第九話 『帰り道』
修行が開始してから、一週間が経過した。
あれから毎日ジークの元で修行している。
色々な手法で攻めてくるジークに、必死に喰らいつく日々。
ジークにあって、俺に無いもの。
数万と鍛錬を重ねたのだと分かる練り上げられた基礎。
それに基づいた応用。
そして、剣を振り続けてきた経験。
背中に目が付いているのかと思うほどに、ジークは死角を作らない。
常に相手と自分の位置関係を把握し、自分が有利になるように先を読む。
相手の攻撃に対して、臨機応変に対応する柔軟さ。
あげればきりがない。
だがそれでも、そこからすくい上げなければならない。
ジークの技術を、俺に必要な力を。
「鈍い、ヌルい、遅え、視野を広く、死角を作るな」
«鬼化»し、持てる全てを尽くして殺す気で向かう俺を、ジークは危なげもなくいなし、更にアドバイスまで口にしている。
絶心流で攻めても躱され、流心流で防いでも弾かれ、理真流で予測してもすり抜けられる。
«幻剣»も«幻走»も«幻風剣»もまるで通用しない。
「ただ避けてるだけじゃ意味はねぇ、オレの動きを読め、技を返してやると、眈々と隙をうかがえ」
そう言いながら、ジークが瞬間移動じみた速度で追撃してくる。
エレナが使っていた«烈速»と同等、もしくはそれ以上の歩法術。
この速度を読むのは至難の技だ。
「慣れろ。オレに勝つんだろ?」
「ッ!」
ジークが踏み込むたび、その体が残像を残して目の前から消失する。
目で追うことすらかなわない。
見えないのなら、見ようとしなければいい。
連日、ジークの動きは目にしている。
左右上下、どちらから来るのかを予測。
ジークの剣がこちらへ来る前に、まだ来ていないその一撃を回避する。
「はっ――づぅ!!」
真横をジークの木刀が通過していく。
頬をかすり、僅かな痛みが走るも、無視。
「――ハァッ!!」
初めて回避出来た、ジークの一撃。
木刀を振りきった体勢のジークに向けて、«風切剣»を振り下ろす。
が、躱される。
それによって、生まれる隙。
滑るような動きで回避行動を取ったジークが一瞬だけ剣を構えると、
「――――」
次の瞬間、俺は吹き飛んでいた。
脇腹を木刀で打ち据えられ、鈍痛に悶絶する。
――絶心流奥義«絶剣»。
見えない、躱せない、防げない。
確実に相手を殺すための剣。
「まだ甘い。渾身の一撃を放った後、お前には大きな隙が出来る。それで仕留められりゃ良いが、倒せない場合、«絶剣»が使える相手に対して、その隙は致命的だ」
転がる俺に、ジークがそう言い放つ。
「いいか。«絶剣»を放つには、かならず一瞬の溜めが必要だ。その溜めを見逃すな」
ジークが見せた一瞬の溜め。
あの短い間に、技を出せないよう妨害しなければならないのか。
とんでもないな……。
「だが、動きは悪くねぇ。お前が諦めなきゃ、そのうち«絶剣»にも慣れるだろうぜ。
ま、«絶剣»なんて、大した技じゃねえけどな」
「大したことないって、絶心流の奥義なんじゃないですか……?」
見た限りでは、とんでもない奥義のように思える。
「奥義は奥義でも、この技には瑕疵がある。完璧じゃねえ。«絶剣»は対処できねえから奥義って呼ばれたんだ。隙がある時点で完璧とは呼べねえよ」
瑕疵、か。
そういえば、前にエレナもそんなことを言っていたな。
今の«絶剣»でも、大抵の相手は防げないだろうに。
「ま、瑕疵のあるなしは置いておいて、この技を使えるか使えないかで、絶心流の剣士として大きく変わってくる。今のお前の技量じゃ使いこなすのは難しいだろうがな」
「そうですね……。消費する魔力も、体力も大きすぎる」
«絶剣»は一撃で相手を絶命させる技。
放つにはとんでもない魔力、そしてそれを一瞬で全てをコントロールする技量が必要だ。
一瞬でも集中が乱れれば、剣技にほつれが生まれ、«絶剣»は失敗する。
«風切剣»の上位技だが、扱いの難しさが段違いだ。
「ま、てめぇの修業次第だ」
そう、ジークが締めくくり、再び修行が始まった。
―
「ウルグ殿!」
稽古を終え、街を歩いているとエステラに会った。
「稽古帰りですか?」
「ああ。エステラはどうして王都に?」
「私は家に帰る途中なんです」
そういえば、エステラもテレスと同じように、今は貴族住居街の方で生活してるんだったな。
「夜だし、送って行こうか?」
「そ、そんな。ウルグ殿は稽古が終わったばかりで疲れているでしょう? 申し訳ないです……」
