第一話 『冒険者ギルド』
『迷宮都市』。
正式な街の名前は『迷宮都市レーデンス』。
ウルキアス大陸の東部に位置する、多くの冒険者が集まる巨大な都市である。
『魔神戦争』後に大陸各地に『迷宮』が現れた。ハッキリとした原因は明らかになっていないが、魔神が生み出したと言われている。
『迷宮』は内部で魔物を発生させ、魔物の数が一定数を超えると迷宮外へとそれを排出する。それを防ぐためには定期的に内部の魔物を狩らなければならない。
東部には他よりも多くの『迷宮』が発生した為、かなりの頻度で傭兵や騎士を派遣し、迷宮内の魔物を掃討しなければならなかった。
そこで約四百五十年前に、当時の王が東部にある多くの迷宮のすぐ近くに冒険者の為の都市を作り、楽に定期的に迷宮内の掃討を出来るようにした。
それが『迷宮都市レーデンス』という訳だ。
そしてこの時に作られた冒険者を支援するための機関を『冒険者ギルド』と言う。現在は大陸に多くの支部が存在している。
魔物を狩ったり、盗賊を捕まえるなどの力仕事が多い冒険者が集まれば、自然と荒くれ者達も多くなってくる。その為、この『迷宮都市』は貴族達からは『荒くれ者の街』などと呼ばれて蔑まれているらしい。
貴族の人間でも冒険者になる者は多いが、彼らは『迷宮都市』では活動せず、専ら王都の近くにある迷宮などで冒険者業をしているようだ。
というのが、俺が本で調べた『迷宮都市』の情報だ。
―
オトラ村から飛び出してから二日後、俺は『迷宮都市』に到着していた。
今現在、迷宮都市の中にある宿のベッドに沈んでいる。
「失敗したぁ」
村を出てから数時間はまだ良かった。体力には余裕があったし、食べ物も飲み物にも余裕があったからだ。しかしの夜になって後悔した。まず、体が汗でベチョベチョで最悪に気持ち悪いことだ。まあこれは仕方がない。持ってきたタオルを水で濡らして体を拭いて我慢した。それから寝ようとしたのだが、ここからが最悪だった。寝る暇がなかったのだ。焚き火を焚いて眠っていると、魔物や野生の動物が寄ってくる。そのせいでロクに寝ることが出来なかった。
疲労困憊になって、夜が明けてからまた走りだした。それからクタクタになりながら、ようやく『迷宮都市』に到着したのだ。
到着した俺は真っ先に宿を探した。風呂かシャワーがある店を探し、開いていた店に速攻で飛び込んだ。«水石»と«火石»が設置された狭い風呂が設置されている宿であり、料金は普通の宿よりも高めだった。だがそんなことはどうでもよく、俺は取り敢えずその小さな風呂で汗を洗い落とし、自分の部屋のベッドに飛び込んだのだった。
泥のように眠り、目が覚めたのは次の日の昼だった。
«魔力武装»で消費した体内の魔力が回復した事を確認し、ベッドから徐ろに起き上がる。
リュックに詰め込んでおいたサンドイッチを胃に流し込み、飲水を使って歯磨きをした後、俺は必要な荷物だけを持って部屋を出た。当然、部屋の鍵はしっかりと閉めておく。
「ここが『迷宮都市』か」
宿から出て、俺はようやくしっかりと『迷宮都市』の姿を目に収めた。
道を歩く人の多くが鎧や武器を身に付けている。そんな人に露店の店主が大声で呼び込みをしていた。静かだったオトラ村とは違う、活気に満ち溢れた場所。
俺はその熱気に当てられ、気分が高揚するのを感じた。
周りの様子を確認した後、俺は目的地に向かって歩き始める。向かうのは都市の中央部にある『冒険者ギルド』だ。そこで冒険者登録し、俺は冒険者になる!
