第十二話 『聖剣祭』
聖剣祭。
それは世界を救った英雄の剣を祭る大きなイベントだ。
『聖剣』。
《四英雄》の一人、カイゼル・コンファットが生み出し、魔神を封じ込めるのに使ったと言われる剣の一本だ。
普段は厳重に保管されている『聖剣』を、年に一度だけ外へ出し、衆目に晒す。
そして、この聖剣に魔力を通す儀式を行うと言われている。
それが聖剣祭だ。
聖剣に捧げる演舞が行われたり、たくさんの屋台が出たりする。
メインイベントは聖剣に魔力を通す儀式で、それを見るために色々な都市から人が見に来たりするようだ。
《四英雄》の末裔であるテレスの家は、この儀式に色々と関わっており、忙しいらしい。
当然ながら、この聖剣には多大な価値がある。
表に出るこの機会を狙って、聖剣を盗もうとする者もいるという。
そういった連中から聖剣、そして民を守るため、この日は大勢の騎士団が王都中を警備している。
それに加え、腕の立つ剣士も複数人、護衛という形で招待されていた。
今年は絶心流と流心流から、二名の《剣匠》が呼ばれている。
こうして厳重な警備があるため、聖剣を盗もうと考える者がいても、実際に成功したことは一度もない。
今年はいつも以上に厳重に警備され、付け入る隙はどこにもない。
例年通りに祭りが行われ、例年通りに祭りが終わる。
その筈だった。
――――例年通りなら。
―
聖剣祭の日がやってきた。
今日は一切の修行をせずにゆったりと起床し、いつもより時間を掛けて身だしなみを整える。
祭りがあるからか、寮の雰囲気もどこか浮き足立っているように感じる。
「おはようございます、ウルグ先輩」
「おう。おはよう」
直食を食べ終えて部屋に戻る途中、エステラ経由で知り合った後輩と挨拶を交わす。
相変わらず、同級生や先輩からは避けられてはいるものの、ジークとの戦い以降、こうして挨拶をしあうくらいの後輩が出来た。
部屋に戻り、新しく作った魔術服や籠手などを装備する。
祭りに出るだけで大仰だ、と思われるかもしれないが、万が一のためだ。
騎士たちが警戒しているように、俺も祭りで何か起きないか警戒しておこう。
「……む」
割りとゆったりめに準備したつもりだったが、空き時間が出来てしまった。
ヤシロ達との待ち合わせ時間まで、まだ時間がある。
身なりを整えたから汗をかくわけにもいかないし、図書館にでも行って本でも読もうかな。
最近は疲れのあまり、本を読む余裕も無かったし。
寮から出て、図書館へ向けて歩き出す。
結構早い時間だが、いつもと違って大勢の生徒が活動していた。
「…………」
そして、普段よりもカップル率が多い。
お洒落した女子生徒と、格好つけた男子生徒が腕を組み、キャッキャウフフな桃色空間を形成している。
祭りが始まるのをおしゃべりしながら待っているのだろう。
まったく、羨ましいです。
「……これだからリア充は」
「傍から見たら、てめェも一緒だからな」
後ろからの声に振り返ると、不機嫌そうな表情のヴォルフガングが立っていた。
カップルを見て、フンと鼻を鳴らす。
「一緒とは聞き捨てならないな」
「むしろ、余計にタチ悪ィまであるぜ? 四人も女侍らせて、いい身分じゃねえかよォォ」
「…………」
マジかよ。
俺達って傍からみたらそんな風に思われてんのか?
