第三話 『押し寄せる災厄』
騎士が先行し、避難者がそれに続く。
俺達も最後尾を守りながら、油断なく通路を進んでいた。
流石は訓練を積んだ騎士というべきか、先行する彼らの動きには無駄がない。
恐怖に浮き足立っている人々を巧みに誘導し、出口までの最短距離を進んでいく。
遠方からは時折爆発音が聞こえてくるが、闘技場の中は不気味なほどに静まり返っていた。
あれから、闘技場にいた他の人達の避難も進んでいるのだろう。
「ふー……」
エステラは緊張しているようで、少しソワソワとしている。
学園で修業をしているとはいえ、エステラはこうした実戦経験はあまりないのだろう。
メイとキョウは落ち着き払っており、油断なく歩を進めていた。
ヤシロは……と隣に視線を向けた時、彼女の耳がピクリと動いた。
「一匹、背後から来ます!」
ヤシロの叫びに、俺達がバッと後ろを振り返った直後。
ズシン、と重量感を感じさせる足音が連続し、徐々に接近してくる。
数秒後、俺達が通ってきた道の反対側の曲がり角から、その巨体が姿を現した。
その姿には見覚えがあった。
《翼竜》だ。
現れた龍種の登場に、避難者達から悲鳴があがる。
それに反応するように、《翼竜》がこちらに向かって走り始めた。
「……ッ!」
「行きます!」
エステラとメイが、《翼竜》に向かって魔術を放つ。
《水弾》と《岩石砲》が、《翼竜》の足を止めた。
『――――』
痛みに《翼竜》が咆哮し、苛立ちをぶつけるかのように、口腔からブレスが放たれた。
即座にキョウが前に飛び出し、ブレスを対処する。
弾かれたブレスは見当違いの方向へ向い、闘技場の壁を破壊した。
ブレスを放った直後、《翼竜》は一瞬だけ動きを止める。
その隙を、既に走り出していたヤシロを突いた。
「ハッ……!」
五連撃。
片翼、片目、右腕、胴体、左足。
影を纏った刃が肉を抉り、《翼竜》の意識がヤシロに向く。
「――――」
そして、更にその隙を俺が突いた。
《翼竜》の死角へ潜り込み、『鳴哭』で斬り上げる。
ズドンと音を立てて、両断された《翼竜》が倒れこんだ。
「……ふぅ」
どうにか無傷で倒せた。
だが、油断はできない。
《翼竜》はBランクで、他の龍種はAランクの魔物だ。
完封出来たとしても、他の龍種ならばそうはいかないだろう。
「大丈夫か!」
「はい、問題ありません!」
先頭から声を掛けてきた騎士に返事をする。
彼らは頷くと、再び前に進み始めた。
その後も二度《翼竜》と遭遇したが、一度目は騎士が、二度目は俺達が倒し、怪我人は出ていない。
先導している騎士達は強かった。
彼らも俺達と同じようにさして苦戦することなく、《翼竜》を倒している。
それから、他の騎士が誘導していた避難者達のグループと合流し、慎重に通路を進む。
残念ながら、合流した人達の中に知っている顔はなかった。
まもなく、俺達は出口に到着した。
幸いなことに、これまで遭遇した龍種は《翼竜》だけだ。
怪我人は出ていない。
俺達も連携が上手く機能しているお陰で、まだかなりの余力を残していた。
「引き続き、我々に従って避難してもらいたい。王城まで、我々が誘導する。外に出ても、くれぐれも列から離れないで欲しい」
そんな騎士の言葉を聞いた後、俺達は闘技場から外に出た。
不安に反して、ここまでの避難は順調に進んでいた。
―
外は数時間前と大きく様変わりしていた。
あれだけの人が集まっていたというのに、闘技場の周辺はガランとしてしまっている。
代わりに、大勢の騎士の姿が見えた。
先行して、王城までの避難経路を確保してくれているらしい。
このまま、王城まで真っ直ぐ避難できれば良いのだが……。
『オオオオオォォォォッ!!』
……そうはいかなかったらしい。
上空から翼をハタメカせながら、龍種が降りてきた。
「敵襲!」
白い鱗に覆われた《暴龍》。
緑葉を思わせるような緑の鎧に覆われた《緑龍》。
それぞれが、俺達を囲むように地に降り立った。
「Aランクが、二匹も……ッ」
顔を青くし、エステラが息を飲む。
騎士達も、二匹の龍を見て表情を固くしていた。
「我々が《暴龍》を対処する……! 少しの間で良い、君達は《緑龍》を相手にして欲しい!」
そう指示を出すと、何名かの騎士が《暴龍》に向かっていった。
そして、残った騎士が避難者を避難経路の先へと誘導を始める。
「やれるか!?」
「はいっ!」
ヤシロ達の返事に頷き、《緑龍》の対処に動き始めた。
