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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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第五話 『祝福の使徒』

「あ、いや。もう夕暮れ時だから、こんばんわが正しい?」


 それは首を傾げながら、そんな場違いな言葉を口にする。

 

 ……ああ、この感じ。

 ボタンを掛け違えているような、見ている場所が違うような、住んでいる世界が違うような。

 スペクルムからも感じた、どこかが致命的にズレている感覚。

 本人に聞くまでもなく、分かった。

 

 この女は、使徒だと。


「…………」

「……ウルグ様」


 ヤシロと視線が合う。

 頷き合い、無言で一歩前に踏み出した。

 何かあっても、メイ達を守ることが出来るように。

 

「んん……。まあ、いっか」

 

 囁くような声音で呟くと、ふらふらと覚束ない足取りで歩き始めた。

 一歩一歩、地面を踏みしめるように。

 龍種達は女が現れてからピタリと動きを止め、不気味な沈黙を保っていた。


「と……止まれ!」


 幽鬼のように近付いて来る女に向けて、騎士の一人が静止を呼び掛けた。


「そこから動くな!」

「んー……?」


 女は何を言っているのか分からない、というように首を傾げた。

 それから、曖昧な笑みを浮かべて再び歩き出す。

 やがて女は、静止を呼び掛けた騎士のすぐ目の前にまで近付いてきていた。


「動くなというのが聞こえないのか! これ以上の接近は敵対行為の見做す!」


 そんな男の最後通告を無視して、女は一歩前に踏み出した。


 何かがヤバイ。

 嫌な予感がした。


「ッ……! このッ!!」

「待っ、迂闊に手を出しちゃ――」


 ミリアが叫び終えるよりも早く、騎士の剣は振り下ろされていた。


「――――」


 鮮血が吹き出した。

 それは反撃された騎士の血――ではない。

 無防備に近付いてきていた女の体が、勢い良く流血していた。


 そして、耳をつんざくような悲鳴が響いた。


「ぎゃあああああああああああッ!?」


 その悲鳴に、その場にいた誰もが身を凍らせた。

 何故なら――。

 悲鳴をあげたのは、斬られた女ではなく、斬り付けた・・・・・騎士だったからだ・・・・・・・・


「あ……が」


 騎士は鎧の上から胸を抑えると、グリンと白目を剥き、地面へ倒れ込んだ。

 ビクビクと何度か痙攣し、その騎士は動かなくなった。


「な……何が」

「死んだのか……?」


 何が起きたのか分からない。

 あの女は無抵抗だった。

 ただ、斬られただけのはずなのに。


「距離をとって! 迂闊に近付かないで……!!」

「……はッ!!」


 ミリアの指示に、騎士達は素早く動き始めた。

 距離を取ったまま、女を包囲する。

 当然、龍種からも目を離していない。


「あぁ……痛い」


 倒れた騎士を一瞥してから、女は自身を囲む騎士へぐるりと視線を向けていく。

 それから視線を地面に落とした。

 俯いたまま、女は苦痛に喘ぐような声で言葉を発する。


「ま、まさか。いっ、いきなり斬り付けてくるなんて……」


 ブルブルと、怒りを堪えるように女が体を震わせた。

 女の挙動に、騎士達が警戒を高める。


「なんて……なんて……ッ」

 

 騎士に斬られた傷口からは、ポタポタと血が滴り続けている。

 身に纏っている服には、べったりと女の血が染みこんでしまっていた。


 そして、女の震えが最高潮に達した時、


「――なんて、王都は素晴らしいところなんだろう!!」


 バッと両手を広げながら、女が叫び声を上げた。


「何を……」

「んふ」


 意味不明な言動を訝しむ騎士に、女は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 流れ落ちる自らの血を舌で舐め取り、傷口を自らの唾液で、てらてらとぬめらせる。

 それから大きく喉を鳴らして血液を嚥下し、女は俺達の方へ視線を向けた。


「私は今、体を斬り付けられた。刃が皮を破り、肉を裂き、深くえぐれた傷口からはダクダクと鮮血が流れ落ち、灼けるような鋭い痛みが、私の体を犯しているよ」


 服の一部を剥ぎ、女は痛々しい切り傷を誇るように俺達に見せ付けてくる。

 傷口の周辺は、べったりと血で汚れているのが見える。

 

「ジクジク。ジクジク、ジクジクと、脳がとろけてしまいそうなほどの苦痛」


 痛々しい内容と、女の軽快な口調が噛み合わない。

 痛みからなのか、震えて上ずった声のまま、女は言葉を重ねる。


「涙を流して、絶叫をあげてしまいそうなほどの痛みだよ。ああぁあ……痛い痛い痛い痛い」


 目に涙を浮かべ、傷口を抑えて彼女が体を大きく震わせた。

 直後――、天を仰ぐように顔を上に向けた。


「――あぁ、痛い。だからこそ、私は分かるの」


 そして。

 熱に浮かされるように、女は饒舌に語り始めた。


「今私は『生きている』! 身を切るような痛みが、心を裂くような苦痛が! 私というこの存在を、生命を、魂を! 今! この時! この場所で! この世界でッ! 生きていると!! 実感し、感知し、痛感させてくれる!」