ヴォルフガングの言葉に、動揺を隠せない。
「……気付いてなかったのかァ? あッきれた野郎だ。女たらしの腑抜けがァ」
リア充に対する僻みなのか、ヴォルフガングはどうにも気が立っているな。
「顔がいいからか知らねェが、あの影の女に帽子までかぶせて侍らせてよォォ」
「別に俺はあいつの顔が良いから一緒にいるわけじゃないぞ」
「じゃァァ、なんで帽子なんかで耳を隠させてんだァ? 人狼種と一緒にいるのが恥ずかしいとでも思ってんのかァァ?」
どうにも喧嘩腰だ。
普段から乱暴な感じの奴だが、今日はそれに拍車が懸かっているように思える。
レグルスの時の一件を気にしているのだろうか。
「……まァいい。俺には関係のねェことだ」
鼻を鳴らし、ヴォルフガングは俺に背を向けた。
「……お前は祭り行くのか?」
「行かねェよ。祭りなんぞに興味はねェ。そんな暇あったら、俺様は一秒でも長く体動かしてッからなァ」
そういってヴォルフガングはこちらに振り返ることなく、歩いて行ってしまった。
「俺様には、やらなきゃらなねェことがある」
去り際、自分に言い聞かせるかのような、そんな声が聞こえた。
あいつにも色々あるんだろう。
それから、俺は図書館へ向かった。
―
図書館には普段より多くの人がいた。
ここにいる人はカップルというよりは、真面目な感じの人が多い。
いつもより少し浮ついてはいるが、外よりは静かだ。
俺はヴォルフガングの影響、という訳ではないが、人狼種の本を開いた。
人狼種。
耳と尻尾、圧倒的な膂力、嗅覚を持つ、狼の亜人。
人とはなるべく関わらず、亜人山で生活をしている。
ヤシロが属していた『影』や、ヴォルフガングの『牙』など、色々の部族が存在している。
ヴォルフガングの種族の方は、もう存在していないらしいが……。
魔神戦争において、魔神に操られた多くの人狼種が人間を襲った。
人狼種の虐殺に踏み込もうとした人間を留めたのは、魔神の支配から逃れた牙の一族だ。
ヴォルフガングという族長が人間を説得し、人間と協力して同胞の凶行を止めたお陰で、人狼種は虐殺を免れている。
それでも、多くの犠牲者を出した人狼種は未だ根強い差別を向けられているが。
人族が使う、属性魔術は使用できない。
その代わり、人間離れした獣の力や、亜人魔術と呼ばれる特別な力を部族ごとに使えるらしい。
牙の一族の族長、ヴォルフガングだけは、どういう訳か炎の魔術を使うことが出来たようだが。
あいつの名前はこの人狼種の英雄から来ているのだろうな。
そういえば、俺の使う«鬼化»に似ている魔術に«狂獣化»というものがある。
筋肉のリミッターを外し、普段の数倍の力を発揮する亜人魔術だ。
この魔術、主に牙の一族が使っていたようだ。
«狂獣化»を発動した牙の一族がかなり魔神戦争で活躍したらしいな。
「ふう」
本を読み終え、俺は一息つく。
新しく得た知識はないが、少し曖昧になっていた部分の再確認が出来た。
――じゃァァ、なんで帽子なんかで耳を隠させてんだァ?
ヴォルフガングの言葉が、頭をよぎる。
帽子に関しては、何回かヤシロと話し合った結果だ。
「……はぁ」
人狼種に対する差別も、どうにかして無くしたいものだ。
黒髪差別をどうにもできていない俺じゃ、色々キツイけどな。
本を片付け、図書館の外に出た時だった。
「……やあ、ウルグ君」
入り口で、レグルスに会った。
「……どうも」
あんなことがあった後だ。
こちらの挨拶がぎこちなくなるのもしかたがないだろう。
そもそも、この人とまともに話したのは『未来予知』でテレスが死ぬのを見てしまった日が最後だからな。
それ以降は挨拶程度の付き合いしかなかった。
「ウルグ君は祭りに行くのかい?」
「……はい。図書館には時間を潰しに来てたんです。レグルス先輩はどうしてここに?」
「ああ、僕は勉強をしにここにね」
見れば、脇に勉強道具を抱えている。
「レグルス先輩は祭りにはいかないんですか?」
