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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第六章 混色の聖剣祭(上)
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間章 『明鏡止水へ至らんと』

次章が戦闘多めなので、ギャグを詰め込みました。

『雨垂れのようで有れ。 

 いずれ、岩を穿つまで』


 流心流剣匠、二代目シスイ。




 俺は今、温泉にいる。


 もくもくと漂う湯けむりと、ゴツゴツとした岩が並ぶ露天風呂。

 覗き禁止の柵があるものの、雄大な自然を見ることが出来る。

 薄っすらと濁った湯には微量に魔力が流れており、病気や怪我の治りが早くなる効能があるらしい。


 浸かればホッと一息吐いて、穏やかな気持になれる。

 そんな温泉だ。


 だというのに、俺は今、死にそうになっていた(精神的に)。


「はぁぁ、気持ちいですね」

「ああ。風景を見ながら湯に浸かるというのも、乙なものだ」

「キョウちゃん、少し太った?」

「なっ!? こ、これは筋肉です……!」


 視界に広がるのは、天国のようであり、地獄のようでもある光景。

 ヤシロ達が、キャッキャと楽しそうに温泉に浸かっている。

 それを目にしながら、俺は気配を消し、息をひそめ、湯の中央にあった岩陰に隠れていた。


 やばい。

 どうして、こんなことになってしまったのか。

 のぼせかけている頭で、思い返していた。




 王都から、馬車に揺られること数時間。

 辿り着いたのは、隠れ里のような場所にある自然豊かな山だった。

 知る人ぞ知る、温泉宿、と言った所だろうか。


「――ウルグ様、温泉に行きましょう!」


 切っ掛けは、ヤシロの言葉だった。

 なんでも、アルレイドからいい温泉宿の話を聞いたらしい。

 休日に、二人で温泉宿に行こうと提案してきたのだ。


 断る理由もないし、久々に温泉旅行にでも行こうか、と俺も頷いたのだが……。



「何でも、この宿をよく代々の理真流剣匠が利用しているらしい」

「へぇえ……。今度、シスイ様も誘って、三人で来てみる? キョウちゃん」

「うぇ……気持ち悪いので馬車はもう使いたくない」

 

 馬車の中には、当たり前のようにテレス達の姿があった。

 

 温泉の話を聞きつけて、サラッと話に参加。

 気付けば、彼女達も来ることになっていた。

 貴族とのやり取りで鍛えられたのか、恐るべしテレスの話術。

 

「ウルグ様と、二人きりのはずだったのに……」


 ほっぺを膨らませ、ヤシロが拗ねている。


「ヤシロ。そう拗ねるなって」

「うぅ……」

「また今度、どこかに連れてくからさ」

「本当ですか……! 今度は、絶対、二人でですよ……!?」


 どうにかヤシロの機嫌を取って、目的地に到着した馬車から降りる。

 

 自然の中に、大きな建物があった。


「へぇ……」


 宿と聞いて和風のものを想像していたが、外装は洋風だった。

 宿というより、ホテルの方が近いかもしれない。

 自然と相まってミスマッチかと思ったが、これはこれで風情があるな。

 

