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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第七章 混色の聖剣祭(下)
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第二話 『渦巻く不安』

 

 闘技場にやってきたミリアが、部下のフリューズに連れて行かれた後のことだ。

 ミリアとの話を聞いていたらしいヤシロが、じとっとした目で見てくる。


「ウルグ様、なんか女性とばかり仲良くなってませんか?」


 どこか拗ねるような口調で、そんなことを言ってきた。


「……そうか?」


 別にそんなことはないと思うんだけどな。


「そもそも、黒髪黒目だーって言って、避けてく人の方が多いくらいだぞ?」

「むぅ……それは。でも、なんか釈然としません」


 今回の件で、学園最強だったレグルスを倒してしまった。

 レグルスは学園では非常に評判がよく、男女関わらずファンが多いと聞く。

 より一層、学園での風当たりが強くなるかもしれないな……。


 そんなことを思いながら、ヤシロと共にメイ達の元へ向かった。


 もう二時間もしない内に、《剣聖》とのエキシビションマッチが始まる。

 そろそろ待機をするように呼ばれる頃だろう。

 戦いが始まる前に、メイ達とも話をしておきたい。


 メイ達は闘技場の中にある、休憩室で休んでいた。


「あ、ウルグ殿!」


 俺に気付いたエステラが、座ったまま手を振ってきた。

 周りにはメイやキョウ、ヤシロの友人であるミーナの姿もある。

 エステラに手を振り返そうと、何気なく手を挙げた時だ。


 それは本当に、唐突だった。


 鼓膜が破れるかと思うほどの爆発音が、闘技場に響き渡った。

 キーンと耳がなり、視界が揺れる。

 いや、違う。この会場が揺れているんだ。


「――――」

 

 ヤシロは顔をしかめ、耳を抑えている。

 口を動かしているが、耳鳴りのせいで何を言っているのかは聞こえない。

 数秒後、聴覚が正常に戻った。


 その途端、耳に入ってきたのは怒声と悲鳴、そして何かの咆哮だった。

 明らかに人間のモノではない。

 何が起きたんだ……?


「お兄さん!」

「何事ですか!?」


 休憩室から、メイ達が血相を変えて出てきた。

 部屋の中にいた他の人達も、何事だと外に飛び出してきている。

 音源はそう遠くないが、俺達のいるところには音と震動しか来ていなかったようだ。


「分からない。あっちの方で、何かが起きてるみたいだ。ヤシロ、何か分からないか?」

「……たくさんの人の声と、魔物らしきモノの叫び声が聞こえます。誰かが戦っている音も」

「魔物……!?」


 ヤシロの言葉に、俺達は目を剥いた。

 王都に魔物が入ってきたなど、前代未聞の出来事だからだ。


「……王都は結界に守られてるはず。ヤシロ、ほんとに魔物?」


 ミーナの質問に、ヤシロが険しい顔で頷いた。

 かなり大型の魔物が数匹、闘技場の入り口の方で暴れているらしい。

 人間とは比べ物にならない聴力を持った、人狼種ライカンスロープのヤシロの言葉だ。

 恐らくは、本当に魔物がいるのだろう。

 

 そしてすぐに、それを裏付けるように声が響いた。


『私は二番隊隊長、ミリア・スペレッセです』


 それは、少し前に聞いたばかりの声だった。

 声はどうやら、闘技場全体に響き渡っているらしい。

 風属性の魔術を利用した、スピーカーを利用しているのだろう。


『落ち着いて聞いてください。……現在、王都は魔物によって襲撃されています』


 ミリアの言葉に、周囲にいた人々がギョッとした表情を浮かべるのが見えた。

 彼女の淡々とした口調から、それが冗談ではないと悟ったからだろう。


『この闘技場も、魔物の攻撃を受けています。この声を聞いている人は、内部にいる騎士の指示にしたがって、速やかに避難を開始してください。繰り返します――』


 ミリアによる放送が、それから二度繰り返された。

 闘技場全体に響き渡る声によって、魔物による襲撃が明らかになった。

 ざわざわと周囲から不安げな声が上がる中、ガチャガチャと金属音を鳴らしながら、騎士たちがこちらに向かってきた。

 鎧に刻まれている紋章からして、二番隊の騎士だろう。


 騎士の一人が、通路に響く声で言った。


「落ち着いて聞いてくれ。これから避難を開始するが、何があっても慌てず、我々の指示に従って欲しい。……闘技場を襲っているのは、複数体の龍種だ。万が一、我々と離れ離れになってしまった場合、命を保証することは出来ない」


