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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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第十四話 『想いは届かずに』

 エステラ・ステラリアには才能がなかった。

 剣士として戦えるような運動神経はなく、魔力操作も不得意。

 才能のなさから、自身に失望する声を何度も耳にしてきた。


 辛かった。悔しかった。

 どうして自分には才能がないのかと、枕を濡らしたのも一度や二度ではない。

 人の二倍を努力して、ようやく人並み以下の結果しか出ない。

 無駄な努力だと、笑われたこともある。


 何度も諦めかけた。

 その度に自分を奮い立たせて、努力を続けた。


 認めて欲しかったからだ。

 自分を馬鹿にする者に。

 何より、自分の両親に。


 二倍で足りないのならば、三倍。

 三倍で足りないのなら、四倍。

 他人が一度で出来ることを幾度も幾度も繰り返した。


 その結果、エステラは両手で同時に魔力を使えるようになる。

 天才魔術師とすら呼ばれ、多くの人に認められた。

 人の何倍も、努力を重ねて、ようやくたどり着いた。


 だからこそ、魔術学園に来たエステラは少なからず失望した。

 才能を持っていながら、それを腐らせる。向上心のない生徒に溢れていたからだ。


 それがあったから、だろうか。

 

「――――」


 一心不乱に剣を振り続けるウルグを見た時、呼吸すら忘れて見入ってしまったのは。

 ただ、美しかった。


 他の者から疎まれても、それを跳ね除けて剣を振り続けるウルグ。

その姿はいつかの自分と重なり、剣を振る姿はエステラの目に強く焼きついた。

 その在り方に、憧れもした。

もしかすれば、自分に彼の姿を重ねたのかもしれない。

  

 格好いい人だと、思った。

 この人と話してみたいと、そう思った。


 初めての感覚だった。

 ここまで、一人の人間に興味を持ったことなど、今までなかった。


 どうして、自分はこんなにこの人のことが気になるのだろう。

 どうして、彼が女性と仲良くしている姿を見ると、胸がモヤモヤするのだろう。


 分からなかった。


 ただ。

 レックスという友人を失い、失意の底にいるウルグを見て、支えてあげたいと思った。

 結局、自分には何もできなかったけれど。



 それから、しばらくして聖剣祭があった。

 そこでウルグと戦えれば、どれだけ楽しいだろうと、夢に見た。

 その矢先、レグルスに敗北してしまったが。


 思い知らされた。

 自分はレグルスにも、テレスティアにも、ヤシロにも、ウルグにも、遠く及ばないのだと。


 ずっと思っていた。

 才能のある人には、何をやっても勝てないんじゃないかって。


 自分は努力だけでここまで来た。

 だけど、才能のある人も努力をしているわけで。

 いつまで経っても、追いつくことなんて出来ないんじゃないかって。


 悔しくて、悲しかった。

 涙が止まらなかった。

 自分の努力なんて、何の意味もないんじゃないかって。


 だけど、彼は言ってくれたのだ。


「――努力は実るよ」


 この言葉に、エステラがどれだけ救われたか。

 ウルグですら、きっと分からないだろう。

 

「――だから、見てろ。お前が負けた相手に、俺が勝つ所を」


 その言葉通りに、ウルグはレグルスに勝った。

 追い詰められて、傷だらけになって、それでも勝利したのだ。


 格好良かった。

 世界一、格好良かった。


 胸がいっぱいになって、息が苦しくなって。


 彼女達みたいに、私も彼を支えたい。


 そう、思った。





「ひとまず、周囲の敵は片付いた、か」


 敵影がないことを確認し、俺は現状をそう判断した。

 目の届く範囲には使徒や龍種は見当たらず、戦いの音も聞こえてこない。

 安心はできないが、ひとまずは大丈夫そうだ。

 