「うーん、もしかしたら、夕食に屋台を利用するかもしれない。けど、取り敢えず今日は勉強と、明日に備えての調整かな」
ヴォルフガングも、レグルスも祭りには行かないのか。
「明日の学生試合、お互いに頑張ろうね」
そう語るレグルスの瞳には、自分が負けるなどということは全く想定していない、自信が見て取れた。
自分が最強であるという、自信が。
――今の君じゃ、僕には勝てないよ。
「そういえば、レグルス先輩。今の俺なら、先輩に勝てますか?」
「――――」
「ここ一年で、俺は強くなった。平和に浸って日和ったり、友人を失って自棄になったり――そういった出来事を乗り越えて、俺はここにいます。剣を握る理由も、見つけた。……前に戦った時、先輩は今の俺じゃ勝てないと言いました」
技術とかそういうものじゃなく、仲間を信じきれなかった俺の心が弱かった。
今はその弱さは、ない。
「なら――今の俺なら、先輩に勝てますか?」
正面から、レグルスを見据えた俺の言葉。
彼の表情から、笑みが剥がれていくのが見えた。
「――勝てないよ」
ハッキリと、そう言い切った。
「君も、誰も、僕には勝てない。僕は《剣聖》になる男だ。こんな所で、躓いてはいられないからね」
感情を感じさせない、無機質な言葉。
彼のその言葉に、俺はふと聞いてみたくなった。
「レグルス先輩はどうして、剣を握るんですか?」
「《剣聖》になるため――ただ、それだけだよ」
―
それから、レグルスとは図書館の前で別れた。
その頃にはちょうどいい時間になっており、そのまま待ち合わせ場所へ向かった。
「遅いですよ、先輩!」
待ち合わせ場所には、既に三人共揃っていた。
ヤシロ、メイ、キョウ。
三人共魔術服ではなく、可愛らしい洋服を身に着けている。
まだ待ち合わせ時間の少し前なのだが、余程祭りが楽しみだったんだろうな。
「ああ、悪い」と謝って、学園の外に歩き出す。
「三人とも、いつの間に服買ったんだ?」
今まで、この洋服を着ている所を見たことがない。
「前にみんなで買いに行ったんです。テレスさんも買っていて、ウルグ様に見せられないのを残念がっていましたよ」
そうだったのか。
テレスは普段からキリッとした服ばかり着ているからな。
あいつのも見たかった。
「……どうですか、先輩。その、似合ってますか?」
「ああ、凄く似合ってる」
こうしてみると、魔物をぶった斬る剣士だなんて想像もつかないくらいだ。
この世界、ホント見かけによらないなあ。
「そ、そうですかっ」
「良かったね、キョウちゃん」
「ウルグ様、私はどうですか!?」
という感じに話している間に、校門をくぐって学園の外へ出た。
そしてそのまま、屋台が出ている方へ向かう。
王都には主に貴族が使う商業街と、平民や冒険者が使う商業街で分かれている。
今日はそのどちらにも屋台が出店し、多くの人を集めているようだ。
といっても、貴族用の商業街に原則平民は立ち入れないけどな。
「うわぁ、凄い人ですね」
前世の祭りを思い出すくらいに、商業街は混雑していた。
以前から準備されていた屋台が並び、綺麗に飾り付けられた店がいくつも開いている。
「大丈夫だとは思うけど、物を盗まれないように気を付けろよ」
悲しいことだが、毎年聖剣祭では盗難やスリといった何らかのトラブルが発生している。
王都の外から色々な人が集まってくるから仕方なのないことだろう。
学園でもトラブルに巻き込まれないよう注意喚起がされていた。
「はい。何かあったら、騎士の方にお願いしましょう」
そういったトラブルを防ぐ為に、かなりの数の騎士が動員されている。
問題が起きたら、騎士に丸投げしよう。
そうして、俺達は人混みの中を歩き出した。
「いい匂いがします」
スンスンと鼻を鳴らすヤシロ。
王都が海に近いため、屋台には魚介類を使った料理が多い。
その他にも、ウルキアス各地から色々な食材が集まってる。
「わあ、お兄さん見てください。あっちでキラキラした石が売っていますよ!」
珍しく、はしゃいだ様子のメイ。
