第十四話 『ウルグVSテレスティア』
こうして、学生試合は開始された。
ハイシュとウルグの戦いが終了し、その後も次々と試合が行われていく。
毎年のことだが、学園トーナメントに出場するのはめざましい成果をあげた生徒と、予選を勝ち抜いた生徒だけである。
冒険者や騎士、そのまま引き抜いても活躍できるほどの実力者が揃っている。
そんな中でも、今年は一際強い生徒が集まっていた。
「おお……! 流石テレスティア様だ!」
「あのヤシロという生徒も物凄い俊敏さだ……!」
対戦相手を物ともせず、テレスティア達は突破していく。
実戦を経験した騎士や冒険者達から見ても、彼女達の実力には舌を巻かされる。
テレスティアの父であるタイレスの元にも、貴族たちの賛辞が寄せられていた。
そんな中で、
「な……黒髪につづいて人狼種だと!?」
人狼種の少年、ヴォルフガングもその実力を振るっていた。
対戦相手が連続して放つ炎の魔術の隙間を潜り抜け、無骨な大剣を叩きつけて一撃で勝利を収めている。
人狼種が出場するという異常な状況と、その圧倒的な実力に観客たちがざわめている。
「いくら学園の方針だからと言って、人狼種を出場させるのはやりすぎではないのかッ!?」
「今すぐにでも、出場を取り消したほうが良いのでは!?」
対戦相手を一撃でのして、当然のように出てきた扉へ戻っていくヴォルフガングに対して、観客席達の貴族達が憤怒した。
人狼種が人間の街へやってくることは過去何度もあったが、聖剣に捧げる試合に出場するなど前代未聞だ。
「彼――ヴォルフガング・ロボバレットは予選で試合に出場するに相応しい実力を示しております。何の問題もないでしょう」
彼らの言葉に対し、王立ウルキアス魔術学園の校長、セブルス・セイバーは涼しい表情でそう答えた。
しかし、貴族達は収まらない。
更に文句を付けようと、口を開こうとした時だ。
「――面白えじゃねえか」
ふと、招待客の隅で沈黙していたジークの呟きに、身を凍らせた。
「別に試合に人狼種が出場しちゃいけねえ、なんて決まりはねぇんだろ? あのガキは規定に沿って、見事本戦への出場を決めたという訳だ。なら、それでいいじゃねえか。何か問題でもあるのか?」
ジークの言い分は正しい。
学園側のトーナメントの規定には種族によって出場を制限することは書かれていないし、聖剣祭側にもそのような決まりはない。
「しかし……」
「私は何の問題もないと考える」
それでも言葉を続けようとした貴族達を諌める声があった。
「タイレス殿……」
言葉を発したのはアルナード家当主、タイレス・メヴィウス・アルナードだ。
《四英雄》の系譜であるアルナード家は貴族の中でも一際強い発言権を持つ。
「この学生試合は、聖剣にいずれ開花するであろう可能性達の戦いを捧げる場。人狼種であろうと、彼もその可能性だ。我々がその若い芽を摘むことは、あってはならないと私は考える」
タイレスの言葉に、文句を言っていた貴族達はこぞって沈黙した。
《剣匠》、それに公爵家に反発してまで、意見を通すのは不味いと考えたからだろう。
それから間もない内に次の試合が始まり、人狼種に関しての話題は一時打ち切りとなった。
(テレスティア……)
学生が戦うさまを見ながら、タイレスは娘のことを思う。
テレスティアは、数年前から変わった。
ほんの数年前まで、彼女は剣を振るうことを嫌っていた。
それでもアルナード家の人間として教えねばならぬと、タイレスは厳しく接してきた。
アルナード家には歴史がある。
タイレスは当主として、家を守る義務があるからだ。
剣を嫌々ながらに振るテレスティアに怒りを覚えなかったといえば嘘になる。
だが、例え娘に嫌われたとしても、タイレスは当主として、厳しく接しなければならなかった。
そんなテレスティアが、ある日を境に熱心に剣を振るようになった。
その原因を、タイレスは今まで分かっていなかった。
(ウルグ……と言ったか。あの黒髪の少年が理由なのだろう)
アルナード領が災害指定個体の襲撃にあった時、テレスティアの命を救い、また領地をも危険から救った黒い少年。
彼と接しているテレスティアの姿を見れば分かる。