 入口から出てきた女将さんに案内され、旅館の中に入る。

 女将さんが、テレスを見るなりヘコヘコとしている。

 流石アルナードだな……。


「貸し切りにしておいたから、宿も温泉も、私達だけで使えるぞ」


 テレスの言葉通り、旅館に俺たち以外の客の姿はない。


 案内された部屋は、清潔感のある広くて居心地のいい所だった。

 ここなら、風景を楽しみながら落ち着けそうだ。

 テレス・ヤシロ、メイ・キョウ、俺という部屋割りになっている。


 荷物を部屋に置いた後、一度全員で集まり、ぶらぶらと宿の中をうろついた。


 この宿は理真流の剣匠が来るというだけあって、訓練場や、理真流に関する書物などが置いてある。

 前世のようにゲーセンとか、卓球場があったりする訳でもなく、正直にいえばやれることはそこまで多くない。


 最初は皆で宿を回ったり、カードをしたりしていたが、段々と飽きてきたので、夕食の時間まで、自由行動をすることにした。


 理真流の書物を読み漁り、当時仮面を付けた使徒と戦ったという、剣匠の話なんかを調べていた。

 仮面の使徒は小柄で、魔術と剣術を組み合わせた、理真流に近い戦い方をしていたらしい。

 《剣聖》を倒したという使徒とは、やはり別人か。


「使徒……か。一体何人いるんだか。スペクルムみたいなのがゴロゴロいるとか、悪夢だな」


 悍ましい妄想に溜息を吐き、本を閉じる。

 書庫は埃っぽく、体が汚れてしまった。

 となれば、


「温泉に行くか」


 この選択が、悲劇を生んだのだ。



「ふぅ……」


 湯に浸かり、一息吐く。

 やはり、温泉は良い。

 露天風呂だから、外の自然が見れていいな。


 お湯の温度は結構高い。

 目がさめるような熱さだ。

 この世界の湯は温めが多いから、これだけ熱いのは珍しいな。

 気持ちいい。


「ん……」


 遠くで、テレス達の声が聞こえる。

 徐々にこちらに近づいて来ていた。

 あいつらも、温泉に入りに来たのだろう。


「女湯も、こっちと同じ感じかな」


 そう思い、ふと視線を入り口の方へ移した時だった。

 俺は、致命的なミスに気付いた。


 ――入り口が二つある。


 待て。

 女湯と男湯、更衣室は分かれてたはずだ。

 どうして、入り口が二つあるんだ。


「まさか」


 混浴の二文字が頭に浮かぶ。

 もしくは、時間帯で女湯と男湯が変わっているとか。


 いや、まさか。

 そんなバカな。


「貸し切りだから、温泉に誰もいないんだよね?」

「ああ、そのはずだ」

「本当は、私とウルグ様の二人で入るはずだったんですからね!」

「いっ、一緒にとか……破廉恥です。変態です」


 和気藹々とした、女性陣の声が聞こえる。

 同時に、衣擦れの音もしているな。

 あ、これは温泉に入ってきますね。


 不味い。

 これは今からでも、俺が中に入っていることを伝えなければ。


「お」

「わーい、私が一番乗り!」

「あ、姉さん!」


 声を出そうとした瞬間、ガラガラと入り口のドアが開いた。


「«身体強化アーマメント»ッッ」


 一瞬で湯に潜り、中央にあった岩の上側へと滑りこむ。

 この間、一秒未満。

 今の動きは、剣聖に届いていたに違いない。


 最初に入ってきたのは、メイ。

 そしてそれに続いて、キョウ達も中へ入ってくる。

 初動が遅れたことを、悔やんでも悔やみきれない。


 ――こうして、冒頭に戻る。



 熱い。

 徐々にのぼせてきている。

 これほど、湯が熱いことを憎らしく思った日はないだろうな……。


「テレスさんって、やっぱ普段からいい物食べてるんですか?」

「ん? どういうことだ、メイ」

「いえ、凄く発育がいいので」

「む、そうか? メイも良いほうだと思うが。それにキョウやヤシロも……」


 僅かな間があき、


「あっ」

「何を察したんですかテレスさん」


 何かを察した風なテレスの言葉に、ヤシロが食って掛かる。

 

