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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第六章 混色の聖剣祭(上)
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第八話 『その女、年下好きにつき』

 ジークとの稽古が始まって、数日が経過した。


 ひたすらボコボコにされ続けた。

 ここまで手も足も出ないのは初めてだ。

 だが、少しずつ慣れてくる。

 

 見えない剣速への対処法や、防ぎきれない攻撃の受け流し方。

 少しずつだが、ジークの動きを分析し、圧倒的な実力者の詰め方を学んでいる。

 

 そして、分かったことがある。

 当然だが、ジークの動きは合理的だ。

 足捌き、剣捌き、呼吸、間合いの取り方。

 全てがセオリーを踏まえ、その上で無数にある選択肢から最適な物を選びとっている。

 だから強い。


 ジークもアルデバランも同じだ。

 彼らの技術は基礎を敷き詰めた先にある。

 『剣の基本』を完全に押さえ、その上で応用へ繋げる。

 

 俺は実感した。

 ジークもアルデバランも、同じ人間だ。

 俺が合理を敷き詰めていけば、いずれ届く――と。



「あぁん……シスイだぁ?」


 稽古終わり、体力が回復してから、俺はジークと少し雑談をしていた。

 ジークに教わるまでに、俺がどのように剣を学んできたかを話しているのだ。

 その過程で、シスイからも流心流を習っていたことを説明した。


「なるほどな。まぁまぁ上手い具合に流心流をサブで使うと思ったら、あの女から剣を教わってやがったのか」


 シスイの名前を出すと、ジークは露骨に嫌そうな顔をして舌打ちした。

 そういえば、シスイもジークについてあれこれ言っていたな。


「シスイさんと仲が悪いんですか?」

「……あの女は気に入らん。オレが《剣匠》になる前、先代に連れられて、流心流の道場へ出稽古しに行った時に戦わされたのがあいつだった」

「どっちが勝ったんですか?」

「引き分けだ。時間内に勝負がつかなかった。それから何度も戦ったが、勝ったり負けたりだ。当時のオレは先代以外にはほぼ負け知らずだったが……あの女はオレに泥を塗りやがった」


 分かってはいたが、ジークから話を聞くとシスイの強さがよく分かる。

 このジークと対等に戦える人間なんて、そうはいないだろう。


「オレとあいつが《剣匠》になったのも同時期だ。あの女――シズクとは嫌に縁がある」

「シズク……?」

「……ああ、あの女が『シスイ』になる前の名前だ」


 そういえば、『シスイ』という名前は代々引き継がれるんだったっけ。

 シズク……シスイの本名。

 メイ達は知っているだろうか。

 今度聞いてみよう。


「それで……正直、ジークさんとシスイさん、どっちが強い……ですか?」


 失礼かな、と思ったがつい気になって聞いてしまった。

 てっきりジークは「オレだ」と即答すると思っていたのだが、


「一度《剣匠》になる前に本気でやりやったが、決着がつかなかった。オレはあいつの防御を抜け切れなかったし、あいつもオレを攻め切れなかった」

 

 ただ、とジークは続ける。


「どっちが先に奥義を出すか――で勝負が決まるだろうな」

「奥義……」


 ジークの方の奥義は«絶剣»だろうが、シスイの奥義とは何だろう。

 流心流には割りと、いくつも奥義がある。

 スイゲツが《喰蛇》との戦いで使っていた«断水たちみず»も奥義の一つだ。


「ま、そうなる時はどっちかが死ぬだろうがな」


 思っていた以上に、ジークはシスイのことを評価しているようだ。

 だが、このジークをしてそう言わせるとは、やっぱあの人は凄いな。


「話は変わるが、ウルグ。お前、理真流も習ってるだろ」

「まだ初段ですが、一応習っています」

「誰に習ってんだ?」

「? えと、アルレイドって人です」

「アル……レイド」


 俺の言葉に、ジークは何やら考え込むような素振りを見せた。

 アルレイドがどうかしたのだろうか。

 

「どうかしましたか?」

「いや、別に。ちょっと気になっただけだ」


 そう言って、ジークはゆっくりと立ち上がった。

 外はすっかり暗くなっている。

 そろそろ帰った方が良いだろう。

 

