閑話 『セシルの夜のお勉強会』
次話から二章に入ります。
「剣の流派も沢山あって、その中でも特に有名なのは『流心流』『絶心流』『理真流』『弾震流』の四つかしら。各流派の特徴をあげると、『流心流』は防御に特化した剣術を、『絶心流』は常に先手を取って相手を攻撃する剣術を、『理真流』は無駄を省いて少ない力で剣を振る剣術を、『弾震流』はリズムに合わせて踊る様な剣術を主に教えているわ」
セシルの言葉を聞きながら、ペンで紙に聞いた話の要点だけを纏めていく。セシルは俺が書き終わるのを待って、ゆっくりと話を進めてくれる。
「この中でウルグに合った流派は、多分『絶心流』かな。ウルグの動きを見ていると、相手の攻撃を待つというよりは自分から攻めに行ってるからね。防御やカウンターメインの『流心流』とかはあんまり合わないかもしれない。後ろの二つもウルグには合わなさそうだね」
「父の部屋に『絶心流』の剣術指南の本があったから、最初の方はそれを読みながら剣を振ってたんですよ」
「うん、それで良いと思うよ。確かにウルグの剣は『絶心流』よりだものね。でもまあ、剣って言っても流派が全てっていう訳じゃないからね。『剣の基本』を守っていれば、我流でも十分に強くなれるし、流派を習っている人に勝つことも出来るわ。ただ、使うことは出来なくても、どんな流派なのかを見て知っておいた方が、戦いの幅は広がると思うけどね」
それからセシルの知っている剣士の話を聞いて、勉強は終了となった。
「はい、ここからは私とウルグの触れ合いタイムです!」
「すでに触れ合ってますよ」
「もっとよ!」
ぎゅーと効果音つきで、セシルに抱きしめられる。
最初はドギマギしていたが、この抱擁にも慣れてきた。
恥ずかしいけど……幸せだ。
恐る恐るセシルの背中に手を伸ばし、抱きしめ返す。
「すぅ……はぁ」
俺に顔を埋めて、セシルが深呼吸してきた。
「こうして一日に何度かウルグ成分を補充しないと、私、生きていけないわ!」
恍惚といった表情と声音だ。
いくらなんでも、ブラコン過ぎるのではないだろうか。
この姉様、大丈夫かな。
「ん~」
深呼吸するのをやめると、今度は頬ずりをしてくる。
至近距離で息が掛かる感触がくすぐったい。
セシルの体からは、ふんわりと甘い匂いが漂ってくる。
香水とは違う、果実のような自然で落ち着く香りだ。
「あぁ、何でウルグってこんなに良い匂いがするんだろう」
「そうですか?」
「うん。最高よ」
「……何かの本で読んだんですが、女性は相性が良い相手の匂いを、いい匂いと感じるらしいですね」
「じゃあ私とウルグって相性最高ってことね! これはもう運命!」
鼻息を荒くし、セシルは俺を抱いたままベッドに横になった。
自分の腕を俺の頭の下に入れて腕枕の体勢にすると、もう片方の手を背中に伸ばしてくる。
完全に、抱枕にされてるな。
若干暑苦しく感じるものの、こうしてセシルとくっついていると落ち着く。
この状態のまま眠りに就くと、凄く気持ちが良い。
しばらくお互いに無言でくっつきあって、それからずっと気になっていたことを聞いてみた。
「姉様」
「んー?」
「前から思っていたんですけど、どうして姉様って呼び方が良いんですか?」
セシルは少し戸惑ったような素振りを見せ、それを隠すように「そうだねぇ」と俺の腰をくすぐってくる。
やめろ、ビクビクする。
「昔ね、知り合いに仲の良い姉妹がいたの」
「姉妹ですか?」
「うん。妹の方がね、姉のことを『姉様』って呼んでてね。それを覚えてたから……何となく、ウルグに姉様って呼んでもらいたかったのよ」
……昔、か。
そういえば、セシルは養子だったな。孤児院から引き取ってきたと、ドッセルが話しているのを聞いたことがある。
その姉妹というのは、その孤児院で出会ったのだろうか。
「……」
セシルはあまり、過去の話をしたがらない。
何か、話したくないことでもあるのかもしれない。無理に聞くのはやめておこう。
養子で血が繋がっていなくても、家族であることに変わりはないしな。
「……お姉様って呼び方、ウルグは嫌? だったら、他の呼び方でも……私は良いわよ?」
「……姉貴」
「ちょっといいかも」
「姉上」
「それはヤダ」
「姐さん」
「それ、なんか違わない?」
注文が多い。
素っ気ない呼び方は、嫌なのだろう。
「うーん……じゃあ、お姉ちゃんとかどうですか?」
「そ・れ・よ!」
ものすごい勢いで食いついてきた。
鼻息が荒い。
「もう一度言って! わんもあせっ! わんもあせっ!」
「……お姉ちゃん」
「んひゃぁ~~!」
大きく仰け反って、セシルが叫ぶ。
「素晴らしいわ! 姉様と呼ばれるのもいいけど、お姉ちゃん呼びもそそるものがあるわね!」
そそるって。どういう表現だ。
「そんなに良いですか……?」
「ええ、最高よ! 新しい世界への扉が、今開かれたわ!」
「……えぇ」