 どこで戦っているのか、ジークとミリアがどこにいるかも分からない。

 あの様子だと、かなり遠くにまで行っているんじゃないだろうか。


 二人が消えていった方向へ視線を向けていると、背後からヤシロがやってきた。


「ウルグ様。怪我をした騎士の人、集め終わりました」

「ああ、ありがとう」


 報告してくれたヤシロに礼を言い、一箇所に集められた騎士を見る。


 フリューズとの戦闘後、俺達はこの場の後処理を行っていた。

 周囲にはまだ、倒れた騎士が残っている。

 置いて行くわけにもいかないし、取り敢えず散り散りになっている彼らを一箇所に集めることにしたのだ。


 その間、俺は『周囲を警戒する』という名目で、休ませてもらっていた。

 まだ動けると言っても、ヤシロ達が許してくれなかったのだ。

 テレスに治癒魔術を掛けてもらった後、こうして今まで周囲の状況を確かめていた。


「息のある人と、亡くなっている方の数は半々でした」

「……そうか」


 紫紺の瞳を伏しながら、彼らの現状を報告してくれる。

 あれだけ激しい戦いがあったのだから、死者が出ていてもおかしくはない。

 そう理解していても、『人の死』を受け入れることは出来そうにない。

 吐き気にも似た嫌な感覚が、胸の中でグルグルと渦巻いている。


「傷口からして、亡くなっている方は、ウルグ様が倒した騎士にやれたものだと推測出来ます。逆にミリアさん……と戦った騎士は、気絶させられただけでした」

「……あの人は、騎士を殺さなかったってことか」

「はい。どういう意図があったかは、分かりませんが……」


 色々と、釈然としない。

 フリューズの『愛』発言もそうだが、ミリアについても分からないことが多過ぎる。

 王都には、『魔神』とその系譜を拒絶する結界が張られている。

 何故、『使徒』であるはずのミリアは王都に入ることができたんだ?


 それに、ミリアは何度も俺を慮るようなことを口にしていた。

『施しの使徒』を名乗る、リオ・スペクルムの仲間だというのなら、隙を見て俺を殺そうとしてもおかしくないはずだ。

  

