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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第六章 混色の聖剣祭(上)
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第十九話 『それでも俺は』

 人狼種は魔術を使えない。

 その常識を打ち破る者がいた。

 灰色の髪、黄金の瞳、英雄の名を冠す少年――ヴォルフガング・ロボバレット。


 渦巻く炎を中心で、ヴォルフガングは咆哮する。


「俺様は特別で、最強で、天才でッ! 武術も、魔術も使いこなせる! だからここにいる! だから生き延びたッ!! 残った俺が、皆の期待に応えねェといけないんだよォォォ!!!!」


 猛々しく結界内に響くその叫びは、まるで悲鳴のようだとウルグは思った。

 感情の昂ぶりと共に、ウルグへ炎が殺到する。

 結界内全てを焼きつくかのような紅蓮に、逃げ場はない。

 

 直後――ウルグは炎へと飲み込まれた。


「負けられ……ねェんだよ」


 爪が掌に刺さり血が滲む程に拳を握りしめ、砕ける程に強く歯を食いしばり、ヴォルフガングは嗚咽のように言葉を漏らす。


「人狼種ってだけで差別されるこの世界は、間違ってるッ」


 外へ出てきて、数年が過ぎた。

 街へ行って忌避され、怯えられ、意味もなく攻撃された。

 同族が人間に追いやられ、亜人山に逃げていく姿も見た。

 全滅した『牙の一族』を「ざまあみろ」と嘲笑う奴もいた。


 あの時――人間がもっと早く動いていたら、助かった命があったかもしれない。

 あの女を――使徒を逃さずに済んだかもしれない


「俺様が、変えるんだ。もう誰にも馬鹿にさせねェ」


 才能があったから、生き残った。

 沢山の想いを背負って、ここまでやって来た。

 だから、負けられない。


「もう繰り返させねェ。貴族だろうが、剣聖だろうが、俺様が叩き潰して、教えてやる。『牙の一族』を――俺様の名を、刻みつけてやるッ!!」


 結界内を覆い尽くしていた炎が、徐々に弱まっていく。

 «狂獣化»によって消耗した上に、全力で放った魔術。

 ヴォルフガングの体は、既に限界を迎えていた。


 それでも倒れず、消え行く炎を見据え、


「――――」


 その中に立つ、剣鬼の姿を見た。



「人狼種ってだけで、差別される世界、か」


 炎に包まれてなお、その少年は立っていた。

 服から覗く素肌は焼け爛れている。

 それでもヴォルフガングを見据えるのは、消えることのない闘志。


「俺も間違ってると思う」

「――――」

「お前が色々な物を抱えて戦っているのも、分かった」


 それでも、とウルグは言った。


「――それでも俺は、負けられない」


 お互いに背負っている物がある。

 ただ、それだけの話だった。

 もはや交わすべき言葉はなく、後は戦うのみ。


 ――二人の少年が、激突した。



「――――」


 その時になって、見守る観客に変化が現れていた。

 人狼種だと、黒髪だと、馬鹿にする者は減り、口を閉ざして戦いを見守る者が増えていた。

 その視線の先にあるのは、己の戦う理由をぶつけ合う二人の姿がある。


「――ウルグ様」


 その光景を、人狼種の少女は祈るように見つめていた。



 ――勝敗など決まりきっていた。


 武器を失い、魔力も底を尽きかけた満身創痍の狼と、未だ剣を握る鬼。

 それでも、ヴォルフガングと戦うウルグの剣は全力だった。


「がッ、あ」


 蹌踉めく体に叩き込まれる、全力の剣。

 血を吐き、よろめきながらも、ヴォルフガングの闘志が消えない。

 

「――ッァ」


 ヴォルフガングの拳は、ウルグには届かない。

 それでも彼は、拳を振り続ける。

 折れぬ心で、戦い続ける。


「――――」


 それでも。

 心が折れずとも、体には限界が来る。

 視界が滲み、意識が薄れ、体の感覚が無くなって。

 

 グラリ、とヴォルフガングの体が揺れる。


「しょ――勝者」


 その様子に審判が判定を下そうとして、


「――オオオオオオオオォォォォォォォォッ!!」


 ヴォルフガングの咆哮が結界を揺らした。

 地面を蹴り、ウルグへ迫る。

 前後の感覚も掴めないままに放った一撃は、


「――――」


 ウルグの腹部に当たっていた。

 満身創痍で、まともに握力も残っていないその一撃に、ウルグが一歩、後ろに下がる。

 それで、終わりだ。


(負けた……のか)


 足がもつれ、ヴォルフガングの体が傾いた。

 堪えるだけの力も残されず、地面が近づいて来る。


「――?」


 それをウルグが支えていた。


「ヴォルフガング、お前凄い奴だな」

「――――」

「また、戦おうぜ」


 ウルグの言葉が、思い出される。

 何でヤシロと一緒にいるのかという質問に、ウルグはこう答えた。


 ――あいつが好きだからだよ。

 

 何故か、それが父親の最期の言葉と重なった。


「……あァ」


 

 ――けど、お前は寂しがり屋だからなァ。

 ――最初は一人でもいい。

 ――自分を認めてくれる奴と、友達なり、何なりになっとけよ。


『無理は、すんな』


「また……なァ」


 ウルグの腕の中――ヴォルフガングは意識を失った。



準決勝、終了。

あと四、五話で六章終了予定です。


次話の更新報告はツイッターで。

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