第一話 『王都襲撃』
―前回までのあらすじ―
突如学園にやってきた、絶心流《剣匠》ジーク・フェルゼンに弟子入りしたウルグ。ジークのつける壮絶な修行を乗り越え、ついに聖剣祭学園トーナメントへと出場する。熾烈な戦いを勝ち進み、辿り着いた決勝戦で、レグルス・アークハイドを打ち破り、ついにウルグは学園最強の称号を手に入れる。
さあ次は《剣聖》に勝つ、と意気込んだのも束の間――――。
王都への、使徒の襲撃が始まった。
――昔の話だ。
遠く昔、人類は一度滅亡の危機を迎えている。
魔物を率いて、たった一人で世界を蹂躙した存在――魔神によって。
大挙する魔物、単体で軍を蹴散らす魔神。
その存在に誰もが恐怖し、世界は絶望に蝕まれていく。
世界を飲み込む黒き絶望――それからすぐに、それを覆す者達が現れた。
それが魔神を封印した英雄達、後に語られる《四英雄》である。
彼らは軍を率いて魔物を蹴散らし、魔神の元へと到達した。
超級魔術、龍をも滅ぼす剣技。
彼らは魔神と死闘を繰り広げ、そして『魂別ち』という剣で魔神の魂を切り分けた。
魂を分割され、弱った魔神に、四英雄は世界から隔離する封印を施す。
その際、封印を発動する触媒になった剣が、『聖剣』と呼ばれている。
その後、魔神が封印から出てくることはなかった。
それでもなお、魔神は世界に影響を与え続ける。
魔神を警戒した当時の王は、王都に施した対魔神の結界を残し続けることに決めた。
対魔神結界の効果は、外側くる邪な存在の遮断だ。
魔物など、魔神の因子を持った存在を弾く力をもっている。
そして、弾くと同時にその存在を知らせるという効果を持っている。
これの結界によって、王都は今日まで守護されてきた。
――そして今日、その守護が揺らぐことになる。
―
《魔術師団》という組織がある。
宮廷に認められた《宮廷魔術師》を始めとした、複数の魔術師によって構成されている。
いくつかの部署が存在し、魔術の研究や開発、魔神や魔物の研究、結界の管理、有事の際の戦闘など、その職務は多岐にわたる。
「……なんだこれは」
《魔術師団》の部署の一つ。
結界を監視していた魔術師の一人の乾いた声が、静まり返った部屋に響いた。
その場にいる他の魔術師も、結界がどうなったかは理解していた。
ほんの数分前まで王都全域を覆っていた、対魔神結界。
その結界の一部が今、何の前兆もなく消失したのだ。
「どういうことだ……」
「効力が弱まっているとはいえ、結界はまだ百年単位で持続するはずだぞ……!?」
王都の上空部分を覆っていた結界の消失。
その事実に、部屋の中がザワつく。
魔物や使徒が王都に侵入した形跡はない。
つまり、内部からの要因によって、結界の一部が消失したということになる。
しかし、内部から結界を破壊するのは至難だ。
対魔神結界にはいくつかの核があり、それぞれが厳重に管理されている。
魔術師団や騎士団によって守られている核は、そもそも関係者以外には場所すら知らされていないのだ。
その関係者でもない限り、核を破壊するのは不可能に近い。
「……そういえば、何度か微弱な反応があったよな」
魔術師の一人が、ポツリと呟く。
数年前から何度か結界に極々微弱な反応が確認されている。
当然、魔術師団はすぐにそれを調査した。
しかし王都内に魔物や使徒が侵入したという形跡はなく、今日まで原因は突き止められていない。
「と、とにかく、すぐに原因の究明を」
「――生憎、悠長にしている余裕はなさそうじゃ」
不意に後ろから聞こえてきた嗄れた声に、魔術師達が振り返る。
そこには、白髪の老人が立っていた。
宮廷の紋章が刻まれたローブに、龍の紋様が彫られた金色の杖。
老いを感じさせない、力強い眼光を持つその老人は――
「バレッジ殿……!」
バレッジ・レッジヘンズ。
《宮廷魔術師》にして、魔術師団の団長を務めている世界最高峰の魔術師だ。
バレッジの登場に、浮き足立っていた魔術師達が気を引き締める。
「バレッジ殿。悠長にしている暇がない……とは?」
「騎士団の駐屯地が、上空からの攻撃によって吹き飛ばされたわ」
「は……!?」
バレッジの言葉に、魔術師達が固まる。
「あそこにはアルデバランがいただろから、それ程心配せんでもよい。それよりも深刻なのは、三番隊からの報告で、王都に向けて大量の魔物が押し寄せてきていることが分かったことじゃ」
