第2話
逆光で少女の顔を見ることはできない。しかし、どことなく漂うその雰囲気は路地裏と濡れたアスファルトの臭いを掻き消した。
少女はくノ一と間違うほどの身のこなしで降りてきた。よく考えると3階建ての建物から降りてきている。本来なら落ちたと言うべきで、無傷で済む訳がないのだが、少女の顔は一切曇らなかった。
少女が何者であるのかちょっとした好奇心で聞いてみようかと唇を開ける前に向こうから言ってきた。
「おめでとう」
祝われる筋合いがない。その言葉の意図が気になるまま、先に抱いた質問を言う。
「アンタ、なんなの?」
少女は変な間を取りながらも答える。
「私の名前はルカ。マスクの適合者の勧誘をやっている」
剣は次の質問が出なくなった。気になる単語があるが、言葉を受け入れるのに時間がかかる。
「君の名は?」
「えっ? つ、剣だけど……」
「そうか。おめでとう、少年・剣。君はこのマスクの適合者だ」
「ちょっと待てよ。マスクってこれのことだよな?」
手にしているマスクをルカに見せつける。それをじっと見つめた彼女は首を縦に小さく振った。
「それで、適合者ってのはなんだ?」
「このマスクは特殊なものでな。見られる人間も触られる人間も限られている。君はこのマスクを発見し、拾った。だから適合者だ」
かみ合っているようでかみ合っていない会話がじわりじわりと剣の余裕を削っていく。
「だから!このマスクは一体なんなんだよ!」
怒号に近い声を出すも、それに物怖じしないルカ。顔色一つも変えずに呟くようにして剣に言う。
「そのマスクは、言わば鍵だ。ヒーローに変身するための」
言葉を失った剣は日常から切り離される。月が雲に隠れ、彼の後ろを横切った車のライトがルカの顔を鮮明に照らした。その時のルカは僅かながら、片方の口角が上がっていたように見えた。