「気にするなって。ちょっと歩きたい気分だったし。それにエステラは強いとはいえ、女の子だからさ」
「……じゃ、じゃあお願いします」
何故か顔を逸し、頭を下げるエステラ。
紫色の髪がふわりと揺れる。
貴族住居街の方へ、俺とエステラは歩き出した。
と言っても、貴族住居街の中に俺は入れないのだが。
貴族用の住居街、商業街には原則平民は立ち入り禁止だ。
入ったから厳しく罰せられる、という訳ではないが、俺みたいなのが入ったら確実に問題になるからな。
とりあえず、入り口まで送れば大丈夫だろう。
汗臭くないかだけが不安だ。
「エステラは聖剣祭、誰かと行く予定あるのか?」
「はい。友人たちと回ることになっていまして」
「ああ、そうか。エステラが良かったら、一緒に回れないかと思ったんだけど」
俺の言葉に、何故かエステラが肩を落とす。
「うう、その手が……。次の機会には是非……!」
何やら落ち込んでいるようだ。
「……そうだ。ウルグ殿は、学生試合には出られますか?」
ジークと同じ問い。
そういえば、エステラには言ってなかったな。
「あぁ、出るよ。ヤシロとテレスも一緒だ。学園側から、予選をすっ飛ばして出て欲しいって通知があったんだ。エステラは出るのか?」
「はい。私も一応、予選を突破して出場出来ることになりました」
「おお、やったじゃないか」
予選は学年関係なく行われる。
エステラは先輩達と戦って、本戦への出場を勝ち取ったのだ。
「私の他にも、ヴォルフガング殿が勝ち残っていました」
ヴォルフガング。
ヤシロと同じ、人狼種の少年。
あいつも、学生試合に出るのか。
少し、意外だな。
「強い人がいっぱい出ると思うけど、お互い頑張ろうぜ」
「はい! いい結果を残しましょう!」
エステラもやる気十分のようだ。
両手同時に繰り出されるエステラの魔術に、他の参加者が対応出来るか見ものだな。
「そういえば、ウルグ殿はあれからジーク殿と修行をしているんですよね?」
「ああ、道場で稽古を付けてもらってる。毎日、死ぬかと思うくらいに辛い稽古だよ。けど、やっぱり得るものは多い」
「そうですか。今のウルグ殿が、人を殺した後のような目つきをしていたのは、お疲れだったからなんですね」
「お前、もうわざとだろそれ」
「ひゃん」
ジトッと睨むと、変な声をあげるエステラ。
周りに見られるからやめろ。
「すいません。ウルグ殿に見られると、ゾクゾクして」
「……変態」
メイに負けず劣らず、こいつはやばい。
「も、もう一度言ってください」
「? 変態」
「もっと強く!」
「変態!」
「ふぁあ……」
こいつ……。
こんな所で何を言わせるんだ。
「あうっ」
恍惚とした表情を浮かべるエステラのデコに、デコピンを入れて正気に戻す。
そろそろ時間だし、いつまでも変な世界に行かれてると困る。
「……ウルグ殿は、頑張ってるんですね」
「ああ。冗談抜きに、毎日死にそうだけどな」
「あれから私も、毎日魔術の特訓をしてるんです。ウルグ殿には及ばないかもしれないけど、少し上達したんですよ」
「おぉ! 今度見せてくれよ」
「はい!」
エステラと話してると、頑張らないとって気持ちになっていいな。
「……今度は、ウルグ殿と一緒に戦いたいです」
「……? 何か言ったか?」
「いえ、何も言ってないですよ!」
何か言ったように聞こえたけど、気のせいだっただろうか。
エステラの態度に違和感を覚えていると、
「到着しました!」
その考えが纏まるよりも先に、貴族住居街の前まで到着した。
ここから先は平民が暮らす側よりも、多くの騎士が巡回している。
どっかりと立派な家が立ち並ぶ、貴族住居街。
その全てが、以前住んでいた家よりも大きい。
流石の一言だ。
これで多くの家が別荘扱いらしいから驚きだ。
「ここまで、だな。騎士が巡回してるから大丈夫だと思うけど、気を付けてな」
「はい! ウルグ殿、送ってくれてありがとうございました。貴方も気を付けて帰ってくださいね」
「ああ、じゃあな」
そうして、俺は学園に向けて歩き出した。
「……学生試合か」
今の所、学生試合に出ると分かっているのはテレス、ヤシロ、エステラ、ヴォルフガング、レグルスくらいだ。
といっても、優秀な生徒が出場すると考えれば、候補は自然と限られてくるが。
剣聖選抜まで、それほど長くない。
数年の内に、力を付けなければ。
夜空できらめく星を眺めながら、俺は学園へ戻ってきたのだった。




