第十話 『諍い』
あれから二週間が経過した。
ジークとの稽古は日に日に激しさをまし、必死に喰らいつく日々だ。
二週間があっという間に感じるな。
聖剣祭も、あと数日という所まで迫ってきている。
今日は普段よりもコマ数が少なく、授業が早めに終わる日だった。
ちょうど、武具店に注文していた品が完成したという知らせが届いたので、俺はヤシロとテレスの三人で、武具店で武具を受け取った。
まず、魔術服だ。
バドルフによって作られた黒いコートには、以前まではなかった白い紋様が加わっていた。
《鎧兎》の素材を使用した影響だろう。
元々、高い魔術耐性が付与されていたが、あの兎の素材を使用したことで、それ以上の耐性が追加されているようだ。
物理的な耐性も、上昇している。
身に付けたヤシロ達の方を見てみると、二人の服にも俺と同じように白い紋様が追加されていた。
ヤシロは俺と同じ軍服風、テレスは貴族らしさを思わせる綺麗な魔術服だ。
どちらも俺の服と負けず劣らず、高い防御力を誇る。
テレスの方は、風魔術に対する補正がつく«魔術刻印»も刻まれているらしい。
これで、魔術攻撃や物理攻撃を喰らった際に対して、ある程度は生存率を高められただろう。
次は籠手だ。
俺が作ってもらった籠手は、黒地に白の紋様が刻まれたモノだった。
いや、籠手というよりは、手袋に近いだろうか。
かなり軽く、装備してみてもほとんど重さは感じない。
籠手にも、十分な魔術耐性と物理耐性が付与されてるようで、直接攻撃を喰らっても、ある程度なら完全に受けきれる。
躱せず、剣でも防げない攻撃も、この籠手があればなんとか対処出来るだろう。
ヤシロ達も、それぞれ購入した防具を装備し、満足気にしていた。
魔術服、籠手、靴。
実力の底上げもあるが、それ以上に生存率があがるのがありがたい。
メイとキョウも、いずれ作る予定のようだ。
学生試合では、武器以外は持ち込みが可能とされている。
刃が仕込んでる手袋とか、攻撃魔術が吹き出る靴などの、直接武器となりうる防具は持ち込み禁止だ。
鳴哭は持ち込めないが、これらの魔術服なんかはこのまま使える。
高い性能を持つこれらなら、十分に役立ってくれるだろう。
「なるほど。ウルグは師に恵まれているな。ここ最近で、随分と腕を上げたらしい》
帰り道。
学生試合に向けての近況を話していた。
「だが、私達も無為に過ごしている訳じゃないぞ。あれから、私は新技を編み出したからな」
「はい。ジークさんに影響されたのか、エレナ先生がかなり熱心に指導してくださっているので、私も強くなっている筈です」
俺がジークに稽古を付けてもらっている間、二人も頑張っているらしい。
一緒に切磋琢磨しあえる相手がいるのは、嬉しい事だ。
「ヤシロには悪いが、ウルグ。この試合で私がお前を倒す」
「……ほう」
特に、テレスは気合が入っているようだ。
「いいえ、私がウルグ様を倒します」
テレスに張り合い、ヤシロが気炎を吐く。
「残念だが、俺は優勝するから、どっちにも負けないよ」
学園に来る前は、軽く学園最強になってやるか、なんて考えていた。
だが、最近はその考えが甘かったと反省している。
その上で、俺はこの学園で最強になるのだ。
「ふふ。学生試合の結果が楽しみだな」
そんな話をして、俺達は武具店から学園へ帰ってきた。
―
騒ぎに気付いたのは、寮の方向へ向けて歩いている時だった。
校舎の裏に複数の人が集まっていた。
何かを見ているようだ。
「――棄権しろ! 貴様のような穢れた犬が、名誉ある聖剣祭を汚すなッ!!」
人だかりの間から覗くと、複数の生徒が一人の少年を囲んで何やら喚いている。
囲まれていた少年には見覚えがあった。
灰色の髪に、鋭い金色の瞳。
頭からは髪と同じ色の、二本の耳が突き出している。
人狼種の少年――ヴォルフガング・ロボバレットだ。
貴族だと思われる生徒達に囲まれても、彼は憮然とした表情を崩さない。
「貴様が棄権すれば、参加枠がひとつ開く! 学生試合には、由緒ある貴族たる私が参加するべきだ!」
どうやら、ヴォルフガングに食ってかかっているのは貴族らしい。
予選落ちして試合に出られないから、ヴォルフガングに棄権しろと言っているようだ。
俺達は顔を見合わせ、しばらく様子を見ることにした。
「くだらねェ。てめぇ、確か予選で俺にぶっ飛ばされた雑魚だったっけかァ?」
「な、なんだと!?」
「俺より弱ェェ癖に、意気がってんじゃねえよ」
ヴォルフガングの言葉に、貴族たちはよりいっそう憤慨する。
口々に責め立てる彼らだが、ヴォルフガングには届いていない。
「てめぇら人間はいつもそうだ。人狼種、人狼種、人狼種。てめぇらは一体、何の権利があって俺らを馬鹿にする? ちょっと力をいれれば簡単に潰れるゴミ屑が、どうして俺様を馬鹿に出来る?」
「な、何だと!?」
「いいか――俺様は天才で、最強だ。それを学生試合で証明してやる。俺様がこの学園に来たのは、俺様は最強っていうことを証明するためだ。てめぇら雑魚に関わってる時間なんてねェェんだよ。カスが」
そう吐き捨てると、ヴォルフガングは彼らに背を向けて歩き出した。
人だかりを睨みつけ、道を開けさせる。
「……ひどいな」
「はい」
どこからどう見ても、絡んでいった貴族が悪い。
だというのに、集まっている人の中には、ヴォルフガングに聞こえるよう、わざと罵る者が何人もいた。
