虚章 『■■の先へ』
本編とは特に関係なくもないですが、IFの世界です。
青白い月が空に登る頃。
街から遠く離れた森の中を、一人の女性が舞っていた。
物語に出てきてもおかしくないような、美しい女性だ。
しかし、その青い髪は乱れ、全身の至る所から出血していた。
『オォォォォ!』
その後を追うのは無数の魔物だ。
低ランクの有象無象から、Aランクの龍種まで、目を血走らせて彼女の後を追う。
逃走しながら、木々の少ない開けた場所へ到達した瞬間。
女性はクルリと反転し、後を追ってくる魔物へ向けて腕を振る。
「――――」
放たれたのは風の刃。
直後、追跡してきていた魔物達が連続して肉塊へ変わっていた。
強靭な肉体を持つ龍種ですら、首を落とされて地に沈んでいる。
追手が全て死に絶えたと、女性が手を降ろそうした瞬間だった。
木々の隙間から女性を照らしていた月光が陰った。
「――――ッ」
違うと即座に判断し、女性が横へ飛び退くと同時。
白い物体が、女性がそれまで立っていた所へ降って来た。
「また……随分な大物に目を付けられたわね」
黒みを帯びた白い表皮を持つ、龍種と肩を並べられる程の巨体。
切れ目のような真っ赤な双眸に、人の頭を丸ごと咥えられそうな妙に歯並びの良い口。
樹の枝のように長い四本の指を持ち、手の甲からは人の胴程もあるブレードが突き出している。
「《アルマトゥーラ・クニークルス》、だったかしら」
《鎧兎》とも呼ばれる、災害指定個体。
『ゲッゲッゲッゲッ』
気付けば、女性は取り囲まれていた。
嗤う兎の周囲から、追加で魔物が姿を現す。
災害指定個体に加え、その魔物の数は五十に届く。
流石に、相手しきれない。
だが、囲まれてしまってはもう手遅れだ。
《鎧兎》一匹ならばやりようはあったが、Aランクの魔物がこれだけいてはどうしようもない。
「まず……っ!」
全ての魔物が、一斉に襲い掛かってくる。
相手しようと身構えるが、避けることもままならない。
万事休す。
「……っ」
女性が目を瞑った瞬間だった。
歪な笑みを浮かべ、ブレードを振り下ろす《鎧兎》の真横から一筋に黒い閃光が走る。
「――――」
閃光の直線上にいた全ての魔物が、両断されて地面に沈む。
右腕ごとブレードを斬り落とされた《鎧兎》が苦悶の叫びを上げた。
「誰に手を出してんだ、てめぇら」
長く伸びた黒髪を靡かせ、漆黒のバスタードソードを構えた男。
斬り付けるような鋭い目付きで魔物を見据え、暴風のように突っ込んでくる。
密集していた魔物を蹂躙し、その男は一足で女性の元へと辿り着く。
「あ、その、えと」
「うるさい」
女性の言葉を切り捨て、そして男はその体を担ぎ上げる。
「ひゃ、なにを」
「逃げるぞ」
『ゲオオオオオォォ!!』
逃がすかと、《鎧兎》が吼えると同時。
鎧に覆われていない双眸に向け、的確に二本のナイフが投擲される。
反射的に《鎧兎》がそれを弾く、その一瞬。
その場から、二人の姿は消えていた。
―
「それで、言い訳は?」
「ありません……」
数刻後、森から離れた所に二人の姿はあった。
「前に言いましたよね。一人で戦わず、俺も連れて行って欲しいって」
「……うん」
「どうして黙って戦いに行ったんですか?」
「それは、その……ウルグを危険に晒したくなく、あいたっ」
女性の頭を小突き、男が不機嫌そうに言う。
「それでもし、姉様の身に危険があったらどうするつもりなんですか」
「それは、――――ぁ」
不意に女性の体が、男にに抱き締められる。
「やめてくださいよ、本当に」
「……ウルグ」
震え声の男の言葉を聞き、女性は俯く。
「分かったわ……。次からは、一人じゃ戦わない」
「はい。絶対ですよ」
女性は頷き、少年の体へ手を伸ばす。
二人は抱き合い、至近距離で見つめ合った。
やがて、二人の距離は縮まって――――
―
―
「――という、夢を見たのよ!」
と、唐突にセシルが言い出した。
「あぁ、ウルグ格好良かったわ……!」
「なに自分で美しい女性とか言っちゃってるんですか」
冷静な突っ込みは聞こえていないようで、セシルはさっきからずっと俺の体を抱きしめている。
「というか、Aランクの魔物が数十匹ってどういう状況ですか。いや、姉様ならある程度相手に出来るでしょうけど……」
「うーん、分かんない! でもウルグが格好良かったからそれでいいわ!」
駄目だこりゃ。
日に日に、セシルが馬鹿になっていく。
弟馬鹿に。
「はぁ……もう」
抱きついてくるセシルを引きずって、直食の準備に向かう。
朝っぱらから元気過ぎる。
だがもう、こんなセシルの態度は慣れたので、抱きつかれままでも準備出来るようになってしまった。
どうかと思う。
しかし、大量の魔物に追われる夢か。
前世の夢占いだと、何かに追いつめられてる時とかに見るんじゃなかったか。
そんなことを、頭の片隅で考えていた時だった。
「――■■の先へ歩む勇気を、か」
不意に後ろで、セシルが何かを言った。
くぐもっていて、よく聞き取れなかった。
「……? どうしたんですか、姉様」
「うーうん。なんでもない。ねえ、ウルグ」
「?」
「もし夢みたいなことになった時、ウルグは私を助けてくれる?」
……何を言ってるんだ、この姉は。
「当たり前でしょう? そんなことより、もうすぐご飯できるので準備してください」
「……はぁい」
やけに素直に離れたセシルにチラリと視線を向けると、ニヘラぁと笑みを浮かべてきた。
ああ、これは当分帰ってこないな、何て考えながら、食器にご飯を並べる。
でも、まあ。
こんな生活も、悪くない。
突発的に、ウルグとセシルの絡みを書きたくなって投稿。
七章は、もう少しお待ち下さい。
待っている間は、再臨勇者の復讐譚をよんで、どうぞ……!




