦礫が落ちる音。

 全身から血を流したドロテアが、瓦礫から這い出し、よろよろとこちらに歩いてきていた。


「……なんですか、貴方のソレ。どうして、私と繋がってくれないんですか? どうして、どうして、どうして、どぉぉおしてぇえええ!?」

 

 ブルブルと体を小刻みに震わせながら、ドロテアが絶叫する。

 酷く歪んだ表情のまま、ドロテアが両手をこちらに向けた。


「繋がって、私を拒まないで、私を、認めてぇえ――ッ!!!!」


 あの祝福のろいが噴出し、俺に向かって突き進んでくる。

 先ほどと、同じ魔術だ。

 もう一度、漆黒の魔力でそれを両断した直後、


「ぁ――」


 ガクン、と膝から力が抜けた。


「なんだ……これ」


 呆然と震える手を見つめ、思い至る。

 体内の魔力が、枯渇しかかっているのだと。

 度重なる戦闘に加え、未知の魔術を使ったことによる消耗のツケが、今更になって現れている。


「逃がさない……。貴方が私を受け入れるまで、何度だって繋がってあげます」


 膝をついた俺に向けて、ドロテアが手を向けてくる。


「させません……!」


 俺を庇うようにヤシロが前に立つが、


「……ここで、己も参加させて貰おうかぁ……」


 千切れかけた腕を垂れ下げ、包帯を血で真っ赤に染め上げたスペクルムが姿を現した。


「……ウルグ様は、私が……」


 動揺を押し殺し、ヤシロが二人の狂人に立ち向かおうとした時だった。



「――ねえ、いつまでやってるの? 疲れた体を引きずって仕事をこなしてきたっていうのに、まだ遊んでるなんて、僕様に申し訳ないと思わないの?」


「――あーァ。気持ち悪い、どこに行っても、虫はワラワラといるもんだねェ」


 戦場の真横にある、まだ無事な建物から、二つの声があがった。


 一人は勿忘草色――ほの暗い水色の髪の青年だった。

 寝癖なのか所どころ跳ねている髪に、深い隈が刻まれた紺色の瞳。

 寝起きのような気怠げな雰囲気を漂わせており、その頭にはアイマスクが掛けられている。服装もパジャマのように緩く簡素な物だ。


 もう一人は、黒い神父服を纏った、針金のように細い男だ。

 虫のように無機質な眼球に、口から覗く歯並びのよい真っ白な歯、異様に長い手足。 

 そして、俺と同じ黒い髪。

 

「あんたは……」


 かつて、迷宮都市で出会った、あの不審な男だった。


「んー? あァ、どっかの街であった、虫じゃない子供だねェ」


 男も俺を見て、愉快そうに歯を見せて笑う。


「貴様……」


 同時に、エステラの治療を終えたテレスも、建物の上を見上げて呆然と呟く。

 その視線の先には、水色の髪の青年の姿があった。


「やぁ、テレスティア。君は知らないと思うけど、僕様やつがれさまって、仕事を残すのって嫌いなんだ。後から『やってない』とか言われて、労働を押し付けられたくないからさ。だから、今日は聖剣を壊すついでに――君も殺すことにしたんだ」


 心底気怠げに、その青年はテレスに向かってそう言ってのけた。


「お前達は、一体、何なんだ……」


 既に、予想はついている。

 それでも、そう呟かざるを得なかった。


「見て分からないの? 使徒だよ、使徒。僕様やつがれさまと違って、ちゃんと睡眠取れてるのにその質問って、もしかして君って寝ぼけたままなわけ? なら良いけど、起きててそれなら、もう生きてる意味なくない? 死んだら?」

「睡眠とかァ、起きてるとかァ、ボクゥどうでも良いんだよねェ。早いところ、虫を駆除したいんだよ。駆・除」


 使徒が、さらに二人。


「どォやら、極上の喪失をプレゼントできそうだな、坊主」

「より強い痛みで、繋がろ?」


 スペクルムとドロテアも、ジリジリと前に踏み出してくる。


「――――」


 そこからの展開は、一方的だった。


 黒い男の体から、大量の虫型魔物が溢れ出てくる。

 テレスが魔術で対処しようとしたのを、スペクルムが妨害した。

 ヤシロと行動を、ドロテアが鎖鎌を使って阻害する。

 二人が動きを止めた瞬間、


「寝てなよ」


 青年が手を振った。

 瞬間、唐突に空間に複数の剣が現れ、テレスとヤシロに襲いかかった。

 受け止めきれず、二人が剣に斬り刻まれる。

 そこへ群がろうとする魔物達に、


「あ、あああ!」


 叫びとともに、キョウが斬り掛かった。


「邪魔だぜ、お嬢ちゃん」

「きゃあ」


 だが、スペクルムが放った斬撃に打たれ、キョウは地面を転がった。

 

