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夢現  作者: 猫芽ヒカル
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園田雄一郎②

 ――ある春の日、野田に運転させドライブを楽しんでいた雄一郎は、道を歩く一人の青年を見かけた。


(あれは……)


 どこか見覚えのある顔だった。


 だが、どこで会ったのか思い出せない。

 青年は浮かない顔をして、小さなアパートへと入って行った。

 その男が妙に気になった雄一郎は、野田に素性を調べさせた。


「彼の名前は、谷口貴史。ご主人様とは一度、会社の面接でお会いしております」


 数日後、野田に調査結果を告げられた。

その報告を聞いても、雄一郎は何も思い出せなかった。


(面接に来ていた男か。何も見込みがなさそうな男だが……)


 当時の採用面接の書類に目を通しながら、雄一郎は首を捻った。

その男が、なぜ今になって気になるのだろうか。

 谷口貴史という男は、現在就職せずにニートになっているらしい。


(どうも気になる……)


 雄一郎はどうにかして男とコンタクトを取りたいと思った。

しかし、直接尋ねて行ってもまともな会話などできないだろう。


 そんな時、放置していたWINKを思い出した。

素性を明かさなければ男とざっくばらんに話ができるかもしれない……。


 雄一郎は、男に自分のWINKコミュニティへ招待するメールを送った。

 貴史は簡単に食いつき、雄一郎とチャットするようになった。

自分でも理由が分からないまま、貴史とのチャットを続ける毎日。

 チャットの内容は、普段の雄一郎なら鼻で笑ってしまうような、社会批判や愚痴が大半を占めた。

 しかし、チャットでは貴史の話に頷き、相槌を打つ、熱心な聞き役を続けていた。


 いつまで経っても貴史に興味を持った理由は分からない。

しかし、それに苛立つでもなく、雄一郎は毎日貴史の話を熱心に聞き続けた――。



 ――貴史とチャットを始めてから二カ月。

季節は初夏になっていた。


 雄一郎が近所の散歩をしている時のこと。

 向こう側から女子中学生が一人歩いてきた。

何も変わったところがない普通の女子中学生だ。


 雄一郎はその女子中学生が、妙に気になった。

雄一郎は貴史のことを思い出していた。


(あの時と同じか……)


 女子中学生はこちらを気にする様子もなく、雄一郎の横を通り過ぎて行った。

一体、何が気になるのか。

 野田に連絡を取り、彼女を調べさせることにした。


「彼女の名前は中川友香。坂上中学の三年生でございます。中学校では特に問題などは起こしていませんが、裏でネットの荒らしを行っているようです」


 やはり報告を聞いても、なぜ気になったのかよく分からない。

貴史と違い、今まで会ったこともなさそうだ。

ネットの荒らしとはなんだろう?


 自分が何を求めているのか分からないまま、雄一郎は彼女もWINKへ招待することにした。

しかし、友香は一筋縄ではいかなかった。

普段から荒らしを行っている友香の元にはスパムメールが大量に届いており、友香はWINKへの招待メールもそれと同様のものとして相手にしなかったのだ。


 どのように誘うべきか思案していた雄一郎はある日、散歩の途中で友香と再会した。

友香が一人で公園のベンチに座っているのを見つけたのだ。


 雄一郎は直接声をかけてみることにした。


「こんにちは」

「こんにちは」


 友香は機械的にこちらへ振り向き、挨拶を返してきた。

どことなくギクシャクした動きに見える。

挨拶を終えると友香はすぐにそっぽを向いてしまった。


(ふむ・・・。少し脅かしてみるか)