「まさか、結界の一部が消えたことが原因ですか……?」
「そうじゃ。彼奴ら、聖剣を破壊しにでも来たんじゃろうな」
さて、とバベッジが手を叩く。
「結界が消失したことで、すぐにも王都に被害が及ぶじゃろう。悠長なことをしている暇はないぞ」
それからすぐに、バベッジは魔術師達に指示を出し始めた。
自体の究明も大事だが、それ以上にやらなくてはならないことがある。
結界の修復、そして他の核が破壊されないように警戒しなくてはならない。
指示を受け、固まっていた魔術師達が慌てて動き始めた。
「……ついに、来たようじゃな」
慌ただしく動き出す魔術師達を見ながら、バレッジが重々しく呟いた。
「まさか」
「恐らくは、じゃがその可能性は高い」
隣に立っていたこの部署を仕切っている魔術師が表情を険しくする。
苦々しい表情で、バレッジは言った。
「――使徒共じゃ」
―
各地から人々が集まり、活気づいた王都。
聖剣に捧げる演舞が終了し、残す催しは《剣聖》とトーナメント一位の少年の戦いだ。
学園の猛者を打ち破って一位の座についたウルグという少年。
黒髪黒目という身体特徴を持った彼には、いい意味でも悪い意味でも注目が集まっている。
その鼻をへし折ってくれと《剣聖》に望む者、話題の黒髪黒目の戦いを見たい者。
色々な者が、最後のエキシビションマッチの戦いを待ちわびていた。
その為、王都の中央と近接した平民商業街には、それまでに増して人々が集まっている。
そんな中、人が密集した熱気に当てられた男性が道の端に寄り、袖で汗を拭っていた。
彼もエキシビションマッチを一目見るため、この平民商業街にやってきたのだ。
「ふぅ……」
熱気にうんざりしながら、男は小さく溜息を吐く。
それから視界に広がる人混み以外の者を見たいと、ふと空を見上げてみた。
王都の頭上には日が暮れ始め、少し赤らんだ空が広がっていた。
雲はなく、見ていて気持ちの良い快晴だ。
そんな空の中に、男は黒い点のようば異物を発見した。
その点は少しずつ数を増やし、また徐々に大きくなっているように見える。
「……なんだ?」
目を細め、男はその点を凝視する。
十数秒後、それは更に大きくなり、また鳥のように羽ばたいているのが見えてきた。
無数の点の容貌が、少しずつ明らかになってくる。
「おい、なんか飛んでないか?」
「え、なになに?」
次第に周囲の人間も、近づいてきているその点の存在に気が付いた。
見上げる者、指を向ける者などが出て来る。
そして更に十数秒後――――。
その黒い点の正体に、人々は気付いた。
「おい、あれってよ……」
王都の上空を、その両翼で悠然と舞う無数の影。
遠目からでも見える程に巨大なその存在。
実際に見た者は少ないが、それでもその存在を知らぬ者はいない。
「りゅ、龍種だ……!」
多くの種類が存在する魔物。
その中でも頂点に位置する、強大な存在。
「大丈夫だ……! 王都は結界で守られてる! 魔物は近づけないはずだ!」
空を見上げている誰かが、そんな事を叫んだ。
それは誰もが知っている事実だ。
対魔神結界に守られた王都には、龍種とはいえ簡単に侵入することは出来ない。
――はず、なのに。
上空の龍種達が、口を大きく開くのが見えた。
その口内に、禍々しい魔力が集中していく。
大丈夫だと分かっているのに、男の喉は掠れた声で叫んでいた。
「逃げろ……!!」
膨大な魔力で構成されたブレスが放たれた。
王都を守っているはずの結界は――作動しない。
直後。
まるで夜空を滑る流星のように、複数のブレスが王都へ降り注いだ。
破壊の波が王都に広がっていく。
――当然、件の黒髪黒目の少年がいる闘技場にも。
お久しぶりです。
更新が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。想像以上に忙しく、なかなか手を出すことが出来ませんでした。
短めですが、第七章『混色の聖剣祭(下)』の第一話です。
少しずつですが、更新を進めていきたいと思います。
そしてお知らせがあります。
嫌われ剣士、書籍化します。
詳しく?は活動報告を御覧ください。
今後とも、よろしくお願いします。




