第十九話 『それでも俺は』
人狼種は魔術を使えない。
その常識を打ち破る者がいた。
灰色の髪、黄金の瞳、英雄の名を冠す少年――ヴォルフガング・ロボバレット。
渦巻く炎を中心で、ヴォルフガングは咆哮する。
「俺様は特別で、最強で、天才でッ! 武術も、魔術も使いこなせる! だからここにいる! だから生き延びたッ!! 残った俺が、皆の期待に応えねェといけないんだよォォォ!!!!」
猛々しく結界内に響くその叫びは、まるで悲鳴のようだとウルグは思った。
感情の昂ぶりと共に、ウルグへ炎が殺到する。
結界内全てを焼きつくかのような紅蓮に、逃げ場はない。
直後――ウルグは炎へと飲み込まれた。
「負けられ……ねェんだよ」
爪が掌に刺さり血が滲む程に拳を握りしめ、砕ける程に強く歯を食いしばり、ヴォルフガングは嗚咽のように言葉を漏らす。
「人狼種ってだけで差別されるこの世界は、間違ってるッ」
外へ出てきて、数年が過ぎた。
街へ行って忌避され、怯えられ、意味もなく攻撃された。
同族が人間に追いやられ、亜人山に逃げていく姿も見た。
全滅した『牙の一族』を「ざまあみろ」と嘲笑う奴もいた。
あの時――人間がもっと早く動いていたら、助かった命があったかもしれない。
あの女を――使徒を逃さずに済んだかもしれない
「俺様が、変えるんだ。もう誰にも馬鹿にさせねェ」
才能があったから、生き残った。
沢山の想いを背負って、ここまでやって来た。
だから、負けられない。
「もう繰り返させねェ。貴族だろうが、剣聖だろうが、俺様が叩き潰して、教えてやる。『牙の一族』を――俺様の名を、刻みつけてやるッ!!」
結界内を覆い尽くしていた炎が、徐々に弱まっていく。
«狂獣化»によって消耗した上に、全力で放った魔術。
ヴォルフガングの体は、既に限界を迎えていた。
それでも倒れず、消え行く炎を見据え、
「――――」
その中に立つ、剣鬼の姿を見た。
―
「人狼種ってだけで、差別される世界、か」
炎に包まれてなお、その少年は立っていた。
服から覗く素肌は焼け爛れている。
それでもヴォルフガングを見据えるのは、消えることのない闘志。
「俺も間違ってると思う」
「――――」
「お前が色々な物を抱えて戦っているのも、分かった」
それでも、とウルグは言った。
「――それでも俺は、負けられない」
お互いに背負っている物がある。
ただ、それだけの話だった。
もはや交わすべき言葉はなく、後は戦うのみ。
――二人の少年が、激突した。
―
「――――」
その時になって、見守る観客に変化が現れていた。
人狼種だと、黒髪だと、馬鹿にする者は減り、口を閉ざして戦いを見守る者が増えていた。
その視線の先にあるのは、己の戦う理由をぶつけ合う二人の姿がある。
「――ウルグ様」
その光景を、人狼種の少女は祈るように見つめていた。
―
――勝敗など決まりきっていた。
武器を失い、魔力も底を尽きかけた満身創痍の狼と、未だ剣を握る鬼。
それでも、ヴォルフガングと戦うウルグの剣は全力だった。
「がッ、あ」
蹌踉めく体に叩き込まれる、全力の剣。
血を吐き、よろめきながらも、ヴォルフガングの闘志が消えない。
「――ッァ」
ヴォルフガングの拳は、ウルグには届かない。
それでも彼は、拳を振り続ける。
折れぬ心で、戦い続ける。
「――――」
それでも。
心が折れずとも、体には限界が来る。
視界が滲み、意識が薄れ、体の感覚が無くなって。
グラリ、とヴォルフガングの体が揺れる。
「しょ――勝者」
その様子に審判が判定を下そうとして、
「――オオオオオオオオォォォォォォォォッ!!」
ヴォルフガングの咆哮が結界を揺らした。
地面を蹴り、ウルグへ迫る。
前後の感覚も掴めないままに放った一撃は、
「――――」
ウルグの腹部に当たっていた。
満身創痍で、まともに握力も残っていないその一撃に、ウルグが一歩、後ろに下がる。
それで、終わりだ。
(負けた……のか)
足がもつれ、ヴォルフガングの体が傾いた。
堪えるだけの力も残されず、地面が近づいて来る。
「――?」
それをウルグが支えていた。
「ヴォルフガング、お前凄い奴だな」
「――――」
「また、戦おうぜ」
ウルグの言葉が、思い出される。
何でヤシロと一緒にいるのかという質問に、ウルグはこう答えた。
――あいつが好きだからだよ。
何故か、それが父親の最期の言葉と重なった。
「……あァ」
――けど、お前は寂しがり屋だからなァ。
――最初は一人でもいい。
――自分を認めてくれる奴と、友達なり、何なりになっとけよ。
『無理は、すんな』
「また……なァ」
ウルグの腕の中――ヴォルフガングは意識を失った。
準決勝、終了。
あと四、五話で六章終了予定です。
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