「いや……その。ああ、不明を詫びよう。私は割りと発育がいい方のようだ」

「うがあああああ」

「うわ、こらヤシロやめろ!」


 バシャバシャと、テレスとヤシロが揉み合う音がする。

 どうやら、テレスがヤシロに押し倒されたらしい。


「おのれ人狼種、馬鹿力め」

「どうしてこんなに発育が良いのか、直に触って確かめてあげます」

「くっ……貴様などには屈しない!」


 凛々しい言葉の後、すぐにテレスが艶めかしい叫びを上げる。

 なんだろう、やっぱりあいつら仲が良いんだな。


「そんなに……発育悪いかな」


 ボソリ、とキョウが呟いている。


「おのれ……!」

「きゃっ!?」


 仕返しとばかりにテレスが反撃を始めた。

 魔力をまとったテレスがヤシロを抑えこみ、ジタバタと暴れている。

 水しぶきがやばい。


「少し、熱くないですか?」


 お湯に浸かっているキョウが、半分湯から上がりながらそう言った。

 ああ、確かに熱いな。

 茹で上がりそうだから、出来れば早めに出て行ってくれると助かる。


「姉さん、氷とか出せないんですか?」

「流石に無理だよ。騎士の中には氷魔術を使える人がいるみたいだけどね」

「ふむ……なら、私の風でかき混ぜて温度を下げるか」


 ザバザバと、テレス達が湯から上がっていく。

 これは不味い。

 というか、温泉に魔術ぶち込むのってどうなんだよ。


「«旋風»」


 グルグルと回転する風が、湯の中へ入っていく。

 あっ、これは。


「んああああ!?」


 湯が渦巻き、岩の裏側に隠れていた俺も一緒にグルグルと回る。

 気分はさながら洗濯機の中の服だ。

 

 まあ、そんなことになれば当然、テレス達に見つかるわけで。


「ウルグ様!?」

「ど、どうしてここに……」


 湯に浸かっているのも限界だったので、俺はおもむろに湯から外へ出た。


「テレス! 湯の中に魔術をぶち込んじゃ駄目だろう!」


 テレス達は固まっている。


「温泉には温泉の温度があるんだから、勝手に変えたら駄目だ。魔術をぶち込むなんて厳禁だぞ!」


 その辺の浴場じゃないんだからな。

 

「それに、俺みたいに、中に入っている人がいたら危ないだろ!

 全く、こんな風呂にいられるか! 

