第二十三話 『優勝のその後』
――ズキリと痛む額の痛みで目が覚めた。
温かな毛布の感覚と気怠い体の感覚がある。
どうやら俺はベッドで寝ているようだ。
体に凝りに背中を大きく伸ばすと、ベッドがキシキシと音を立てる。
そして、重い目蓋を開く。
最初に目に入ってきたのは、ドアップで映る深紫の見慣れた少女の顔だった。
「うおお!?」
「おはようございまあっ!!」
驚いて顔をあげると、額と額がダイレクトにぶつかった。
ガチンと火花が散り、俺達は二人して頭を押さえて身悶える。
「人の寝顔に顔近付けて凝視するのやめろよ!! 寝起きドッキリじゃないんだから!!」
「す、すいませんっ」
怖いわ。
ヤシロの頭には新しい帽子が乗っている。
どうやら予備の帽子を持ってきていたらしい。
ぶつけた頭をさすりながら部屋を見回すと、ここは医務室のようだ。
壁に掛けてある時計のような魔道具で時間を確認すると、大体昼の三時頃。
決勝戦が大体十二時の少し前だったから、どうやら俺は三時間近く眠っていたらしい。
「おはようございます、ウルグさん。優勝おめでとうございます」
俺が起きたことを確認した治癒魔術師が、体の確認をしてくれる。
眠っている間に治療は済んでおり、気怠いこと以外は何も問題ない。
この気怠さもしっかり休めば取れるようだ。
「といっても、ウルグさんにはまだ、アルデバランさんとの試合が残っていますからね。あまり無理せず、試合が始まるまでの時間はしっかり休んでおいてください」
そういえばそうだ。
学生試合の優勝者には、《剣聖》と戦う権利が与えられる。
「あれ……。そういえば試合の後って表彰がなかったか?」
「はい。ですがウルグ様が気絶していたので、後回しになりました」
先に試合後の予定にあった剣舞を持ってきて、優勝者に関するあれこれは夕方の方に持っていたらしい。
今日のメインイベントは、聖剣の儀式だ。
その儀式の前に、表彰、そして《剣聖》と俺の戦いを持ってきたんだとか。
それは申し訳ないことをした。
表彰は夕方、大体六時前後に行われるようだ。
それまでまだ時間があるので、軽く食事を取りながら休憩することにした。
治癒魔術師に礼を言い、医務室から外へ出る。
「おぉ、ウルグ! 目が覚めたのか」
外へ出ると、ちょうどテレスが医務室に向かって歩いてくる所だった。
「少し時間が出来たから様子を見に来たが、元気そうだな。……いや、それよりも優勝おめでとう」
「ああ、ありがとう!」
優勝、優勝。
そうか、俺はレグルスに勝てたのか。
今頃になって、勝利の実感が湧いてくる。
ギリギリの戦いだった。
正直に言って、純粋な実力だけなら俺はレグルスに勝てなかった。
それでも勝てたのは、ヤシロやテレス達の存在があったからだ。
それを口にしようとした時だ。
「ウルグ殿っ!!」
角から、紫の髪を揺らしながらエステラが現れた。
猛烈な勢いでそのままこちらまで走ってきたかと思うと、
「ごふっ!?」
そのままタックルされた。
腹に激突され、ぶっ倒れそうになる所を鍛えた体幹で持ちこたえる。
「ウルグ殿っ、ウルグ殿っ!!」
感極まったように、俺の腹に両腕を回したまま、ウルグ殿ウルグ殿と連呼するエステラ。
テレスが呆気に取られた表情で、ヤシロが無表情でこちらを見ている。
やんわりと手を解き、エステラが落ち着くのを待った。
「落ち着いたか?」
「は、はい……すいません。感極まってしまって」
自分が抱きついていたことに気付いたのか、エステラは顔を真っ赤にして俯いている。
普段なら俺も同じ反応をするのだが、タックルが地味に効いていてちょっとその余裕がないな。
魔術師だけどいいタックル持ってるよ……。
「……見てたか?」
「はい……! この目に、しっかりと焼き付けました!」
エステラの表情は明るい。
試合前の思いつめた表情はそこにはなかった。
良かった。
今回の件でエステラが何かを得られたのなら、俺も嬉しい。
「む……。最近、ちょっと私の影が薄い気がするぞ」
「すっかり仲良しですね、おふたりとも」
二人して、小声で何か言っている。
そういえば。
「エステラは……その、ヤシロのこと」
エステラはヤシロが人狼種だということは伝えていない。
今回の大会で初めて知ったはずだ。
決勝前はそこまで頭が回っていなかったが……。
