中川友香⑦
梅雨入りした空は灰色の雲に覆われ、濡れたアスファルトは濃い藍色に染まっている。梅雨特有の生臭い臭いがアスファルトから立ち上ってくる。
友香は肌にピッタリと張り付いた服を引き剥がし、素肌に空気を送り込んだ。
六月の中旬に梅雨入りしてからは、ずっとこんな不快な天気が続いていた。
学校帰り、いつものように友香はドリーマーズへ向かっていた。
そろそろ受験シーズンが本格的に始まってしまうが、行ける時にはなるべく事務所に行っておきたかった。
幸い友香の成績は上位をキープしていた為、親にも怪しまれることなく働くことができていた。
大学受験も今のままであればなんとかなりそうだ。
エレベーターを降り、事務所の自動ドアを抜けると、何かいつもと違うピリピリした空気を感じた。
カウンター前のソファで、聡と客であろう男が話をしている。
その光景事態は別段珍しくもない。
しかし客と思われるその男は、何か普通の人とは違う異様な雰囲気を漂わせていた。
「なんで明日のことしか分からねえんだよ」
男は大声で怒鳴っている。
「それがわが社のサービスなんです。それ以降のことはお教えすることはできません」
「だから、それがなんでだって聞いてんだよ!」
友香はカウンターを抜け、事務所の奥へと入った。
デスクで作業中の菜穂美に声をかける。
「誰なんですか? あれ」
「レンタルの予約を入れにきた客みたいなんだけど、ずっとああやってイチャモン続けてるの」
菜穂美も聞き耳を立てて神経を尖らせていた。
「あの男、なんか怪しい気がする」
「そうですね……。追い払った方がいいんじゃないですか?」
「私もできればそうしたいんだけど……」
ここにはセキュリティシステムもなければ、警備員もいない。
貴史もレンタル中なのか、出払っている。
今いるのは聡と菜穂美、そして友香だけだ。
「私、ちょっと聡さんに加勢してきます」
「ちょっと、大丈夫なの?」
「ええ、力になれるか分かりませんけど」
そう言ってカウンターを抜けると、聡の隣に座った。
男は強面で黒いスーツを着た、いかにもヤバそうな人種の人だった。
「ドリーマーズの中川と申します。レンタルのご予約でしょうか?」
友香は心の中で気合いを入れ、あえて大声で話しかけた。
「なんだ、ガキ! 今この兄ちゃんと話してんだよ。」
ガキと言われて、少しムッとしたが、気持ちを落ち着かせて続ける。
「ご予約の相談でないのなら、お引き取り願えますか?」
「うるせえ! ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞ!」
男は凄みを利かせ、友香を睨みつける。それでも友香は動じない。
「お帰りください。」
淡々と事務的に言う。
友香の胆力に男は少したじろいだ。
「ぐ、分かったよ。予約させてくれ。」
結局、男は予約でもゴネ続け、無理矢理3日後に予約を入れさせられた。
「どうしましょうか? 3日後には別の案件も入ってますけど」
男がようやく去り、友香は聡と相談していた。
「しょうがない、貴史には悪いが2回寝てもらおう……」
今までにもどうしても被ってしまう案件があった。
そういう時は前日の夜、早めに起こして聞き取りをし、二度寝の後もう一度度聞き取りをするという、強硬手段を使っていたのだ。
「本当ならば、あんな客はお断りすれば良かったんですが」
「しょうがないよ。友香のお陰で助かった、ありがとう」
聡は頭を下げた。
友香は嫌な予感を覚えつつ、男が残した予約票を見つめていた。
三日後、友香が事務所に入ると、三人が浮かない顔をして話し合っていた。
「どうしたんですか?」
「この前の客、予知夢回避ができなかったってクレームをつけてきたんだ……」
聡が悔しそうな顔をして言った。
「あんなの、そもそも回避できるわけねえだろ!」
貴史は叫んだ。
聞くところによると、宝くじを事前に購入し、抽選の当日に貴史をレンタルしたのだという。
抽選の結果が変わっても、購入したクジは変わらないのだから、当たる確率は限りなく低い。
「わざとかもしれないね」
菜穂美が呟いた。
「なぜわざわざそんなことをするんだ?」
「ここの悪評を広めるため、かな。今頃、ネットに色々とあることないこと書き込んでいるかもしれない……」
「そんな……」
「こういう商売は信用が第一だからね。失敗したって噂が広まれば一気に客は遠ざかってしまうわね」
「どうにかならないんですか?」
「うーん、今すぐ思いつく対策はないな……」
聡の言葉で事務所は暗い空気に包まれた。