 ――それは歓喜の叫びだった。


「痛みこそこの世界が私にもたらしてくれた唯一の祝福! 感謝を。私に苦痛を与える全てに、世界に、呪いに、祝福に、圧倒的な感謝をッ! この満たされる充足感! 蕩けるような幸福感! 溺れるような多幸感!」


 ……まるで意味が分からない。

 スペクルムの時と同じだ

 他人の理解を置き去りにして、持論を並べ立てていく意味不明さ。


「な………」


 理解を超えた言葉に、誰もが唖然としていた。

 静まり返る周囲と反比例するかのように、彼女の声は大きくなっていく。


「人は痛みを知るから、人に優しく出来る! 人は痛みを知るから、前へ進むことが出来る! 人は痛みを知るから、幸せになることが出来るんだ!」


 仰け反り、涙を流し、唾液を零して、彼女が絶叫する。


「一人では抱えきれないこの痛みを、身に余るほどの祝福を、世界の全てに与えたいッ! そう! それこそが私の存・在・理・由!!」


 絶頂したかのように全身を痙攣させ、女は再びガックリと項垂れた。

 それから、女はゆっくりと体を持ち上げる。

 そして直前までの興奮が嘘だったかのように、落ち着いた口調で話し始めた。


「――ひとりの幸せより皆の幸せ。世界を幸福で満たしましょう」


 その場にいる全員に、優しく語りかけるように女は言う。


「そんなわけで、今月の標語は『人の痛みが分かる人になろう』。初めまして、こんばんは」


 それから、女は深々と頭を下げた。

 その動作に、ポタポタと地面に血が零れ落ちる。


「私、『祝福の使徒』をやっている、ドロテア・ドロルと言うものです」


 ――以後お見知りおきを。


 そう言って女――ドロテアは、ニッコリと笑みを浮かべた。



 ――『祝いの使徒』。


 予感通り、あの女は使徒だった。

 どうしてこう、嫌な予感ばかりが当たるんだ。

 あの女が現れたことで、この王都の襲撃は使徒が原因だと、ほぼ確定した。

 

 使徒は一人じゃない。

 最悪、さらに数人の使徒が王都に来ていてもおかしくはない。

 もしかすれば、スペクルムもいるかもしれない。

 

「せ、先輩。……あ、あの人は何を言っているんですか?」


 後ろのキョウが、怯えるように聞いてきた。


「……俺が聞きたい」


 ドロテアの言動は理解の範囲外だ。

 むしろ、理解出来たらこちらの頭がヤバイ。


「ようするに、とんでもねぇどMってことだろうよ」


 そんな中で、エレナがぶっ飛んだ発言をした。


「どえむ……?」

「……マゾヒスト。痛いのが大好きってことだよ、キョウちゃん」


 流石の知識で、キョウの質問にメイが答えた。

 ドン引きした様子で、キョウが顔を引き攣らせている。


 どM。

 だが多分、その認識で間違いないだろう。

 エステラも若干Mっぽかったが、ドロテアはその比ではないだろう。


「……そこの貴方」


 ドロテアの視線が、エレナに向けられた。


「……え、Mとか……まるで私が変態みたいに言わないでください。ふ、不潔です」


 顔を赤くして、ドロテアは拗ねるように言った。

 その『普通』な振る舞いが、これまでの言動と大きくズレている

 そのズレが、気持ち悪い。


「は、そいつぁ上品なこった。それで、『祝いの使徒』だったか? お前、何しに来たんだ? まさか、聖剣祭を祝いにきた……なんてわけじゃねえんだろ?」


 照れるようなドロテアを鼻で笑い、エレナが話を切り出した。 

 ドロテアはしばらく赤面したままだったが、やがてエレナの質問に答えた。


「祝福を与えに」

「……なに?」

「世界中の皆に、祝福を与えに来たんです。生きている実感を痛感させてあげたいから」


 ガリガリと、ドロテアは自分の傷を掻きむしった。

 血肉が地面に飛び散る。


「……だから、具体的に何をしに来たって聞いてるんだよ。この龍種はお前が連れて来たのか?」

「彼らは、痛みを与える為の手助けをしてもらうためにいるよ」


 その言動で、エレナは理解したようだ。

 これ以上は、会話にならないと。


「……総員、戦闘準備。出来れば、その女は生け捕りに」


 ミリアが剣を構え、前に踏み出す。


「――無理なら、殺して構わない」


 俺達も戦闘態勢に入る。

 どこから攻撃が来ても、即座に反撃できる。


「また痛みをくれるの? んふ、嬉しいな。でも私ばかり幸せじゃ神様に怒られちゃうから、お返しするね?」


 ドロテアが服に手を入れたかと思うと、中から二本の直剣が出てきた。

 明らかに、服の中に入るはずのない大きさの剣だ。

 ドロテアに呼応するように、背後の龍種達も動き始めた。


「――貴方達にも、幸せのお裾分け、してあげる」

 

 両手に剣を構えると、ドロテアが陶酔するように呟いた。

 

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