「驚きましたが、別に気にしてませんよ。それよりも、影の魔術が興味深くて、あれこれ聞いてしまいました」
「根掘り葉掘り聞かれました……」
苦笑する二人の様子からして、特に問題は起こらなかったようだ。
まぁ、黒髪の俺に話し掛けてくれるエステラだから、心配はしていなかったけどな。
それから、テレスとエステラとは別れた。
二人共、まだ用事があるらしい。
その後、俺とヤシロは二人で昼食を摂るために移動した。
歩いていると、アルレイドとエレナがご飯を持ってきてくれた。
俺の昼食がまだだろうということで、買ってきてくれたらしい。
ありがたいな。
「優勝、おめでとさん。まさかレグルスに勝っちまうとはなぁ。驚いたぜ、ウルグ」
「お師匠様に鍛えられて、アタシが鍛えたヤシロを倒したんだ。勝って当然だ。……ま、頑張ったな、ウルグ。これでも食っとけ」
二人は労いの言葉と、表彰の時間になったら待ち合い室に来るよう言い残して、二人して「まだ仕事が残ってやがる」とぼやきながら去っていった。
その様子に苦笑しながら、俺達は選手用の休憩室へ行った。
待ち合い室なんかは食事が禁止だが、休憩室は飲食OKだからな。
休憩室に入ると、何人かの生徒がいた。
何故か休憩室の中には緊迫した空気が漂っている。
その原因はすぐに分かった。
「よう、ウルグ」
あろうことか、選手用の休憩室の中央の椅子をジークが陣取っていた。
「ちょ、何やってるんですが」
「何って、てめェを待ってたんだよ。ったく、オレを待たせるったァいい度胸してやがるぜ」
「取り敢えず、外に出ましょう……!」
慌てて外に連れ出した。
そりゃ、《剣匠》が来てればあんな空気にもなるだろよ……。
「――まだまだだな」
外へ出たジークの第一声は、これだった。
「中盤からバテバテだったじゃねェか。あんな程度でへばってちゃ、話になんねェぜ。それにオレが教えてやった二刀流もまだ技が粗ェ。オレだったらあの場面で確実に勝負を決めてたぜ」
滔々と語るジークの言葉を、俺は頷きながら聞く。
その通りだからだ。
«天槌»を凌いでからの動きが悪くなったのは自覚しているし、二刀流による奇襲も一度しか使えない技なのだから、確実に決めなければならなかった。
「……まァ、それでも甘っちょろいなりにはよくやった。最後の«天閃剣»は、悪くなかったぜ。それでも七十点くれェだがな。ったく、負けてたらぶっ殺してた所だぜ」
ブツクサと文句を言いながらも、そういってジークは俺の頭をポンポンと乱暴に叩いた。
……褒められたのか。
「ま、用件はそんだけだ。ウルグ、てめェはまだ強くなる。励め」
「……はいっ!」
「アルデバランとの戦いも、持ってる全部を出してけ」
そう言って、ジークは去っていった。
隣にいたヤシロには、特に触れなかった。
ジークにも人狼種であることはバレている筈だが、気にしている素振りはない。
「……よし!」
拳を握りしめ、息を吐く。
ジークに弟子入りから、彼に褒められたことはほぼない。
ここで褒めて貰えたということは、少しは成長出来たということだろうか。
アルデバランとの戦いも、全力で行こう。
―
それから差し入れのパンを食べ、キョウ達に会いに行った。
キョウやメイは興奮した様子で労ってくれた。
ミーナ達や、後輩達も俺に声を掛けに来てくれたな。
「お兄さん、おめでとうございます!」
「お疲れ様です、先輩!」
「優勝、おめでとう。ヤシロもお疲れ」
後からやってきたベルスも「君を倒すのは私だ」とツンデレ気味なことを言いながら、何だかんだでおめでとうと言ってくれた。
「……良いなぁ」
どれだけ試合に勝っても、誰にも褒められなかった時の事を思い出す。
ただ強くなることだけを考えていた、独り善がりだった頃の俺。
これだけ沢山の人に声を掛けてもらえるなんて、少し前まで考えられなかった。
「ウルグ様が努力してきた結果ですよ」
呟いた俺に、ヤシロが優しくそう言ってくれた。
努力の結果、か。
嬉しい。
セシルやレックスにも、今の俺を見て欲しかったな。
その後も何人かに声を掛けられた。
中には嫌味を言ってくる奴や、ヤシロに対して人狼種がどうの、といってくる奴もいたが、「そういうのやめろよ」と言ってくれた生徒もいて、気にならなかった。
皆が皆受け入れてくれる訳ではないが、好意的に見てくれる人もいて、ヤシロと二人で喜んだな。
