第15話
瞬きしている間だったと思う。たった零コンマの時間で自分に背を向けていた空色が懐に入って来たのだ。
「……ぁあうっ」
激痛が駆け巡る。吐血こそしなかったものの、少量の唾が飛び散る。
そのまま、倒れ込む。冷静に考えてみると、いくら不意に鳩尾を突かれたからとは言えど、小学生の、しかも女の子のパンチにこれほどの威力があるのだろうか。
ひょっとしたらこれこそが彼女の能力なのか、という考えが頭をよぎる。怪力という能力であったり、俊足という能力かもしれない。いずれにしろ、常人が成せる業ではない。
「…………く、おん……じ…………」
腹を抱えながら何としても話し合いに持ち込めないか試みようとする。この時点で普段は使わないが、腹式呼吸が使い物にならず、大声を出すことが困難になっている。
「どうした? お主が仲間になるまで殴打は続くぞ」
こんな強引な勧誘があるもんか。常識的に考えてそれは正論ではあるが、向こうが非凡である以上、一般的なそれは通じないと断言して間違いないだろう。
ともかく、戦う術はない。いつもついてくるマスクはこの程度の距離じゃ反応しないことに気づく。今のところ、仲間になる、ならないの水掛け論に持ち越せられれば上等であるが、それができるなら向こうも攻撃しては来ないはずだ。
できることは、逃げることと、仲間になること。後者の選択を避けることを考慮すると痛みに耐えながら、自分より速い相手をまかなければならない。これは結果的に意味がない。どちらにしろ、学校には戻らなくてはならないので、そこをつかれたら終わりだ。関係のない人間を巻き込むのも後味が悪い。
残ったものは、殴られ続けること。痛みにさえ耐えられれば済む話だから、完全なる根性論ではある。正直、自信など一かけらも存在しないが、被害は自分自身にのみ抑えられる。
逃げることを諦め、大人しくサンドバックになる覚悟を決める。実は、腹の痛みが未だに消え去らないので、そもそも逃げること自体不可能ではあった。
空色が飛びかかってくる。反射的に身構え、目を閉じる。
目の前に赤い閃光が横切る。何のことだと目を開けると、空色が歩を退いていた。
「邪魔が入ったか」
そういうと、またもや小学生とは思えない速さでその場を去って行った。
何が起きたのか皆目見当がつかないが、光が放たれたと思われる右側の小さな林に目を向ける。
そこには、マスクで顔を隠し、巨大な銃を肩に寄りかからせた比較的華奢な人間がいた。恐らく、男だとは思うのだが。
男は剣を見ると、すぐさまその場を後にした。
「ま……」
お礼を言おうとした所で気が抜けたのかまたもや倒れる。どうやら、肉体的ダメージではなく、裏切られたと思う精神的ショックの方が勝ったようだった。