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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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第十二話 『幻惑の風』


 弾震流剣術。

 剣舞を下地にして作られた、独特の剣術だ。

 ダンスで使う体捌きの応用が多いため、習得者には貴族が多いという。


 踊りを下にした剣術など、実用性が低い。

 そう、弾震流剣術を馬鹿にする者もいる。

 だがそれは、弾震流の強者を知らないから言えることだ。

 

 剣士に限らず、人は誰でも自分の『リズム』を持っている。

 呼吸の仕方、行動のタイミング――そうしたリズムを、弾震流は利用する。

 相手の呼吸のタイミングを攻め、動こうとする出鼻を挫く。

 それが弾震流の真髄だ。


 ――故に弾震流を使う強者は、戦い辛いことこの上ない。



「来るぞ……!」


 フリューズが、石畳をトントンと靴底で音を鳴らした直後だった。

 その姿が掻き消え、俺とヤシロの目の前に迫っていた。

 狙いは俺だ。


「させませんッ!!」


 ヤシロが間に入り、影を纏ったフリューズの突きを受け止めた。


「――«猛る風イレ・ブラスト»」


 稲妻のような一撃が、突きを受け止めたヤシロを後方へ吹き飛ばした。

 受け止めた相手を、衝撃によって吹き飛ばす技だろう。


「あ……ッ」

「ヤシロちゃん!」


 ヤシロが飛んだ先には、メイとキョウがいた。

 咄嗟にヤシロを受け止めるメイ。

 キョウの意識も、二人の方へ向けられる。


 ――この瞬間、フリューズの前に立つのは俺だけになった。


「奔れ、«血闘結界»」


 それを狙っていたのだろう。

 フリューズが勢い良く細剣レイピアを地面に突き立てた。

 直後、俺とフリューズを取り囲むようにして、半透明の壁が出現した。

 壁の向こうで、メイ達が何かを叫んでいるのが見える。


「なるべく取っておきたかったが、愛のためには仕方あるまい」


 細剣についていた赤い宝石が砕けるのを見ながら、フリューズが呟いた。

 あの細剣は、何らかの魔剣だったらしい。

 宝石が砕けたのを見ると、一回限り、結界を生み出す効果があったのだろう。

 

「……何のつもりだ?」

「下賤な連中だが、同時に相手にするのは骨なのでな。最も目障りな貴様から潰してやろう」

「蹂躙してやる……とか偉そうに言った癖にか?」

「蹂躙してやるとも。貴様も、あの人狼種どももな」


 外側から、ヤシロ達が壁に攻撃しているのが見える。

 しかし、壊れるどころか、壁には一つとして傷が付かない。


「無駄だ。この結界は勝負が着くまで、壊れることはない」


 だから、«血闘結界»ってわけか。

 この調子では、ヤシロ達の助力は期待できない。

 四段かくうえのこいつと、一人で戦わなければならない。


 次の瞬間には、フリューズは行動に移っていた。

 独特のステップを踏みながら、間合いを詰めてくる。

 «幻走»のように動きに強弱を付け、接近と同時に俺の死角へ移動。

 そこから、疾風のような突きが放たれた。

 