夕方まではまだ時間がある。
休憩しながらヤシロと話していると、不意にコツンと何かが頭に当たって地面に落ちた。
それは小さな紙くずだ。
ヤシロは気付いていない。
飛んできた方向を見ると、角に半身を隠したミリアが、手招きしていた。
「……」
ヤシロ達にトイレに行くと伝え、ミリアの方へ向かう。
騎士団の隊長がこんな所にいていいのか……。
向かった先には、騎士団の鎧を付けたミリアがいた。
「優勝、おめでとう」
「……ありがとうございます」
「強いんだね。びっくりした」
隊長にそう言ってもらえると、少し自信が付く。
けど、この人騎士隊長だよな……。
「こんな所にいて大丈夫なんですか……?」
「……駄目」
当然のように首を振るミリア。
駄目なのかよ。
「ちょっと抜けだして、ウルグ君に会いに来た」
「ええ……怒られませんか?」
「…………怒られる」
それでいいのか騎士隊長。
そういえば、三番隊の隊長シュルトもよく抜けだしてどこかに言ってるって話だったな。
騎士隊長っていうのは、皆こんな感じなんだろうか。
まだ見ぬ一番隊の騎士隊長に風評被害待ったなし。
「体調は、大丈夫?」
「はい。ちょっと怠いですけど、大体治りました」
「そっか。良かった」
それから、ミリアは黙って俺の顔をじっと見つめてくる。
それから何かを言いにくそうに、口をもごもごとしていた。
「……?」
他に何か用事でもあるのだろうか。
「あのね、ウルグ君」
そして迷いを振りきったのか、ミリアが口を開こうとした時。
「ミリア隊長」
後ろから、彼女に男が声を掛けた。
見れば、そこにいたのは以前、俺に斬りかかってきた騎士、フリューズだ。
「勝手に行動されては困ります。お戻りください」
「…………」
ミリアは小さく舌打ちすると、一瞬だけ逡巡した素振りを見せた後、「じゃあ、またね」といって去っていった。
「学生の試合で優勝した程度で、図に乗るなよ平民」
フリューズは吐き捨てるようにそう言うと、ミリアの後を追って走っていった。
……何だったんだ、いったい。
「まあいいや。戻るか」
戻ると、ヤシロから「誰と話していたんですか?」と聞かれたので、適当な返事をすると、「ミリアさんですね」と返された。
聞いてたのか、こいつ……。
―
―
ジーク・フェルゼンはゴキゲンだった。
気分がいい。
ウルグが勝った時の、あの貴族達の呆気に取られた顔ときたら、面白くて堪らない。
何でも知った風に、偉そうにしてる連中のああいった姿は胸がスッとする。
(まぁ、アイツが優勝したってのも、悪くねェ気分だ)
ウルグのように、ガツガツと貪るような向上心を持った奴は嫌いじゃない。
教えがいがあるってもんだ。
最近はややだらけてるが、エレナに教えてた時も中々に面白かった。
実力ではレグルスが上だった。
だが、最後の最後で根性の差が出て、ウルグが勝った。
弱ェ奴が強ェ奴を倒すなんてのは、よくあることだ。
それでも、アイツの剣を見ていると、不思議と自分も剣が振りたくなってきやがる。
「ハッ」
そんな自分を笑いながら、ジークは闘技場の外を歩いていた。
向かっているのは、騎士の駐屯地だ。
それにしても、さっきからやけに騎士が慌ただしい。
こりゃなんか合ったか? と思いながら駐屯地の中をズカズカと歩いていると、部下と何かを話しているアルデバランの姿を見つけた。
「よォ、アルデバラン」
「……ジークか」
アルデバランは部下に何か指示を出すと、ジークに顔を向ける。
自分の弟子が勝ったことについて自慢しに来たのだが、どうやらそんな様子ではないらしい。
「悪いがお前と話している暇は……いや、お前に話さないといけないことがある」
「……なんだ?」
「……実は」
アルデバランが口を開こうとした時だった。
「団長ッ! アルデバラン団長!!
結界がッ!」
血相を変えた騎士が、部屋に駆け込んできた。
その様子から相当にヤバイらしい。
これは、流石に一旦帰った方がいいか? とジークが思った瞬間。
「――――ッ!?」
――上から降り注いだ光によって、中にいた人間ごと、駐屯地が吹き飛んだ。
―
黒髪の剣士ウルグが、«剣鬼»ウルグとして知られるきっかけとなったその日。
表彰式も、«剣聖»との戦いも行われることはなかった。
次話で六章終了です。