(学園でテレスティアが黒髪の平民と仲良くしていると聞いた時は何をしているのだと憤ったものだが……)
領地を救い、娘の命をも救った少年に対して、今は憤りはない。
妻の仇を討ってくれた、という思いもある。
テレスティアの命も救ってくれた。
(しかし……)
ただの平民と、娘を結ばせる訳にはいかない。
仮に娘の言うように、あの少年が『フォン』の称号を手にし、国の英雄になれば、話は変わるだろうが……。
そう心の中で言葉を続けようとしたタイレスだが、歓声があがったことで我に帰った。
一回戦目、全ての試合が終了したのだ。
そこで思考を打ち切り、タイレスは試合に意識を集中することにした。
―
―
第一回戦は驚くほど、あっさりと終了した。
対戦相手だったハイシュとかいう奴は、気絶して医務室に運ばれている。
あれこれ言ってたけど、まさか一撃で倒せるなんてな……。
観客とか、ポカンとしてたぞ。
待ち合い室には、外の様子が魔道具によって映し出されている。
他の生徒達も俺の戦いを見ていたようで、中に入ると凄い視線を送られたな。
ヤシロやエステラは「流石です」なんて褒めてくれたが。
その後、他の戦いも終了し、二回戦に進出する生徒が決まった。
テレスティア、ヤシロ、ヴォルフガング、エステラ、ウィーネ。
取り敢えず、俺の知っている奴は全員勝ち残っていた。
前年優勝者のレグルスはシード権を使い、二回戦から出場するようだ。
「次はウルグ様とテレスさんの試合ですね! ウルグ様、頑張ってください。ボコボコにやっつけちゃってください」
グッと拳を握るヤシロに苦笑を浮かべながら、ストレッチして体を温める。
一回戦じゃ殆ど体を動かせられなかったからな。
「でも……テレスと戦うのも、結構久しぶりになるのか」
アルナード領の一件以来、テレスとは殆ど刃を交えていないからな。
どれくらい強くなっているのかは未知数だ。
新技を編み出した……とか言っていたしな。
「ああ。ウルグと本気でぶつかり合えたのは、傭兵団と戦った少し後以来だ。今日は結界が張ってあるし……本気で戦えるな」
不敵な笑みを浮かべるテレス。
俺とあいつが戦うと、魔力の余波で凄いことになるからなぁ……。
単純な剣技で戦うヤシロとかだと、そこまで周囲に被害は出ないのだが。
「ウルグさん、テレスティアさん、準備してください」
そうしている内に、係員が呼びに来た。
お互いに笑いあい、外への扉へ向かった。
扉からテレスが出ると、観客達が歓声をあげた。
学園の中に、ファンクラブ的なのがあるという話を聞いたことがあるし、人気なんだろうなぁ。
それに比べて、俺が外にでると目に見えて皆のテンションが下がる。
何か悪いことをしている気分になるな。
「本気でこい、ウルグ。私がどれくらい強くなったのか、見せてやる」
そう言って、テレスは剣を構えた。
「――行くぞ、ウルグ」
「――ああ。来い、テレス」
―
そして、テレスとの戦いが始まった。
«鬼化»を発動させるのと同時に、テレスも全身に風を纏った。
魔力と風が吹き荒れ、結界が軋む。
「――――」
「――――」
そして、ぶつかり合った。
互いの間合いを一瞬で詰め、剣をぶつけあう。
風で加速しているテレスは、«鬼化»状態の俺の速度にあっさりとついてきた。
だが、かつてテレスと戦った時は彼女の速度について行くことが出来なかった。
今は対等な速度で渡り合えている。
成長を感じ、俺は内心でガッツポーズを取った。
「!」
斬り結ぶ間に、テレスが魔術を使用する。
彼女の周囲に複数の旋風が展開される。
それが様々な角度から、俺の行動を狭めるように飛来する。
「っ」
テレスは狭まった行動から、俺がどのような選択を取るかを予測している。
その上で、それを超える攻撃を仕掛けてきた。
風を振り払い、テレスの斬撃を防御する。
それを読んでいたかのように、テレスの剣が空中で軌道を変えた。
『黒鬼傭兵団』との戦いでも使っていた、メヴィウスの剣術。
「来ると思ってたぜ」
「!?」
――それを俺は躱した。
テレスが俺の行動を読むなら、それを踏まえて動けばいいだけだ。
ジークとの模擬戦のお陰で、それを出来るようになっていた。
「く……!」
不意を突かれた息を漏らすテレスに、魔力を込めた一撃を叩き込んだ。