 考えても、分からない。

 こればかりは、本人か、その仲間に聞くしかなさそうだ。


 ヤシロに労いの言葉を掛けた後、視線をメイ達の方へ向ける。

 彼女達も、ヤシロと協力して


「キョウちゃん、大丈夫? おえーってする?」

「だいじょうぶでず……」


 血の臭いに当てられて顔を青くして蹲っているキョウの背を、メイが優しくさすっているのが見える。


「…………」


 先ほどの戦闘で、ジークが助けてくれなければ、キョウは危なかった。

 咄嗟に不完全な«絶剣»を使用し、斬撃を飛ばそうとしたが、成功していたかは分からない。

 本当に、危ないところだった。


「……ッ」


 ――キョウが死ぬ。


 その光景を思うかべるだけで、膝から崩れ落ちそうになるほどの恐怖に襲われる。

 ジークとの修業で、自分を襲う死の恐怖には耐えられるようになった。

 だが、何をどうしても、俺は仲間の死には耐えられるようにはなれないらしい。


「四段剣士と騎士隊長相手では、実力不足だったということだな。私達、全員・・がまだまだ修業不足だ」


 コツン、と優しく小突かれて振り返ると、優しげな眼差しを向けるテレスが立っていた。

 乱れた金色の髪をかき上げ、テレスは「帰ったら、より頑張らねばな」と碧眼を細める。

 その優しさに、口元が少し綻んだ。


「……あぁ、そうだな」

「そのためにも、早いところ、避難を進める必要がある。もう少しキョウが落ち着いたら、これからどうするかを話し合おう」


 苦笑を浮かべるテレスの視線の先を見ると、


「お兄さんがいるからって我慢しなくても大丈夫だよ? おえーってした方が良いよ」

「じまぜん!」


 二人のそんなやり取りが聞こえてきた。

 すんなり吐いた方が楽になれそうだが、キョウはこちらをチラリと睨むと、ブンブンと首を振って拒否している。

 いつ敵が来るか分からないから早めに移動したいが、あまり無理はさせられない。

 もう少しだけ、休憩時間を取ろう。

 気絶している人達をどうするかも、考えないといけないしな。


「そういえば、エレナ先生の治療はもう良いんですか?」

「私に出来ることはし尽した。ちゃんとした治療は必要だが、命に別状はないだろう。今は、気を失って眠っているだけだ」


 ヤシロの問いに、テレスが頷く。

 フリューズに貫かれた首の傷は、おおよそ治ったようだ。


「ありがとう。流石、テレスだな」

「……ふふん。あの森の時よりも、ずっと上手く傷を治せるようになったからな」


 そう、少しだけ得意気にするテレスが微笑ましい。


「あの時も、テレスが治してくれたもんな。気のせいだ! って認めてくれなかったけど」

「ふふ……懐かしいな」


 大人っぽさや頼りになるところから忘れそうになるが、まだテレスも子供なのだ。

 ……もう少し、俺もしっかりしないとな。


「……すっ」


 そんなやり取りをしていると、恐ろしいほどさり気なく、ヤシロが俺とテレスの間に割り込んできた。

 最初から、そこにいたのではないか、という自然さだ。


「ヤシロ、どうかしたか?」

「……別に、どうもしません」


 そう言いつつも、ヤシロは詰まらなさそうに唇を尖らせている。


「……む」


 ヤシロがさり気なくテレスを押して俺から遠ざける。

 テレスがヤシロを避け、俺の横に来ようとするが、ヤシロがそれを許さない。

 二人で反復横跳びのような動きをして、争い始めた。

 

 しばらく、そんな微笑ましいやり取りをした後。


「……遅くなりました。すいません」


 キョウ、メイも含めて集まり、今後についての話し合いをする。


「倒れている人達、どうしますか?」

「置いて行くわけにもいかないし……でも、こんなにいっぱいの人は連れていけないよね……」


 騎士の人数は十人を越える。

 筋力的な意味では、運べないこともないが、流石に全員を同時には連れていけない。

 かといって、今の王都に置いて行くわけにもいかない。


「王城に人を呼びに行って、人を呼ぶのはどうだ?」

「……それがいいかもな」


 テレスの提案に賛同する。

 俺達だけじゃ、対処しきれない。


「でしたら、私が城まで行ってきます」

 

 そこで、ヤシロが挙手をした。


「走るのは得意ですし、一番速く王城につけると思います」

「いや、ヤシロ一人は危険だろ。何かあったらどうするんだ」

「敵に遭遇したら、戦わずにすぐに逃げます。気配を消すのも、得意ですから」


 ヤシロの提案に、他の三人は賛成した。

 悩んでいるのは、俺だけだ。


 正直、不安だ。

 ヤシロを一人で行かせて、何かあったらと思うと、胸が苦しくなる。

 だが、移動速度が一番速いのも、最も隠密行動を得意とするのもヤシロだ。


 ……ここで提案を蹴るは、俺がヤシロを信じていないということになる。

 俺がヤシロを信じないで、どうするって話……だよな。


「……分かった。ヤシロ、頼めるか?」

「はい! お任せください!」


 ヤシロが、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 ヤシロが全力で走れば、十分くらいで王城に着くことができるはずだ。


「それでは、行ってきます」


 そう言って、ヤシロが走り出そうとした時だった。


「――――!」


 ヤシロが、バッと空を見上げた。

 つられて俺達も上を見ると、野球ボールくらいの銀色の球体が、曲線を描きながら落ちてくるのが見えた。

 