戦うのは始めてだが、《緑龍》のことは知っている。
《緑龍》は非常に生命力が強い龍種だ。
体内に膨大な魔力を蓄えており、軽い傷ならばすぐに治ってしまう。
致命傷を負わせても、殺しきれなければすぐに元通りだ。
だが反面、攻撃力はそれ程高くない。
あくまで、他の龍種と比べれば、だが。
『オォォォォ』
《緑龍》の口が大きく開いた。
ブレスだ。
「……ッ!!」
瞬間、エステラが《岩石砲》を放った。
風を纏わせ、速度と威力を強化した複合版だ。
「ナイス!」
直撃こそしなかったものの、岩は《緑龍》の下顎を吹き飛ばした。
《緑龍》は仰け反り、ブレスが中断される。
「メイ、エステラ、援護頼む!」
そして、俺とヤシロ、キョウの三人で《緑龍》に向かっていく。
役割はさっきと同じ。
メイとエステラが魔術で援護。
キョウが防御し、ヤシロが撹乱、そして俺が重い一撃を叩き込む。
だが、《緑龍》の動きは機敏だ。
即座に下顎を再生させると、巨体に見合わぬ動きを見せた。
メイ達の援護射撃を潜り抜けて攻撃してくる。
巨体による突進はさしものキョウでも受け流しきれず、回避するしかない。
ヤシロは《緑龍》よりも圧倒的に早いが、攻撃力が足りていない。
眼球や喉など、急所を抉っても《緑龍》は即座に治してしまう。
『オォオオオ』
そして《緑龍》は俺を警戒しているのか、間合いに入ろうとしない。
自身も、俺の間合いに入らないような立ち振舞いを見せている。
俺……というよりは、『鳴哭』を警戒しているのだろう。
通常の魔物と違う、知性を持った行動。
「……厄介だな」
どうするべきか。
頭の中で、戦略を組み立てている時だった。
『ヴォオオオオッ!!』
背後から、大地が震えるほどの咆哮が奔った。
「く……」
「ぐあああッ」
騎士達が吹き飛ばされていた。
《暴龍》が狂ったように、四足歩行で地面を駆けて行く。
「……!」
その先には、逃げ遅れた子供の姿があった。
不味い……!
「させるか……ッ!!」
吹き飛ばされた騎士が、苦し紛れに魔術を放つ。
魔術は命中し、鱗ごと肉を抉るも、《暴龍》は痛みを感じていないかのように突き進む。
『ォオオオオオオオ!!』
《暴龍》を止めようと、俺達が動こうとするのを《緑龍》が許さなかった。
口腔から、威力の小さなブレスを連続で放ち始めたからだ。
ブレスの対処に追われている間に、《暴龍》が子供に跳びかかった。
「クソ……ッ!」
白い爪が、少女に届く直前。
「うおおおおおおッとォ!!」
横からスライディングするかのように、一人の男が滑りこんだ。
子供を抱きかかえると、間一髪のところで《暴龍》の攻撃を回避する。
「……!」
「アルレイド先生!?」
子供助けたのは、理真流の教師、アルレイド・ディオールだった。
ボサボサの茶髪をいつも以上に乱し、荒い息を吐きながら子供を抱きかかえている。
「あ、危ねえ……!」
アルレイドがそう呟くのも束の間、
『ヴォオオオオオッッ!!』
邪魔をされ、怒り狂った《暴龍》がアルレイドへ向かっていく。
「ちょ、おまっ!?」
《暴龍》の突進を、アルレイドがギリギリのところで避ける。
だが、攻撃は終わらなかった。
何度も何度も、《暴龍》は執拗に爪を振り下ろす。
「おわあああッ! 誰か、早く助けに入れよッ!!」
アルレイドはそんな情けない悲鳴をあげながらも、《暴龍》の攻撃をすべてギリギリのところで避けている。
掠ってすらいない。
そうしている間に、体勢を立て直した騎士達が《暴龍》に向かっていった。
「くっそ、こんなおっさんを酷使するもんじゃねえよ!」
汗だくになりながら、子供を抱えてアルレイドが《暴龍》から逃げていく。
それから俺達に気付いたのか、
「お前ら! もう少しの辛抱だ! もうじき、援軍が来るから!」
「先生はどうするんですか!?」
「ばっか、避難するに決まってるだろ! 俺みたいな細いおっさんじゃ、龍の餌になるだけだ!」
そう言って、ふらふらとアルレイドは他の避難者の方へ走っていく。
な、情けねえ……。
「ぐ……ッ!」
あちらばかり気にしている余裕はない。
こうしている間にも、《緑龍》が攻撃を仕掛けてきているからだ。
《風切剣》を当てられれば、殺せる自信がある。
だが、《緑龍》がヒットアンドアウェイな戦法を取っているせいで、まともに攻撃を当てられない。
「……こうなったら」
斬撃を飛ばして、首を斬り落とすか……?
