第二十話 『見てろ』
準決勝が終わり、俺はすぐに治療を受けた。
魔力の消耗に加え、全身に魔術を喰らったことでの火傷。
今まで以上に、治療に時間が掛かってしまった。
魔術服の防御のお陰でダメージは大幅に減少していたし、炎を斬って勢いを散らしていたから、そこまで深刻なダメージという訳ではなかったが。
治療を終え、俺は魔術師に礼を言って部屋の外へ出る。
治療室は、比較的試合場の近くにある。
だから試合の音や歓声などが聞こえてくるのだが、今はもう静まっていた。
どうやら治療の間にもう一つの準決勝も勝負が付いたようだな。
「はぁ、炎は流石に焦った」
この試合に出るに当たって、俺は出場選手の情報を事前にある程度手に入れ、対策何かを練ってきている。
テレスやヤシロ、エステラを始めとして、レグルス、ウィーネ、もちろんヴォルフガングの戦闘スタイルは把握していた。
テレスのメヴィウス流剣術、ヤシロの複合剣術と影、エステラの複合魔術といった感じだな。
対戦相手の情報を入手するのは、基本中の基本だ。
剣道をやっていた時も、対戦校の試合動画なんかを見て、自分と当たる相手の戦い方を分析していた。
その上で、ヴォルフガングは切り札に«狂獣化»を使ってくると俺は踏んでいた。
あらかじめ練っていた対策が通用した時はしめたと思ったもんだが、流石に魔術を使ってくることまでは予想できなかったな。
ヘタをすれば、あの炎でまる焦げだった。
魔術服を強化しておいて、正解だったな。
テレスに感謝しなければ。
「ヴォルフガング・ロボバレット」
初めてあいつの叫びを聞いた。
一度、あいつとも色々話してみたいな。
あいつは今、隣室で治療中だ。
«狂獣化»の影響か、かなり消耗しているらしく、数時間は眠ったままになるだろうと、治療者が言っていた。
特に体に問題はないみたいだ。
「ふぅ……」
息を吐き、体の調子を確かめる。
残るは決勝戦。
«狂獣化»ほどではないが、«鬼化»も消耗する技だ。
少しの倦怠感がある。
だが、まだ戦える。
「――――」
待ち合い室へ戻ると、一人の青年が立っていた。
特に疲労の色もなく、部屋へ戻ってきた俺を静かに見据えている。
そうか。
やっぱり最後はアンタか。
レグルス・アークハイド。
決勝戦の相手は、学園最強の男だった。
―
準決勝の後、決勝戦まで三十分程の時間が空く。
出場する選手や、観客に対しての休憩時間だ。
その間に、俺はヤシロ達に会いに向かった。
「決勝進出、おめでとうございます!」
「お疲れ様。いい戦いだったぞ」
ヤシロもテレスも元気そうだった。
敗北した選手は、それまでとは違った待ち合い室に集められている。
一応、決勝が終わるまでは拘束されるようだ。
テレスなんかは、決勝が終わったらすぐに父親の元へいかないといけならいらしい。
「私に勝ったからには、このまま優勝するのだぞウルグ!」
「あぁ。ここまで来たんだから、絶対に優勝してやるさ」
「ファイトです、ウルグ様!!」
鼻息を荒くしながら、テレスとヤシロが応援してくれる。
これはますます負けられないな。
「しかし、まさか彼が魔術を使えるとはな。ウルグも驚いただろう」
「……あれはかなりやばかった。防具を強化してなかったら、耐えられたかどうか。テレスの助言で助かったよ。ありがとな」
「ウルグの役に立ったのなら何よりだ」
«鎧兎»の魔術に対する耐性の強さで助けられるとは、少し皮肉だけどな。
「ウルグ様。ヴォルフガングさんは、どうでしたか?」
「……ああ。お前の言うとおり、悪い奴じゃないみたいだ。今度、一緒に飯でも誘ってみようぜ」
「……はい!」
それにしても、飯でも誘ってみよう……か。
前世の俺では、考えられなかった台詞だな。
今でもまだ、知り合い以外とは上手くコミュニケーションが取れないが、昔と比べれば少しはコミュ力が上がっている、と思ってもいいのかな。