その視線の先には、色々な色した石が並べられた店があった。
屋台といえば食べ物のイメージが強いが、それ以外にもネックレスだとか、珍しい石だとか、色々な物があるな。
「……っ!」
キョウも興奮した様子で、俺の服をグイグイ引っ張ってくる。
視線の先には、砕いた氷に果汁を掛けたかき氷のような食べ物や、果物の蜂蜜漬けといった甘い食べ物が並んでいる。
三人がはしゃぐ姿に、思わず笑ってしまう。
三人とも、こういった祭りの経験はないのだろう。
という俺も、結構ワクワクしてるけどな。
友達と祭りに行ったこととか無いからね。
悲しいね。
だからこそ、今を楽しまないとな。
はしゃぐ三人の後を追って、俺も歩き出した。
―
「冷たくて美味しいけど、頭がキーンってします」
かき氷や串肉などの料理を買い食いして、俺達は歩く。
食べ物の他にも、英雄に縁がある道具だとか、色々あったな。
途中、ヤシロ達はすれ違う人から何回も声を掛けられた。
大半が男で、「良かったらこれから一緒に回らないか?」みたいなことを言われてたな。
断られると、何故か俺を睨むのは止めて欲しい。
「ヤシロー」
今度は女の子達に声を掛けられた。
その先頭でヤシロに声を掛けた少女には見覚えがある。
栗色の髪の小柄な少女、確かミーナ・ミッテルトと言ったか。
寮でヤシロと仲良くしてくれている子だ。
あれからミーナ以外の友達が出来たようで、ヤシロは楽しそうに話していた。
しばらくして、ミーナ達が俺に視線を向けてくる。
ヤシロから何を聞いているのか、「ヤシロの言ってたウルグさん?」とザワザワしている。
「えーと、いつもヤシロと仲良くしてくれてありがとな。割りと寂しがり屋な所があるから、これからも仲良くしてくれると嬉しい」
「ウルグさん、何かお父さんみたい」
俺の言葉に、ミーナ達が笑う。
……そうか?
「も、もう。ウルグ様……」
そんな俺に恥ずかしそうにするヤシロ。
「ウルグさんも、ヤシロのことをお願い。この子、いっつもウルグさんのことを話してるから」
「み、ミーナ……!」
それからしばらく彼女達と話し、別れた。
「良い友だちだな」
「……はい」
頷き、頭にかぶっている帽子を深くするヤシロ。
「…………」
俺が口を開こうとした時だ。
「ウルグ君、げっちゅ」
唐突に後ろから腕を組まれた。
ドキリとして振り返ると、ミリアが立っていた。
相変わらずの抑揚のない声だ。
「ウルグ君も祭りに来てたんだね」
「え、ええ……まあ」
「女の子と一緒なんだ」
そういって、ミリアがヤシロ達を見回す。
ヤシロ達はどこかむっとした表情でミリアを睨んでいる。
「良かったら、私も一緒に」
「お断りします」
ミリアが言い切るよりも前に、ヤシロが断った。
「……む」
今度はミリアがむっとした表情を浮かべる。
お互いにじっとりと睨み合い、二人が口を開こうとして、
「隊長! 困りますって! まーた少年に絡んで!!」
ミリアの部下らしき人がやってきた。
そして、有無を言わせぬまま、ミリアの脇をガッシリとつかみ、引きずっていく。
「わー」
棒読みで引っ張られていくミリア。
何だったんだ、あの人は。
呆れている内に、ミリアはどこかへ行ってしまった。
あの人が隊長で、本当に大丈夫なのか……。
そんな風に色々な人に会いながら、時間は過ぎていく。
相変わらず、黒髪を見てぎょっとする人は多いが、いつもどおりの完全スルーだ。
日が落ちるまで、俺達は祭りを楽しんだ
学園に戻ると、エステラが仲間と楽しく談笑していた。
彼女達は貴族側の商業街へ行っていたのだろう。
「明日、頑張りましょうね!」
「ああ」
そんな言葉を交わし、俺は体を休めるため、寮へ向かったのだった。
こうして、聖剣祭一日目は終了した。
明日はいよいよ、学生試合だ。
気合を入れて、頑張らなければ。
―
何もない、平凡な日常
修行して腕を磨きながら、時折こうしてヤシロ達と遊ぶ。
そんな日々がずっと続けばいいのに、と思う。
――当然、続きはしなかった。