 騎士の言葉に息を呑む。

 あの龍種が王都を襲ってるっていうのか?

 

「この中に、冒険者はいるか? もしいるのだったら、避難に協力して貰いたい」


 ヤシロ達と目配せする。

 頷き、俺達は手を当てた。


「……君は」


 挙手しながら前に出た俺達を見て、騎士は一瞬ギョッとした表情を浮かべた。

 だがすぐに首を振り、


「……いや。出てきてくれたこと、感謝する」

「俺達は何をすればいいですか?」

「君達には、避難する人達の護衛を頼みたい。……龍種の相手となると、キツイと思うが」

「分かりました」

「……無理はせず、キツイと思ったら逃げてくれても構わない。その時は、君達も騎士が守ろう」


 頷くと、騎士は周囲の人達にも聞こえるように避難経路についての説明を始めた。

 龍種は闘技場の出入り口方面に集中しているため、正面の出入り口を使うことは出来ない。

 そのため、入り口の真逆の方向にある関係者用の出入り口から避難するようだ。


「龍種は闘技場だけでなく、王都のあちこちで暴れている。外へ出ても、直ちに安全とは言えない」

「王都は結界に守られているんじゃなかったんですか!?」


 避難の列に加わった者の一人が、悲鳴をあげるようにして騎士に尋ねた。

 

「結界の一部が破壊され、そこから龍種が入ってきている。原因などはまだ分かっておらず、調査中となっている」

「……そんな」

「闘技場から出たら、騎士の誘導に従い、そのまま王城へ避難して欲しい。陛下のご意向で、王城を解放することになった。王城ならば、龍種の攻撃を受けてもビクともしない」


 王城、か。

 あそこには結界を始めとした、防御の魔術が何重にも張り巡らされていると聞いたことがある。

 王都の結界が破られた以上、絶対に安全とは言い切れないが、ここにいるよりはマシだろう。


「……結界の一部が破壊されたって、それも魔物の仕業でしょうか?」


 騎士の説明を聞きながら、ヤシロが小声が訪ねてきた。

 

「いや……魔物じゃどうやっても結界は壊せないはずだ」

「どうしてですか?」

「対魔結界は魔物を拒むからだ。破壊以前に、結界に触れることすら出来ないんだ」


 あの災害指定個体ですら、結界を嫌って王都には近付かないと聞いた。

 王都を襲撃しているのは龍種ということらしいが、あの《鎧兎》達を弾く結界をどうにか出来るとは思えない。

 しかし、騎士は結界が破壊されたと言った。とすると、結界の効力が切れた、という訳ではなさそうだ。


「誰かが意図的に結界を壊した……ということもありえる、というわけですか」


 顎に手を当てたエステラが、小声で可能性の一つを口にした。

 あまり考えたくはないが、とエステラの言葉に頷く。


「"破壊された"となると、魔物じゃない何――誰かの仕業ってことになる。人間か、亜人か……までは、分からないが」


 自分でそう口にしておいて、俺は一つの可能性に思い当たっていた。


「お兄さん……それって」


 それはメイ達も同じだったようで、エステラとミーナを除く三人が表情をより険しくしている。

 この聖剣祭というタイミングで、王都を襲撃するような存在に心当たりがある。


「……使徒、ですね」


 キョウの言葉に、以前図書館で調べた情報が頭に浮かぶ。

 使徒。《魔神》の使徒を自称する、謎の集団だ。

 魔神の復活を企んでいると言われているが、その実体はまるで明らかになっていない。

 メンバーも、明確な目的も、手段も、何もかもだ。


 その動向や足取りも、ほとんど不明だ。

 ヴォルフガングの仲間である『牙の一族』を滅ぼし、また以前良くしてくれた冒険者のレオルの村を殲滅したのは使徒だ、と言う話を聞いたが、その犯人も未だに捕まっていない。