「フッ――!!」

「……上等ッ!!」


 咆哮とともに、死角からの突きを弾く。

 こんなところで死んでいるようでは、最強の剣士に届くはずがない。


 フリューズの突きを躱し、弾き、受け流す。

 かなりの速度と威力だが、対応しきれない程ではない。

 速度も威力も、エレナの方が速いくらいだ。


「フッ……!」


 石畳を砕くほどの踏み込みとともに、突きが放たれた。

 刃の腹を狙って放たれる、あからさまなほどの真っ直ぐな突き。

 受け止めたヤシロを吹き飛ばした技だ。


『いいかい、ウルグ君。どの流派にも、相手に衝撃を伝える技はある』


 ふと、迷宮都市で、シスイに教えられたことを思い出した。


『当然、受け止めてはいけない。弾こうとしても駄目だ』


 どうしたら良いのか、と尋ねた俺に、シスイはしたり顔で言った。


『そう悩むほどのことではないよ。なに、対処法は簡単さ』


 ――それは流心流の十八番、受け流すことだ。


 初見で完全に対処するのは、今の俺では難しいだろう。

 だが、来ると分かっていれば、対処は難しくない。


「!」


 突きを受けると同時に、衝撃を受け流した。

 目を剥くフリューズに向け、«震鉄剣»を放つ。

 受け止めた相手の剣に衝撃を流し、腕を麻痺させる絶心流の技だ。


 だが、同系統の技への対処法は、当然フリューズも心得ていた。

 それを、フリューズは細剣で受け流す。

 キンッ――と澄んだ金属音が結界内に響き渡る。

 衝撃を散らしながら、フリューズはそのまま後ろに飛び退いた。


「…………」


 こちらを見るフリューズの顔にあるのは苛立ちだ。

 なんでこんな奴に苦戦しなければならない……そう顔に書いてある。

 だが、こちらを侮っている様子はない。

 油断してくれれば、ありがたかったのだが。


「――――」


 無言のまま、フリューズが再びステップを刻む。

 トン、トン、トン、トトン。

 一定だったリズムが、徐々に不規則になっていく。


「……!」


 やがて、フリューズの動きと足音が合わなくなってきた。

 音が遅れて聞こえてきている。 

 来た、と思った。


 学園で学んだことを思い出す。

 弾震流に伝わる、歩法に«幻惑のダズル・ダンス»というものがある。

 動きと噛み合わない音によって相手を幻惑し、そのリズムを崩す歩法だ。


 これを習得出来るのは、四段以上の剣士のみ。

 相当の技術が必要となる、弾震流の奥秘の一つ。


 ――来る!

 

 フリューズの動きを見て、そう確信して身構える。

 だが、攻撃は来ていなかった。

 フェイントだ。

 それを理解した瞬間に、細剣が左肩の肉を抉っていった。


「が、ぁあッ」


 激痛に叫び、後退する。

 だが、それをフリューズは許さない。

 踏み込む音が聞こえ、身構えようとした瞬間、脇腹に刃が突き刺さった。


「こ、ふッ」


 フリューズの攻撃は止まらない。

 攻撃が来ると構えた瞬間には、既に俺は刃を受けている。もしくは、その直後に攻撃が来る。

 こちらから攻めようとしても、フリューズの動きを捉えきれない。

 躱され、受け流され、それどころかカウンターを喰らう始末だ。


 次第に攻めることも出来なくなり、ただ一方的に突かれるだけになっていく。


「ぶ、がッ」


 横から来た突きが、肋骨に突き刺さった。

 鈍い音ともに骨が刃の動きを遮る。

 絶叫したくなるほどの激痛に堪え、俺は何とかフリューズから距離を取った。


「はぁ……はぁ……」


 駄目だ。

 完全に、相手の術中に嵌っている。

 «幻惑の風»のせいか、いつも通りの動きが出来なくなってしまっていた。

 何とか致命傷は避けているものの、体中に突きを受けている。

 穴を開けられた部位も少なくない。


「醜い黒髪風情にしては、頑張って方だと褒めてやろう」

「……はぁ、はぁ」


 視界の淵で、ヤシロ達が躍起になって結界を斬っているのが見える。

 俺が殺されたら、次はあいつらだ。

 フリューズに対して、ヤシロ達は冷静さを保てなくなってしまうかもしれない。

 

