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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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第十話 『混戦の中で』

 

 王都、城壁前。

 王都へと押し寄せる魔物は、龍種だけではなかった。

 巨大な狼、猿、鰐、鬼、様々な種類の魔物が何かに操られる日のように王都を目指す。


 それを迎え撃つのは三番隊の騎士と、援護に駆け付けた《魔術師団》の魔術師達だ。

 魔術によって地形を操作し、魔物達の足を止める。

 そこを騎士たちが攻撃し、打ち倒していく。


「ブレスが来ます! レジスト準備!」


 魔物の中には、遠距離から攻撃を飛ばしてくる種類もいる。

 知能が高い魔物が多いのか、無防備な魔術師を狙って飛ばしてくる。

 それを防ぐのも、騎士たちの役目だ。

 防御役の騎士が防御魔術を展開し、ブレスをレジストする。

 そして今度はブレスを撃って無防備になった魔物を魔術師が撃ち抜いていく。


 攻撃役の騎士の指揮を取っているのは隊長のシュルト。

 防御役の指揮を取っているのは副隊長のレイネス・フレイムルだ。

 両者の的確な指揮によって、少ない犠牲で魔物の侵攻を防げている。


 今は、まだ。

 

「……虫型の魔物が増えてきやがったな」


 巨大な蟷螂かまきりを吹き飛ばしながら、シュルトが呟く。

 蟷螂や百足といった虫型の魔物が増えてきている。

 それも、《蟲龍》が現れてからだ。

 理由は分からないが、シュルトは何か嫌なものを感じ取っていた。

 

