園田雄一郎①
目を開ける。
木目の天井がぼんやりした視界に映った。
それはとても遠くに思える。
まるで一生かかっても到達できない場所のようだ。
雄一郎はこの天井を一日に何度も見つめている。
「誰かおらんか?」
自分でも驚くほど掠れた小さい声だった。
しかし、そんな小さい声にも関わらず、部屋の襖は、そっと開いた。
「何か御用でしょうか?」
部屋に入って来たのは、執事の野田だった。
布団の近くまで寄ってきて、片膝を折る。
「水を一杯くれ」
「畏まりました」
きびきびとした動作で野田は部屋を後にした。
「失礼します。」
一分も経たないうちに、野田がグラスと水差しを持って現れた。
雄一郎は野田の手助けを受けてゆっくり上半身を起こし、水の入ったグラスを受け取る。水を一口飲むと、意識がはっきりしてきた。
「お加減はいかがですか?」
野田が落ち着いた口調で尋ねてくる。
「ああ、大丈夫だ」
実際には何が大丈夫なのかも分からないような、全身の痛みがある。
しかし、これはもう野田に言ったところでどうしようもないだろう。
「それでは、失礼いたします」
野田はそう言うと、静かに襖の奥へと消えていった。
雄一郎はゆっくりと部屋の中を見渡した。
部屋の中は薄暗いが、障子からは外の光が差し込んでいる。
少し赤く染まった光は、日が暮れかけていることを表していた。
雄一郎は、再び布団に横たわった。
再び天井を見つめる。自力で立ち上がれない今の自分には、絶対に届く事のない天井。自分の到達できない場所・・・。
ほどなくして雄一郎は眠りに落ちていった。
――雄一郎は、一代で小さな電気屋を大きなグループ会社へと成長させた優秀な経営者であった。
若い時から懸命に働き続けた。
妻と子供2人の家庭を守るために。
会社が大きくなるにつれ、守るものが増えていった。
会社、従業員、顧客……。
雄一郎は死に物狂いで働き続けた。
やがて会社は、日本でも有数の大企業になった。
雄一郎の人生は大成功を収めたのだ。
しかし、最後に落とし穴が待っていた。
社長の座を息子に託し、自分は裏方としてサポートしていこうと考えていた矢先に、妻と二男の誠二が続けざまに亡くなったのだ。
雄一郎はすっかり元気を失くした。
まだ六十代になったばかりであったが、守るべきものを失った雄一郎は会長職にも就かず、隠遁生活に入ることにした。
それからしばらくして、誠二が興した会社で開発していたSNSサービス、WINKの存在を知る。
誠二はどういうものに興味を持ち、どういうものを作っていたのか。
仕事に追われ、生前息子とほとんど会話がなかった雄一郎は何も知らなかった。
雄一郎は周りの者にPCの使い方を教わり、WINKの登録を行った。
WINKは雄一郎にとって全く未知の世界だった。
直接会ったこともない人々が、当たり前のように交流し,笑い合い、時に喧嘩をしている。
アナログ人間の雄一郎には、何が面白いのか理解できなかった。
誠二はこんなくだらない物を、何のために作ったのか。
結局、その答えは分からないまま、雄一郎はWINKを放置した――。