―
「うーん……でもねぇ。君みたいな小さな子に冒険者をやらせるのはね……。冒険者は危ないお仕事だよ?」
意気込んで『冒険者ギルド』にやってきた俺は、即効で出鼻を挫かれていた。
冒険者ギルド内の受付。
冒険者ギルドの制服を身に付けた茶髪の受付嬢に冒険者になりたいと申し出ると、まるでやんちゃな子供のわがままを窘めるような口調でこう言われた。
ギルド内には多くの冒険者がおり、依頼板に貼られている依頼を吟味する者、依頼を受付で受注しようとする者、テーブルで仲間と雑談している者と、様々だ。
そんな彼らは冒険者になりたいと入ってきた俺を見て、ニヤニヤと面白そうな物を見るような視線を向けてきた。受付嬢に「やめた方がいいよ」と言われると、何人かが「ここは小さなガキが来る場所じゃねえぞ!」「遊ぶんだったら自分ちの庭にしときなぁ」と笑いながらヤジを入れてくる。
そんな彼らの姿を横目で眺める。彼らの大半は二十代、三十代の大人だ。中には高校生ぐらいの奴もいるが、少なくとも俺くらいの歳の奴はいない。
当然か。魔物と戦うような危険な仕事を、年端もいかないガキにさせる訳がない。
「でも、冒険者に小さな子供がなってはいけないという規則はありませんよね」
冒険者登録は何歳からでも出来る。明確な決まりが存在しないのだ。
だから貴族の子供なんかは、小さいうちに冒険者になって、強い冒険者と共に依頼をこなして早めにランクを上げる事があるらしい。
「んーでもね」
「俺は«魔力武装»も出来るし、普通に戦えますよ。《黒犬》を倒したことだってあります」
後ろでヤジを飛ばしてくる冒険者共にイライラしてきた。ヤジの中に俺の黒髪を馬鹿にするような発言が含まれていたし、食い下がってくる俺を受付嬢は困惑した表情の中に僅かに不気味そうな色も含ませている。
これは、実際に«魔力武装»を使って見せた方が手っ取り早いかもしれないな。
「どうしたんだい」
«魔力武装»を使おうかなやんでいると、受付の奥にある部屋から、のっそりとお婆さんが出てきた。
恰幅のいい、赤毛のお婆さんだ。ギルド職員の制服を着ているから、この人もギルドの人間なのだろう。
「あ、ラーネさん。この子が冒険者登録したいって言ってるんですけど……」
受付嬢が困ったような表情をして、お婆さんに話し掛ける。
出てきたお婆さんはラーネというらしい。
ラーネは俺を見て「んむぅ」と唸ると、
「どうして冒険者になりたいんだい?」
と訪ねてきた。
俺は少しだけ答えに悩んだが、正直に言っておいた。
「お金が必要なんです。生活していく為、それから将来『王立ウルキアス魔法学園』に入学するためにもお金が必要なんです。その為に俺は冒険者になってお金を稼ぎたい」
「ほぅ。しっかりした子だね。でもお金だったら親御さんに稼いで貰った方がいいんじゃないかい? それに仕事だってもっと安全なのがある」
「もう……俺に親はいません。俺は一人で生きていかなきゃいけないんです。それに俺は小さな頃から«魔力武装»と剣技を習ってきました。だからそれが活かせる冒険者をしたいんです」
バイトの面接かなんかをやっている気分だ。何でこんな事をせにゃならんのだ。やっぱり人と関わるのは面倒だ。
お婆さんはしばらく悩んでいたが、やがて「分かった」と頷いた。
「私達冒険者ギルドは冒険者を支援しているが、それでも冒険者は基本的に自分の責任で活動していかなければならない。冒険者になるってことは、色々な責任を自分で取らないといけないってことだ。アンタにはそれが分かるかい?」
「大丈夫です。冒険者関連についての規則や決まり事はしっかりと把握しています」
そう言うと、お婆さんは「ふむ」と鼻を鳴らすと、冒険者登録用の緑色のカードとペンを渡してくれた。
名前、性別、年齢、住所など色々な事を書く欄がある。
文字が書けなければ代筆してもらえるらしいが、自分で書けるので断っておいた。
「……」
名前の欄には『ウルグ』とだけ書いておいた。さっきお婆さんに言ったように、もう親はいないものと考えよう。だからもうヴィザールは名乗らない。俺はただのウルグだ。
書き終わったカードと一緒に、登録用の料金を払う。
「ここに魔力を込めな」
カードを再度渡され、そこに魔力を込めた。
外見は何も変わらなかったが、魔力が内部に吸い込まれていくのを感じた。
確か、カードを盗んで他の人間が悪用しないために最初に魔力登録を行っておくんだったな。
「これで冒険者登録は終了。あんたは最低ランクのEランク冒険者として冒険者ギルドに登録されたよ。ランクとか依頼に付いての説明はいるかい?」
「お願いします」
冒険者ギルドについての情報は知っていたが、抜け落ちている場所があるかも知れないし、一応聞いておいた。