「そういやお前、聖剣祭の学生試合に出るんだってな」


 エレナから聞いたのだろうか。

 ジークの言葉に頷くと、


「優勝しろ。それ以外は認めねえ」


 そう、ジークは獰猛な笑みを浮かべ、当然のように言ったのだった。



 その後、ジークは「用事があるから」と行って、すたすたと出て行った。

 何でも、聖剣祭について、騎士の方から呼び出しをくらったらしい。

 「つまんねぇ」を連呼していたから、サボりそうなものだと思っていたら、

 

「好き勝手やるためには、ある程度つまんねぇこともやらないといけねぇんだよ。そういうのをサボると、余計に面倒なことになるからな」


 などと言っていた。

 エレナとの会話で子供っぽい人物だと思っていたが、割りとしっかりした所があるな。


 ジークとの修行も終わったので、俺も帰ることにした。

 道具を片付け、絶心の間を後にする。


「…………」

 

 道場の中を通って行くと、門下生達にジロジロ見られる。

 シスイの時もそうだったが、門下生でもないのに稽古をつけてもらえる、というのはあまり気に入られないみたいだな。


 気にせず、俺は道場を出た。

 それから夜道をゆっくりと歩き始める。

 祭りが近いからか、最近は夜も人が多い。


 そんな中で、一定の間隔を保って、俺の後ろを歩く奴がいる。

 

「…………」


 無視したまま、歩調を変えながら歩く。


 それからしばらくして、俺は確信した。

 また、尾行されている。

 ひょこひょこと、後ろから付いてくる影があるのだ。


 いい機会だ。

 今度こそ、何の理由があって俺を付け回してるのか、聞き出してやる。

 

 警戒を強め、すぐに武器を手にできるようにする。

 そして、裏路地に入って相手が着いてきているのを確認し、


「――誰だ!」


 声を張り上げ、勢い良く後ろを振り返った。

 後ろから追いかけてきた人物は驚くでもなく、飄々とした様子で手を上げた。


「――ミリア・スペレッセ」


 ミリアだった。

 キラキラと光る水色の短い髪に、左右非対称の瞳。

 最近になって、何度も顔を合わせている少女だ。


「……いや、なんでここにいるんですか」

「来ちゃった」


 気の抜けるような抑揚のない声で、ミリアはそう言った。



 どうやら、俺に用があって、後ろを着いてきたようだった。

 話がしたいというミリアに連れられ、俺達は個室の店にやってきた。

 そこで、俺達は向き合って座る。

 

「まずはこの前の件についての謝罪がしたい。ごめんね、フリューズが迷惑をかけた」


 そういって、ミリアが頭を下げた。

 フリューズ、というのはこの前襲撃してきた騎士のことらしい。


「ミリアさんは何も悪く無いですよ。それより、一体あの人はどうして俺を襲ってきたりしたんですか?」

「…………」

 

 ミリアは少し考えこむような素振りを見せた。


「……ウルグ君の実力を確かめようとしたんだと思う」

「俺の?」

「……うん。ウルグ君、有名だから」


 有名か……。

 良い意味で名前が広まってると良いんだが。


「フリューズには私から言って聞かせておいた。もうウルグ君を襲撃してくるようなことはないから、大丈夫」

「なら、いいんですが……」


 ということは、もしかしてあの騎士と尾行してきた五人組は関係ないのか?


