第二十一話 『背負っている物が違うから』
栄えある試合の決勝戦。
その試合場に立つ二人の人間。
それを見て、貴族たちは顔を顰めていた。
一人はレグルス・アークハイド。
現《剣聖》の息子だ。
彼はいい。
だがもう一人。
ウルグという少年の存在が問題だ。
黒髪黒目が聖剣に捧げる最後の試合に立つなど、前代未聞だ。
血筋を重んじる貴族達からは、そのことに対する不満が噴出していた。
「黒髪と人狼種……卒倒するかと思ったわ。人狼種は途中で落ちたからいいものの、まさか黒髪が決勝戦に出るなど……」
「嘆かわしい」
初めは国民や騎士達の中にも、ウルグを強く批判する者は多かった。
だが少しずつ、その流れが変わりつつある。
その一番の原因は、ウルグとヴォルフガングと戦いだろう。
黒髪と人狼種。
おぞましい組み合わせだ。
だがしかし、その戦いの内容は賞賛すべきモノだった。
お互いを賭してぶつかり合う、二人の少年。
騎士すら舌を巻くその技術、剣戟、そして何より燃えるような熱い戦いぶりが、観ている者の心を打ったのだ。
そんな観客達の心の動きも、貴族たちには気に入らない。
「はっはァ」
その様子を見て、ジーク・フェルゼンは愉快そうに笑っている。
うざってぇ貴族が嫌そうな顔をするのは面白え。
「…………」
タイレス・メヴィウス・アルナードは見定めるように、試合場を見つめている。
「しかし、黒髪の相手はあのレグルス殿だ」
「ええ。アルデバラン殿に迫る剣術と魔術で、勝利してくれるでしょう」
ザワザワと聞こえてくる貴族の声を耳にしながら、観客の一人。
アルデバラン・フォン・アークハイドは試合場の様子を眺めていた。
その表情からは、何を考えているかは読み取れない。
『始めッ!!』。
そして、決勝戦が始まった。
―
―
レグルス・アークハイド。
絶心流や流心流などの流派や、騎士流剣術など様々な剣術を学び、それらを複合した剣術を使う。
更には雷属性魔術の使い手でもある。
彼は学園は初めて参加した学園トーナメントで優勝して以来、一度も負けることなく、勝ち続けている。
文句なしに、学園最強の男だろう。
「――――っ」
開始と同時に交差した二つの刃。
剣を通して伝わってきた衝撃の重さは想像を越えていた。
腕に鈍い痛みが走り、僅かだが体が後退する。
「前に戦った時よりも剣が重いから、驚いているのかな? あれから成長してるのは、君だけじゃないよ。それにあの時の僕は全力じゃなかったからねっ!」
「っ!」
鍔競り合いに負け、俺は後ろへ飛び退く。
そこへレグルスの体から迸った雷が追撃してきた。
無詠唱で放たれる、上級にすら届くではないかという威力の中級魔術。
体に魔力を纏い、剣を使うこと無く雷を受け止める。
バチバチと焼けるような痛みが走るが、構っている暇はない。
「«雷の太刀»」
何故なら、雷を纏ったレグルスが、自身の魔術を突き破って音速で俺に迫ってきていたからだ。
「はああぁぁ!!」
「ふっ!」
予め予測していた攻撃を躱し、すれ違いざまにカウンターの一撃を放つ。
決まった。
そう確信した瞬間、俺の刃に雷が走る。
「ぐうッ」
雷の魔術でカウンターを逸らされたのだ。
レジストで雷を弾く頃には、レグルスは軽い身のこなしでこちらの間合いから離脱していた。
「……«雷の太刀»が来るのが、予め分かっていたみたいだね」
「レグルス先輩の戦い方は、特に念入りに予習してきましたから」
直線上に音速で突っ込んでくる«雷の太刀»。
あの雷を遮蔽物に使って、一撃で勝負を決めにくるのはすぐに予測出来た。
軌道が読めればカウンターを喰らわせるのは簡単だと思ったが……そこまで甘くはなかったようだ。
「なるほどね」
バチッ、と雷が迸る。
今度は先ほどとは違う、蛇のような形状の雷だ。
無詠唱だが、先ほど以上に魔力が込められている。
あれを喰らえば、レジストしたとしても無傷ではすまないだろう。
地を舐めるようにして迫る雷に剣を振ろうとした瞬間。
「僕も君の戦い方はある程度予習してきたつもりだ、よっ!」
「なっ!?」
レグルスが手に持っていた剣を投擲した。
ヒュンと音を立て、こちらに迫ってくる剣。
獲物を投げるなどという行為に目を見開いた直後、
「――――」
自身が投擲した筈の剣を握る、レグルスの姿が眼前にあった。
投げた剣に追い付き、更にはそれを掴むなどという離れ業に目を剥く俺へ、レグルスは掴みとった剣を上段から振り下ろす。
「ちぃッ」
雷に対する防御体勢から、即座にレグルスの剣の対処へと構えを変える。
絶心流のような上段からの威力重視の一撃に加え、刃を覆う雷の魔力。
受け止めた瞬間、全身の骨が軋んだ。
「く、そッ!」
地面を蹴りつけ、思わず後ろへ逃げる。
不完全な体勢からの防御では、あれを受け止めようとすれば筋を痛めてしまうだろう。
俺の行動を見て、レグルスが僅かに唇を緩めた。