 あれから《蟲龍》は魔物を押し潰しながらゆっくりと近付いてきている。

 いまだ大きな動きはないが、王都に到達するのは時間の問題だ。


「おい、レイネスッ! まだか!」

「あと二十秒で詠唱が終了するそうです」


 シュルトの言葉に、レイネスが返答する。

 《蟲龍》が現れてから、最低限の人員を残し、《魔術師団》には超級魔術の詠唱に専念してもらっていた。

 上級魔術では、あの《蟲龍》の装甲を突破できないからだ。


「よォし、総員退避だ!」


 接近してきた魔物を片付け、シュルト達騎士たちは魔術の斜線上から退避する。

 背後で詠唱を続けていた《魔術師団》達の頭上には、小さな太陽のような、紅蓮の球体が浮かび上がっていた。

 炎属性の超級魔術«滅亡恒星エクステンションノヴァ»だ。


「ぶちかませッ!!」


 シュルトと号令によって、太陽が解放された。

 眩い赤光を放ち、«滅亡恒星»が地表を灼きながら《蟲龍》に向けて突き進んでいく。

 斜線上にいた魔物達が、瞬く間に燃え尽きていった。


『――――』


 接近する«滅亡恒星»に、《蟲龍》が嘶いた。

 迎え撃つように、その巨体を持ち上げていく。

 しかし、巨体故の緩慢さに«滅亡恒星»への対処は間に合わない。

 龍の頭部、赤い甲殻、百足の胴体――その巨体が紅蓮の地獄に飲み込まれた


「――ッ」


 世界から音が消えた。

 直後、遅れを取り戻すようにして轟音が騎士たちの鼓膜を揺らした。

 斜線上にいた魔物は焼き焦がされ、既に形すら残っていない。


「なんて威力……」


 超級魔術の威力を目の当たりにし、レイネスが息を呑んだ。

 以前、アルナード領で《鎧兎》に使用した時とは違う。

 今使用された«滅亡恒星»こそ、超級魔術本来の威力。


 爆風によって巻き上げられた土煙によって、《蟲龍》の姿は見えない。

 だが、あれ程の魔術ならば、あの巨大な龍でもひとたまりもないはずだ。

 レイネスが内心でそう確信を持った直後、


「よし、やったかァ!?」


 大声でシュルトが叫んだ。

 確信が一転、不吉な予感へと切り替わった瞬間――。


『――――』


 天を突くような咆哮が地を揺らした。

 土煙が吹き飛び、赤い巨体がその姿を現す。


「な……んにィ」


 姿を現した《蟲龍》の全身は焼き焦げていた。

 全身を覆っていた装甲が溶け、焼き爛れた肉が露出している。

 だが、それを目視できていたのは数秒だけ。

 バキバキと音を立てて、溶けた装甲が再生していく。


「《鎧兎》の時と一緒じゃねェか……!」

「隊長のせいです」

「なんで!?」


 一分も経つ頃には、《蟲龍》の体は再び装甲に覆われてしまっていた。

 それどころか、今の一撃が《蟲龍》の逆鱗に触れたのだろう。

 怒り狂うように咆哮し、《蟲龍》が速度を上げた。


「クソ……。おい、もう一発今のを撃てるか?」

「可能です。……ですが、同じだけの時間を頂かなくてはいけません」

「……間に合わねェな」


 超級魔術の詠唱に掛かった時間は十分。

 怒り狂った《蟲龍》の速度では、十分と経たず王都に到達してしまうだろう。

 王都の結界は今、正常に機能していない。

 あの龍の突進を受けて耐えられるか、怪しいところだ。


「……不味いな、こりゃァ」

「どうするんですか、隊長」


 《蟲龍》が城壁を破り、王都に突撃する。

 そんなことになれば、甚大な被害が出てしまう。

 それだけはどうやっても避けなければならない。

 

 災害指定個体が現れた時点で、《魔術師団》だけでなく、他の隊に援軍を寄越すように使いを送った。

 アルナード領の一件から、一つの隊だけでは対処しきれない可能性が高いと判断したからだ。

 だが、未だに援軍は来ていない。

 このまま待っていても、間に合う保障はない。

 しかし、今の戦力では十分もの間、持ちこたえられないだろう。

 

「……お前ら、俺達の本分が何かは分かってるか?」


 指示を待つ騎士と魔術師に、シュルトは静かに問いかけた。


「この身を犠牲にしてでも、戦えねェ連中を守る。それが俺達だ」

「当然、理解しています」

「当たり前です」

「くだらないことを言っている暇があったら、隊長。ご命令を」


 シュルトの言葉に、その場にいる者達が答えた。

 

「はっ」


 シュルトは満足気に頷くと、言った。


「《魔術師団》は今すぐ超級魔術の準備だ。防御役は魔術師を守れ。指揮は引き続きレイネスが取れ。残りは全員、俺についてこい。《蟲龍》の足を止めるぞ」

「はッ!!」

「死んでも、あのクソ龍を止めろォ!!」

「おおおお――ッ!!」


 その場にいる全員が、即座に準備を開始した。

 このままでは、己が死ぬとわかっていても、騎士としての役目に殉じる為に。


「たく。俺の部下は馬鹿ばっかりだ」


 そう零すシュルトに、レイネスが笑った。


「隊長が馬鹿ですから、仕方ありませんね」

「……ハッ。違いねェや」


 いつもの毒舌に、シュルトも笑う。


「ま、俺は死ぬ気はサラサラねェがな」

「……はい」

「この戦いが終わったら、馬鹿どもに酒の一杯でも奢ってやらねえといけねえしな」

「あっ。これは隊長死ぬ感じのやつですね」

「なんでッ!?」


 目を剥くシュルトに、レイネスは真面目な表情を浮かべた。


「……死なないでくださいね」

「おう」

「死んだら、股間燃やしますから」

「えぇ……」


 そんなやり取りを交わし、二人はそれぞれの持ち場へ向かった。

 《魔術師団》は詠唱を始め、防御役の騎士は迫る虫型の魔物を蹴散らす。

 そして、シュルトが率いる攻撃役が《蟲龍》に向けて突撃した。

 

 «滅亡恒星»によって開いた道を、シュルト達が駆ける。

 近付きながら、使える魔術を片っ端から放っていく。

 狙うのは百足型の足だ。

 足を傷付け、《蟲龍》の速度を遅らせていく。


 そして、シュルトが空を駆ける。 

 魔術で足場を作り、瞬く間に《蟲龍》の頭上にまで飛び上がった。


「――風よ」


 巨大な龍を睥睨しながら、シュルトが口ずさむ。

 彼の武器は、風属性魔術を強化する«魔術刻印»の刻まれた大槌だ。

 大槌を掲げ、シュルトは自身の力を解放した。

 シュルトを中心にして、暴風が吹き荒れる。


「――ぶっ飛びやがれェ!!」


 嵐を一点に収束させ、叩きつけたかのような一撃。

 それが《蟲龍》の顔面を撃ち抜き、その巨体を大きく仰け反らせた。

 地上の騎士たちの攻撃と合わさり、動きが止まった。


 ほんの、一瞬だけ。


「な――」


 次の瞬間、《蟲龍》の腕がシュルトに迫っていた。

 回避する間もなく、横薙ぎの一撃を受けてシュルトが叩き落とされる。


「隊長ッ!!」


 地面へぶつかる直前で、部下たちが風属性魔術でシュルトを受け止めた。

 大槌で防御した瞬間に両腕の骨が砕け、体中の骨が折れている。

 骨折の瞬間に内臓が傷付いたのか、シュルトの口からぼたぼたと血が零れた。

 