「……そういえば、エステラの姿がないけど、あいつはどこにいるんだ?」
部屋を見回すが、あの紫色の髪は見当たらない。
トイレにでも行っているのだろうか。
「あー……」
「?」
俺の言葉に、ヤシロは少し考えるような素振りをみせている。
何かあったのだろうか。
「……彼女は少し気分が優れないみたいでな。ウルグ、様子を見てきてくれないか? 遅らく、部屋の近くにいる筈だ」
テレスがヤシロに目配せし、口を開いた。
分からないが、何か含みがあるな……。
「分かった」
まだ時間はあるし、俺はエステラを探しに行った。
―
―
エステラはすぐに見つかった。
部屋から出て少し進んだ先の角を曲がった先の椅子に腰掛けていた。
気分が悪いのか、エステラは頷いている。
「大丈夫か?」
「ひゃっ!?」
「うぇ!?」
ウルグが声を掛けると、エステラは体をビクリと震わせ、変な声を漏らした。
つられて、仰け反るウルグ。
深呼吸して心臓の鼓動を落ち着かせたウルグは、そこでエステラの前髪で隠れていない方の目が赤くなっていることに気付く。
エステラはそんなウルグの視線に、慌てて目を擦る。
「…………」
どう声を掛けていいか分からず、ウルグはエステラの隣に腰掛けた。
しばらくの無言の後、気まずそうにエステラが口を開く。
「決勝進出、おめでとうございます。ウルグ殿は、やっぱり凄いですね」
「……どうかしたのか?」
「ウルグ殿とヴォルフガング殿の戦い……それから、決勝戦でのレグルス殿を見ていたら、何だか、その……自分の弱さが、恥ずかしくなっちゃって」
ウルグの問いに、エステラは少しだけ震える声で、ポツポツと話し始めた。
「上には上がいるってことは、理解していたつもりなんです。でも、自分との差がどれくらいあるのかを確認しちゃうと、悔しくて。年齢はそんなに離れていないのに、実力は大きく離れてて。自分なりに努力してきたのに、どうして届かないんだろう……って」
エステラの家は、武勲を立てて貴族となった家柄だ。
そのため、ステラリア家では力が重んじられる。
エステラは女の身でありながら、努力に努力を重ね、将来は宮廷魔術師にと嘱望される程の力を付けた。
どうせ強くなれない、才能がない、そんな声を跳ね除け、エステラはここまでやってきた。
だから自分の力に自信があった。
同年代の学生には負けないとう自負もあった。
けれど、いざ学園に来てみれば、自分より強い者は山程いた。
初めは、そんな彼らから技術を盗んでやろうと、エステラは思っていた。
だが、ウルグとジークの一件でエステラは自分の力不足を思い知らされた。
このままではいけないと、ウルグの激励を胸に、より一層の努力に励んだエステラ。
少しずつ強くなっている、と自信を付け、学生試合へ望んだ。
その自信はすぐに砕かれた。
レグルスとの戦いで、手も足も出なかった。
そして、ウルグ、ヤシロ、テレス。
親しくしている三人と、自分との圧倒的な差。
自分では、彼らに届かないのではないだろうか。
準決勝を見て、エステラは自信を喪失してしまったのだ。
「自分はどれだけしたら、あの人達に届くんだろう。本当に届くんだろうか。自分が追いつく頃にはもっと先に行ってしまってるんじゃないか。レグルス殿には、魔術でも勝てなくて……。私の努力に、意味はあるんだろうか――そんなことを考えてしまったら、涙がでちゃって。……ごめんなさい。ウルグ殿は決勝戦が控えているのに、こんなことを言われても、迷惑ですよね」
自嘲気味に、エステラは笑った。
私はこれから一番大事な戦いがある人に何を言っているのだろう。
そのまま席を立とうとするエステラに、ウルグ静かに言葉を掛けた。
「レグルスに負けて、悔しかったのか?」
「……はい。悔しい、です」
頷いたエステラに、ウルグは強く口調で言った。
