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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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第七話 『繋がり合う気持ち』

 

 石畳を踏み砕きながら、白い龍が暴れ狂う。

 憂さ晴らしするように、自身を囲む騎士に突撃するその龍の名は《暴龍タイラント・ドラゴン》という。

 その名の通り、ただひたすらに暴れ狂うことで知られている。


 龍種というのは、魔物の中でも高い知能を持つことで知られている。

 人間の仕掛けた罠を避け、時には人間を罠に仕掛けることもある。

 そんな龍種の中で、《暴龍》は知能を欠片も見せず、その行動はまったく予測できない。

 

 個体ごとに癖はあれど、魔物の行動にはある程度の規則性がある。

 歴戦の冒険者はその規則性を元に対策を立て、戦闘の中で癖を見抜いていく。

 そうすることで、ある程度その魔物の行動を予測することが出来るようになるのだ。


 しかし、龍種の討伐を経験したことのある冒険者ですら、《暴龍》と戦うことを嫌う。

 その理由こそ、《暴龍》の予測できない行動だ。

 動きが予測できなければ対処が遅れてしまう。

 その遅れが死に繋がる。


『――ヴォオオオ!!』


《暴龍》がのたうち回り、周囲の建物を倒壊させながら騎士に突っ込んでいく。

 予測のできない動きに、騎士たちは後手に回らざるを得ない。

 他の騎士たちは、別種の龍種を相手にしているため、《暴龍》に対処出来るのは十数名のみだ。

 このまま戦いが続けば、騎士は一方的に消耗を強いられることになるだろう。


『――――』


 そんな十数名の騎士の動きが変わったのは、戦闘が始まってからほんの数分後のことだった。

 デタラメに走り回る《暴龍》の攻撃が、騎士に当たらなくなった。

 それどころか、逆に騎士の攻撃が一方的に《暴龍》に命中するようになっていた。


 何故か。


「右斜からの大振り。すぐに尻尾が来る。防御」


 騎士たちに向かって、ミリアが指示を出す。

 数秒後、《暴龍》は腕を大きく振り、直後に尻尾を横薙ぎに叩き付けた。

 その攻撃は、騎士が構えた盾によって受け止められることになる。


 ――《暴龍》の行動すべてが、ミリアが口にした通りだった。


「飛び退いてブレスを放とうとする。そこを魔術で攻撃」


 攻撃を防がれた《暴龍》が後ろへ飛び退き、ブレスを放とうと息を吸い始める。

 そこに、騎士たちの魔術が殺到した。

 無防備な《暴龍》に魔術が連続して炸裂し、白い鱗ごと下の肉を吹き飛ばした。


「突進してくる、左右に散開。――後は待機」


 ダメージを負った《暴龍》が、絶叫しながら前方へ突っ込んでいく。

 その先にいるのはミリア一人だけ。

 だが、待機を命じられた騎士達は動かない。


『――ヴァア!!』


 腕を振り上げる《暴龍》を、ミリアは静かにている。

 振り下ろされた瞬間、ミリアが剣を一閃した。

 強固な鱗に覆われているはずの腕が、地面に落ちる。

 

 だが、《暴龍》は止まらない。

 切断された腕の断面を、そのままミリアへ叩きつけようとする。


「――終了。次の戦闘に入る」


 刹那、既にミリアは《暴龍》の視界にはいなかった。

 いつの間にか、《暴龍》の視界に移動していたミリアが騎士たちに次の指示を出す。

 

『――?』


 ミリアの方へ首を向けようとした《暴龍》だったが、体が動かないことに気付く。

 直後、ズルリと首の位置がズレた。

 首だけではない。

 腕も、足も、いつの間にか切断された全身が、次々に地面へ滑り落ちていく。

 何が起きたかを理解する間もなく、《暴龍》は絶命した。


「……すごい」


 ミリアの動きを見ていた騎士の一人が、思わずそう呟いた。

《暴龍》の動きを完全に予測した上での、あの適切な指示。

 鮮やかな手付きで《暴龍》を絶命させたミリアは、返り血すら浴びていない。


 魔物、人間に関わらず、その動きを完全に予測して見せる技能。

 そしてそれを活かし、無駄のない動きで相手を絶命させうる剣技。 

 その優秀さを称え、人々はミリア・スペレッセをこう呼ぶ。


 ――《分析剣》と。


「魔術でブレス防御! 私が出る!」


 その近隣では、他の騎士たちが龍種と戦っていた。

 その指示を出しているのは、フリューズだ。


 龍種のブレスが、騎士たちの作った土の壁で防がれる。

 その瞬間、爆炎を破ってフリューズが飛び出した。

 躍るような動きで龍種が反応するよりも早く、フリューズはその懐に入り込んでいた。 


「――シッ」


 細剣レイピアが、龍種の眼球を抉る。


「撃てッ!」


 直後、フリューズが後退し、魔術の雨が降り注いだ。

 為すすべなく、龍種は騎士たちの強力な魔術に飲み込まれていく。


 現在、二番隊はそれぞれ班に分かれている。

 班ごとに、王都全域で救助活動、及び龍種の排除を行っているのだ。

 その中で、隊長のミリアはもちろん、彼女の補佐人であるフリューズの実力は高い。

 間違いなく、二人の力は二番隊の中でずば抜けている。

 