直後、レグルスが横へ飛んだ。
そして、彼が今まで立っていた場所を貫くように走る雷。
「しまっ」
レグルスが最初に放った雷の魔術。
それが今になって、俺に迫ってきていた。
更に、それに追随するようにして、レグルスがこちらに迫ってきている。
雷を受け流すことは出来るだろう。
だが、その直後にレグルスの一撃が俺を捉える。
この体勢では、雷を躱すことは不可能だ。
あれをモロに喰らえば、少なくとも一瞬は動けなくなる。
「おおおぉぉ!!」
止むを得ず、雷を受け流した直後。
レグルスの剣が迫る。
「!」
驚いたのは、レグルスだった。
雷を受け流すと同時、俺は懐からもう一本の剣を取り出していた。
抜刀と同時、レグルスの不意を付いてカウンター気味に振る。
「っ、う」
レグルスが剣を地面に叩き付け、軌道を強制的に変えた。
俺が放ったカウンターが躱される。
だが、本命はこっちじゃない。
「らァァァ!!」
今振りぬいた刃を投げ捨て、先ほど雷を受け流した剣を両手で握る。
そして、レグルスに向け«風切剣»を放った。
「«呑み込む雷流»!!」
「遅えッ!!」
レグルスの掌から放たれる、凄まじい量の雷。
それに呑まれるよりも早く、俺の剣が振るわれた。
剣圧が雷を吹き飛ばし、そして斬撃がレグルスに迫る。
「おおおおお!!」
刃を受け止めるレグルス。
だが、勢いに押され、弾かれるように吹き飛んだ。
轟音を響かせ、結界にぶち当たる。
「ふぅ、上手くいったな」
«滑水斬»や、«影の太刀»を参考にした不意を突く二刀流。
前々から咄嗟にもう一本の剣を抜いていたが、それを使いこなせるように、大会前に技として練習してきた。
流心流、もしくは理真流の剣士が使うような技だが、稽古を付けてくれたのはジークだ。
ジークも二刀流を使うらしく、使うタイミングなどを教えてくれた。
「……使う武器は、壊れた場合を除いて最初に申請を出さなければならない。今の今まで、その二本目を隠していたんだね。やられたよ」
レグルスが立ち上がる。
«風切剣»を受けたというのに、まだ元気そうだ。
「……タフですね」
ヴォルフガングといい、こうも立ち上がられると威力が足りていないのかと不安になってくる。
「君に言われたくは、ないな」
パンパンと服を叩き、余裕のある笑みを見せるレグルス。
やせ我慢か、本当に大したダメージを受けていないのか。
動きからは読み取れない。
「前に戦った時よりも、巧くなったね。正面から敵を斬り伏せる剣だけじゃなくて、相手を欺く剣も身に付けたようだ。奪う剣じゃなくて、守る剣になった」
「…………」
「けど……それでも、僕には勝てない」
レグルスが詠唱し、彼の手から先ほどの«呑み込む雷流»が放たれた。
雷属性の上級に当たる強力な魔術だ。
雷の大洪水がこちらに迫る。
「くっ」
先ほどとは違い、溢れ出した雷は本来の威力を持っている。
あれに呑まれるのは不味い。
«雷の太刀»を警戒し、レグルスの直線上から逃れる。
凄まじい雷のお陰で、彼からもこちらは見えていないはずだ。
「ふぅぅ……」
剣を構え、魔力を流す。
魔力の通りが良い剣ではあるが、やはり『鳴哭』には及ばない。
あの剣は«魔術刻印»の«魔纏»の効果で、魔力を流せば流すだけ威力が上昇するからな。
作った人間がいいからなのか、あの«魔纏»は流せる魔力の上限が見えない。
流せば流すだけ、無限に威力が上がるのではないかというぐらいだ。
「ないものねだりしてる場合じゃ、ないか」
この剣に流せるだけの魔力を流し、雷を迎え撃つ。
正面から全力の一閃。
魔力が雷の中央を斬り裂き、俺を避けるようにして雷が横を通って行く。
魔力の残滓が漂い、視界が悪くなる。
«雷の太刀»が来るかと警戒していたが、その気配はない。
「ウルグ君も《剣聖》になりたいんだよね」
レグルスの声が聞こえる。
姿はまだ見えないが、方向は分かった。
「……ええ」
「君が《剣聖》になりたいと、努力しているのを僕は知っている。毎日毎日剣に打ち込んで、色々な教師に教えを請い、それに相応しいだけの功績も掴んできた」
レグルスが動く気配はない。
「君は強い。認めよう。けど、それでも僕は君に負けない」
「…………」
「何故かって?」
魔力の残滓が失せ、視界がクリアになる。
さっきと同じ位置に立っているレグルスの姿が映る。
「!」
上段に振りかぶった刃には、今の魔術を越えるだけの膨大な魔力が流れていた。
そしてバチィッと雷が弾け、レグルスが眼前へと迫ってくる。
「――背負ってる物が違うからだ!!」
叫びと同時、彼の刃に凝縮されていた雷が膨れ上がった。
レグルスの刃から、巨大な雷の柱が結界内に屹立した。
それはかつてレグルスが見せた«天槌»という技と同じモノだ。
だがその規模は、その数倍はあった。
「……正念場か」
直後、巨大な雷の槌が振り下ろされた。