聞いた内容はこんな感じだ。
冒険者ギルドに登録すると、登録した場所のギルドだけでなく、各地にある支部でもサポートが受けられる。ギルドと提携している店などでは、割引などのサービスを受けることも出来るそうだ。
カードは紛失すると再度登録が必要で、その場合は罰金と発行代が掛かる。
ギルドから脱退してから再度登録する事は可能だが、その場合、冒険者としての実績はリセットされる事になる。
冒険者にはランクがあり、最低がEで最高がSだ。これはこなした依頼の数や、何らかの実績によってランクアップしていく。ランクが上がればより多くの依頼が受けられるようになる。
Eランクは殆ど迷宮には潜らず、荷物運びとか野草を取ってくるとか、簡単な仕事しかないようだ。
ランクが一つ上か、一つ下の依頼までしか受ける事は出来ない。
依頼を受ける時に、報酬金の数割をギルドに収めなければならない。依頼を無事達成すればその金は戻ってくるが、失敗した場合は戻ってこない。
依頼の失敗が一定数以上、連続で続いた場合はランクが下げられる事となる。
また犯罪を犯したり、ギルドの品位を落とす、規約を破るなどをした場合は強制的にギルドから追放される事となる。
登録した冒険者は、ギルドからの名指しでの依頼、もしくは緊急招集などには応じなければならない。もし拒否すればギルドから追放される事となる。
このランクと同じように、魔物や迷宮にもランクが存在している。
冒険者ランクと同じようにEからSまである。
まあこんな感じに依頼の受注の仕方とか、色々と教えてもらった。
全部知っていた事だったが、復習にはなったな。
「まあ頑張んな。剣に自信があるようだけど、あんたが思っている程、あんたの剣は通用しないと思いな。それ程冒険者は危険なんだ。だから最初は荷物運びとかそういう簡単な仕事を受けるんだよ」
「分かりました」
あぁ、面倒だな。早いとこ迷宮に入って魔物と戦いんだが。
「まあ、二十年くらい前にもあんたくらいの歳のガキが二人、冒険者登録しに来たのを見てるからね。あのガキ共はあっという間にDランクに上がっちまった。あの子達、今何してるのかねえ」
そんな事を呟くラーネに頭を下げて、俺はギルドカードをリュックにしまった。俺に注目している人が多いし、取り敢えず今日は依頼の受注はやめておこう。今日は『迷宮都市』の様子を見て、必要な物を揃えるか。
「おぅ、良かったじゃねえか。冒険者になれてよぉ! まあおめぇみたいなガキじゃなーんにも出来ねえだろうけどよぉ!」
テーブルで酒を飲んでいた男がへらへらと笑い掛けてきた。
背中に盾と片手剣を装備した二十代後半くらいの男だ。男が座っているテーブルには仲間なのか、フードを目深に被った小柄な女性と、鎧を装備した男同席している。
鎧の男は盾の男が俺をからかうのを見て愉快そうに笑っており、フードの女性は口元しか見えないが申し訳無さそうな雰囲気を出している。
「おい、何だったら俺達のパーティに入れてやろうか? 俺達はCランクのパーティなんだがよぉ、雑用が一人じゃ足りねえんだわ!」
フードの女性を指さして、男達二人はゲラゲラと笑う。
Cランクねえ。
CだろうがAだろうが、中学生並みの精神年齢しかない奴らのパーティには入りたくないね。
俺は目を合わさず、出口に向かって歩く。
「シカトこいてんじゃねえぞ! おい!」
騒ぎ立てる男を無視して、その横を通り過ぎようとする。それに腹が立ったのか、引っ掛けようと足を突き出してくるが、小さく跳んで躱した。
それに苛立ったのか、盾の男は立ち上がって後ろから俺に手を伸ばしてくる。«魔力武装»を使うまでもなく、男の動きは見える。伸ばしてきた手を軽くはたき落としてやった。
すると今度は手を拳の形にして、殴り掛かってきたため、同じように軽くはたき落とす。
やばい。面倒な事になってきた。
周りの冒険者達の視線が集まって来ている。
ヤジを飛ばす奴、やめとけと注意する奴もいる。
「この黒髪が! 気持ち悪いんだよ! 」
注意され、暴力を振るうのをやめた男だったが、苦し紛れにそんな事を叫んだ。
外見で判断してくる様な奴の言葉に耳を傾ける必要はない。
俺はテレスの言葉を思い出し、そのまま男に背を向けて冒険者ギルドから外へ出た。
はぁ。
『荒くれ者の街』なんて言われてるだけあるな。予想はしてたけど、ああいうのばっかだと面倒そうだ
昔の俺だったら、殴られそうになったら殴り返していただろうし、悪口を言われたら激しく言い返していただろうな。セシルやテレスのお陰で、ああいった手前は相手にしない方が良いということが分かったから、腹は立ったが手は出さなかった。
二人に感謝だ。
取り敢えず、俺は『迷宮都市』内を回ることにした。