「…………」


 龍種との戦闘の合間に、ミリアが一瞬だけ他所へ視線を向けた。

 その先で、黒髪の少年達が『祝福の使徒』を名乗る女と刃を交えている。

 

「……ウルグ君」


 ある少年へ視線を向けるミリア。

 そのミリアを、さらに見ている人物がいた。


「――――」


 ミリアの横顔を、フリューズが見つめている。

 恋に焦がれるような、熱に浮かされた表情で。



 戦闘が始まってから、それなりの時間が経過していた。

 その中で、少しずつドロテアの戦闘スタイルが見えてきた。

 

「んふ……!」


 鎌を振り回し、楽しげに笑うドロテア。

 ほんの数秒前まで、彼女の手には杖が握られていた。

 その前は槍、その前は大剣、その前は大盾だ。

 

 ドロテアは、武器を選ばない。

 魔道具であろうあの服から大量の武器を取り出し、自在に操っている。

 どの武器を使っても、ドロテアは高い実力を誇っていた。


 恐らくは、エレナと同等の四段クラスの実力を持っている。

 かなりの実力者だ。

 だが、どうしても勝てないほどの実力差があるわけではない。

 俺とヤシロの二人がかりでも、或いは倒せる程度の差だ。


 ――だが、俺達はいまだに勝ててていない。


「えい」

「……チッ」


 凄まじい勢いで、ドロテアが鎌を投擲した。

 ギュルギュルと回転する鎌を、エレナが防御する。


「これならどう?」


 直後、鎌を捨てたドロテアが、服から弓矢を取り出した。

 魔力を纏った矢が、風を切りながら連射される。


「防ぎます!」


 飛来する矢を、メイとキョウが撃ち落とす。

 その間に、俺とヤシロがドロテアの間合いに入っていた。


「は――ァッ!!」


 ヤシロの一閃。

 短刀が、ドロテアの持つ矢を斬り飛ばす。

 無手となり、ドロテアに隙が出来た。


 そこに俺が踏み込み、


「――どうぞ?」

「っ」


 攻撃を受け入れようと手を広げるドロテアに、思わず固まってしまった。

『三倍』になって返ってくる痛みを、思わず連想してしまったからだ。

 クソ、しまった。


 おのれのミスを悟った直後。


「んふふ」

「――――」


 満面の笑みを浮かべたドロテアが、俺の頭を撫でていた。

 髪を梳かすような、ドロテアの手の感触。

 

「ウルグ様ッ!!」


 俺達の間に割り込むように、ヤシロが短刀を振る。

 影を纏った刃が、避け損ねたドロテアの頬を斬り裂いた。


「……ッ」


 頬を押さえ、ヤシロが苦痛に顔を歪める。

 

「ヤシロ、大丈夫か」

「……はい」


 一度下がって距離を取った。

 ドロテアは追ってこず、微笑んでいるだけだ。


「……貴方、面白い髪の色をしてるね?」


 それどころか、穏やかな口調で話し掛けてきた。

 頭を撫でられる、おぞましい感触が蘇ってくる。

 気持ち悪い。


「無視……。あぁ、心が痛い! んふふふふふ!!」


 ……攻め切れない。


 戦力では、こちらの方が圧倒的に勝っている。

 だというのに、いまだに勝てていない。

 それは偏に、『三倍になって返ってくる痛み』のせいだ。


 ドロテアの能力が露見してからすぐ。

 痛みなんぞ知ったことかと、エレナは苛烈に攻撃を仕掛けた。

 それを、ドロテアは巧みに捌き、エレナを遠ざけようと動いている。


 その代わり、積極的に俺達に近付いてきて、わざと傷を負おうとしてくるのだ。

 それでいて致命傷になるであろう攻撃はちゃっかりと防御している。

 非常に、戦いにくい相手だった。


「次は、これかな」


 鼻歌交じりに、ドロテアが武器を取り出した。

 今度は、巨大なハンマーだ。


「……てめぇ、いったいどんだけ武器持ってんだよ」

「たくさん。色んな痛みを感じるには、色んな痛みの与え方を知らないといけないから」


 エレナの苛立ち混じりの問いに、ドロテアが真剣な表情で答えている。


「……駄目だ」


 このままでは、埒が明かない。

 他に使徒や龍種がいるかもしれないこの場所で、戦い続けるのは危険だ。

 長引けば、長引くだけ厄介なことになる。

 