「だったら、目をよく擦って、しっかり決勝戦を見てろ」
「え?」
不思議そうな視線を向けてくるエステラに、ウルグは立って言葉を続ける。
「俺だって、エステラと同じ事ぐらい考える。俺は本当に《剣聖》になれるのかって。最近はジークと修行してるけど、負けてばっかだよ。全然攻撃を当てられない。悔しくて、堪らない」
「――――」
「悔しくて、悔しくて、不安になる。だから考えるんだ。どうして俺は負けたのか。どうして勝てなかったのか。俺には何が足りないのか。相手の姿を穴が開くくらいに見て、考えるんだ。エステラ。悔しんだろ? だったらさ、こんな所で凹んでる暇なんて無いはずだろ」
厳しく、優しい口調で、ウルグは諭すように言葉を紡いだ。
強い意思を浮かべた瞳が、エステラを見つめている。
「さっき、言ってたよな。自分の努力に意味があるかってさ」
「はい……。私が頑張っても、結局勝てないんじゃないかって」
「あるに決まってんだろ」
そう、ウルグは言い切った。
「どんだけ努力しても、望んだ結果は出ないかもしれない。全部が全部、思い通りにはならないかもしれないけどさ」
「――努力は実るよ」
その言葉に、息が詰まった。
努力は実る。
安っぽくて、誰でも口に出来る、ありがちな言葉。
けれどエステラは、その言葉を安っぽいだなんて、思えなかった。
「私は強く、なれるでしょうか」
「――なれる。
エステラが諦めなければ、絶対」
そう言い切ってすぐ、係員がウルグを呼びにきた。
気付けば、休憩時間はもう残り十分もなくなっていた。
係員に返事をしてから、ウルグはエステラをみて言った。
「――だから、見てろ。お前が負けた相手に、俺が勝つ所を」
「――はいっ!!」
エステラの力強い返事に、満足気な笑みを浮かべ、ウルグは係員の方へと歩いて行った。
努力は実る。
その言葉を胸に刻み、エステラは拳を握りしめた。
諦めなければ、いつか届く。
届いて、みせる。
「――ああ」
扉の中へと消えていくウルグの後ろ姿を見て、エステラは気付いた。
自分の胸に燻る、この熱い感情の理由に。
「私は、ウルグ殿が――」
―
―
「……そういえば、テレスの言ってた具合が悪いって、嘘だったのか」
係員の後ろを歩きながら、ふと気付いた。
エステラが落ち込んでいたのを見て、俺をけしかけたんだろう。
「上手く、励ませてればいいんだけどな……」
思ったことをガーッと言ったせいで、上手く話せていた自信がない。
そういえば、キョウやレックスにも、似たような感じで偉そうに語ったことがある気がする。
「~~っ」
何か思い出したら猛烈に恥ずかしくなってきた。
決勝戦前だってのに、うぁああああ。
あの台詞を真似されたら、死ねる。
そんなことをしている間にも時間は過ぎていく。
休憩時間が終わり、俺は試合場の入り口へと連れて行かれる。
扉の外からは、観客達のざわめき声が聞こえている。
「あそこまでエステラに言い切ったんだ。俺も、結果をださないとな」
そして、係員が扉を開く。
俺が出るよりも先に、観客席から歓声が上がる。
『王立ウルキアス魔術学園四年――レグルス・アークハイド!!』
向かいの扉から、黄髪の青年が姿を現した。
離れても分かる程に猛烈な剣気を放っている。
『王立ウルキアス魔術学年二年――ウルグ!!』
そして、司会によって俺の名前も上がる。
試合場へ出て行くと、レグルス程ではないが、少しの歓声があがった。
「やあ、ウルグ君」
「どうも、レグルス先輩」
歩いて行き、試合場の中央でレグルスと向かい合う。
試合場が鎮まり変える。
嵐の前の静けさのように、ピリピリとした空気が試合場を包む。
「――優勝するのは僕だ」
「――勝つのは俺です」
そうお互いに宣言し合い、
『始めッ!!』
――決勝戦が始まった。
今章のヒロインは、ヴォルフガングとエステラ。
エステラは次章も活躍するよ。