「最初に俺を襲ってきた五人組は、何か言ってませんでしたか?」


 冒険者同士の喧嘩ということで、あの後すぐに釈放されてしまったらしいのだが。


「特に何も……。ウルグ君に文句をつけられたから、襲ったって言ってた。それで喧嘩だと判断して、注意だけですませた」


 それはおかしい。

 俺はあいつらのことを知らなかったぞ。

 まだ……何か裏がありそうだ。


「……ウルグ君」


 ふと、ミリアが声のトーンを変えた。

 真剣味の篭った声に、俺は姿勢を正す。


「フリューズのせいで迷惑をかけてしまったし、君にお詫びがしたい」

「お詫びって、そんな。特に怪我した訳じゃないですし、大丈夫ですよ」

「駄目、私の気が収まらない」


 そう言うと、ミリアは席を立ち上がった。

 そして、何故か俺の隣の席に腰掛ける。


「み、ミリアさん……?」


 ミリアはおもむろに俺の体に手を這わせると、スッと肌を撫でてくる。

 ゾクゾクとした感覚に襲われ、俺は小さく声を漏らしてしまった。


「な、なにしてるんですかっ」

「お詫び……。ウルグ君に、良いことしてあげる」

「っ!?」


 耳元で、ミリアが優しく囁く。

 官能的で甘い響きに脳がとろけそうだ。

 な、なな、何をしてるんだこの人!?


「ん。やっぱり君はカッコいいね。引き締まった目付きに、整った顔、綺麗な肌、逞しい体。……好み」


 動揺し、ミリアから慌てて距離を取る。


「な、なんですか……」


 この人、やっぱセシルに似てるな。

 ゾワゾワするぞ……。


「む……。嫌?」

「嫌っていうか何ていうか……」


 不服そうなミリア。

 俺はどうにか彼女を落ち着かせようと、話題を出した。


「ミリアさんが姉様……じゃない、俺の姉に似てて、驚いたっていうか」

「姉様? ウルグ君、姉がいるんだ」

「は、はい。一応」

「そう……。仲良かったの?」

「そうですね。いつも俺の面倒を見てくれました。……まあミリアさんみたいにべったりしたり、姉様呼びを強要してきたりしましたけどね」


 口説いてくるような感じが、セシルにそっくりだ。


「そのお姉さん、なんて名前?」

「えと……セシルっていう名前です。もう……亡くなってますけどね」


 バリン、と音がした。

 ミリアが机にぶつかり、食器が地面に落ちて、砕けた音だった。


「ミリアさん?」

「痛……」

 

 食器を拾おうとして、ミリアの指先が切れた。

 赤い血が流れる。


「大丈夫ですか!?」

「……問題ない」


 そう言って、ミリアは指をぺろりと舐める。

 すぐに店員がやってきて、落ちた食器を片付けた。

 

「…………」


 店員が去ってすぐに、ミリアが俺の体に手を伸ばしてきた。


「わ……」


 驚き、俺は椅子から転げ落ちてしまう。


「み、ミリア、さ」

「かわいいよ、ウルグ君」


 ふぅ、と耳に息を吹きかけられ、体から力が抜ける。

 ミリアから逃れようと体を動かそうとして、まるで読んでいたかのように押さえつけられた。

 なん、だ。

 様子が、おかしい。


「あ、ミリアさん……」


 どこか陶然とした表情で、ミリアは俺を見つめている。


「ねぇ、ウルグ君」


 そこで、ミリアは言った。


「――死ぬってどういうことだと思う?」

「…………?」


 唐突な言葉に、思考が一瞬止まる。


「死んじゃったら、私達はどうなるのかな。完全に意識が消失する、死んだ瞬間の感覚を永遠に味わい続ける、それともあの世があって、そこに向かうのかな」

「ミリア、さん?」


 やはり、ミリアの様子が、どこかおかしい。


「……自分がなくなっちゃうって、怖いと思わない? 自分という存在が消えて……残るのは骨とお墓だけで……周りの人からも段々忘れられて……お墓だって、いつなくなるか分かんない……。私はそれが、凄くこわい」


 どうして、そんな話を俺にするのだろう。

 でも、その恐怖は俺もよく分かる。

 だけどそれは、自分ウルグの周りの環境が、最高に恵まれているからだろうな。


「意外と……」

「……?」

「意外と、死んだら記憶を持ったまま、異世界とかに転生するのかもしれませんよ」


 俺の言葉に、ミリアは意外なことを聞いたという風に目を見開く。


「目を覚ましたら赤ん坊になってて、情報を集めると異世界でした! みたいな。例え話、ですけど……」


 まあ、俺のことなんですけどね。


「…………ふふ」

 

 そこで、ミリアは笑みを零した。

 

「うん……。そうだったら、いいね」


 それはどこか泣きそうな表情で、俺は一瞬言葉を失った。


「ありがとう、興味深い話だった」


 そういうと、唐突にミリアは俺に抱きつき、頬に唇を押し付けてきた。


「っ!?」


 ちょ、ま、な!?


