第十一話 『祭り前日』
あれから、更に数日が経過した。
ヴォルフガングの一件からは、特にこれといった事件は起きていない。
強いて言うなら、少し気にしている風だったヤシロに、フォローを入れておいたくらいだろうか。
ヤシロは「大丈夫ですよ」と笑っていた。
人狼種に偏見を持っていないテレスや、話を聞いたメイ達も、今回の一件で憤慨しているようだ。
最近はヤシロが人狼種だということを隠して過ごすことに慣れていて何も思っていなかったが、やはり人狼種に対する風当たりは未だ強い。
黒髪の俺にも色々あるが、やはり種族が違うというのは大きい。
他の人狼種は亜人山で過ごして殆ど人と関わりを持っていないし、知識として知っていても、関わったことのない人間は多い。
『自分たちと違う』というのは怖いのだろう。
ヴォルフガングも、人と仲良くしよう、というスタンスではないしな。
意外だったのは、そうレグルスだ。
あの人のヴォルフガングに対しての発言は予想していなかった。
俺に対しても、何か言いたげな視線を向けてきていたし。
「聞いた所によると、彼が理想とする《剣聖》は民を支え、民に信じられる《剣聖》のようだ。そういった所から、民に支持されない行動を取らないようにしているのではないかな」
レグルスに対して、テレスはこう言っていた。
確かに、そうなのかもしれない。
以前にも、レグルスは俺に「自分が《剣聖》に相応しいと思っているのか」なんてことを行ってきていたしな。
正直言って、気に食わない。
あの人はあの人なりの考えで動いているのは分かるが、あまり好きじゃない。
……まあ、何はともあれ、まずは剣聖祭だ。
テレス達以外に、学生試合にはエステラ、レグルス、ヴォルフガングと実力のある者が多く出場する。
ここで優勝すれば最強へ一歩近づけるだろうし、何よりアルデバランと戦えるのが大きい。
ジークを基準に、アルデバランがどれほどの実力か、直接確かめたいな。
そのためには強くならなければならない。
―
「はっ――ッ!!」
俺の手から放たれる、光速の一撃。
放った自分ですら、目で追うことが出来ない。
凄まじい剣圧が部屋に吹き荒れた。
「出せたな。それが«絶剣»だ」
ジークとの模擬戦との合間、俺は少しずつ新技の特訓を受けていた。
それが絶心流の奥義«絶剣»だ。
「が、全ッ然だめだ。それじゃ、実戦には使えない」
失敗に失敗を重ね、ようやく放つことが出来た«絶剣»だが、自分でもハッキリと分かる程に駄目駄目だった。
「«絶剣»には瑕疵があるって言ったが、お前のはそれ以前の問題だ」
俺の«絶剣»に駄目だしをしてくるジーク。
言われるまでもなく、俺は自分の«絶剣»の欠点を理解している。
«絶剣»は«風切剣»の発展形である。
風を越えて避ける暇もなく斬り、またどんな防御でも突破する技。
使用にはとんでもない集中力と、魔力を必要とする。
「これじゃ、«風切剣»の方がマシだな……」
俺が«絶剣»を使うのに、時間がかかりすぎる。
«絶剣»を繰り出すのに必要な魔力を剣と体に行き渡らせ、更に標的に向かって最速でそれを振り下ろす――それをするのに三分近くも経過した。
三分掛かって失敗することもある。
しかも、出した後は成功失敗に関わらず、しばらく動けなくなる。
消費する魔力量が多すぎるのが原因だ。
「どうしたら、ちゃんと使えるようになりますかね……」
「今のお前じゃ難しいな。剣捌きに無駄があるから技に振り回されるし、剣に纏った魔力を斬撃として飛ばすだけの勢いも足りてねぇ。実戦で使えるようになるまで、数年は掛かると考えた方が良い」
やはり、奥義習得にはまだ早過ぎたらしい。
これが使えれば、かなり戦闘に幅が出るし、いざという時に役立つのだが。
「はっ、まあ使えただけでも進歩だろ。魔力が足りないとか、剣の振りに癖があって使えないとか、そういう連中は多くいるんだからな」
落ち込む俺を、ジークが笑い飛ばす。
「ま、オレは軽く練習したらすぐ使えるようになったけどな」
……絶対、使いこなしてやる。
だが、せっかく習った技が使えないというのは残念だ。
ジーク曰く、アルデバランの剣は光速に達する。
だからそれに対抗するには、«絶剣»を使う必要があるらしい。
それに加えて、ジークは«絶剣»を使っても、アルデバランには勝てなかったと言っていた。