「あー……クソ。災害指定個体の時、俺いいとこねェなあ」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよッ! すぐに治癒魔術で回復させますからッ!!」

「そんな暇ねェよ」


 すぐ背後に《蟲龍》が迫っていた。

 自身に一撃を加えた相手だからか、その黒い双眸はシュルトを睨みつけている。


「あれだ。今すぐ逃げろ。俺は置いてっていい」

「そんなッ」

「俺抱えてちゃ間に合わねえだろ。ほら、早く行け!!」

「できませんッ!!」


 シュルトを抱えたままで、騎士たちは走りだす。

 それを追うように、《蟲龍》が速度を上げた。

 近付いて来る地響きに、逃げられないと悟りながら、騎士たちはシュルトを見捨てない。


「馬鹿か、お前らはッ!」

「隊長ほどじゃないですッ!!」

「あぁ!?」


 シュルト達に向かって、《蟲龍》の腕が振り下ろされる。

 防御魔術を張るが、受け止められるわけもなく呆気なく突破される。


「――ッ」


 腕が落ちてくる直前。


「――«礫のアースレイン»!!」


 無数の岩の雨が、《蟲龍》の動きを止めた。

 その隙に、騎士たちは一目散に《蟲龍》の元から離脱していく。


「隊長ッ!!」


 聞き慣れた叫び声に、シュルトが目を剥く。

 防御役の指揮を取っていたはずのレイネスが、何故か騎士を引き連れてこちらに向かってきていた。


「持ち場を離れてんじゃねえッ!!」

「周囲の魔物はほぼ掃討されています! 防御に回す人員は減らしたほうが得策かと! それに、最低限の防御は置いてきました!」


 結局のところ。

 誰も、自分たちの隊長を見殺しにすることが出来なかったということだ。

 

「ああ、三番隊はマジで馬鹿しかいねェッ!!」


 呆れたように、それでも嬉しそうに、シュルトが叫ぶ。


『―――』

 