「あなたのことは知ってるよ、中川友香さん」


 友香はびっくりしたように振り返った。

 雄一郎はポケットからWINKのアドレスが書かれた紙を取り出し、友香に差し出した。


「掲示板を荒らしたいなら、ここに来るといい」


 友香は訝しげな表情で紙を受け取った。

雄一郎は唖然としている友香を残し、その場を離れた。


 翌日、友香はWINKへ現れた。

 最初は自分と関係ないコミュニティを荒らし回っていたが、やがて導かれるように、貴史と雄一郎のコミュニティへやって来た。

 友香の荒らしに過剰に反応していた貴史だったが、雄一郎の仲裁もあり、いつしか貴史も友香をコミュニティの住人として認めるようになっていった――。



 ――3人の不思議なコミュニティが出来上がってから九カ月が過ぎた。

雄一郎がWINKを本格的に利用し始めて丁度一年が経っていた。


 雄一郎は付き人を引き連れ、都心へ買い物に来ていた。

 買い物を終え百貨店を出た時、付き人の一人が女性とぶつかった。


「す、すいません……」


 女性は聞き取れないほどの声で、付き人に謝罪した。


 雄一郎はその様子をじっと観察していた。

そのおどおどしている女性が、無性に気になったのだ。

女性は謝罪を済ませると、逃げるように走り去っていった。


 雄一郎は野田にこの女性の素性を調べさせることにした。


「名前は川上菜穂美。平成大学の1年生でございます。人と接するのが苦手なようで、特に男性とは話もできないようでございます」


 今度は人と上手く話せない女性か。

どういう基準で「妙に気になる」アンテナが動くのか自分でも良く分からなかった。

自分とは違う世界に生きている人間ばかりだ。

どこか問題がある人間に惹かれるのはどういうことだろう?


 雄一郎は菜穂美とコンタクトを取るために、「人とうまく話せるトレーニング」と称した、WINKコミュニティの招待状を送った。

菜穂美は疑いもせず、コミュニティへ加入した。


 「人とうまく話せるトレーニング」というのはあくまで菜穂美をコミュニティに入れる為の方便だったのだが、それは意外にも現実となった。

チャットではおどおどした様子もなく、しっかりと自己主張して会話ができることが分かったのだ。


 菜穂美が加入したことにより、貴史にも少し変化が現れた。

それまでネガティブな発言ばかりを繰り返していた貴史が、菜穂美との交流を通して普通の会話ができるようになっていったのだ。

 雄一郎はその様子を満足げに眺めていた――。



 ――それから更に半年後、季節は秋となっていた。


 雄一郎は以前の自分の会社、現在の長男の会社へ視察に出かけていた。

 その帰り道、スーツ姿の男性を見かけた。

男性は額に汗を浮かべ、一緒に歩く上司らしき人物にペコペコと頭を下げていた。


 運転していた野田に声をかけ、すぐさま男性の素性を調べさせることにした。

四度目の「妙に気になる」現象が起きたのだ。


「彼の名前は向井聡。地域のフリーペーパーを発行している出版会社にアルバイトとして雇われております。職場では、いじめというか、パワハラのようなものを受けているようでございます。ちなみに、谷口貴史の高校の同級生でもあるとのことです」


 今度は職場のいじめか。

それとも貴史と同級生というのは何か関係するのだろうか。


 雄一郎は、聡がよく訪れていた掲示板に、WINKのURLを張り付けた。

そしてWINKに登録した聡を、コミュニティに招待することに成功した。


 聡はコミュニティに加入後、他のメンバーにとても気を遣い、メンバーの調和を大事にしていた。

 この場では自分の全てを吐きだす他のメンバーと違い、決して弱音を吐かない聡。


(さて、どうしたものかな・・・)


雄一郎はそんな聡を心配しながらチャットを続けた――。



 ――こうして現在のコミュニティのメンバーが揃った。

 メンバーは毎日夜中に集まっては、とりとめのない雑談をして過ごす日々が続いた。


 雄一郎にとって、WINKでチャットしている時間は、いつの間にかかけがえのない物になっていた。

 チャットに参加しながらも一歩引いてメンバーを見守る。

まるでそれは、子どもの成長を見守っているようでもあった。

雄一郎は自分の心が段々と穏やかになっていくのを感じていた。


 半年ほど経ったある日、チャットでは貴史が予知夢を見たという話で盛り上がっていた。

最近、チャットではずっとこの話題で持ちきりだ。


 雄一郎は当初、貴史が精神に異常をきたしたのではと疑ったが、どうやらそういう訳ではないようだ。

 半信半疑ではあるものの、メンバーの楽しそうな会話を聞くのが楽しみになっていた。


 そして、菜穂美の提案でコミュニティ初のオフ会が開かれることになった。


(まさか菜穂美が言い出すとはな……)


 貴史の予知夢を境に、メンバーの中で何かが大きく動き始めたようだった。

 貴史の予知夢は、オフ会に自分が参加しないことをピタリと言い当てた。そして今日は聡からメールが来ることを当てたらしい。


 雄一郎は貴史との最初の出会いを思い出した。

この能力が気になった原因なのだろうか?

しかし、あの何の変哲もない男が急にそんな力に目覚めるものだろうか……。


 雄一郎は慎重にメンバーの様子を窺うことにした――。

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