「……くッ!」


 テレスが青年に向けて魔術を飛ばすが、


「ねえ、早く諦めてよ。仕事増やさないでくれない?」


 まただ。

 青年が腕を振ると、前触れもなく巨大な盾が現れた。

 テレスの魔術が盾に阻まれ、止められる。


「が、はっ」


 その瞬間、虫型の魔物の攻撃を受け、テレスが吹き飛んだ。

 

「祝ッ! 福ッ! をッ!!」

「うっ」


 ドロテアの鎖鎌に斬られ、ヤシロが呻き声をあげて倒れ込む。

 瞬く間に、三人がやられてしまった。


「さあ、おやすみの時間だよ」


 青年の声とともに、頭上から無数の剣が生み出された。

 雨のように、剣が一斉に降り注いでくる。


「……もう一度」


 拳を握り締め、立ち上がる。


「【終焉に抗う刃フィーニス・グラディウス】――ッ!!」


 枯渇していた魔力を絞り尽くし、最後の力を振り絞って漆黒の魔力を頭上に放った。

 無数の剣は、漆黒に触れた瞬間に跡形もなく消滅していく。


「何なの、その力。聞いてないんだけど?」


 青年が眠たげな目蓋をゴリゴリと擦りながら、苛立ったように呟く。


「か……ぁ」


 視界が白む。

 体内の魔力が完全になくなり、電池が切れた人形のように体から力が抜ける。


「まあ、良いや。君がどういう存在なのかは知らないけど、あいつから聞いてないってことは、殺しても問題ないってことだよね。仮に何か意味がある存在だったんだとしても、何も聞かされていない僕様やつがれさまに責任はないし」


「そこの黒髪君は良いけどォ、倒れてる三匹の害虫は殺さないとねェ」


「さあ、とびっきりの喪失だ。自分の命を失う瞬間を、じっくり、たっぷり、存分に味わってくれ!」


「痛みと祝福と愛を、あげる」


 四者四様に身勝手なことを呟き、四人が同時に腕を振った。


 青年は複数の刃を生み出し、弾丸のように放った。

 男はさらに虫型の魔物を出現させ、俺達に突撃させる。

 スペクルムは剣に魔力を生み出し、巨大な斬撃を振り下ろした。

 ドロテアは、服から取り出した双剣を、ブーメランのように投擲してきた。


 すべての攻撃が、スローモーションに見えた。

 ゆっくりと時間が進む中、俺は唇を噛み切って、体を前に動かす。

枯渇した魔力を更に絞り、迫る攻撃から、テレスとヤシロ、キョウを守ろうとして、


「――――?」


 ぽすん、と。

 その時、俺は誰かにぶつかった。

 柔らかく、温かい感触。

 ふんわりと、記憶に残っている甘い匂いが漂う。



「――強くなったね、ウルグ君」



 心の底へ染み込むような、優しく、涼やかな声音だった。


「!?」


 俺達に迫っていた攻撃のすべてが、唐突にあらぬ方向へ逸れた。

 それぞれが見当違いの場所に命中し、地面を激しく砕く。

 だが、破片の一欠片すら、俺達のところには届かなかった。


「……また、面倒なのが来たね。もしかして仕事を頑張ろうとする僕様への嫌がらせか何かかなあ」

「とんでもない害虫だねェ……」


現れた人物を見て、使徒達が動きを止めた。


「随分と遅くなってしまったが――」


 視界の中で、艶やかな藍色の髪が、流水のように揺れる。

身に纏っているのは、白と藍色の袴。

その手に握られているのは、淡く水色に輝く美しい剣だ。

 

「――どうやら、ギリギリのところで間に合ったらしい」


 かつての、師匠。

 流心流《剣匠》――シスイが、そこにいた。


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