「次はあのガキどもだ。あの方は、可愛らしい女性を好む。人狼種は廃棄するが、テレスティアとあの姉妹は献上するに相応しい。手足を斬り落として、連れていくとしよう」


 ふざけたこと言ってやがるな、こいつ。


「終わりだ」


 宣言と同時に、フリューズから殺気が噴き出した。


「«死の風デス・ブリーズ»」

「……ぁ」


 喉元に、刃を突き付けられている感覚。

 死への恐怖が、体中を侵食していく。

 それを確認すると、フリューズが動いた。


 動作と音が噛み合わないステップを踏みながら接近してくる。

 まるでダンスような、ふわりとした動き。

 しかし、フェイントにフェイントを重ねたステップは、見る者を幻惑する。

 相手のリズムを崩す、«幻惑のダズル・ダンス»。


「――死ね」


 そして、フリューズの突きが放たれた。




『いいか、ウルグ。今のお前じゃ«幻惑の風»には対処しきれねえ。確実にリズムを崩されちまうだろうな。それはどうしようもねぇ。実力的に仕方のねぇことだ』


 ジークの言葉を思い出す。


『その実力不足は、近いうちにどうにかするとして、だ。とりあえず、今のお前でも出来る対処法を教えとくぜ』


 教えを請う俺に、ジークはしたり顔で言った。


『なぁに、対処は簡単だ。ウルグ、これはお前の得意分野だろうぜ』


 その、対処法は――――。



 フリューズの突きが、死角から迫る。

 こちらの頭部を狙った、必殺の一撃。

 フリューズが勝ちを確信した、その一瞬。


「!?」


 ガクン、と俺は体を地面に落とした。

 頭上を突きが通っていくのを確認しながら、目の前にあるフリューズの脚を斬り付ける。


「な、あ!?」


 理真流に伝わる剣技、«足切りの型»。

 犬のように這いつくばって、相手の足を狙ういやらしい技だ。

 不完全な技に、切断にこそ至らなかったものの、フリューズの右足の半分以上を刃が抉った。


「馬鹿な……«死の風»で硬直していたはずじゃ――」

「何度も何度も、《剣匠》の殺気を受けてるんだ。今更、お前の殺気で怯むかよッ!!」


 最初から、«死の風»はどうでも良かった。

 問題は、«幻惑の風»のみだ。


『対処法は簡単だ』


 ジークは言った。

 それは、相手の動きリズムを見極めることだと。


«幻惑の風»は、相手のリズムを崩す歩法だ。

 俺は為す術無く、フリューズの術中に嵌った。

 俺のリズムは崩され、思うように対処できなくなった。

 それはどうしようもない。


 だから、自分のリズムを取り戻すことを諦め、フリューズの動きを掴むことに終始した。

 俺を殺すため、必殺の一撃を放ってくるその一瞬。

 その一瞬に反撃できれば、それだけで良かったのだ。


『な? 今のお前でも出来そうだろ?』


 相手の動きを観察して、見極める。

 なるほど、確かに俺の得意分野だった。


『その後は言うまでもねぇだろ。後はただ――』


「こんな馬鹿なことが……ッ」


 脂汗を流しながら、フリューズが飛び退こうとした。

 だが、千切れかけた右足ではまともに動けず、ぐらりとバランスを崩す。

 そこで倒れなかったのは、流石というべきか。

 

 だが。


『後はただ――相手をぶった斬るだけだぜ』


 これで、終わりだ。


「おおおおおおおおォ――ッ!!」


 踏み込み、逃れようとするフリューズに向かって剣を振る。


「馬鹿な馬鹿なッ!! 私は、愛のために、私の愛が負けるなど――――ッ」


 最高最速の剣技が、フリューズを斬り裂いた。

 肩口から脇腹にまで、刃が抜けていく。

 人を、斬る感覚。


「あい、が……」


 そう言い残して、フリューズが地面に倒れた。

 自身の血溜まりに沈み、そのまま動かなくなった。

 ……死んだか。


 手に残る、人を斬った感覚。

 斬るのは初めてはない。

 だが、殺すのは初めてだった。


 嫌な感覚だ。

 それでも……ヤシロ達を守るならば、出来る。

 耐えられないほどではない。


「……!」


 決着が付いたからか、フリューズの張っていた結界にヒビが入っていく。

 甲高い音とともに、結界はガラスのように砕け散った。

 ヤシロ達が、叫びながら駆け寄ってくるのが見える。


 ……ひとまずは。


「……勝った」


 息を吐き、床に座り込む。

 それから、ジークとミリアが走っていった方へ視線を向ける。

 あちらは、どうなっただろう……と。


 ミリアは強者だが、ジークはそれの実力を持つ。

 実際に戦ってみても、ミリアよりもジークの方が強いと感じた。

 恐らく、すぐに決着はつくだろう。ジークの勝利という形で。


 ミリアの言動には気になる点がいくつもある。

 聞きたいこともある。

 ジークに、殺されていないと良いのだが……。




 ――ウルグが勝利するのと、同時期。


「はぁ……はぁ……」


 滴り落ちる血が、地面を赤く染め上げている。

 体中の切り傷から、夥しい量の血が流れ落ちていた。


「……そろそろ、終わり」


 ミリアの視線の先。


 ――血だらけのジークが、荒い息を吐いていた。

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