剣で受けるテレスだが、弾かれて体勢を崩す。
「――――」
だが、俺は追撃しなかった。
「追ってこないか」
崩れていたテレスの体勢が、ふわりと風で整えられる。
下手に追撃していれば、俺がカウンターを喰らっていた。
「ふふ」
不意に、テレスが笑みをこぼした。
「どうした?」
「いや……嬉しくてな。お前がこれほどに強いことが。――それに、ついていける自分が」
「逆だろ。俺がついていけてるって感じだ」
「ふふ」
小さく笑うと、テレスは腕を前にかざした。
「――«流風»」
詠唱破棄して魔術を唱える。
テレスティアの手から風が放たれ、結界内を吹き荒れた。
「……なんだ?」
風は結界内を流れるだけで、俺に危害を加えてくる様子はない。
ただ漂っているだけだ。
動きを阻害するわけでもない。
「見てくれ、ウルグ。私の新技を」
そう言ってテレスは剣をしまった。
「――謳う」
次の瞬間、結界内の空気が変わった。
テレスの周囲に、凄まじい魔力が吹き荒れる。
テレスの詠唱――並みの魔術なら無詠唱か詠唱破棄で使用できる彼女が詠唱をしている。
これを使わせてはならないと、すぐに理解した。
「右手に地を吹き荒れる狂風を」
右手に魔力が宿る。
「左手に星天そよぐ疾風を」
左手に魔力が宿る。
「させるかッ!」
地を蹴り、テレスに向かって走る。
だが、彼女の詠唱はそれよりも早かった。
「二刀を以って、運命の輪を断ち切らん」
そして、見た。
テレスティアの両の手に、二本の刃が握られるのを。
「――無手・双刃」
《喰蛇》に使用した、メヴィウス流の奥義。
凄まじい量の魔力を凝縮させた、目に見えない剣。
あの時よりもサイズの小さい透明の短剣が二本、彼女の手に握られていた。
「行くぞ、ウルグ!」
直後、テレスの姿が掻き消えた。
いや、違う。
風に乗って、移動したのだ。
「っ、そこか!」
テレスは上へ跳んでいた。
攻撃しようと足に力を入れた所で、俺は気付く。
テレスの手、左手から«無手»が消えていることに。
「っ」
凄まじい魔力が爆ぜた。
結界内に吹き荒れる風の中から、こちらめがけて風の斬撃が向かっていることに気付く。
周囲に舞う«流風»のせいで、反応が一瞬遅れた。
「そうか……この風はッ」
周囲に風と魔力をめぐらせ、«無手»への反応を遅らせるための目隠し。
悟った時には既に、«無手»は目の前に迫っていた。
全力の魔力を込めた一撃を放って迎え撃つ。
そして斬撃を受け、気付いた。
これは無理だ、と。
「ぐ――」
そして俺は吹き飛ばされ、結界に激突した。
―
―
「――――」
結界にぶつかり、ウルグはズルズルと地面に倒れ込んだ。
テレスティアの攻撃に、歓声が上がる。
「あれが英雄メヴィウスの技!」
「流石テレスティア様だ!」
テレスティアの勝ちを確信しているらしい。
既に勝負がついたかのような騒ぎだ。
だが、テレスティアは右手に握った«無手»を離さない。
「……まだだ」
勝負はまだ、ついていない。
ウルグを見据えたまま、テレスティアは動かない。
「……いてて」
そして、ウルグは当然のように立ち上がった。
観客達から、驚きの声が上がる。
だがテレスティアにとっては、驚くに値しない。
「追撃はしてこなかったか」
先ほどのテレスティアのように、不敵な笑みを浮かべる。
ウルグは斬撃を防ぎきれないと知って、わざと後ろへ跳んだのだ。
攻撃から防御へ«魔力武装»を切り替え、耐え切ってみせた。
それにテレスティアは知っている。
ウルグの着ている服は《鎧兎》の力が組み込まれている。縮小して威力を落とした«無手・双刃»では、ウルグを仕留め切れないだろう。
追撃していれば、斬撃を躱していた筈だ。
「やはり、仕留め切れなかったか」
「いや、危なかったよ。テレスが防具を変えてみるってアドバイスをくれなかったら、気絶してたかもしれない」
そう言って、ウルグは剣を構え直す。
あれ程の攻撃を喰らっておきながら、当然のように戦闘を続行しようとするウルグに、テレスティアは自然と笑みを零していた。
――ああ、やっぱりウルグは凄い奴だ。
剣嫌いだった自分が剣を振るようになったのは、ウルグがいたからだ。
