第六話 『お返しの流儀』
嫌われ剣士、発売しました!
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ドロテアが、グッと身を屈める。
直剣を握った腕は、ダラリと下げられたままだ。
「……来るぞ!」
フリューズが、騎士たちに警戒を呼びかけるのと同時だった。
『オオオオォォ!!』
「!」
ドロテアの背後で動きを止めていた龍種が動き出した。
凄まじい勢いでドロテアの脇を通り過ぎると、それぞれフリューズとミリアがいる方向へ向かっていく。
四匹の龍種が、半分に分かれて騎士たちに襲い掛かっていった。
龍種によって開いた道を、ドロテアが疾走する。
ニタニタと嫌な笑みを浮かべたまま、俺達の方向に真っ直ぐ向かってきた。
「止まれ!」
「いかせんッ」
「はぁああ!!」
三人の騎士が、ドロテアの前に立ち塞がった。
連携の取れた動きで、三人が同時に斬り掛かる。
ドロテアは二本の剣で、騎士二人の攻撃を受け止める。
そこを、三人目の騎士が鋭く斬り付けた。
斬られたドロテアが、鮮血を撒き散らす。
「んふ」
「ッ、がああぁ!?」
……まただ。
斬り付けたはずの騎士が、悲鳴をあげて倒れ込む。
驚く騎士たちを吹き飛ばすと、今度こそドロテアがこちらに向かってきた。
「来るぞ! お前らはアタシのサポートに回れ!」
「……はい!」
エレナが前に出た。
その後ろで、俺達も深く構える。
「まず、貴方に幸せを分けてあげる」
「いらねぇ、よッ!!」
接近してきたドロテアが、両手の剣を振り下ろす。
待ち構えていたエレナは、難なくそれを迎え撃った。
エレナの一振りで、ドロテアの二本の剣が止まる。
いや。
エレナに剣を止められると同時に、ドロテアは剣の柄から手を離していた。
服の裾から、二本のナイフが滑り落ちてくるのが見えた。
「メイ!」
「はい! «水槍»!」
剣を捨て、ナイフを使おうとしたドロテアにメイの«水槍»が放たれる。
少し驚いた表情を浮かべ、ドロテアがバックステップして回避した。
素早い。
何かの流派を齧っている訳ではなさそうだが、戦い慣れしているのが分かる動きだ。
だが、素早くてもやりようはある。
「――«行雲流水»」
逃げ場を塞ぐように、ドロテアの背後に水の壁が発生した。
キョウの技だ。
逃げ場を塞がれ、ドロテアが慌てて止まる。
「らァああああッ!!」
「はぁああああ!!」
そこに、俺とヤシロが斬り掛かった。
ドロテアの両脇から、同時に二撃。
だが。
「ん、貴方。珍しい髪色ですね?」
ナイフの腹で受け流された。
……なんて器用さだ。
手の中でクルンと回すと、攻撃に転じてきた。
ヤシロから視線を外し、俺に向けて二本同時に突き刺そうとしてくる。
体の軸をずらし、二本のナイフを回避する。
理真流で習った体捌きだ。
最低限の動きでナイフを躱し――追撃することなく、斜め横に跳んだ。
視界の縁に、赤い髪を捉えていたからだ。
「あ――」
「がァあああああッ!!」
「――ら?」
獣のように叫びながら、エレナが踏み込んできた。
鋭い踏み込みに、床が砕ける。
ナイフをクロスして防ごうとするドロテアだが、その一撃の前では無意味だった。
エレナの一撃がナイフを砕き、その勢いのままドロテアの肩を斬り裂いた。
血を撒き散らしながら、ドロテアが吹っ飛んでいく。
「……ッ!? いってぇえええええええ!!」
「先生!?」
直後、エレナが叫び出した。
倒れ込むことはしないものの、顔を顰めて歯を食いしばっている。
「…………」
エレナが押さえているのは――肩だ。
まさに今、エレナがドロテアを斬り付けた部位。
痛そうに押さえているが、肩に傷があるようには見えなかった。
「う、ウルグ様」
「……ああ」
三度も起これば、これが偶然ではないと分かる。
頭の中で、結論を出す。
――恐らくは。
「……気を付けろ! あいつに傷を付けると、その分の『痛み』がこっちに返ってくる!」
自分に傷を付けた相手に、その『痛み』を返す。
多分、それがあの女の能力だ。
「……それだけじゃねえ。ただ斬っただけじゃ……ここまで痛くねえよ」
立ち直ったのか、汗を拭いながらエレナがそう言った。
「上手く言えねえが……なんつーか、普通に斬ったよりもめちゃくちゃ痛かった」
「……めちゃくちゃ」
そうだ。
確かに、ただ『痛み』を返すだけなら、さっきの騎士たちの反応はオーバー過ぎる。
ただ斬られただけなら、エレナもここまで痛がらなかったのではないだろうか。
……まさか。
嫌な推測が頭を過る。
「せっかく痛みをプレゼントしてもらったのに、そのままお返しするのはマナー違反だよね」
エレナに吹き飛ばされたドロテアが、ヨロヨロと戻ってきた。
回復魔術を使ったのか、肩の傷が塞がりかけている。
「……まさか」
「そこの黒い子は気付いたみたいだね! 将来、気配りの出来る良い大人になれるよ」
「褒められても、嬉しくねえよ」
推測を裏付けるような言葉に、冷や汗が流れる。
「ウルグ様が気配りの出来る人というのは同感ですが……どういうことですか?」
「アタシにも分かるように説明しろ!」