「――――」


 体内の魔力が、ギュルギュルと暴走し始める。

 これまで抑えていた«鬼化»を、ここで発動した。


「……やる気か、ウルグ?」

「はい。戦力ではこちらが勝てます。一気に押し切れば、倒せる」


 エレナは警戒されていて避けられているが、俺は舐められたままだ。

 返ってくる痛みを度外視すれば、必ず俺の攻撃は届く。


「先輩、また無茶する気ですか……?」

「……無茶はしない。確実に勝てる手を取るだけだよ」


 心配そうに見てくるキョウ達を言い含める。


 エレナは警戒されてしまっている。

 メイとキョウでは、ドロテアに一太刀浴びせるのは難しい。

 速度重視のヤシロでは、異様な生命力を見せるドロテアを一撃で殺しきれるか分からない。


 となれば、適役は俺しかない。


「一撃で仕留める。気絶したら、後のことは任せるからな」

「……分かりました」

「お兄さん、無茶はしないで」


 メイとキョウが不安げにそう言い、ヤシロは無言で頷いた。


「オーケー。じゃあ、アタシが突っ込むから、隙を見て来い」

 

 そう言った次の瞬間に、エレナが前に出ていた。

 苛烈に攻め立てるエレナを、ドロテアが受け流していく。


「んふ」


 その合間合間に、ドロテアはわざとエレナの攻撃を体に受ける。

 すべてが、ただのかすり傷だ。

 だが、エレナにとっては体を引き裂かれるのと同程度の苦痛だろう。


「がァああああッ!!」


 それでも微塵も動きを鈍らせず、猛攻を続けるエレナ。

 やがて、エレナの一閃にドロテアが大きく後退した。

 すかさず、追おうとエレナが踏み込んだ瞬間。


「――じゃあこれは?」

「あァ?」


 直後、ドロテアの手から魔術が放たれる。

 エレナを丸ごと飲み込むような暴風だ。

 一振りで風を切断するエレナだったが、


「――チッ」


 刹那、ドロテアのハンマーが横薙ぎに振られた。

 剣で受け止めるエレナだが、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされる。


「いまだ、お前ら!!」


 吹き飛ばされたエレナが叫ぶ。

 

「――――」


 メイとキョウの魔術が、ドロテアに襲い掛かった。

 ドロテアは、難なくハンマーでそれを受け止めるが――、


「――――」


 その瞬間、俺はドロテアの背後に立っていた。

 ヤシロと手を繋ぐことで、寸前まで気配を消していたのだ。

 

「――来てくれたの?」

「……!」


 グリン、とドロテアがこちらを向く。

 気配を消していたのに、気付かれたのか。


 ……構うものか。


「おォおおおおッ!!」

 

 その場から、連続して斬撃を叩き込んだ。

 ドロテアがハンマーで受け止めてくる。

 だが、反撃の隙は与えない。

 一撃一撃に殺すだけの威力を込めて放った。


「ん、ふ! 良いですね、貴方!」


 連撃を受け、後ずさりながら、ドロテアが笑う。


「積極的に痛みを与えに来てくれるなんて感激です」

「……ッ」

「それに貴方。んふふ、いい匂いがするね?」

「うる、せぇ……ッ!!」


 斬撃が、ドロテアの肩を斬り裂いた。

 瞬間、肩が吹き飛んだかのような衝撃が走る。


「お、あァああッ!!」

 

 痛い。

 痛いが、手は止めない。

 こいつに仲間を殺された時のことを考えれば、この程度の痛みなどなんてことはない。


「痛い? 分かるよ。私も痛いですから。貴方が分かる。すごく分かる。とても分かる。ものすごく分かる。これで私達、分かり合えたね! お互いに繋がり合えたといっても、過言じゃないかな!?」

「過言でしか……ねえよ!!」

「そんなことないよ。分かり合えたよ。家族でも、友人でも、恋人でも、相手の心は分からない。でも、痛みを通じてなら理解し合える! 心の痛み、体の痛み、それは誰しも平等に訪れるものだから!」


 連撃を受け続けながら、ドロテアが叫ぶ。

 確実に、追い詰めている手応えがある。

 防御も、少しずつ追いつかなくなってきている。


「痛みによる相互理解。素晴らしいね?」

「……!」

「――私は、痛みでしか、人と分かり合えないから」


 瞬間。

 ドロテアの纏う雰囲気が変わった。


「貴方と、もっと分かり合いたい」

「――――」

「素晴らしい貴方に、祝福を与えたい」


 やばい。

 ナニカが、来る。

 スペクルムから感じた、あの得体のしれないナニカと同じ。


「――さぁ、私と繋がり合いましょう」


 そのナニカが、ドロテアから解放される直前。


「……!」


 風が吹き、ドロテアの体が吹き飛んだ。

 血を撒き散らし、錐揉みのように回転しながら吹き飛ぶドロテア。


「……!」


 風の飛んできた方向。

 メイ達や、エレナのいる方向とは別の場所。


「遅くなったな、ウルグ」


 金髪の髪を靡かせ、瓦礫の残骸の上にテレスが立っていた。



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