「な――――」


 その球体の内部に大量の魔力が内包されたことに気付くのと、同時だった。

 球体がカッと光を放ち、勢い良く破裂した。


 直後、破裂した球体から溢れ出た光が、俺達の視界を覆い尽くした。


「く……ッ」


 慌てて目を閉じた時には、既に視界をやられていた。

 視界が回復するまでの間、完全に何も見えなくなってしまう。

 不味い。


「――キョウさん!」


 その中で、人狼種特有の聴力で、いち早く襲撃を悟ったヤシロが叫ぶ。

 何者かが、キョウに襲いかかったらしい。


「――ッ」


 五秒後、魔力を目に集中させ、視界を回復させた。

 その中で、キョウが襲撃者と戦っているのが見えた。

 視界をやられているというのに、キョウは相手の攻撃に対応出来ている。


 襲撃者は、赤髪の女だった。

 手に大きな斧を握り、キョウに向かって狂ったように振り落としている。


 キョウは難なく斧を弾き、カウンターを返した。

 刃が閃き、襲撃者の腹部を大きく斬り裂いた。

 唐突な襲撃に動揺しながらも、的確な対処だ。


 ――今回はそれが、裏目に出た。


「ぁ――あぁあああああッ!?」


 無傷のはずのキョウが、浅葱色の髪を振り乱し、腹部を抑えながら絶叫する。


「キョウッ!?」

「キョウさん!!」


 斬ったはずのキョウが、痛みに叫ぶ。

 そんな不可思議な現象を、俺達は知っている。


 なんで、こいつが。

 不味い――。


「――あはぁ」


 傷口から溢れる血液を気にもせず、恍惚とした吐息を溢しながら、襲撃者がキョウに斧を振り下ろす。

 無防備な脳天に向けて振り下ろされた凶刃を、


「――させない!!」


 二人の割り込んできたメイが受け止めた。

 水を纏った刃は、難なく襲撃者の斧を受け止める。

 水しぶきが爆ぜ、高い金属音が響いた。


 俺達が安堵に胸を撫で下ろす間もなく、


「どーん」


 直後、襲撃者の斧がパンッ、と乾いた音を立てながら爆発した。

 小規模な爆発を正面から受け、メイは悲鳴すらなく吹き飛んでいく。

 爆発と同時に砕け散った斧の破片が、体のあちこちに突き刺さっているのが分かった。


 当然、爆発と斧の破片は襲撃者にも直撃している。

 顔の半分が焼き焦げ、頬に破片が突き刺さっている。

 だと言うのに、快楽に悶えるように、襲撃者は体をくねらせている。


「ねえ……さん」


 目の前で起きた出来事に茫然自失のキョウに向かって襲撃者が言う。


「あら。あの子は貴方のお姉さん? だったら、貴方にも痛みをあげないとね」


 キョウを襲い、メイを傷付け、そんなふざけた態度を取っているクソ野郎の名は、


「――ドロテァアアアアアアアアアッ!!」


 エレナが«絶剣»で殺したはずの、『祝福の使徒』だった。


「テレスッ!! 頼む!!」

「――«旋風ホワール・ウィンド»!!」


 テレスの放った旋風が、ドロテアを吹き飛ばした。

 その間に、意識を失っているメイと、座り込んでしまったキョウの元へ向かう。


「……良かった」


 幸いにして、メイの怪我はそれほど重くない。

 すぐに目も覚めるだろう。


「さっきぶり。私を吹き飛ばしてくれた、あの人はいないんですか? エレナ……さん? とかいう人」


 服が裂け、ドロテアの腹部が露わになっている。

 そこには、先ほどのキョウが付けた傷がパッカリと空き、だくだくと血が溢れ出ている。

 だが、目を引いたのはそこではなかった。

 切り傷、火傷、痣――ドロテアの病的に白い肌には、目を覆いたくなるような傷がビッシリと刻まれていた。

 新しいものから、古いものまで、夥しいほどの量だった。


「……いやん。あまり、肌をジッと見ないでください。私が肌を見せるのは、毎朝『おはよう』って言いながら骨を砕いてくれて、食事中にフォークで腕を抉ったりしてくれて、夜は『おやすみ』って言いながら、両手両足の爪を剥いでくれる人って決めてるんです」


 冗談だと信じたいような言葉を吐きながら、ドロテアが露出した肌を手で隠す。

 その手首にも、ビッシリとリストカットの後が残っている。

 

「……それとも、貴方がそうしてくれる?」


 小首を傾げながら、爛々と輝く瞳にドロテアが期待の色を浮かべる。

 

「……クソ。本当に訳が分からない。何なんだよ、使徒って。皆こんなに頭おかしいのかよ」

「狂人の戯言だ、ウルグ。聞くだけ無駄だろう」


 スペクルムの時も思ったが、最初から理解させる気もないんだろう。

 完全に頭のネジが何処かに行ってしまっている。

 テレスの言う通り、まともに相手にするだけ無駄だな。


 ドロテアの体には、エレナから喰らったはずの«絶剣»の傷は見つからない。

 まともに受ければ即死するはずだが……何かしらの手段で、生き長らえたのだろう。

 何かまた、道具を使ったのかも知れない。


 ドロテアの能力は、自分が受けた痛みを三倍にして相手に返すこと。

 正面から戦おうとすれば、返ってくる痛みをまともに喰らうことになる。


「……ヤシロ、テレス。一端、距離を取ろう。俺がメイを担ぐ。ヤシロはキョウを頼む」


 先ほどの戦いで、あいつの能力には射程範囲があることが分かっている。

 だからこそ、一端距離を取って射程から逃れ、そこから攻撃する機会を窺うべきだ。

 

 無言のまま頷く二人と視線を躱し、メイに手を伸ばそうとした時だった。


「――――」


 繋がる感覚・・・・・があった。

 それが何なのか、上手く形容出来ない。

 ただ、致命的なモノだということだけは理解できた。


 ゾワリと皮膚が粟立ち、動けなくなる。

 離脱しようとした二人が、俺の名を呼ぶのが聞こえた。


「――――」

 