エレナ達は、まだ理解できていないらしい。
「……あいつの能力は、痛みをそのまま返す……ってだけじゃない」
「……!」
俺の言葉で、エレナ以外は気付いたらしい。
ハッとした表情を浮かべている。
「その通り。他人からプレゼントをもらったらさ」
ドロテアは、嬉しそうに笑って言った。
「――『三倍返し』にしなさいって、習ったでしょう?」
つまり、この女の能力は。
――『受けた痛みを三倍にして返す』こと。
ホワイトデーのようなことを言いながら、ドロテアはそう自身の能力を説明した。
三倍。
深く斬り付ければ、訓練された騎士ですら泡を吹いて気絶するほどの痛み。
痛みに強いエレナですら、しばらく身動きが取れなくなってしまうほどの苦痛。
下手を打てば、あっという間に戦闘不能に追い込まれてしまう。
「私達は、迂闊に傷を付けられない……ということですか」
「……そんな」
そのことを理解したメイとキョウが顔を青ざめさせる。
「…………」
ミリア達はまだ、龍種の対応に追われている。
もうしばらくは、こちらに来ることは出来ないだろう。
「じゃあ、続きしよっか?」
こともなげに、ドロテアが笑った。
―
―
遅い。
避難経路を移動してきたエステラは、無事王城に辿り着いていた。
学園の教師や、ミーナ達生徒も傷一つ負っていない。
今のところ、王城にも龍種は入ってこれていない。
王国が誇る『聖剣』も、無事王城の中に運び込まれたようだった。
エステラは両親と顔を合わせ、お互いの無事を喜んだ。
それから両親はエステラに城から出ないよう言いつけると、城の奥へ向かっていった。
ステラリア家の人間として、貴族の義務を果たしに行ったのだ。
そんな二人を誇りに思いながらも、エステラの内面をジリジリと焦燥感が燻っていた。
――遅い。
あれから既に、数十分が経過した。
いくら櫓で道が塞がれたといっても、王城までの道は他にもある。
どれだけ遠回りしたって、それほど時間が掛かる訳ではない。
何か、あったのか。
もしかしたら今、ウルグ達は危機に追いやられているのではないか。
「……っ」
彼らは強い。
自分なんかとは比べ物にならないほどに、強い。
そう分かっていても、焦る気持ちを抑えることは出来なかった。
「……ウルグ殿」
エステラの頭に、ある光景が浮かぶ。
龍種によって殺された、ウルグ達の亡骸。
それを前にして、泣き崩れる自分を。
もし、それが現実になったとして。
一人だけのうのうと安全な城にいた自分を、エステラは許せるだろうか。
――否だ。
もしそんなことになれば、エステラは一生後悔するだろう。
どうして、あの時自分は動かなかったのか、と。
そう、理解した瞬間には、エステラはもう動き出していた。
「……お手洗いにいってきます」
周囲の人にそう告げて、エステラは避難部屋から出る。
そしてそのまま、王城の出入り口に向かって走り出した。
(……見張りの騎士に、止められるかもしれない)
どう切り抜けようか。
答えが出ないまま、出入り口の門にまでやってきたエステラだったが。
「…………?」
どういうわけか、見張りの騎士がいない。
入ってきた時は、確かに複数の騎士がいたというのに。
「――どこに行くんだい?」
「……ッ!?」
不意に後ろから声をかけられ、エステラは息を呑む。
振り返れば、いつの間にか背後に仄暗い水色の髪の少年が立っていた。
頭に掛けてあるアイマスクと、深く刻まれた隈が目につく。
寝起きなのか、少年は気怠げな雰囲気を漂わせていた。
「外は危険だよ。まあ、この城も安全なわけじゃないんだけど」
「……分かっています。でも、行かなくてはならないことがあるんです」
エステラの言葉に、少年はポリポリと頭を掻く。
「はぁ……。理解できないなぁ。どうしてわざわざ、面倒ごとに頭を突っ込むんだろう。せっかく避難してきたんだから、ことが収まるまで、ここで惰眠を貪っていればいいとは思わないの? 外に行ったって、どうせいいことなんて何もないんだからさ」
憂鬱そうに、少年は早口でエステラに尋ねてくる。
確かに、少年の言う通りだ。
今から外に行っても、危険しかない。
それでも。
「……それでも私は、何も出来ないのは嫌なんです」
――ウルグに。
ヤシロに、メイに、キョウに。
置いて行かれたくない。
「――そう」
興味なさげに、少年が頷いた。
「なら、行くと良い。貴重な休憩時間を浪費する君達が羨ましくてたまらないけど、相手にしていたらこっちの時間も浪費することになってしまう。僕様も与えられた仕事をさっさと終わらせたいからね」
「……はい」
少年に頭を下げて、エステラは先に進む。
愚かな選択だとは分かっている。
今から出て行っても、何の意味もないかもしれない。
「……それでも」
――何も出来ないで後悔するのは、嫌だから。
最後にウルグ達と別れた場所に向かって、エステラは走り出した。
「はぁ」
その後ろ姿を、少年は寝ぼけ眼で見つめている。
寝癖のついた仄暗い水色――勿忘草色の髪を指で溶かしながら、大きくあくびをする。
それから、小さく呟いた。
「……馬鹿だよね。本当にさ」




