川上菜穂美③
「マスターさんからメッセージ入ってたよ。今日用事ができたから行けなくなった。皆さん楽しんでおいで、だって」
聡がスマートフォンを見ながら言う。
「大正解ね」
菜穂美が言うと、貴史は照れたような表情を見せた。
駅前から移動した四人は、街の中心からは少し外れたカフェへと来ていた。
店内はログハウスのようなお洒落な木目調になっており、木の匂いとコーヒーの匂いが良い感じに混ざり合っている。
昼飯時から少し外れた時間になっていたため、客はまばらで、騒がしさも少ない落ち着いた雰囲気だった。
「ところでさ」
ブレンドコーヒーを一口飲んで、聡が口を開いた。
「俺と貴史は本名がばれちゃったから、それで呼んでもらうとして、ナミさんとパパさんはそのままでいいのかな?」
見る限り、貴史も聡も悪い人間ではなさそうだ。
本名を明かしてしまっても問題ないだろう。
「私は川上菜穂美。好きに呼んでくれたらいいよ」
またしても少し強めの口調でそう言ってしまった。
どうにも、上から口調が抜けない。
自分の中で変なキャラクターが定着してしまいそうだった。
それでも男性陣二人は、あまり気にしていない様子で頷いた。
「分かった、じゃあ菜穂美って呼ばせてもらうよ」
聡が返事をすると、三人の視線はもう一人の女の子に注がれた。
「……中川友香、です」
もう一人の女の子が消え入りそうな声で答える。
「なかがわ、ゆうか?」
聡が聞き直すと、友香はゆっくり頷いた。
「じゃあ友香って呼ばせてもらうね」
聡の口調はなぜか友香を慰めるようだった。
それにしても、あのPapaPopoがオフ会にやって来たのは意外だった。
そしてこんな若くて大人しい子だということにも。
恐らく貴史と聡も面喰らっていることだろう。
友香は常に俯き加減で、自分の注文したミルクティーを見つめていた。
「それで、早速今日の本題なんだけど、人数当たってたよね?」
貴史がおずおずと切り出した。
そうだった。今日は貴史の予知夢についてのオフ会だった。
「予知夢を見れるようになったのは間違いなさそうね」
「うん、人数も男女比もピタリと当たってたからな」
「それでさ、これからどうしたらいいと思う?」
貴史は、もの凄くザックリとした質問をした。
「どうしたら、とは?」
皆を代表して聡が聞き返す。
「うーん、この力を有効に使える方法はないかなって」
一同は沈黙した。予知夢を上手く使う方法か……。
「ちょっと聞いていい?」
何故か高圧的なキャラクターだと普通に話せるようになってきていた。
「何?」
「今まで見た夢と、現実に起こったことをもう少し詳しく聞かせてもらえない?」
貴史は黙り込み、俯いた。
何か自分の中で葛藤しているようだった。
余計な事を聞いてしまったかな、と焦ったが、貴史は皆の方に向き直り、何かを決心したかのように口を開いた。
「分かった。今までみんなには嘘をついてたこともあったけど、今日は全部本当のことを話すよ。最初に……。僕、実は社会人じゃなくてニートなんだ。働いてないダメ人間だ」
菜穂美には以前から何となく分かっていたことだった。
働いている聡やMASTER_Qと違い、貴史にはどこか緊張感に欠ける部分が見え隠れしていた。
一番驚いていたのは聡のようだった。
「え、そうだったのか……」
ショックを受けたように呟いている。
友香は俯いたまま、何のリアクションもない。
その後貴史の口から、二日前の夢と聡と出会った時のこと、昨日の夢と母親との電話でのやり取りが語られた。
チャットでは大雑把にしか聞いていなかったが、詳しく聞くと細かい部分まで夢と現実が合致しているようだった。
「それで、今朝の夢は?」
「ここで四人集まって話をしている夢だった。カフェの内装も席も全く一緒だったよ。ここに来てから思い出したんだけどな。」
「出来事が起こってからじゃないと思い出せないの? それじゃあんまり意味なくない?」
せっかく夢で見ていても、それまで思い出せないなら予知夢の意味がなくなってしまう。
「いや、そうでもないんじゃないかな?」
菜穂美の言葉に聡が口を挟む。
「だって、メモに書いてたことは正しかったわけだろ? 詳しく夢の内容を書いておけば全部覚えていられるんじゃないか?」
なるほど、起きてすぐなら夢は覚えているのか。
ただ、貴史が夢日記をつけるようなマメなタイプだとは思えなかった。
「貴史、自分で夢に見たこと書き留められる?」
「うーん、そういうの苦手なんだよな……」
やはり難しそうだ。
「あの、ちょっといいですか……?」
今まで沈黙を続けてきた友香が突然口を開いた。3人の視線が一斉に友香に集中する。
「貴史さんの夢を聞き取りするというのは……?」
友香は視線から逃げるように、身を縮まらせて話す。
最後の方は声が小さすぎてほとんど聞き取れなかった。
「えっ? どうやって?」
「起きた直後の貴史さんに電話するんです。それで貴史さんから聞いた話を皆さんにお伝えする。という流れで……」
それならば貴史が忘れていても他の第三者が覚えておけそうだ。
少なくとも貴史一人だけが知っているよりも、忘れる確率は低くなりそうな気がする。
「僕起きるの十時頃だぜ?」
ニート宣言をして開き直ったのだろうか。貴史は事もなげに言う。
「分かった、じゃあ私が電話してあげる。その代わり、講義がある日もあるから朝九時半までには連絡する。いい?」
菜穂美は自分の言葉に内心驚いていた。
男に電話するのか、私が? 毎日?
「じゃあ決まりだな。早起きしろよ、貴史」
聡はからかうような笑みで、貴史に向かって言った。
「起きられるかな……」
貴史は心配そうにしている。
「大丈夫じゃないでしょうか。まだ完全に起ききる前の方が覚えてるかも……」
友香の言葉に貴史以外が頷く。
「予知夢を有効利用するのは、それが上手くいってから考えましょ」
「うーん、そうだな。頑張ってみるよ」
貴史は渋々頷いた。
こうして貴史の夢保管計画はスタートを切ったのだった。