 俺に向けて、握手を求めるようにドロテアが手を伸ばしている。


「決めた。私は貴方と繋がり合う」

「なに、を」


 何かが、ドロテアから溢れ出す。

 それは、歌うような言葉だった。


「お父様は言いました。叩くのは、お前を愛しているからだと」


「お母様は言いました。殴るのは、貴方のことを思っているからだと」


「お兄様は言いました。首を締めるのは、お前と繋がり合いたいからだと」


「叩かれて、蹴られて、殴られて、鞭で打たれて、火で焼かれて、ナイフで刺されて、爪を剥がされて、皮を剥がされて、傷口を穿られて、髪を毟られて、首を締められて、指を折られて曲げられて、足を折られて踏み躙られて、骨を砕かれ肉を裂かれて――全部全部私を想ってくれていたからこそ、愛していたからこその痛みで、だから愛は痛みで、とてもとても幸せな私は皆に痛みという祝福を配りたくて、痛みを通して繋がり合いたくて! 愛したくて、愛されたくて! 皆に、認めて欲しかったからッ!!」


「だから、私と繋がりましょう」

 

 祝うように、呪うように、ドロテアは高らかにそれを歌い上げた。



「――【痛みの記憶ドロル・メモリア】」

 


 

 繋がっている。

 流れ込んでくる。

 溢れ出してくる。


 それは痛みだった。

 痛みでしかなかった。


 叩かれる痛みがあった。殴られる痛みがあった。

 鞭で打たれる痛みがあった。火で焼かれる痛みがあった。

 ナイフで刺されてる痛みがあった。爪を剥がされる痛みがあった。


 髪を毟られ、首を締められる。

 両足の骨が砕ける。

 すべての指がねじ曲がる。


「がぁ――ぁ?」

 

 グジュグジュに腐った傷口を、ナイフで丹念にかき回される。

 両指を両目に突っ込んで、グリグリと眼球をかき混ぜる。

 腹を裂いて、温かな内臓を素手で撫でられる。


「ぁああああ」

 

 痛い。

 

「ご、ぼ、がぁあ――!?」


 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 苦痛が流れ込んでくる。思考を痛みだけが犯している。ありとあらゆる激痛が何もかもを支配している。体に傷はない。なのに痛みだけが溢れてくる。痛い痛い痛い痛い痛い。

 

「ぃいい……!? あぎ、がァああああああああああああああ!?」


 視界がゆがむ。思考がひずむ。

 呼吸が出来ない。


「ウルグ様!?」

「貴様、何をした!?」


 叫び声が聞こえる。

 嘔吐感が喉を迫り上がってくる。

 それを飲み込む喉を刃が滑って開いていく感覚がある。


「私が記憶した痛みを、すべて貴方に流してこんでいます」


 声が聴こえる。

 ドロテアが近付いて来るのが見える。

 鼓膜が破裂する痛みがある。

 

「ッ!」

「させません!!」

 

 ドロテアが腕を振ると、鎖が現れた。

 細い鎖をヤシロとテレスが躱そうとした瞬間、


「!?」

「うっ」


 その鎖が巨大化し、二人を直撃した。

 防御体勢を取った二人だが、大蛇のような鎖に遠くへ弾かれていく。


「ぁ……」


 動けない。

 吐き気がする。

 

 影が差した。


「……さあ」

 

 ドロテアだ。

 剣を手に持っている。


「……貴方に、最期の祝福を」


 剣が、振り下ろされて――


「!」


 ドロテアの腕に何かが辺り、ナイフが弾き飛んだ。

 その瞬間、全身を犯し尽くしていた苦痛が、一瞬にして消滅する。

 濁っていた思考が、正常に戻った。

 

 ドロテアの腕に当たったのは、岩の弾丸だった。

 飛んできた方向を見ると、紫髪の少女がこちらに走って来るのが見えた。


「エス……テラ……」


 王城へ向かったはずのエステラが、息を乱しながらこちらへ走ってくる。


「ウルグ殿から離れろ!!」


 遠距離から岩の弾丸を連射する。

 正確無比な射撃により、残ることなくすべての弾丸がドロテアに直撃した。

 

