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夢現  作者: 猫芽ヒカル
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谷口貴史④

 ――遠くで何か音がする。


 その音は次第に大きくなっていき、電話の着信音だということが分かってきた。

自分の携帯電話と同じ着信音だ。

その音量はどんどん大きくなってきて、遂には耳のすぐ横で鳴っているかのような爆音になった。


すると目の前に突然、携帯電話が現れた。

現れた、というのは正しくないかもしれない。

今まで何も見えていなかっただけだったのかもしれないからだ。

どちらにしても今、あぐらをかいた自分の前にはポツンと携帯電話が置かれていた。


これは出るべきなのだろうか。

自分にかかってくる電話は限られている。

母親か、昔の友人か……。

どちらにしてもあまり話したくないのは同じだった。


しかし、母親の場合、仕送り関係での連絡ということも考えられる。

貴史は仕送りが唯一の収入源のため、それが止まってしまうことは避けなければならない。


渋々、貴史は携帯電話を手に取り、電話に出た。


「もしもし」

「あっ、貴史? お母さんだけど」


思った通り、電話の主は母親からだった。


「何?」

「最近全然連絡ないからかけてみたのよ。就職はどうなってるの?」

「やってはいるけど、受からないな。不況だから厳しいよ」


実際には就職活動はもう二年以上やっていない。

貴史の心にチクっとした痛みが走る。


「そう。今のご時世やっぱり就職は厳しいのかねえ……。こっちに帰ってくる気はないのかい?」

「帰ったところで働くところないだろ? まだこっちの方が仕事は多いからさ」

「うーん、そうだけどねえ。うちもなかなか厳しいんだよ。お父さんもお母さんも年取ってきて、いつまでも仕送りできなくなってくるからね」


実家がそれほど裕福でないことは貴史にも分かっていた。

針で刺されたような痛みが話すたびに心に突き刺さっていた。


「ごめんな。今パソコンの資格を勉強してるんだ。取れたらすぐに就職できるようになるから。だからもう少しだけ仕送り頼むよ」


仕送りが止まってしまうかもしれない危機感で、口からは大嘘が飛び出していた。


「そうかぁ、貴史は資格を目指してたんだねえ。わかったよ、こっちはなんとか遣り繰りするから」

「うん……。ありがとう」

「それじゃ身体に気をつけなさいね」


電話は数分間の出来事であったが、貴史の心は罪悪感のナイフで傷だらけになっていた。本当は今すぐにでも土下座して謝りたい気分だ。


(ごめんなさい、お父さん、お母さん。僕は正真正銘のダメ人間になってしまいました。

就職活動なんて全くせずに、昼間からゴロゴロして過ごしています。

昨日なんかは昼からお酒を飲んでいました。本当に僕はダメでカスで……)


心の中で懺悔が続く中、空間がグニャリと崩壊していき、そして――。


目を開ける。目頭には僅かに涙が溜まっていた。


自分の汚い部分を見せられてしまったようで、貴史はしばらくベッドから起き上がれず、感傷に浸っていた。

それほどまでに生々しい夢だった。


五分後、ようやく重い腰を上げ、布団から這い出た。

寒い。

すぐさま身体に毛布を巻きつけた。


窓の外を見ると、まだ僅かに雪が降り続いているようだった。

道路や近所の屋根にはうっすらと白い膜ができている。

この辺りでは雪が積もることは珍しい。

貴史は今日一日外出しないことを即決した。


外出しないと決めたものの、貴史にはやることがなかった。

もっとも、これはいつものことで、悩みの種の一つでもある。

熱中できる趣味や特技を何も持っていないのだ。


ひとまずテレビを流しながら、PCでニュースサイトを漁る。


“防衛大臣の失言、予算議決に影響か”

“日経平均下落続く、不況感根強く”

“サッカー日本代表、最終予選に向け合宿開始”


どれも貴史には興味がない記事だった。


どうも今のような生活になってから、何事にも興味が薄れつつあるような気がする。

いや、以前も特に何かに興味を持っていた訳ではないが。

とにかく、何か熱中できることを探す必要がある。


貴史はPC内に入っているゲーム「マインスイーパー」を起動させた。


(今日こそ上級クリアしてやるぜ!)


マインスイーパーは地雷を踏まないようにマス目をあけていくゲームである。

マス目には隣接するマスに何個地雷が設置されているかが表示され、それをヒントにしてマス目を開いていく。

地雷があるマス目を開いてしまったらゲームオーバー、地雷があるマス目以外の全てのマス目を開けることができればクリアとなる。

難易度が上がるにつれマス目も地雷の数も増え、解くのが難しくなってくる。

貴史は中級までクリアしたことがあったが、上級はいつも途中でリタイアしていた。


 気まぐれで始めた攻略は、一回目、勘を頼りに開いて失敗。

二回目は凡ミスであえなく失敗。

三回目、四回目……なかなかクリアできずにいた。

貴史の挑戦は続いた。


テレビはその間、お昼のバラエティ、ドラマ、ワイドショー、夕方のニュースと次々番組を流し続けていた。

 

五回目の挑戦は順調に進み、残りのマスは僅かになってきていた。


(ここは慎重にいきたいところ……)


貴史は慎重に開けられるマスを吟味する。


 ジリリリリリリ ジリリリリリリ


突如、携帯電話が大きな音を発した。貴史はPCの画面に見いったまま、折り畳み式の携帯電話を開いた。


「もしもし、貴史? お母さんだけど」


間違って着信ボタンを押していたようだ。電話口から母の声がする。

貴史は慌てて携帯を耳に押し当てる。


「もしもし、ごめん! どうした?」

「あ、貴史。ずっと連絡してこないからどうしてるのかと思って」

「元気でやってるよ」

「就職活動の方はどうだい?」


痛いところを突かれた。マインスイーパーへの集中が途切れそうになる。


「うん、続けてはいるんだけど、まだ決まってない」

「今のご時世、就職は厳しいんだねえ。こっちに帰って来る気はないのかい?」


貴史の実家は地方の田舎である。

今更、家族と同居生活などできないし、すぐに近所の噂になる田舎になど帰れるはずもなかった。


「帰っても就職口なんてないだろ? まだ都会の方が仕事あるって」

「うーん、そうだけどねえ。うちもなかなか厳しいんだよ。お父さんもお母さんも年取ってきて、いつまでも仕送りができなくなってくるからね」


仕送りが止まる、これは貴史にとって死活問題であった。


「ちょっと待ってよ! もうすぐなんだ。今パソコンの資格を勉強しててさ。もうすぐ取れそうなんだ。そうしたら就職口はいっぱいあるからさ」


もちろん嘘である。

もうすぐなのはせいぜい、マインスイーパーの上級クリアくらいのものだ。

どこかで最近感じたような心の痛みがする。


「そうかぁ、貴史は資格を目指してたんだねえ。わかったよ、こっちはなんとか遣り繰りするから」

「ごめん。ありがとう……」

「いいのよ。それじゃ身体には気をつけるんだよ」

「うん、じゃあね……」


電話はそこで途切れた。


仕送りはなんとか継続することになったものの、素直には喜べなかった。

母親との電話の度にいつも罪悪感に駆られる。

つい最近も……。あれ、母親との電話は久しぶりのことではなかったか?


「あ!」


今朝の夢だ。また夢に見たことが現実に起きている。

これは一体……。

貴史は母親との電話の件も忘れ、正夢という現実逃避の材料に飛びついていた。


マインスイーパーへの集中力はとっくに切れていた。

適当なマス目をクリックすると、画面には見慣れたゲームオーバーの文字が表示された。


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