 そして、それを嘲るように次の攻撃が迫っていた。

 今度は両腕――《蟲龍》が左右から、騎士たちを囲むように腕が迫ってくる。

 魔術を放つが、今度は止め切れない。


「……ちくしょう」


 逃れられない。

 絶望的な状況に、シュルトが悪態をついた瞬間だった。


『――――!?』


 刹那、《蟲龍》の腹部の下にある地面が持ち上がった。

 それは瞬く間に巨大化し、岩山となって《蟲龍》の腹部に激突した。

 騎士たちを押しつぶよりも早く、その巨体が岩山に突き上げられる。


「これは……」


 さらに、上空から無数の岩が降り注いだ。

 先ほどの«礫の雨»とは量も大きさもまるで違う。

 一つ一つが人一人を押しつぶせるほどの大きさを持っていた。

 そんな岩が、正確無比に《蟲龍》だけに叩き付けられる。


 今の王都に、こんな魔術を使える人物は一人しかいない。


 城壁の上に、ローブを纏った一人の老人の姿があった。

 宮廷魔術師にして、《魔術師団》を率いる今代最強の魔術師。


「バベッジ・レッジヘンズ……!」


 バベッジの攻撃によって、《蟲龍》は動きを止めている。


「いまだ! 総員、全力で退避しろォ!!」


 隙を見逃さず、騎士たちはその場から離脱していく。


『――――ッ!!』


 逃がさない、と言うように《蟲龍》が咆哮する。

 岩に体を打ち据えながらも、騎士たちを追って動き出そうとした。


「こりゃ硬いのう。このまま撃ち続けても、殺しきれんかもしれな」


 城壁の上で、バベッジが呟く。

 その間も、無数の岩石が《蟲龍》に向かって放たれていた。


「じゃから――」


 そのうちの一つ。

 高速で飛ぶ岩石の上の一つに人影があった。

 離脱しているシュルトは、それを見て息を吐く。


「まったく……いっつもいい所で来やがる」


 それは鎧を身に纏った男だった。

 風圧で黄色の髪を逆立てながら、重心はまるで崩さない。

 その手に握られた大剣『崩雷』は、バチバチと雷を纏っていた。


「ぶっ飛ばしてやれ、アルデバラン」


 その男――《剣聖》アルデバラン・フォン・アークハイドが、『崩雷』を振り下ろした。


「――«天縋»」


 直後。

 雷の斬撃が、《蟲龍》を飲み込んだ。


 ここに、最強の騎士と最強の魔術師、そして災厄の魔物が激突した。



 そして、傍観者が一人。

 黒い髪を靡かせながら、呟いた。


「――害虫の親玉、無事に来たみたいだねェ」



 ――ジークの登場に、場の雰囲気は一転していた。


 ミリアとフリューズ、二人の強者によって支配されていた場が砕かれる。

 フリューズが息を呑み、ミリアが鋭い視線を向けた。


 抜いた剣を弄びながら、ジークがフリューズに視線を向けた。

 後退した直後、フリューズはバネのように跳躍し、再度ジークに斬り掛かる。

 細剣から繰り出される一撃――ジークは、それを首を傾けるだけで躱していた。


「なんだ、お前」

「がっ」


 カウンター気味に蹴り返し、仰け反ったフリューズに剣を振り下ろす。

 その瞬間、ミリアが短剣を投擲した。

 容易く弾くジークだが、その間にフリューズが大きく後退する。


「はっ、はっ……」


 びっしょりと汗をかき、フリューズが荒い息を吐く。


「これが、《剣匠》。私の剣が……まるで通じないなんて」

「そんなひょろい剣が通るわけねえだろ。てめぇんとこの《剣匠》はもうちょいマシな技使うぞ」


 四段のフリューズを前に、ジークはそう言ってのけた。

 強いとは思っていたが、実際に戦っているところを見ると改めて思い知らされる。

 今の俺程度では、まだまだ遠いのだと。

 

「た、助かりました。ありがとうございます」


 ジークに庇われたメイが、恐る恐るといった風に礼を言った。


「あー構わねえ。気にすんな」


 ぞんざいに返したジークだが、メイとキョウを見て目を丸くした。


「もしかして、お前らシスイの弟子か?」

「え。あ、はい」

「構え方があいつに似てたからな。よし、これでネタが一つ出来たな」


 メイ達の礼に、ジークは凶悪な面で笑った。

 何のネタだろう。

 それから、俺に視線を向けてくる。


「今の«絶剣»、構えは悪くなかったな。邪魔しちまったか」

「い、いえ。ジークさん……。今までどこに」

「アルデバランと一緒にいたら、思いっきりブレス喰らってな。ブチ切れて龍種を片っ端から片付けてた」


 ……そうか。

 さっきから近付いてきていた破壊音は、ジークが暴れていたのか。


「空に魔術が打ち上げられたから、何事かと見に来たんだがな」


 そう言って、ジークはテレスに治療されているエレナに視線を落とした。


「……本当につまんねえことになってんな、おい」


 少し、苛立ったようにジークが呟いた。


「傷からして、やったのはそこのヒョロ騎士か」


 ジークに視線を向けられ、フリューズが汗を流す。

 フリューズもかなりの実力者だが、やはり《剣匠》クラスでは相手にならないのだろう。


「……んで、そこの女騎士も敵なんだろ? どうなってんだ、ウルグ」

「……使徒、だそうです」

「あぁ? 使徒?」


 ジークが、億劫そうに首を傾げた瞬間だった。

 いつの間にか、ミリアが動いていた。

 まったく無駄のない動きで、中段からの突きをジークの喉を目掛けて放つ。

 それを、ジークは難なく弾いた。


「……《剣匠》ジーク・フェルゼン」

「そうだが何か用か?」

「貴方にはこれ以上、動いてもらっては困る」

「知らねえよ。つまんねえ事情をオレに押し付けるな」


 刃と刃が交わり、ギリギリと音を立てている。

 今、ミリアとフリューズの注意はジークに向けられている。

 膝を付いていたヤシロの手を掴み、ゆっくりと起き上がらせた。


「大丈夫か?」

「少し手首を痛めましたが、大丈夫です」

「良かった」


 メイとキョウも無事だ。

 テレスも治療を続けている。

 今のうちに、皆の元に向かおう。


「……撃って」


 状況が動いた。

 ミリアが呟き、ジークから離れた瞬間。

 突如として上空から飛来した龍種が、ジークに襲い掛かった。


『オオオォォオ!!』


 ジークに向かって滑空しながら、ブレスを放つ。 

 