「ぅ、はぁ」


 遠距離からの攻撃に、ドロテアの能力も働いていない。

 一際大きな弾丸に、ドロテアが大きく仰け反った。

 

「今、そこに行きます……!」


 そう言って、走り出すエステラに、


「――ぁ」


 影が差すのが見えた。




 王城から出て、王都を駆け抜けてきたエステラが見たのは、ウルグに剣を振り下ろそうとする赤髪の女だった。

 遠くにテレスとヤシロがいるが、二人は間に合いそうにない。

 今彼を助けられるのは、自分しかいない。


 距離は遠い。

 これほどの距離から、離してあの女だけを撃つことが出来るだろうか。


 ここで撃てなければ、ウルグ殿が死ぬ。


 胸中でそう呟いてからは、不思議なくらい、自然に体が動いた。

 女に両腕を向ける。

 左手で風を生み出し、右手で«岩石砲»を発動する。

 そして、放った。


 一寸の狂いなく、放った弾丸は女の腕を直撃した。

 剣が弾き飛ぶのが見える。


「――助け、られた」


 何千何万と繰り返してきた、この動作は無駄ではなかった。

 今までの努力は、無駄ではなかったのだ。

 積み重ねがあったからこそ、ウルグを助けることが出来たのだから。

 

「今、そこに行きます……!」


 エステラは走る。

 ウルグを、助けるために。

 

 嬉しかった。

 ウルグを、助けることが出来て――。

 

「――戦場じゃあ、視野を広く持つべきだ。冒険者なら基本だぜ、お嬢ちゃん」

 

 喜びに胸を震わせていたからこそ、エステラは気付かなかった。

 頭上から落ちてきた、男の存在に。


「そんな君と、あそこの彼に――」


 目と口元以外を、包帯で隙間なく覆い隠してた男だった。

 笑みの形に歪んだ、色違いの双眸と目が合う。

 その腕には、一本の剣が握られていた。


おれから、喪失をプレゼントしよう」


 剣が振り下ろされる。

 剣が振り下ろされた。

 刃が、肉を裂く感覚。


(あぁ……)


 ずっと、疑問に思っていた。

 自分は、ウルグをどう思っているのかを。


(私は、ウルグ殿が――)


 結局、言葉にはしなかった想いを、


「――好き、です」


 口にした直後、エステラの意識はブツリと途切れた。




 エステラが倒れていく。

 血を流しながら、ゆっくり、ゆっくりと――。


 遠目から見て、分かった。

 エステラから、致命的な何かが奪われたことに。


「エステラァああああああああァああああああ――ッ!!」


 叫ぶ。

 震える足に力を込めて、立ち上がる。

 砕ける程に歯を食い縛り、『鳴哭』を握りしめる。


「どこに行くんですか?」


 ドロテアが、目の前に立ち塞がった。

 濁った瞳でこちらを見つめ、微笑みを湛えた口で言う。


「さぁ、もう一回、繋がろ?」


 手が差し伸ばされる。

 ドロテアと俺を何かが繋ぐ。

 また、あの痛みが来る。


 ズキン、と。

 額が疼いた。


「――――」



 ――大丈夫。


 頭の中に、響く声があった。


 ――貴方の中に、もう彼女はいないから。


 誰の声かは、分からない。


 ――今なら、ちゃんと使えるはずよ。


 酷く懐かしい声が言う。


 ――それはもう、貴方の力だから。


 声が言葉を紡ぐ。

 人語と、知らない言葉が重なって聞こえる。

 だけど、その意味が理解出来た。


「――【痛みの記憶ドロル・メモリア】」


 ドロテアから、痛みが溢れ出す。

 迫ってくるのが分かった。


「――――」


 思い出す。

 何も出来ず、ただ見ていることしか出来なかったセシルの死を。


 思い出す。

 ブツリ、と千切れたヤシロの腕を。


 思い出す。

 血を流し、力が抜けていくレックスの体を。


 思い出す。


 思い出した。


 思い出した、から。


「――もう失うのは、嫌なんだ」


 だから、口にした。

 得体の知れない、ソレを。

 あの時、大量の魔物から、『黒鬼傭兵団』から、俺を守った力の名を。







「――【終焉に抗う刃フィーニス・グラディウス】」

挿絵(By みてみん)

嫌われ剣士の異世界転生記②、10/28発売です。

よろしくお願いします!


詳しくは、活動報告にて。

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