第7話
こうも意味不明な出来事が続くと流石に疲れが出てくるのは容易に想像できる。剣の心労は客観的には判断することはできなくなっていた。
そんな剣であったかが、今日ばかりはそれらを忘れてしまえそうだ。
今朝、学校に着いてからのことだ。自分の席に着き、昨日持って帰るのを忘れたと思われるノートがあるかどうかを確認した時のこと。幸いなことに目的のノートはあった。その上に、見慣れない紙が置いてあった。
それは淡いピンク色のした便箋であった。手紙かとすぐに理解し裏を返してみると。
剣君へ
柔らかい字体から女子が書いたということが一発で分かった。一緒にこれがラブレターであることも。
剣は顔立ちは整っているのだが、目立つことをあまり好まないので、異性から嫌われることも、好かれることもほとんどなかった。いつも、周りを囲むのは男ばかりだ。その中心にいつも仁がいる。
勢いでトイレに駆け込んでいた。剣だって思春期真っ只中の男子である以上、初めてのラブレターにドキドキを感じずにはいられないのだ。
割れ物を扱うのかというほど慎重にハートの形をしたシールを剥がす。ゆっくりと中身を確認する。
伝えたいことがあるので 放課後 体育館裏に来てくれませんか?
この頼みごと自体が告白のようなものだった。
それからというもの、授業など一切頭に入ってこなかった。
差出人は誰か。本当に告白されるのか。自分のどこが好きなのか。いや、これはドッキリではないのか。最悪なのは男が書いたのではないか。
こういう心配事に限って、時間の流れは早くなるもので、色んな意味で待ち望んだ放課後である。
ホームルーム終了と同時に教室を出て、体育館裏へと向かう。女の子を待たせるのは失礼だ。妙なところで真面目な剣はとにかく誰よりも校舎を抜ける。
身だしなみに最大限の注意を払い、目的の子を待っていた。次第に運動部の掛け声がこだまで聞こえる。体育館からはボールを打ち付ける音が漏れてくる。多分、バスケ部とバレー部であろう。
何時間たったのかは定かではないが、少なくともこの男にとっては大きな問題ではなく、
「す、すいません。待たせてしまって」
この声が聞こえたのはたった数分のことだと思えた。
「い、いや全然」
「日直だったものだから」
やって来た女の子|(どうやらラブレターは本物のようだ)は黒髪を胸の辺りまで下げており、少々小柄で、目は大きくパッチリとしていた。この時点で剣の好みを打ち抜いている。
「ぜ、全然大丈夫」
さっきから同じことしか言えていない。
「来てくれて、ありがとう」
「う、うん……」
「それで…………」
「う、うん……」
この二人の不器用な場面を即刻ぶち壊しにいってしまいたいものだが、ここは大人になろう。
「わ、私と……その……」
もうここまでくれば次の言葉を待たずとも返事げできてしまうが、形式のようなものなので剣は止めることをしない。
「つ、付き合ってくれませんか」
よし来た、と言わんばかりの瞬発さで承諾しようとした。
「ごめんなさい」
透き通った声が二人の耳に刺さるように割り込まれる。その声がしたおよその方向を見る。
「…………ルカ?」
彼女がフェンス越しにこちらを見ていたのだ。いつからいたのかが気になる上に、今までのも聞かれていたら恥ずかしくて仕方ないのは仕方ないのだが、それよりもここにいる理由が一番知りたかった。
「彼、私と付き合ってるの」
もちろん大嘘だ。ルカが剣に言ったのは仲間にならないかということ。しかも、それを断っている。
「あ、そ、そうなんだ。彼女がいたんだ。当然だよね。本当にごめんなさい」
剣の人生最初の異性からの告白は、横槍を入れられた上に一方的に振られた。
「意外とモテるんだな」
「何しに来やがった?」
顔を合わせるだけで言いたいことが伝わり迷惑しているというのに、邪魔されてしまったとなれば、せっかくいつも通りに戻ったと思えたのにストレスは限界値に向かってブレーキを忘れたまま全速前進であった。
「一つ、忠告しに来たんだ」
「忠告だぁ?」
いつもの勧誘かと思ったが、意外にも今日は目的が違っていたようだ。
「さっきの女。はっきりとは分からないが、どうやらアクと何か関係があるらしい」