 これまで、確認出来たのはほんの数名のみ。

 数代前の《剣聖》を一騎打ちで殺害出来る者がいるほど、個々が高い実力を持っている。

 使徒を殺せたのはただ一人、《簒奪剣》と呼ばれていた一人の剣士のみ。


 何故、そんな連中が襲ってきたのかと、思ったのか。

 それは、件の使徒と、俺達は一度だけ交戦したことがあるからだ。


 ――『施しの使徒』リオ・スペクルム。


 全身を包帯で覆った、オッドアイの男。

《鎧兎》討伐の直後、スペクルムはアルナード領を襲撃してきた。

 意味不明な言動で暴れ回り、《剣聖》の到着によって、なんとか撤退させることが出来た相手だ。


 結局、その目的は分からなかったが……。

 あの諦観に塗れた双眸、場違いなほどに明るい態度、そして「喪失こそ施し」という理念を他人に押し付ける身勝手さ。

 その異質さすべてが、脳裏に焼き付いている。


「……使徒」


 あいつと直接会っていないエステラとミーナは、事情をよく分かっていないようだった。

 それもそうだろう。

 直接被害にあっていない者からすれば、あいつらはたまにニュースで見る指名手配犯、程度の認識だ。


「……っ」


 しかし、実際にあの狂気を目の当たりにしている俺達は違う。

 あの使徒のことを思い出したのか、キョウが小さく息を呑んだ。


「……大丈夫だ」


 安心させるように、キョウの目を見る。

 

「使徒だろうが龍種だろうが……俺が斬る」


 その為に、最強を目指しているのだから。


「……はい」


 微笑みを浮かべ、キョウが頷いた。


「そして、ウルグ様を傷付ける相手は私達が斬ります」

「お兄さんと一緒に戦うって、前に言いましたからね。無理はしちゃ駄目ですよ?」


 ヤシロとメイの言葉に、あの時のことを思い出して口元が緩む。

 そうだ。あの時の俺とはもう違う。


「う、ウルグ殿! 私も、私も頑張ります!」


 紫色の髪を揺らし、エステラが必死にアピールしてくる。

 

「ああ。エステラも頼む」

「はい……っ!」


 それから、ミーナには俺達の後ろに隠れているように言った。

 彼女も魔術学園で魔術を習っているが、戦いは得意じゃない。

 戦わず、避難に専念させた方が懸命だろう。


「それでは避難を開始する。列を乱さぬよう、静かに進んでくれ」


 そう、話をつけたタイミングで、避難者を整列させた騎士の号令がかかった。


「君達は列の後ろにまわり、みんなを守って欲しい」

「分かりました」


 騎士の指示に従い、俺達は列の後方へと回る。

『鳴哭』を抜いて、いつでも戦えるようにしておいた。

 ヤシロ達も、各々の武器を構えている。


 それからすぐに、列は関係者用の出入り口に向かって進み始めた。

 途中で他の避難者とも合流し、列は増えていく。

 今のところは、二十人に届かないくらいだろうか。

 魔術学園の生徒や、闘技場の関係者など、列には大人と子供が入り混じっている。


「…………」


 結界がどうして壊れたのかは分からない。

 だが聖剣祭というタイミングで結界が壊れ、龍種の群れが襲撃してくるなんて、とてもじゃないが偶然とは考えられない。

 不安が渦のように胸の辺りをグルグルと回っている。


 別行動しているテレスは大丈夫だろうか。

 あいつのことだ、滅多にやられたりはしないだろうが……。

 他の奴が無事かも心配だ。


 ……何か嫌な予感がする。


 警告するように、額がズキズキと痛んだ。

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