「ねぇ、ウルグ君」

「は、はい!?」

「平等、正義、休息、祝福、愛情、浄化、期待……勇気、後は、そう……癒やし」


 どこか、期待のこもった眼差しでミリアは俺を見てくる。

 

「えと……?」


 分からない。

 何か、いい感じの単語の羅列に聞こえるが、その中から意味を見出すことが出来ない。


「……分からない?」

「んと……はい」

「ウルグ君は……違うのかな」

 

 酷くがっかりした表情で、ミリアは俺の上から降りた。

 一体、何を言いたかったのだろう。

 分からない。


「ウルグ君」

「……はい」

「…………ううん、なんでもない」


 どこか、煮え切らない態度のミリアに首を傾げるが、彼女はそれ以降、特に変わったことは言わなかった。

 日も暮れてきたので、店から出た。


「今日は付き合ってくれてありがと」

「いえ、楽しかったです」

「また、一緒に遊ぼうね」

「は、はい」


 そうして、俺達は別れた。


「……あれ?」


 帰り際、ミリアについていた筈の傷が跡形もなく消えているように見えた。

 まぁ、気のせいだろう。


 そうして、俺も改めて学園に帰ろうとした時だ。


「待て」


 ガッシリと、後ろから肩を掴まれた。

 振り返ると、長髪の騎士――フリューズが立っていた。


「……何の用ですか?」

「ミリア・スペレッセと関わるな」


 一方的な、強い言葉。

 何だこいつ。

 まず、前の件について謝罪するのが筋じゃないのか。


「理由を聞かせて貰っても?」

「騎士隊長が、君のような汚らしい者と話している所を見られたら、騎士団の品位が落ちる」

「…………」

「それに、私はミリア・スペレッセに余計な虫がつかないよう、見張っているように頼まれているのでね」


 滔々とそう語るフリューズの目に、どこか陶酔した色が見えた。

 一体、何なんだこいつは。

 

 俺は肩を掴んでいたフリューズの手を振り払い、言った。


「騎士ってのはその程度のことで落ちる品位しか持っていないのか?」

「……なに?」

「あんたが誰に頼まれていようが俺の知ったことじゃないし、くだらない品位とやらにも興味はねぇよ」


 フリューズから、ギリッと歯ぎしりする音が響く。


「俺は俺のやりたいようにやるだけだ。あんたに口を挟まれる筋合いはない。

 ミリアさんと俺を関わらせたくないなら、ミリアさんに直接そう言えばいい」


 そう言って、俺は警戒を解かないままにフリューズに背を向けた。


「用件がそれだけなら、俺はもう行かせて貰う」


 そのまま、学園に向けて歩き出す。

 フリューズは立ち尽くしたまま、何かをしてくる気配はない。

 どうやら、ここで襲ってくるようなことはしないらしい。


 あいつ、ミリアに惚れでもしてるんだろうか?

 まぁ、どちらにしろ俺には関係のないことだ。


 だが、嫌がらせされる可能性もあるし、あいつには注意しておこう。


 その後、何事もなく俺は家に到着した。

 


 これは余談なのだが。


 エレナにミリアと会ったことを話すと、


「ミリア? ああ、あのショタコンか」

「しょ、しょた?」

「そうだ。《分析剣》の奴はな、大の年下好きなんだ。しょっちゅう年下にちょっかい出して、仲間に怒られてるらしいぜ」


 こんな答えが帰ってきた。

 おい。

 もしかして、ミリアが俺に絡んできたのって……。


「……おいウルグ。お前、まさか」

「いや、そんなことないですよ!?」

「そんなことって、どんなことだ? 言ってみろウルグちゃん」


 と、ジークに対する鬱憤からか、エレナに散々からかわれたのだった。


前話で、100話に到達しました!

ここまで応援して頂きありがとうございます!

完結に向けて、頑張ります!

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