川上菜穂美①
(ああ、どうしよう。決まっちゃったよ……)
都心から電車で三十分、そこから五分ほど歩いた場所に、マンションが立ち並んだ住宅街がある。
菜穂美が一人暮らしをしているマンションもその住宅街の中にある。
近くのものと比べ、若干値が張る部屋だ。
女の一人暮らしだからと心配した両親が、安全な物件が良いと高いお金を払ってくれた部屋だった。
午前一時、住宅街は全てのものが眠りについたように静寂に包まれていた。
(もう少し、後にした方が良かったかな……? でも、もう決まっちゃったし……)
静まりかえった部屋の中で、菜穂美は同じ場所を行ったり来たりウロウロしていた。
頭の中は明日のオフ会の事でいっぱいだ。
自分で言い出したことにも関わらず、菜穂美は一人不安と闘っていた。
(大丈夫! いつも通りに接すれば何も心配ない!)
自分を鼓舞して気持ちを落ち着かせようとする。
しかし、その努力も空しく、興奮と不安は一向に消える気配がない。
菜穂美は人と接するのが大の苦手であった。
特に男性とは、顔を見て話すことすら困難な状態である。
その為二十歳の今まで、男性と付き合った経験もなければ、男性の友達すらできたことがなかった。
そのことで菜穂美は危機感を抱いていた。
このままでは一生孤独のままで生きていかなくてはならなのではないか。
そして誰にも気づかれずに一人寂しく野垂れ死んでいくのだろう。
嫌だ。そんな人生はまっぴら御免だった。
何か良い方法はないかと探していた時、幸いネットの中では誰とでも気軽に話をすることができることが分かった。
特にWINKのコミュニティは居心地が良く、他の四人と気兼ねなく話すことができた。
このままネットだけで楽しく過ごしていくのも良かったが、それでは結局、現実社会で孤独なことに変わりはない。
菜穂美はコミュニティのメンバーと直接会って、孤独脱出の足がかりにしようとオフ会の開催をやや強引に決めたのだった。
その為には、明日のオフ会は必ず成功させなければいけない。
TAKA_302の言う予知夢は、実際のところ会うための理由づけに他ならない。
明日のオフ会には、TAKA_302とSATO_00、最低でも二人の男性が来るはずだ。
ひょっとしたらMASTR_Qもpapapopoも男性かもしれない。
男性ばかりの集団の中で、上手くやっていくことができれば、これからの人生は大きく変わってくるはずだ。
しかし、失敗すればコミュニティにいられなくなる危険性もあった。
これは菜穂美にとって大きな賭けである。
(上手くいく! 上手くいく! 上手くいく!……)
何度も上手く話しているイメージを頭に思い描く。
時刻は既に午前2時を回っていた。