「じゃあ今度は『ねぇねぇ』って言ってみて!」
「…………ねぇねぇ」
「んひゃぁ~~~~!」
「何ですか、その声は」
息を荒くして、ベッドの中で身悶えするセシル。
何が良いのかよく分からないが、異様にテンションが高い。
体に障らないと良いのだが。これ以上騒ぐようなら、ちょっと注意するか。
「いつもと違う呼び方っ! 新鮮で良い! 凄くイイ!」
「……姉様、あんまり騒ぐと体調を崩しますよ。それにもう夜ですし、あんまり騒ぐと父達が様子を見に来るんじゃないですか」
「あんっ。いつもの呼び方もやっぱりイイ!」
「おい、セシル」
「きゃん」
「…………」
「ふふ。そうね。ちょっとクールダウンするわ。心配してくれてありがとう」
セシルは半目になった俺に微笑み、浮かせていた体をベッドに戻した。
荒かった息を落ち着かせ、小さく息を吐く。
「最後のセシル呼び、キュンと来ちゃった。ウルグは格好良いし、可愛いわね」
「……あんまりからかわないでください。鏡で自分の顔はよく見てますから」
そんなに褒めてもらえるほど、整った容姿はしていない。
特に、目が最悪だ。
「そんなことないわ。全体的にキリッとしてて凛々しい顔立ちよ。目とか特に」
「キリッというよりはギロッていう表現の方が合っていると思うんですが……」
姉フィルターでも掛かっているのだろうか。
不細工というほど顔の形が崩れているわけではないと思う。
それを台なしにするレベルで、目付きがキツい。
真顔でも不機嫌そうだし、笑っていると凶悪な感じになってしまう。
それが黒目黒髪と合わさって、この世界での俺の外見の評価は最悪だろうな。
「目は黒だし……髪も、黒ですし……。俺なんて」
たまに、不安になる。
本当は不気味がっているんじゃないだろうか。
「格好いいし、可愛いわ」
キッパリと、セシルは言った。
「あう」
指で額を突かれる。
「黒目だとか黒髪だとか、そんな些細なことを気にしたことは一度もないわ。それにウルグの体だったら、目も鼻も口も髪もぜーんぶ好きよ」
「……でも」
「きっと、私はウルグが弟じゃなかったとしても、ウルグが好きになっていたと思うわ」
「どうして、ですか」
「それは内緒」
「…………」
「私は貴方が大好きよ。自分のやりたいことを一生懸命頑張るところが好き。ちょっとぶっきらぼうに振る舞ってるけど、私のことをしっかり心配してくれる優しいところが好き。強がってるけど、本当は寂しがり屋なところが可愛くて好き」
「……姉様」
「黒目黒髪でも、そうじゃなくても、家族でも、家族じゃなくても。私はウルグがウルグである限り、絶対に貴方のことを好きになったわ。だからね、ウルグはもう少し自分に自信を持っていいのよ」
……自信、なんて。
俺には、剣しかないから。
「…………」
慈しむような表情のセシルに、頭を撫でられる。
「今は駄目でも、いつかきっと、ウルグも自分の良さが分かるわ」
「…………」
「ウルグの良さを分かってくれる人も、絶対にいる。だから、そんな顔しちゃ駄目」
「…………はい」
セシルの顔が見れなくて、俺は彼女の胸に顔をうずめた。
「ふふ。赤ちゃんみたいね。甘えん坊さん」
ギュッとセシルを抱きしめる。
前世の俺からは、考えられないほど優しくしてくれる姉。
たまに、これは全部今際の際に見ている夢なんじゃないかと不安になる。
目が覚めて、セシルがいなくなってしまうんじゃないかと。
「……姉様」
「んー?」
「前に家に来たテレスって女の子は、俺の前からいなくなってしまいました」
探しても、見つからない。村のどこにもいなかった。
「姉様は、ずっと俺と一緒にいてくれますか?」
セシルまでいなくなったら、俺は……。
「……当たり前よ」
馬鹿ね、と頬を突かれる。
「それに、きっとテレスちゃんと貴方はもう一度会えるわよ」
「……そんなの、分かんないですよ」
「ふふん。私の勘はよく当たるのよ」
優しく、セシルが言う。
「何年か経ったら、また会えるわ。だからその時に、また仲良くしてあげてね」
「…………はい」
「よろしい。でも、あんまイチャイチャしちゃ駄目です」
ウルグは私専用なんだからね! と念を押してくる。
そんなこと言われなくても、どうせ俺とイチャイチャしてくれる人なんていないよ。
セシル、だけだから。
「姉様」
「なぁに?」
「今日は一緒に寝ても良いですか?」
「……うん。一緒に寝ましょう」
灯りが消され、部屋の中が真っ暗になる。前世ではいつも、暗い部屋の中で一人で寝ていた。
だけど、今は違う。セシルが隣にいてくれる。
そのことがどうしようもなく嬉しかった。
「姉様。どこにも……いかないでくださいね」
「ええ。……おやすみ、ウルグ」
その言葉に凄く安心してた。
力が抜けて、眠りに落ちていく。
意識が落ちる寸前、セシルの言葉が聞こえた。
「……ずっと一緒に、いるからね」
――うそつき。