 俺は部屋に帰るぞ!」


 これじゃ、落ち着いて風呂にも入れない。

 反省するように言い聞かせ、更衣室の扉に手を掛けようとした所で。


「……先輩?」


 がっしりと、キョウに肩を掴まれた。

 メキメキと骨が軋んでいる。


「何か、いいたいことはありますか?」

「違うんだ、キョウ」

「何が?」


 殺気がやばい。

 これはもうどうしようもないな。

 のぼせた頭ではいい言葉が思い浮かばず、思わず俺はこういった。


「発育、そんなに悪くないから気にすんなよ」


 次の瞬間、俺は剣聖の一撃を越える拳を受けて気絶した。



 死ぬかと思った。

 事情を説明したら許してくれたから良かったものの、これが他の人だったら今頃通報されているに違いない。


 目を合わせてくれないキョウに何度も謝って、ようやく機嫌を直してくれた。

 他の三人はそんなに気にしていない風だった。

 いや、気にしろよ。


 山の幸に舌鼓を打ち、テレス達の部屋であれこれで雑談。

 夜も深くなってきた所で、それぞれの部屋へと帰った。


 しばらくベッドの上でゴロゴロし、夕方、まともに風呂に入れていなかったことを思い出す。

 景色を見るとか、それどころじゃなかったからなぁ……。


「よし」


 今度こそ、ちゃんと風呂に浸かるとしよう。

 着替えを持って、部屋の外へ出る。

 皆眠っているのか、もう音はしない。


「よし……」


 裸になる前に誰もいないことを確認しておいた。

 もし誰かが入ってくるようだったら、今度はちゃんと声を掛けよう。


 服を脱ぎ、ガラガラと戸を開く。


 と同時。


 ガラガラと、全く同時に音がした。


「――――」

「――――」


 裸のキョウと、鉢合わせた。



「…………」

「…………」


 背中合わせで、キョウと一緒に風呂に入っている。

 出ていこうと思ったが、キョウに引き止められたからだ。

 これ、やっぱり風景を見ている余裕ないな。


「全く……先輩、タイミング悪すぎです」


 しばらく沈黙が続いていたが、先に口を開いたのはキョウだった。


「いや、今のは不可抗力だろ……」

「そうですけど」


 ゆらゆらと、湯が揺れている。

 月の光が浴場を照らしており、それなりに明るい。


「まあ……ちょうど先輩に話したいことがあったから、いいです」

「話したいこと?」

「はい。将来の目標が、決まったんです」


 そういえば、キョウが将来何をしたいのかは、聞いたことがなかった。

 迷宮都市では、ただ強くなりたい、ということしか聞いていなかったからな。


「私は、最強を目指します」

「それは……キョウも剣聖を目指すってことか?」


 いいえ、と首を振る気配がした。


「私の中の最強は、シスイ様です。

 流心流の剣匠、私は、シスイ様の後を継ぎたい」


 母親の代わりとなって、自分たちを育ててくれたシスイ。

 彼女の後を継ぎたいと、キョウは言った。


「姉さんがどう思っているかは分かりませんが……姉さんを倒してでも、私は次のシスイになってみせます」

「そうか」


 後輩が成長するのを見るっていうのは、嬉しい物なんだな。

 前世では後輩にアドバイスしても、凄い嫌がられてたし、余計に。


「私が目標を持てたのは、先輩のお陰です」

「……俺?」

「はい。先へ先へと進もうとする先輩を見ると、私も頑張らなくちゃって、思うようになって。それに、私が折れずに剣を握っていられるのも、先輩のお陰ですから」

「……俺は、何もしてないよ。ここまで努力を続けて、しっかりとした目標を見つけたのは、キョウ自身の力なんだから」


 やる気がなかったら、誰が何て言ったって、結局は長続きしない。


「先輩は、優しいですね」

「普通だよ」

「変態ですけど」

「う……」


 そんな俺の反応に、くすくすとキョウが笑う。


「私が剣匠になったら……シスイ様は喜んでくれるでしょうか」

「自分が剣を教えた弟子がそれだけ強くなったら、そりゃ嬉しいと思うよ」

「ふふ、だといいです。そういえば、前に魔石のネックレスを渡した時も、大喜びしてくれました」

「ネックレス?」

「はい。持ち主のダメージを肩代わりしてくれる、かなりのレア物ですよ。滅多に市場に出ない、妖精種エルフの秘薬の元になる魔石みたいです」

「そりゃ凄いな」


 迷宮都市にも、王都にも、妖精種に関連する物は全然売ってないからな。

 秘薬も、殆ど流通していないっていうし。

 確かテレスが、お兄さんの怪我を治す為に秘薬を探してるって言ってたな。


「今度シスイ様にあったら、今の話をしてみます」

「ああ、聖剣祭でこっちに来るって言ってたな。その時は俺も挨拶しないと」

「シスイ様、先輩やヤシロさんのことも凄く気にしてましたよ」

「強くなった所を見せて、驚かせてやらないと」


 あの人には、負けっぱなしだからな。


 それからしばらくキョウと話し、温泉から上がった。

 

 やっぱり、温泉はいい。



 こうして、今回の温泉旅行は終わった。


「聖剣祭が終わったら、連休があるから、また五人で来たいですね」

「む……ウルグ様、ちゃんと二人で旅行しましょうね?」


 学生トーナメントで、俺が一位になるから、そのお祝いに来ようぜ、なんて話をして、帰りの馬車へ乗り込む。

 何だかんだあったが、楽しい旅行だった。


「シスイ様も誘って、六人で来るのはどうかな?」

「ふむ、シスイ殿か。是非一度、お話してみたいな」


 聖剣祭が終わったら、シスイも合わせて六人で旅行する。

 そんな計画を立てて、王都への帰路につく。


 

 一つ、言えるのは。

 

 それが実現することはなかった。

 



 

 


 


 


 



10/1も18時から、新作を投稿します。

嫌われ剣士共々、そちらも読んで頂ければ幸いです。

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