ウルグと一緒に戦いたいと、そう思ったからだ。
そのために、彼に会えない間も、いつか会えると信じて努力し続けることが出来た。
彼がしてくれたことは、生涯忘れることはないだろう。
ウルグはテレスティアの、心の支えだ。
だから、自分もウルグを支えたい。
ヤシロのように、ウルグと共に戦いたい。
そのために、強くならなければならない。
置いて行かれないように。
「次は喰らわないぜ」
戦いが再開する。
«無手»を使わせまいと、弾丸のように突っ込んでくるウルグ。
«旋風»を展開し、その動きを阻害する。
関係ないと突っ込んでくるウルグの攻撃を、風の流れでひらりと躱した。
単純な剣技では、ウルグはテレスティアよりも強い。
だが、テレスティアは剣士ではなく、魔術剣士だ。
剣技と魔術を組み合わせれば、どちらかで劣ろうとも越えられる。
「――――!!」
上級風魔術を使用し、ウルグの足を止める。
その間に中級魔術«風刃»を複数生み出した。
あらゆる方向から、ウルグへ風の刃が突っ込んでいく。
「おおおおォォ!」
こんな物でウルグの動きを止められるのは一瞬だ。
あっさりと魔術を消し飛ばし、テレスティアに向かってこようとする。
だが、その一瞬を稼げればいい。
「――――」
一瞬の間に、テレスティアはもう片方の«無手»を放っていた。
凄まじい勢いで、ウルグへと突っ込んでいく。
だが、本命は«無手»ではない。
テレスティアは剣を抜き、«無手»の後ろを走る。
この斬撃を囮に、ウルグへ止めを差すのだ。
「悪いな、テレス」
「――――」
そして、テレスティアは目を見開いた。
不意をついた筈の«無手»の方向へ、ウルグが体を向けていたからだ。
「あの人との戦いで、感覚がだいぶ鋭くなってるんだ。
二度は、喰らわない」
上段から振り下ろす、ウルグの一撃。
それが正面から、«無手»を迎え撃った。
「っ!?」
二つがぶつかり合い、魔力が爆発した。
その衝撃を喰らい、テレスティアの動きが一瞬止まる。
その一瞬、テレスティアはウルグの剣が砕けるのが見えた。
そして――。
「――――」
テレスティアの首元に、折れた剣が突き付けられていた。
「私の、負けだ」
そうして、勝敗が決した。
―
時折、テレスティアは不安になる。
自分はウルグを支えられる力があるのか――と。
レックスが死んでから、ウルグは自暴自棄になっていた。
テレスティアには、ウルグを立ち直らせることは出来なかった。
それどころか、助けられもした。
ヤシロが出来たことを、自分は出来なかったのだ。
ウルグはそれでも、テレスティアを見捨てたりはしないだろう。
それどころか、何があっても助けてくれるだろう。
でも、それだけでは嫌なのだ。
――私もウルグを支えてあげたい。
戦いが終わり、ウルグは「武器変えないとな」と言いながら、折れた剣を鞘にしまった。
そして、テレスティアに話し掛けてくる。
「無手・双刃だったっけ。あれはかなりヤバかった」
「……ウルグには通じなかったけどな」
「いや、一発目はモロに喰らったよ。前に使っている所を見てなかったら、あれでやられていたと思う」
テレスティアの頭に、ぽんとウルグの手が乗せられた。
「テレス。やっぱりお前は強いなぁ」
そう言って、ウルグは心底嬉しそうに笑った。
「――――」
わしゃわしゃと、乱れた金髪が撫でられる。
「うわ」
ウルグの勝利に、そして頭を撫でていることに、観客席から不満気な声が上った。
恐らく、ヤシロ達もこの光景を見て膨れているのではないだろうか。
それを見て、ウルグは困ったように苦笑する。
「相変わらず、嫌われてるみたいだ」
だが、ウルグはテレスティアの頭を撫でるのはやめない。
「……気にしてないんだろう?」
「ああ。昔、お前が『気にするな』って、言ってくれたからな」
「――ぁ」
かつて、あの村でテレスティアがウルグに言った言葉。
もう何年も前の話だ。
「だいぶ前の事なのに、覚えていたのか」
「忘れるわけないだろ? あの村でお前が言ってくれたことは全部覚えてるよ。
お前の言葉のお陰で、ここまでやってこれたんだからさ」
そう言って、ウルグは笑った。
「――あぁ」
テレスティアの不安は、霧散していた。
「私もだ」