「ま、この段階で«絶剣»が使えるなんて思っちゃいねえ。お前にこれを教えたのは、別の技を教える為だ」
アルデバランとの差をどうやって埋めたものか、と考えていると、ジークがこんなことを言い出した。
「別の技、ですか?」
「ああ。«風切剣»の派生技だ」
絶心流四段の技のようだ。
まだ三段の俺だが、ジークは稽古次第で使えこなせると判断したらしい。
「«風切剣»がそれだけ使いこなせりゃあ、四段の技だろうが大丈夫だ」
エレナから習いかけだった三段の剣技は、『絶心流』の授業中に拗ねたエレナからどうにか習ったり、ジークとの模擬戦中に技を見て勉強したりしている。
こうして、俺は新しい技に挑戦することとなった。
«絶剣»程ではないが、扱いの難しい技だ。
しかし、使いこなせるようになれば、新しい段階に踏み込めるような気がする。
こうして、聖剣祭までの時間は過ぎていった。
―
そして、聖剣祭前日。
稽古が終わった後、迎えに来てくれたヤシロと共に、学園のラウンジに来ていた。
集まっているのはテレスを抜いたいつものメンバーだ。
「じゃあ、やっぱりテレスは一緒に回れないのか」
「はい、そうみたいです」
テレスは用事があるらしく、最近はあまり会えていない。
貴族としての職務があるから、仕方がないな。
聖剣祭でも、お父さんと一緒に挨拶回りだとか色々やることがあるみたいだ。
だから、一日目は一緒に行動できない。
二日目は学生試合には出られるらしいから、そこで会えるだろう。
そこで、ふと祭りに来る筈の人のことを思い出した。
「そういえば、シスイさんはどうなったんだ?」
今回の聖剣祭は、ジークと共にシスイも招待されていると前に聞いた覚えがある。
ジークが来ているのに、シスイが一向に来る様子がないのはどういうことだろう。
「少し前に手紙が来たのですが、迷宮都市の方で龍種が何匹か出たそうで、シスイ様が直々に動いたみたいです。だから、こっちに来るのはギリギリになるみたいで」
俺の質問に、キョウが答えてくれた。
龍種が複数、か。
シスイが動いたということは、事態を重く見たということだろう。
龍種が一匹でるだけでも、大騒ぎになる。
なんせ、龍種はそのほぼ全てがギルドからAランク認定された危険種だ。
冗談抜きに、村一つ滅んでもおかしくない。
上位冒険者でも龍種を相手取るなら、前衛後衛十人以上は揃えるからな。
「まあでも、シスイさんのことだから、もう龍種を片付けてこっちに向かって来てる頃だろうな。あの人、鬼みたいに強いからさ」
下手すると、シスイ一人で龍種を倒しかねない。
いや、あの人なら確実に出来るだろうな……。
「はい、二日目くらいには到着すると思います」
「早く会いたいねー」
迷宮都市を出てから、もう一年以上経ってるんだな。
会ったら、俺も挨拶しておかなければ。
あの人にはかなりお世話になったし、改めて色々話したい。
あの時から強くなった所も、見て貰いたいしな。
「けど、本当に魔物が増えていますね。ウルグ様が華麗に倒した《暴龍》といい、最近は魔物の被害が増えていますし」
「何か良くないことが、起きなければいいんですけど」
メイとヤシロが少し不安げにそう言った。
良くないこと……か。
ここ最近は良くないこと続きだったからな。
結局、どういう目的で尾行されていたのかは分かっていないし。
出来ればこのまま永遠に、厄介事には巻き込まれたくないものだ。
だけど元の世界――日本よりも圧倒的に命の軽いこの世界じゃ、平凡に生きるというのはなかなかに難しいことかもしれないな。
そのために、俺は強さを求めている訳なのだが。
「まーま、明日はせっかくの祭りだし、良くないことは忘れよー」
重くなりかけた空気がメイの言葉で霧散した。
ほんわかとした笑みを浮かべ、メイは「祭だよ、祭り!」とワクワクした風に言っている。
「そう、だな。楽しまないと損だな」
二日目には学生試合が控えているが、明日はヤシロ達と存分に楽しむ予定だ。
ジークとの稽古もお休みだし、調整程度に素振りをして、試合に備えて体を休めることに専念しよう。
不安を振り払い、明日からの祭りに思いを馳せる。
こうして、聖剣祭の前日は終了した。
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