「龍はもう飽きた」


 刃が鈍く光った。

 直後、ブレスが両断され、その先の龍種が真っ二つになった。

 血肉を撒き散らしながら、ドシャリと地面に落ちる。

 龍種が絶命し、地に沈むその一瞬。

 それを隠れ蓑にし、ミリアがジークに斬り掛かっていた。


 完全なタイミング。


「はっ」

 

 ジークが獰猛に笑って、腰に刺したもう一本の剣を抜いた。

 抜いた一本で、ミリアの隙間を縫うような刃を受け止める。


「なるほどな。そこのヒョロ騎士はともかく、こいつぁ確かにお前らじゃ荷が重えな」


 ジークがニヤリ、と獰猛に笑う。


「気が変わった。おもしれえ。いいぜ、戦ってやるよ」

「……!!」


 今度はジークの一撃が、ミリアに叩き込まれる。

 ミリアが受け止めた瞬間、襲撃が地面を砕く。

 凄まじい威力に、ミリアが苦悶の表情を浮かべた。


 それから、二人が音を置き去りにして斬り結んでいく。


「ウルグ」


 剣戟の合間、ジークが俺を見た。


「オレが終わらせる前に、そこのヒョロ騎士を片付けとけ」


 それと同時に、ミリアもフリューズを見ていた。


「ウルグ君。殺しちゃ駄目だから。絶対」


 そう言い残すと、二人の姿が掻き消えた。

 剣戟の音が、徐々に遠ざかっていく。

 その場に、俺達とフリューズが残された。


「……やれやれ。使徒というのは、誰も彼も非効率的でいけない」


 呆れたように呟き、フリューズが俺を睨んでくる。


「殺すな、と言われたが……彼女につく悪い虫は排除しろと頼まれているのでね」


 そうだろうと思ったよ。

 こいつ、最初から俺達を殺す気マンマンだったからな。


「……貴方は使徒なんですか?」


 俺を庇うようにヤシロが前に踏み出し、フリューズに尋ねた。

 蔑むような表情で、フリューズが首を振る。


「違うね。私は魔神などに興味はない」


 やはり、フリューズは使徒ではないらしい。

 だとすると、ますますミリアと行動を共にしていた理由が分からない。


「私は愛するあの方の為に動いている!」

「愛する人?」

「……それは誰だ」


 教えてはくれないと思いながらも、一応聞いてみた。

 使徒の関係者であることは、間違い無さそうだ。


「ふ、決まっている」


 予想とは裏腹に、フリューズが乗ってきた。

 前髪を掻き揚げ、ノリノリで答えようとする。


「私の愛する方、それは――」

「…………」

「それは、それは……誰だ?」

「……は?」


 それは俺達が聞きたいんだが……。


「私は、誰を愛しているんだ? 何故、騎士としての役目を果たさずに、こんなことを……」


 フリューズの様子がおかしい。

 顔を押さえ、早口で何かを呟いている。


「お、おい」

「まあ、いい」


 だが、次の瞬間にはフリューズは正常に戻っていた。


「名など関係ない。私は愛の為に戦う! それだけで、十分だ!!」


 そう、高らかに宣言する。


「愛している人の名前も知らないなんて……ありえません」

「なんとでも言うがいい! 私の愛は、穢らわしいガキどもに理解出来るものではないのだから!」


 ドン引くヤシロを気にもせず、フリューズが細剣を俺達に向けてきた。


「弾震流・四段。フリューズ・シャンドル」

「……!」

「愛の為に、貴様らを蹂躙する」


 そう言って、フリューズが襲い掛かってくる。


 四段剣士。

 ジークやミリアには劣るとはいえ、かなりの実力者だ。


 だが。


 今日まで、ジークの元でしてきた修業を思い出す。

 格上相手にも、戦えるように鍛えてきた。

 それに、ジークはあいつを倒せと言った。

 ジークは今まで、無茶なことは言っても無理なことは言わなかった。

 つまり、今の俺達にあいつを倒せないとは思っていないということだ。


 四段。

 最強に至るため、越えなければならない壁だ。


「やってやる」


 ――あいつを、倒す。



「さて」


 そして。


「《剣匠》ジーク、シスイ。宮廷魔術師のバベッジ。そして、《剣聖》アルデバラン」


 目が眩むほどに美しい白い女性が、王城の中を歩いている。

 その隣には、アイマスクを頭に付けた気怠げな少年がふらふらと並んでいた。


「これでもう、ここで何かあっても駆けつけてこれる人はいなくなりましたね」


 純白の聖女が、歌うようにそう言った。

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