第1話
傘を持ってくればよかった。
学校からの帰り道のことである。名を剣と言う高校1年生の少年は、友達と寄り道をして、すっかり日も沈み始めようとし、月の光が綺麗に輝きだしていた頃。日課と言うほど大したものでもないが、好きな音楽を聴きながら何となく気持ちを高ぶらせていた。
交差点に差し掛かる。赤信号に止められてしまった。ここの信号は長いから早めに渡ろうとしていたのに、母親からのメールに返信をしていたので気づかなかった。
無意識にストレスが溜まったが、軽く受け流す。隣の信号機が点滅した正にその時だ。
カタッ
何かが落ちたような音が聞こえてきた。正確に言えば、脳に響いた。
初めは信号の音だと思っていたが、一度しか聞こえないはずはない。さらに奇妙なことは、自分はイアホンをつけて音楽を聴いている。音が漏れるほどではないが、前にいる女子高生3人の会話が一切聞こえないほどの音量であることは確かだ。にも関わらず、その音がはっきりと音楽を押しのけるように聞こえてくるのは流石に普通ではない。
不思議だと思うのは当然のこと。音楽を止め、イアホンを外す。流れ込むように雑音が耳に入ってくる。次には、足が独立して動き始めていた。
その時に考えていたのは、そういえば今日の英語の時間に赤ちゃんの夜泣きを聞くと女性はすぐに起き上がることができ、男性はその場所がすぐ分かる。という内容の英文を読んだなぁ。それと同じ感覚なのであろうか、その音の発信源を体は知っているのだ。
暗く狭い路地裏に辿りついた。大きめのゴミ箱が並んでいる。散らかってはいなく汚くもないが、何となく臭いがして近寄りたくはない雰囲気であった。それでも迷うことなく進んでいったことは脳が指示したことではない。
立ち止まると、目に飛び込んできたものは――
「お面か……?」
奇妙な形をしたマスクであった。かっこいいと一瞬思った。だからなのか、手を伸ばし何気なく、本当に何の意図もなくそのマスクに触れた。すると――
「とうとう選ばれたか」
どこからともなく声が聞こえる。感じからして女の子だ。辺りを見回すが人はいない。
頭上に水滴が落ちてきた。30%の降水確率もバカにはできないなと思いながら、空を仰ぐ。
3階建ての建物の屋上の手すりに乗っている恐らく同い年くらいの女の子を見つけた。
雨が強く顔を打ち付ける。