そう、考えた時だった。
「お前らぁ、どいてろッ!!」
聞き覚えのある叫びが響いた直後。
不意に赤い弾丸が、闘技場の方向から突っ込んできた。
「おっらああぁぁぁ!!」
赤い剣閃が煌めいた直後、《緑龍》の胴体が横薙ぎに切断された。
『ギャアアアアアッ!?』
悲鳴をあげる《緑龍》に、更にもう一閃。
今度は縦に、《緑龍》の体が切り分けられる。
「もう……いっちょぉ!!」
三つ目の剣閃で、再生しようとする《緑龍》の首が宙を舞った。
グラリと巨体が傾ぎ、《緑龍》が倒れ込む。
それっきり、《緑龍》は動かなくなった。
「おら、お前ら。ちんたらやってんじゃねぞ。アタシくらいのことはやってみせろ」
そう、こともなげに言って、《緑龍》を倒した女性が近付いて来る。
燃えるような赤髪に、苛烈な双眸――絶心流の教師、エレナ・ローレイライ。
「先生、まだ《暴龍》が……ッ!」
「あ? 問題ねえよ」
背後で戦っている《暴龍》の存在をキョウが伝えると、エレナは首を横に振った。
「もう終わってる」
ズドンと音がした。
振り返ると、首と胴体を切り分けられた《暴龍》が地に沈んでいた。
「……疲れた」
そう気怠げに呟いたのは、二番隊隊長ミリア・スペレッセだった。
彼女の他にも、いつの間にか闘技場から大勢の騎士や、避難者が外にやってきていた。
その中には、学園の教師の姿もある。
どうやら、教師達も騎士に協力し、避難者の救助に当っていたらしい。
中にいたすべての龍種を倒し、残っていた人達が全員見つかったため、外に出てきたようだ。
教師達はこのまま、騎士に協力して王城まで向かうらしい。
「なぁウルグ。お師匠様知らないか? 姿が見当たらなくてな」
「ジークさんですか? 見てないですけど……」
「……そうか。ま、あの人のことだ。街のどっかで暴れ回ってるだろ」
どうかしたんですか? と聞くと、エレナは耳を貸すように言ってきた。
従うと、エレナは小声で言った。
「ちょっと……いや、かなり不味い事態が起きててな。お師匠様に協力してもらわねえと、やばいかもしれない」
―
―
「――さてさて。ようやくおっ始めたようだな」
薄汚れた茶色のマントを揺らしながら、その男は掠れた声で呟いた。
目元と口元を除き、その男は顔を包帯で完全に覆い隠していた。
赤と黒。包帯の隙間から覗くその双眸は、希望と絶望をないまぜにしたかのような、歪な光を爛々と輝かせている。
「これだけの数の龍種が街を襲えば、犠牲者は一人や二人じゃ済まない。何十人、下手をすれば何百人も死ぬだろうな」
男が立っているのは、王都を囲む城壁の上だ。
魔物は愚か邪神ですら触れることの出来ない結界に守られているはずの城壁だが、今はその一部が破壊されてしまっている。
「人々は知るだろう。失うことの悲しみを。奪われることの苦しみを! 終焉を迎える前に、それを知ることの出来る、喜びをッ!!」
熱に浮かされているような、狂気じみた語り。
「さァ――施しの始まりだ」
持論を並べ立てる、その男の視線が向いているのは王都ではない。
男は王都の外を見ていた。
王都に入り込まんと、城壁に向かって無数の魔物が押し寄せている。
それを食い止めているのは、三番隊の騎士達だ。
獅子奮迅という勢いで、魔物を蹴散らしていく騎士達。
その中には、三番隊隊長、シュルト・メイヒスの姿もあった。
部下に指示を出しながらも、大槌を手にシュルトは戦場を駆け巡る。
彼が通った後は、まるで暴風が吹き抜けたかのように何もなくなっていた。
龍種を含む、大量の魔物を前にしても一歩も引かない三番隊の騎士達。
だが――、
「……おいおい」
大槌を手にしていたシュルトが、不意に動きを止める。
その視線の先には、赤い山があった。
見上げるほどの、巨大な山――否。
大量の魔物の後方に、それは唐突に現れた。
地面を踏み鳴らす、複数の足。
地面を走る魔物に気付かないかのように、押しつぶしながら進む細長い体。
その体はまるで百足――その頭に当たる部分には、並みの龍種なら丸呑み出来るのではないか、というほどの巨大な龍の顔があった。
黒い光を灯す巨大な双眸、口から伸びた二本の牙。
赤く角張ったた巨体を持つそれは、悠然と騎士達を見下ろしている。
「……またかよ」
あの山の正体を、シュルトは言っている。
いや、この世界でアレを知らない人間などいないだろう。
数百年前から存在する災厄。
冒険者ギルドによってSランク――災害個体として指定された怪物。
その名を、シュルトはいっそ苦笑を浮かべて呟いた。
「――《蟲龍》」
巨大な災厄が、王都に向かって来ていた。
嫌われ剣士の一巻、5/28に発売します!
活動報告で表紙を公開しましたので、興味のある方は是非!