「……」
テレスも、不愉快そうな表情を浮かべている。
「ふざけるな、この犬がァ!」
その時だ。
ヴォルフガングに言い返せなかった貴族が、背後から魔術を放った。
掌から水の球が放たれる。
「馬鹿が」
振り返りざまにヴォルフガングが裏拳を放った。
魔術は、裏拳によって呆気無く消滅させられる。
「な、ぶっ」
次の瞬間、ヴォルフガングは魔術を放った貴族の頬を握っていた。
そしてそのまま、片手だけの力で貴族を持ち上げる。
持ち上げられた貴族はバタバタと手足を動かして藻掻いている。
野次馬たちから、悲鳴があがる。
「俺ァ、てめェらなんぞに興味はねェ。けどな、邪魔すんだったら容赦はしねェぞ」
そう言って、ヴォルフガングは貴族を放り捨てた。
地面に倒れこみ、むせこむ貴族。
「貴様!」
「人狼種の分際でッ!」
他の貴族が激昂し、ヴォルフガングに襲い掛かろうとした。
それを冷たく睨み、迎え撃とうと構える。
「不味いな。どうする?」
「流石に目に余る。止めに入るぞ」
「……はい」
俺達三人が、ヴォルフガングと貴族の間に割ってはいろうとした時だった。
「そこまでだ」
雷が走り、貴族に向かって拳を叩きつけようとしていたヴォルフガングの動きが止まった。
「これ以上やるのなら、僕が相手になるよ」
そう言って、貴族を庇うように現れたのはレグルスだった。
人だかりからざわめきが起こり、レグルスの登場に沸き立つ。
まるで、ヴォルフガングを倒すことを期待するように。
「人狼種の少年が生徒に暴力を振るったと聞いて、駆けつけた次第だ」
「れ、レグルス先輩! こいつが私に暴力を振るったんです!」
勝ち誇るように、レグルスにすがる貴族。
ヴォルフガングに集まる敵意。
気に食わない。
「違いますよ、レグルス先輩」
人だかりをかき分け、俺はヴォルフガングの隣に立った。
レグルスや、ヴォルフガング、大勢の視線が俺に集まる。
「そこの貴族が先に手を出したんだ。人狼種が学生試合に出るな、棄権しろって最初に絡んだのも貴族の方ですよ」
「……ふむ」
レグルスがチラリと視線を貴族に向けると、連中は怯えたように下がる。
その様子を見て事実確認したらしい。
レグルスは「なるほどね」と頷いた。
「でも、彼らの言い分にも一理あるね」
「……なに?」
しかし、レグルスは予想を裏切ることを口にした。
「人狼種だからと言って差別したくはないが、多くの人が集まる場所に堂々と姿を現すのは、心象的に良くはないよね」
それは言外に、『君もそうだ』と言っているようにも聞こえた。
「実際、こういった問題も起きている。だから、ヴォルフガング君。これ以上問題を起こすようなことがあるなら、君には棄権を薦めなければならなくなるよ」
いつもの、爽やかな表情のままレグルスはそんなことを言ってのけた。
……どういうことだ。
この人は、こんなことを言うような人だったか?
「当然、絡んだ彼らが悪いのは間違いないけどね。それに対してはしっかりとした処分を下させて貰う」
「……チッ。《剣聖》の息子だか何だか知らねェが、随分と上からものを言ってくれるじゃねェか。あァ?」
「そう聞こえたなら申し訳ない。だけど僕は次代の《剣聖》になる者として、それに相応しい振る舞いをしなければならないからね。風紀の乱れは看過出来ない。皆の不安の種を無くすのが、僕の役割だ」
睨み付けるヴォルフガングに、レグルスは堂々と答えた。
しばらく睨み合いが続き、やがてヴォルフガングが舌打ちしてレグルスに背を向けた。
そして、無言のまま去っていく。
「……レグルス先輩、あの言い方はないんじゃないですか」
「そうだね。気分を害するような言い方をしてしまったかもしれない。後日、謝罪しておくとするよ」
俺の言葉にそう答えると、レグルスは後ろに下がっていた貴族の方へ向いた。
彼らにも事情を聞こうというらしい。
取り敢えず、この場はこれで収まった。
「悪い、ヤシロ、テレス。ちょっと行ってくる」
二人にそう言って、俺はヴォルフガングの向かった方へ走った。
仲が良いというわけではないが、知らない仲じゃない。
彼の様子が、少し気になった。
―
「おい、ヴォルフガング!」
ヴォルフガングにはすぐに追い付いた。
不機嫌そうな表情で、ヴォルフガングが振り返る。
「……何のつもりだ? 俺を助けて、てめェに何かメリットでもあるってのかよォ?」
「別にねぇよ。ただ気に食わなかっただけだ」
俺の答えに、ヴォルフガングは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに仏頂面へ戻った。
「どいつも、こいつも、気に食わねェ。いいさ、今に見せてやるからよォォ。あのレグルスとかいう野郎も、うざってェ貴族も、俺が最強って事を教えてやる」
「…………」
「俺様は自分の価値を証明する。その上で、やらなきゃなんねェことがあるんだ。だから――邪魔する奴は容赦しねェェ。誰であろうと、ぶちのめすだけだ。ウルグ、てめェもだ。何の意図があるのかは知らねェが……俺様は俺様のやりてェようにやるだけだ」
そう言って、ヴォルフガングは去っていった。
「自分の価値を証明する……か」
少し前の俺に、ちょっと似ている。
あいつにも、色々と事情があるのだろう。
俺はヴォルフガングを見送った後、ヤシロ達の元へと戻った。




